「ピカチュウのバレンタイン」

冷たい風に、思わず肩をすくめたくなる冬、2月。
人も猫も、コタツで丸くなって、さぞや街の中も、閑散・・・と思いきや、
賑やかな女の子たちで、今日の街は、いつも以上に華やいだ装いに
なっています。
なぜって・・・
「何なに?『手作りチョコで、あなたも彼のハートをゲット』?」
サトシが、どこからか飛んできたチラシを手にすると、、
「そう言えば、今日はバレンタインだったな。」
あたりをキョロキョロしていたタケシが続きました。
そう、今日は年に一度の女の子のイベント、バレンタイン・デー。
うきうきした女の子たちが、街の空気を夢色に染める日だったんです。
「ピカチュウ?」
サトシの肩ごしに、まねっこピカチュウもチラシをのぞきこみました。
チラシには、ショッキング・ピンクのデカ文字が、ハートたちを従えて、
踊っています。
「ピカ、ピッカ〜。」
つられるように、ピカチュウも体を左右に揺らしました。
「バレンタインか。ま、今のあたしは、あんまし興味ないけどね。」
「カスミは、女らしさもないもんな〜。」
「まぁ失礼ねっ。興味がないだけって言ってんでしょ。
そーゆうアンタこそ、今までにチョコもらったこと、あるのかな〜?」
「(ぎくっ)・・・・・・・・・オ、オレだって今は、チョコレートよりも、
めざせポケモンマスターだから、きょーみなんてないもんね〜。」
「答えになってない上に焦ってる。あ〜あ、もてない男の子ってかわいそう。」
「オレは妹たちからなら、もらったことあるぞ。」
「・・・論外。」
「ピカピカ〜。」
いつものケンカにいつもの会話。いつものように、ピカチュウも、
サトシのリュックの上から、その輪に加わっていました。
けど、ピカチュウは思いました。
  ――あんなこといってるけど、本当はサトシだって、チョコが欲しいに
違いない。
だから、いつもかわいがってもらってるポケモン代表として、
チョコをプレゼントしたら、よろこんでくれるかも。
かわいい女の子から、ってわけにはいかないけれど。
密かに計画を立てたピカチュウは、宿に着いてしばらくすると、みんなには
ナイショで、こっそりと出かけていきました。

「ピカチュウ、ピカピカ、ピッカチュウ〜。」
街に出たピカチュウは、さっそく「手作りチョコ」を求めて、歩き始め
ました。でも、慣れない街に心細いひとりぼっち。最初は張り切って
いたものの、じきに困って、すわりこんでしまいました。
「ピカ、ピ〜。」
はあっとため息をついた、その時、
「あら、どうしたの? 飼い主さんと、はぐれちゃったのかしら?」
ふと、優しい声がしました。見上げると、そこにいたのは、
ピンクの制服を着た、おなじみのジョーイさん。
「ピッカ〜。」
ほっとして、ピカチュウは声をはずませました。
この人なら、人見知りのピカチュウでも、大丈夫です。
それでも、ちょっぴりドキドキしながら、持ってきた例のチラシを、
思い切ってジョーイさんに見せました。
「ピカピカ、ピッカチュウ〜。」
「なあに? このチラシがどうかしたの?」
「ピカ、ピカチュウ、ピッカ〜。」
「・・・そっか、わかったわ。今日はバレンタインだから、飼い主さんに
このチラシみたいな、手作りチョコを贈りたい、そうでしょ?」
「ピッカ〜。」
さすがはポケモンの気持ちがわかるジョーイさん。にっこり笑うと、
ピカチュウに向かって、オッケーと、ウインクしてくれました。
「うちにいらっしゃいな。ちゃんと台所もあるから。
私もお手伝いしてあげるわね。」
「ピカチュウ。」
すっかりうれしくなって、ピカチュウはこくんとうなずきました。
そうして、スキップするように、ジョーイさんのあとを、ぴょこぴょこと
ついていきました。

ポケモンセンターにつくと、さっそくチョコレート作り開始です。
ジョーイさんに、かわいいフリルのついたエプロンを着せてもらうと、
ピカチュウは、ぎゅっと拳をにぎりしめました。
「まずはね、この細かく砕いたチョコレートを、おナベの火で溶かすの。
あ、ヤケドしないように気を付けてね。」
「ピッカ〜。」
コンロの前に置いたイスに乗って、ピカチュウはおナベ相手にいざ、勝負。
こげないように、ヤケドしないように、慎重に慎重に。
・・・お味はいかがかな?
「・・・チャーーーっ。」
「大変。すぐに冷やさなくちゃ。おナベに指をつっこんじゃアブナイわよ。」
「ピ〜カ〜チュウ〜〜。」
悪戦苦闘の末、それでも何とか、無事に溶けたチョコレートを、型ワクの
中に流し込むと、ジョーイさんは、トッピング用の、いろいろな小物、
アーモンドやミニ・チェリー、パウダーシュガーなどを、机の上に並べて
くれました。
「あとは、飾り付けをするだけよ。何でも好きなモノを乗せてね。
完成まで、もう一息。がんばってね。」
「ピ、ピカチュウ。」
リングリングリン、電話が鳴りました。ジョーイさんは、そっとピカチュウの
頭をなでると、台所を出て行きました。
後に残ったピカチュウは、小物を前に腕組みをしていました。
さあ、どういう風にしよう?
だって、せっかくならとびっきりおいしく、とびっきりステキに
仕上げたいんですもの。
あれをあそこに乗せて、それからあっちのをあそこに飾ろうか。それとも・・・。
・・・ぽんっ。
ようやく思い付いたピカチュウは、一度ニコッと笑うと、いそいそと
最後の作業に取りかかりました。

陽も傾きかけた頃、ピカチュウはジョーイさんに付き添われて、意気揚々と、
サトシたちの宿へ戻っていきました。
その途中で、息をきらせたサトシにバッタリ会いました。
「ピカチュウ。お前、今までどこに行ってたんだ? ずっと捜してたんだぞ。」
「・・・ピカ・・・。」
一気にしゅんとしたピカチュウを見て、ジョーイさんが慌てて言いました。
「ごめんなさい。私がちゃんと連絡しておけばよかったのよね。
この子、私のところに来ていたの。」
「ポケモンセンターに?」
「ええ。これをあなたに贈ろうと、一生懸命がんばっていたわ。」
ジョーイさんが目で示した先にあるのは、ピカチュウが大切に抱えた、
赤いリボンの白い箱。
「ピカチュウ、それ、もしかしたら・・・。」
「ピカピー。」
「どうか、しからないであげてね。」
よく見ると、ピカチュウの手には、ヤケド用の小さな包帯と、
ばんそうこうが、あちらにも、こちらにも。
サトシはジョーイさんに向かって大きくうなずくと、
ぎゅうっとピカチュウを抱きしめました。

「へーえ、すごいわねえ。ピカチュウ、やるう。」
「そりゃー、オレのピカチュウはトクベツだからね。」
「ジョーイさんも手伝ったんだろう? オレにも一口くれ。」
「ダメダメ。これは、ピカチュウがオレにくれたんだから。な、ピカチュウ。」
「ピカ〜。」
「ねえ、そんなことより、早く開けて見せてよ〜。」
暖房の効いた部屋は、ほかほかしたと心地よさが、すみずみまで
行き渡っています。
結局、女の子からはもらえなかったけれど、こんなバレンタインも
良いな。サトシは思いました。
だって、自分のポケモンから、手作りチョコレートをもらう、
幸せなトレーナーなんて、そうはいるわけがありませんもの。
部屋の空気よりも、ほかほかした気分で、サトシは箱のふたを開けました。
そして中のチョコが目に入った瞬間・・・・・・空気がビシッと凍り付きました。
  ―――こ、これは・・・。
土台は確かにチョコレート。・・・形はくずれているけれども、ピカチュウの
顔らしき原形はかすかに残っていました。
そして、そのチョコ(らしき物体)の上には、でろんとした、赤いゲル状の
液体が、トッピングとして、たっぷりと・・・。
「・・・(ケ、ケチャップ・・・)・・・。」
そう、ケチャップは、ピカチュウの一番の好物で・・・。
ようやくサトシが顔を上げると、すでにタケシとカスミは、部屋の端に、
瞬間移動して、ひきつった笑顔を向けていました。
「・・・よかったわね〜、サトシ。」
「・・・残さず食べるんだぞ〜。あとで骨は拾ってやる。」
「・・・あの・・・なあ、ピカチュウ。」
「ちゃあ。」
「・・・・・・。」
ピカチュウは、期待いっぱいに瞳をきらきらさせています。
もう後にはひけない・・・気持ちは踏みにじれない・・・。
「・・・ありがとうな・・・ピカチュウ。」
「ちゃあ。」
よおし。力いっぱい決心すると、サトシは一気にチョコを口に
ほうりこみました。
「ふ、ふまひよ(う、うまいよ)、ひかひゅう(ピカチュウ)。」
「ピッカ〜。」
目をうるうるさせて感激しているサトシを見て、
ピカチュウは、がんばってよかったなと思いました。
そうして、来年は、もっとりっぱなチョコレートに挑戦しようと、
心にきめました。
そう、今度はカスミやタケシの分まで・・・。

2月14日。ピカチュウの初めてのバレンタインは、
こうしてすぎていったのでした。

おしまい


1999.2.6 PIKACHU /個人で楽しむ以外に無断で複製、配布しないでくださいね。