The Darkside Tribune

Vol.3

勝つためだったら 手段を選ぶな

  ダークサイド・トリビューン派遣員、〈闇の囁き〉ロナルッセ・テサラスが今回お届けするのは、〈ホーツィンの爪〉アルタソロン・カルハロス将軍との会見記事である。キャムカーネイヤーの中で最も恐れられている、かのカルハロス家の五本指のおひとりであることはいまさら言うまでもない。その力強い御言葉に、ティランデュイル・ケルサス市民はわが軍の勝利を確信するでろう。

ホーツィンの爪 大いに語る

 「おぬしは戦略というものがわかっておらん」
  アルタソロン将軍は、わたしの質問が馬鹿げていると言わんばかりに大きなため息をついてみせた。
  〈ホーツィンの爪〉は深紅の絹糸で繊細な刺繍のほどこされた黒い衣を身にまとい、そのしなやかで逞しい四肢は琥珀で飾られた手袋と長靴におさまっている。髪は赤い羽根飾りと銀の線条細工を用いて複雑に編みこまれ、麗容な顔立ちを一層引き立てていた。
  わたしは美しい猛禽の姿を連想せずにはいられなかった。
 「このロナルッセ、恥ずかしながら戦の知識はさっぱりございませぬ。アルタソロン閣下の御高説をお聞かせ願えれば幸いなのですが」
 「よかろう。なぜゼンギスに軍を進めないのか、ということだったな」
 「はい。わたしはてっきり、〈赤の顎〉軍が月岩山地に向かったのはゼンギス侵攻が目的だと思っていました」
  将軍は豹のごとき優雅さで長い脚を組みなおした。どんな姿勢でも絵になる美丈夫であった。
 「たしかにな。だが状況は常に変化しておる。ザゴールは間違いなくゼンギスを奪うべく軍を動かすだろう。わが〈赤の顎〉だけでゼンギスの占拠はかなわぬ」
 「アンヴィルを攻める可能性もあるのではないでしょうか」
 「雪の魔女の軍と膠着する危険をおかしてか? ありえんよ。ゼンギスなら確実に占領できるというのに」
 「しかし、万一ザゴールめが――」
 「ザゴールはけっして愚か者ではない。かといって、わが軍やシャリーラ軍の動きを読むほどの軍才もない。ゆえに万が一の動きなどないのさ」
  〈ホーツィンの爪〉はからからと笑ってみせたが、芝居であったかのように元の表情に戻った。
 「わかりました、ゼンギスに侵攻しても無駄だということですね。しかし、だからといって火吹山を攻めるのは無謀としか思えませぬ」
 「陥落させようなどとは思っておらんさ。送り出すのは、オークどもを中心にした雑兵部隊にすぎん」
 「どういうことです」
 「重要なのは、ザゴールに新たな軍を編成させる機会を与えぬことだ。そのために火吹山にいる連中をちょいと忙しくさせてやるのさ」
 「なるほど、先のことを考えているわけですね」
 「それが戦略というものだ」
  将軍は腰に佩いた長剣の柄頭――八角形の白い髑髏が彫りこまれている――を撫でながら、自信たっぷりにうなずいた。
 「では、ミリスグロスの工兵部隊の動きについてもお聞きしたいのですが――」
 「それはまだ語る段階ではない。別の質問にしてくれ」
 「はあ、それでは……閣下のテントを夜な夜な訪れる美姫たちの話など」
 「やれやれ、近頃のダークサイド・トリビューンはそういうことも記事にするのかね」
 「読者に受けがいいもので……」

  (この会見の続きは13面にて)


注目のひと

現実の真の名前を知っているか――悪夢さ
リュグンゴル・カルハロス

 「まるで悪夢を見ているようだって? 驚いたな、われわれの生きる世界こそが悪夢そのものだと思っていたよ」

  〈ホーツィンの爪〉に続いて将に任じられたのは、大方のダークサイド市民が予想した通り、〈アンガロックの脚〉の異名で知られるリュグンゴル・カルハロスであった。カルハロス家の五本指の長兄にして、最も狡猾な戦略家である。
  〈アンガロックの脚〉の名にふさわしく、存在そのものが害悪とまで評されており、敵の内部から破滅させるやり方を好む。魔王子シスの信奉者であるかどうかは定かでない。
  ストーンブリッジ攻略の際、メネル皇子にあの芸術的陰険さに満ちた作戦を授けたのは、リュグンゴル・カルハロスであったと噂されている。〈黒の兇手〉軍の将としてどのような活躍を見せるのか、これからが大いに楽しみである。



戻る