秋山瑞人の諸作品について

 
まず結論から述べる。
 秋山瑞人は魔術師である。
 人の心には琴線というものがあると、一般には言われる。「琴線に触れる」……感動した時に人がよく口にする言葉だ。
 秋山瑞人は琴線の位置を探り当て、そこを一撃で撃ち抜く特殊能力を持っている。
 ピンポイント
爆撃だ。
 恐るべき能力である。
 さらにあの独特の文章が生み出す疾走感はどうだ。にぎやかで、情報と情熱に満ちた文体はどうだ。いかなる説明もただの説明で終わらせまい、読者に退屈させまい、というサービス精神はどうだ。

 この文章のせいでうちのめされ、ガードが甘くなった読者の胸に、魔法の弾丸が突き刺さる。一撃必中だ。
 これが魔術でなくてなんであろう。秋山瑞人は魔術師だ。言葉の魔術師だ。
 いきなり顔面にパンチを決め、そののちに呪文を唱え始める、ずいぶんとマッチョで暴力的な魔術師ではあるが。 

 「E・Gコンバット」シリーズの批評
 「鉄コミュニケーション」シリーズの批評
 「猫の地球儀」シリーズの批評
 「イリヤの空、UFOの夏」の批評


 「E・Gコンバット」シリーズ
 (電撃文庫)
 
 
「E・G・コンバット1st」
 
最初は重い。
 謎の異星人の攻撃によって壊滅的打撃を受けた地球。わずかに生き残った人類が必死に戦う。全く話の通じない相手と、いつ終わるとも知れない戦いを続ける。
 暗すぎる世界観である。
 だが読み出してすぐに、訓練施設で騒いでいる女の子たちの素っ頓狂な会話に呆然とするだろう。こいつら大丈夫なのか、とすら思うだろう。状況とのあまりのギャップに苦しむはずだ。
 しかし、秋山瑞人はこのギャップをこそ武器とする。
 すぐにキャラクターたちに愛着が湧いてくるはずだ。脇役にいたるまで「血の通った人間」であることに……少々三枚目に偏っている気もするが……作者の確かな実力を感じるだろう。そしてこの饒舌な、だが決してくどくはない文体に圧倒されるだろう。
 そのときあなたにとって、秋山瑞人は特別な作家になっているのだ。

 
「E・G・コンバット2nd」
 秋山氏の「魔術」が真価を発揮しはじめる。
 ルノアの過去を扱った、人と機械の交流……秋山瑞人が好む題材の一つ……が描かれるエピソード。現実離れした試験の内容と模範解答に皆が呆れるシーン。抱腹絶倒と言うほかない、皆の答案。そしてそれらによって導かれる、恐ろしい結論。指導部は現実の戦争を理解していない。人々は、すぐにそのツケを払うことになる……
 ギャグ・シリアス・軽い・重い……そんな枠組みを乗り越えて、すべての要素が有機的に連結する。
 小説のキャラクターに現実味を与えるにはどうすればいいか。どうすれば紙とインクによって別の現実を造り出すことができるか。その問いに対する華麗な答えがここにある。

 「E・Gコンバット3rd」
 ついに登場人物達は世界の謎に迫る。
 はずなのだが、3巻ではまだ「触れる」程度で、迫ってはいない。
 文体の魅力は相変わらずである。すべてに決着が付くらしい4巻の発売が待ち遠しい。


 「鉄コミュニケーション」シリーズ
 (電撃文庫)

 「鉄コミュニケーション1 ハルカとイーヴァ」
 この作品について、私は冷静な批評を行えない。
 なんとなれば、この小説はたくま朋正氏の「鉄コミュニケーション
」という漫画を小説化したものであり、この漫画自身大好きだからだ。
 さらにいえば、この作品の設定……人類が滅び、たった一人残った少女と、ロボットたちが暮らしている……自体が、まるでペンネームC個人を狙い撃ちしたかのように、私のツボを突いているからでもある。
 である以上、この小説の良さだけを切り離して扱えと言われても困るのだ。
 が、それを承知の上で、あえて行おう。
 これはプロローグであり、これだけでは全く話が成立していない。
 だが、プロローグに期待される効果……「これからどうなるのだろう?」と思わせること……は十分である。絶大といってよい。E・G・コンバットと比べると若干文章はおとなしくなり、疾走しているのはセリフのみとなったが、そのぶんとっつきやすくなった、とも言える。
 
 
「鉄コミュニケーション2 チェスゲーム」
 「1999年に読んだ本の中で一番感動した本」である。
 この本は誇りの物語である。人が、ロボットが、そして犬が、自分の命のみならず全存在を賭けて誇りを貫こうとする……そんな戦いを描いた物語である。
 白熱のアクション。ときおり挿入される、哀愁漂う回想シーン。
 意外なエピソード同士が連結する、構成の妙。
 秋山氏の最高傑作といっても過言ではないだろう。


 「猫の地球儀」シリーズ
 (電撃文庫)


 「猫の地球儀1 焔の章」

 これは奇妙な物語だ。なんといっても題材が面白い。
 主人公は猫。知性を持った猫。人類が滅亡し、宇宙に浮かぶ「トルク」と呼ばれる都市には猫とロボットだけが住んでいた。彼らはこのトルクの中だけが全世界だと信じていた。窓からは地球が見えるが、それは天国であると信じられていた。
 そんな中で、あくまで機械と科学の力で地球を目指そうとする異端者たちがいた。彼らはスカイウォーカーと呼ばれていた……
 この作品の中で描かれるのは、天才と天才の出会いだ。そして奇妙な世界だ。猫が文明を持ち、人間の遺産であるロボットを従えて社会を営む、そんな世界の描写。
 犬の次は猫かよ、と思う前に、登場する猫たちの生き生きとした仕草に注目したい。

 「猫の地球儀2 幽の章」
 なんともショッキングな展開が読者を待ち受けている。
 主人公・幽は天才的な科学者であり技術者である。もうひとりの主人公・焔は天才的な格闘家である。天才達は夢を持っている。普通の人間なら一笑に付すような遠大な目標を、彼らは真剣に追い求めている。
 その結果起こったしまった出来事と、それに対する責任のとり方を描いている。
 この話の始まりは、宇宙へのロマン、夢だった。しかし終わりは違う。主人公は全く違うもののために宇宙船に乗る。
 主人公を弾劾するセリフが痛い。それでも立ち上がらずにはいられない主人公の声が、胸に突き刺さる。
 問題作だ。


「イリヤの空、UFOの夏1」
 現実の現代日本。とある中学校に、ちょっと気弱で間抜けだが本当は芯の強い少年がいた。彼のもとに突然あらわれた奇妙な美少女。ほとんど感情らしい感情を見せない、他人とのコミュニケーションに興味を示さない少女。どういうわけか少年にだけは心を開いてくれる少女。
 コミカルタッチの学園生活のなかで、少女と少年の心の交流を描いていく。膨大な情報量と描写量であふれかえった、あの独特の秋山文体で。その文体の力がこれまで以上に炸裂して、私は幻惑された。
 そしてふと気づくのだ。この作品世界は実は……と。
 だが、肝心なことは何も明らかになっていないことにも。
 そう、何もわかってはいないのだ。少女の正体も、彼女がなにをしようとしているのかも。どうやら「この日本」ではないらしい作品世界が、実はどういう世界なのかも。
 ただ、もの悲しい雰囲気だけが伝わってくる。
 こんなに笑えるのに、こんなに悲しい。
 これはそういう物語だ。

 この物語が完結するとき、私は笑っているのだろうか、それとも泣いているのだろうか。


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