| 泣き虫兵器ベルタ (全面改訂版) 分割8 5 液晶ディスプレイは衝撃的なニュース映像を流しつづけていた。 へリコプターで撮り下ろしたのだろう、ゆれる画面の真っただ中に殺戮が繰り広げられている。 黒いプロテクター姿のSATが、アントンによって皆殺し。たった数十秒で死体二十とヘリの残骸が転がった。 その後、マスコミのヘリがレーザーで撃墜された。まずパイロットが殺され、パニックになる機内。ついでテールローターが破壊され、ヘリはグルグル回りながら落ちてゆく。その様子がテレビ越しに放映された。 不意に視界が涙でにじんだ。 いまのべルタは涙をぬぐうこともできない。流れるにまかせた。 いまべルタはあいかわらずソファに座らせられている。目の前に机が置かれている。机の上にパソコンの液晶ディスプレイがある。 ニュースを強制的に見せられているのだ。 「どうだね、べルタ? 気分のほうは?」 傍らにたつスーツ姿の白人男に声をかけられた。フェルトへルンハレ構成員で、普通の人間だ。 「……」 ベルタが無言でいると、スーツ姿の男は下卑た笑いを顔に貼り付けて、 「最悪かい、フフ……だが俺たちは最高だ。なあみんな」 大げさに腕をふって、室内の仲間たちに呼びかける。机に向かっていた仲間たちはヒューと口笛を吹き、あるものはこぶしを突き上げる。 「さぞくやしいだろうねえ?」 ベルタは、じつのところ男の挑発などきいていなかった。 液晶テレビの中で繰り広げられる殺戮劇、それも確かにつらかった。 だが…… それより、罪悪感がベルタをさいなんでいた。 すぐとなりに座っている祐樹。ベルタは前を向いたまま体を動かせないのでその姿を見ることはできない。だが脳裏に浮かぶ。切り落とされた指。治療も受けられないままの、血まみれの包帯で乱雑に包まれただけの傷痕。自分に向けられたうつろな表情。 それらすべてが脳裏に焼きついてベルタを責めていた。 テレビからも目をそむけたかった。だができなかった。 (お前がやったんだ) (お前が、あと少しでも配慮していれば) (あと少し冷静なら) ひたすら自分を責める。 (平和を求めていたのに、人を傷つけてしまった。最悪のミスで傷つけてしまった) (いまたくさんの人が殺されようとしている。だが自分には何も出来ない) (自分はクズだ。自分はダメだ……) ついに目を閉じた。視界が暗闇となる。かたくかたく目をつむって、何も考えないようにする。だが声はきこえる。かわいらしいドーラの声が責め立てる。 『この無能。できそこないの、ベルタねえさま』 『友達をめちゃくちゃにしたくせに』 胸の奥の一番敏感な部分に何かが突き刺さった。 痛くて痛くて仕方ない。 だから目を閉じた。 ひたすら嫌な現実から目を背けたかった。 そして、背けてしまっている自分が何よりいやだった。 目をかたくつぶり、自分の中の殻に閉じこもった。 ぎゅ。 誰かがベルタの脚の踏んでいた。靴で強く踏みつけている。 ぎゅう。また踏まれた。 目を閉じて、外側の世界のことを忘れようとしても、痛みが訴えてくる。 誰が脚を踏んでいるのか。 隣にすわっているのは祐樹だ。おそらく祐樹なんだろう。 ぎゅっ。ぎゅっ。踏んでは、また離れた。 何度も何度も繰り返す。 辛抱強く、何十回も続いた。 ふいに疑問に思った。 これは何だ。長い間踏んづけていたり、すぐに離したり。 もしかして…… ベルタは目を見張った。 (モールス信号か?) ぎゅ……ぎゅ、ぎゅ。 ベルタは反射的に頭の中でモールス信号に変換する。アルファベットのS? ちがう、これは「トン、ツーツー」だ。カタカナの「ベ」だ。 ぎゅうっ、ぎゅ、ぎゅう、ぎゅう、ぎゅ。 これは「ル」だ。 『べ る た さ ん』 意味がわかった。心臓がどくんと脈打った。 祐樹が、自分に何かを伝えてくれる。 いまの祐樹は声を出せない。そんな状況でなんとか意志を伝えてくれる。 嬉しい。 でも恐い。 全身の筋肉がこわばるのを感じる。 だって、責められるに決まっているのだ。 だが聴かなければいけない。聴こうと決めた。 『べ る た さ ん』 返事をしなければいけない。どうしよう。いまの自分は声も出せない。足も動かせない。 そうだ、息なら。 ふう。ふう。ふう。 息のパターンに変化をつけてみる。 『OK』 たった2文字を送るのが実にまだるっこしい。フェルトヘルンハレで受けた戦闘訓練の中にはモールス信号も含まれていたが、実戦で使う機会はまずない。 『べ る』 祐樹の脚の動きが止まった。先ほどより早く、嬉しそうに、まったく別の信号を送ってくる。 『よかった わかってくれたんだ』 さあ、祐樹はなんというだろう。何を言われても仕方ない。脳裏にフラッシュして蘇る光景。切断された祐樹の指。空虚に自分を見つめる顔。 すると祐樹は、 『べるたさん かなしまないで』 (え……?) 目を丸くした。あまりに意外な内容だった。 『ぼくは べるたさんのこと うらんでない』 恐る恐るベルタは呼吸音でメッセージを返した。 『どうして わたしは あなたに けがを』 『うん とても いたい』 そこで祐樹はたっぷり三、四秒間沈黙した。 『でも べるたさんにあうまで ぼくは なにもできなかった』 『ただ まいにち いじめられてる だけだった』 『ないてる だけだった』 『べるたさんが かえてくれた』 『このよに たのしいことがあるって ぼくといっしょにいて よろこんでくれるひとがいるって』 『ぜったいに ゆずれないたいせつなものがあるって たたわなきゃいけないって』 『みんな べるたさんが おしえてくれた』 『べるたさんとすごした あの1しゅうかんが たからもの』 『きみがいなければ ぼくはまだ なにもできずないていた』 『ないたまま じんせいがおわるのを まっていた』 『だから』 『まんが かけたのも しょうをとったのも みんな べるたさんの それだけで』 ここで祐樹からのメッセージがとまった。ぐすり、ぐすり、と涙をすする音が聞こえてくる。 『ごめん なくなんて かっこわるいね』 『とにかく だから なかないで べるたさん』 『まんがなんて あしでもかけるよ』 たどたどしく、途切れ途切れの言葉たちが.。ベルタの皮膚を通して胸の奥へ、心の中へ染みとおっていった。 しだいに目頭が熱くなる。固く閉じたまぶたの間から、幾筋も幾筋も熱い涙がこぼれてくる。 『どうしたの なかないで かなしむこと ないよ』 ベルタ、答えない。 行動で示した。 ソファに座った状態から、起き上がろうとする。 たちまち拘束衣が反応する。背骨に高圧電流が打ち込まれる。全身の筋肉が強制収縮。背骨がきしみ、膝が笑う。頭の中で白い火花が散る。耐えた。歯を食いしばって耐えた。 (こんな痛みなんて、たいしたことない!) (ユウキさんは、もっと痛かった!) がり、がり、ばきぃ。 奥歯が、小石をすり合わせたような鈍い音と共に砕けた。脚の筋肉を動かす。立ち上がる。 びちびちっ 腕を思い切り突っ張る。上半身の拘束衣がはじけ飛んだ。汗まみれの裸の肉体が空気の中にさらされる。背中から七十二本のスパイクが引き抜かれる。 「ぐうっ!」 「なに?」 机に向かってニュースを鑑賞していたフェルトヘルンハレ構成員、白人の男が驚きに目を見張っている。他の構成員があわててデスクの引き出しから何か黒い塊を取り出そうとしている。 (拳銃だ!) 下半身に拘束衣の残骸がまとわりついている。ベルタは跳躍、空中で脱ぎ捨てる。太股を大きく上げて空中を突進、キック。男の手首がへし折れ拳銃が転が る。別の男が発砲。とっさに手を伸ばし、発射された拳銃弾をつかみとる。手首をひねって投げ返した。弾丸を眉間にめりこませて男が倒れる。 室内で動くものはなくなった。 べルタ、口からボールギャグを引き抜く。思い切り深呼吸。 祐樹に歩み寄って、彼の手錠を破壊する。猿ぐつわをむしりとる。 「べルタさん」 たちあがった祐樹をベルタは抱きしめて、 「……かなしいんじゃありません。 うれしいんです。 だから泣いてるんです」 べルタは机の上にならぶパソコンのディスプレイを指差した。 まだニュースが続いている。 血まみれ管制室で、カエサルが金色の前髪をかきあげる。 『やあ。ボクたちの力、わかってくれたかな?』 ベルタ、画面に小さな拳を叩きこむ。液晶画面が木っ端微塵になる。 「あなたたちは、わたしが止める」 「闘うの?」 不安に満ちた祐樹の声。ベルタは祐樹と抱き合ったまま、 「はい。祐樹さんがおしえてくれたんです。 泣いているだけじゃダメだって」 「でも、相手は三人も……」 「それでも、わたしは行きます」 「ベルタさんが死ぬところなんて見たくない。逃げなきゃだめだ」 「では、約束しましょう。わたしは必ず、あの人たちに勝って、帰ってくる」 「信じていいの?」 「はい」 もちろんベルタにも勝算などない。だが、数センチの距離で祐樹の潤んだ瞳を見つめていると、不思議と力がわいてきた。明るい笑顔を作ってみせる。すると祐樹は緊張した声で、 「約束、必ず守って」 「もちろんです」 ベルタ、祐樹の腰に回した手に、力をこめる。乳房がぎゅっと祐樹に押し当てられる。 6 それから一時間後、ベルタはバイクにまたがって東名高速道路をひた走っていた。 バイクの名はドゥカティ999。目の覚めるような真紅のカウリングに包まれたイタリアのスポーツバイクだ。あのあと祐樹を病院に送り、その足でバイク屋を襲ってバイクとウェアを一式手に入れたのだ。 完全装備だった。フルフェイスヘルメットに、黒いレザーパンツ、上半身はメッシュジャケットに包み、燃料タンクの上に思い切り体を伏せていた。背中には登山用の巨大なリュックを背負っている。リュックは膨れ上がっている。 ドゥカティのカウリングは速度を出すためのもので、ライダーの負担を減らすためのものではない。タンクに伏せていてもヘルメットの中にゴウゴウと風が吹きこんできた。尻の下ではエンジンが激しい振動を発している。太腿の内側がエンジンに熱されて熱い。 現在、速度は二百五十キロ。もう一時間このスピードを出し続けている。警察はすべて振り切った。前方から乗用車が、トラックが飛ぶような勢いで迫ってくる。蛇行し、間をすり抜けながらまったくスロットルをゆるめずに突き進む。 (もっと速く!) じれったかった。店で一番速いバイクを選んだはずだが、選択を間違えただろうか。 右手に山、左手に光り輝く海を眺めながら走る。 やがて東京から二百キロ、菊川インターチェンジに到着。 料金所を勢いよく突破し、田んぼとミカン畑の広がる中を、海沿いに向かって駆け下りる。高速から」に下りても猛スピードを緩めなかった。トレーラーが道をふさいでいたら反対車線に飛び出し、百五十キロで対向車を避けて、突き進んだ。 (一秒でも早くつきたい) 原発前の道、国道150号線に入る。 非常によく整備された片側三車線の道路だ。左手は海で、街路樹と防風用の松林が並んでいる。風でねじれた松林の向こうに、まぶしく輝く真っ青な海が広がっている。 前方に視線を移すと原発の白い排気塔が五本、青い空に伸びているのが見える。 (あと少しだ) カーブを曲がって長い直線に入った。 『この先通行止め』 大きな看板がある。無視してベルタは突っこんでいった。 数百メートル先の道路をなにかがふさいでいる。 迷彩色に塗装された装甲車が道を占領している。ベルタの視力はその装甲車に日の丸が描かれていることをとらえた。 装甲車の周囲に、数十人の、迷彩色の軍服を着た男たちがいる。 片側三車線の国道を完全にふさぐ形で展開している。半分が道の向こう側を向いて、残り半分がこちらをむいていた。どんどん近づいてゆく。男たちの持っている自動小銃が自衛隊の89式小銃だとわかった。 (自衛隊だ) ベルタは速度をゆるめる。 よく見れば迷彩服の自衛隊の中に一人だけ違う格好のものが混ざっている。黒のボディアーマーを身につけた男で、透明なバイザーつきのヘルメットをかぶっている。 「とまれーっ!」 男たちは両腕を広げてベルタのゆく手をさえぎる。 べルタはドゥカティを止め、男たちに問いかけた。 「なにをしているのですか? 住民が入らないように?」 自衛隊員の一人が歩み出て、大声で叫び返した。 「そうだ! あんたも入るな、危険だ!」 ベルタはドゥカティから降りる。バイク用ヘルメットを外し、素顔を見せる。海からの潮気をふくんだ風が髪をかきまぜた。両手を広げて武器を持っていないことをアピールして、ゆっくりと自衛隊員たちに歩み寄ってゆく。 「私はいかなければいけません。その銃を貸してください」 「あんた、何を言ってるんだ?」 自衛官たちの目に不審の色が宿る。 当然、この反応は予想していた。 「見てください」 次の瞬間、ベルタはジャンプする。 膝を軽く曲げて、垂直に五メートル。 もちろん人間には不可能だ。 着地したベルタに、驚愕と恐怖の視線が突き刺さる。 「……げ……」 「同じだ……あのバケモノと……」 自衛隊員たちは反射的な動作で銃を向けてくる。 ベルタは悲しげに顔をくもらせる。 「……そうです。わたしは『エインヘリヤル』。超人兵士です。あのテロリストたちと同じ生き物です。しかし彼らの仲間ではありません。彼らを倒すために来ました。だから銃を貸して下さい」 自衛隊員たちをもう一度見回し、そのうち何人かが背中に筒を背負っているのに目をつける。 「それはカール・グスタフ無反動砲ですね? 貸してください」 「できるか!」 自衛隊員たちは叫ぶ。銃口をベルタに向けたままだ。 「なぜですか?」 「どこの誰とも知れない奴に渡せるか!」 自衛隊員の中でもひときわ目つきの鋭い、がっしりした体格の男が吼える。小隊長だろう。 ベルタ、一気に跳んで間合いを詰め、軽く手を伸ばした。吼えたその男の銃を、いとも簡単に奪い、男の頭の上に乗った。 「え……?」 男はあっけにとられて、突然空になった自分の手を見ている。人間の反射神経を超えた速度で奪ったのだ。何が起こったのかわからない。 きょろきょろと周囲を見回す。自分の頭に手を伸ばす。 「あ! きさま!」 ベルタは頭の上に乗ったまま、自衛隊員たちを見下ろして言う。 「わかったでしょう。わたしのほうが適任です。わたしの能力があってこそ、倒せる」 じっさいにはそこまでに自信はなかった。だが、相手も命がけなのだ。絶対の自信をもって振舞うつもりだった。 「くっ、降りろ!」 男は頭を振った。89式小銃を上に向け、ついに発砲する。 ベルタは体を軽くひねって銃撃をよけながら、隊員たちのど真ん中に着地する。 「う、撃て!」 男の号令に従い、隊員たち数十名はいっせいに散開する。角度にして六十度ほどの扇形になる。同士討ちを避けるためだ。 (仕方ない、ギャラルホルンを) ベルタが息を吸ったとき、 「やめてくれっ!」 誰かが叫んだ。 ベルタは声の主を叫んだ。隊員たちも見た。 声の主は、一人だけ黒のボディアーマーに黒ヘルメットの男。 持っている銃を路面にたたきつける。 隊員たちが目をむいた。銃をこんなふうに扱うなどよほどのことだ。 彼はヘルメットのバイザーを上げ、顔をさらした。あらわになった顔は中年男のそれだ。眉間に深いシワが刻まれている。隊員全員を見渡して叫ぶ。 「なあみんな……! この人の力がわかっただろう? 俺たちじゃダメなんだよ……あのバケモノを止められないんだ。同じ力だけなんだ、勝てるのは」 自衛隊員が反駁する。 「そんなことはない! 俺たち自衛隊がテロリストを倒す!」 「じゃあ、なんで今すぐやらない! 連中が言い出した『期限』までたったの一時間だ。なんで包囲してるだけなんだよ!」 「それは……」 「打つ手がないんだろう? 歩兵じゃあ、あのレーザーとデカブツにやられちまう。砲撃爆撃は原発を壊すからできない。そうだろう?」 彼は顔をくしゃくしゃにした。泣きそうな顔だ。 「だから……頼るしかないだろう! こいつに!」 しばらくの沈黙があった。 先ほどまで号令していた男が、自らの89式小銃をベルタに渡す。 「使え」 「いいんですか!?」 「俺たちは謎のテロリストに襲撃されて装備を奪われた、歴史に残る間抜け部隊だ。グスタフも持っていけ」 他の隊員が背中の筒を差し出す。長さ一メートル太さ八センチ、天体望遠鏡を思わせる筒で、緑色に塗られている。引き金と三脚がついていた。 ベルタ、銃とカール・グスタフを受け取って、頭を下げる。 「ありがとう……」 「だから必ず勝ってくれ」 「はい」 「お前の名前は?」 顔を上げ、胸を張って答える。 「ベルタ」 分割9へ |