泣き虫兵器ベルタ
プロローグ
私はその日も、彼女の元を訪れた。
携帯端末にガンガン入ってくるメールを無視して、厚手のコートを着て、もう若くはない体を引きずって、クルマを飛ばした。
青くさびしげに輝く太平洋のそばに記念館はあった。2階建てで、大きくはない。
駐車場にクルマを入れて、警備員に頭を下げる。人間の警備員は最近めっきり少なくなった。白髪頭の警備員は私の顔を覚えており、微笑んでくれた。
入場券を買って記念館に入る。
土曜日の昼間だというのに、人影は少ない。見渡す限り3、4人がいるだけだ。全員が年配だ。当然だと思う。この記念館にはエンタメ性がない。陳列ケース
の中に並んでいるのは「事件」の再現模型、当時のニュース映像、それから「事件」で死んでいった人たちの遺品や、書き残した遺書。そんなものばかりだ。
はっきりいって暗い。説教くさい。
だが私はここに来るたび、心の奥底に炎をともすことができる。日々の生活で緩んでしまった心のネジを、ギチギチに締めなおすことが出来る。
彼女がいるから。
記念館の一番奥に彼女はいた。
ガラスケースの中、体すべてが白く真珠のように輝く、全裸の少女。重厚な台座に乗っていた。
スレンダーな体つき。胸も腰も肉付けは薄い。年齢は15、6歳だろうか。ストレートの髪は風にでも吹かれたのか乱れている。台座の上に横すわりして、丸
顔に真剣な表情を浮かべ、いまはもう何も映さない瞳を上に向けている。片方の手を台座について体を支え、もう片方の手を空中に伸ばしている。天に救いを求
める宗教者のようでもあり、叩きのめされてなお立ち上がろうとあがく闘士のようでもあった。
体のいたるところに傷があった。肩に、顔に、腕に、肉をスプーンでえぐり取ったような痛々しい傷があった。それでも彼女はまなじりを決して天を仰いでい
る。
かつて聖女、救世主と呼ばれ日本全国でたたえられた彼女だが、いまではもうすっかり忘れ去られてしまっていた。彼女の姿に眼を留めるものは誰もいない。
私は「彼女」の真正面にしゃがみこんだ。1メートルの距離から、顔をじっと見つめる。
胸が締め付けられた。懐かしさで息苦しいほどだった。
愛らしい顔だった。ふっくらとした頬に刻まれた爪あとも、彼女のかわいらしさを崩すことは出来なかった。子供がオトナになるその瞬間にだけ現出する美し
さがそこにあった。
その瞳に秘められた決意を、もちろん私は知らない。最後の瞬間に彼女が何を考えてきたのか知らない。私の人生が彼女と交差したのはほんの一瞬だ。たかが
数百数千の言葉を交わしたくらいで「彼女を知っている」などとは語りたくない。
だが、それでも思うのだ。
彼女がここにいる限り、私は逃げたくない。
私と彼女は、あの遠い日に約束をした。
彼女は少なくとも逃げなかった。戦う義務などありはしなかったのに。
私は拳をぎゅっと握りしめた。
(私は、逃げていないか?)
(彼女の想いに、私はいま応えているか?)
(あのときの約束を、守っているか?)
私は小さな声で彼女に呼びかけた。
「……ベルタさん」
目頭が熱くなった。だが涙をこらえた。ここで泣くわけにはいかない。彼女に笑われてしまう。
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