クリスマス・プレゼント TEXT BY ぴかちゅう樣
いつもの年よりも、暖かめの12月。あたしは、ひさかたぶりに街にやってきた。
別に何っていう特徴があるわけでもない。ごくフツーの街。ここがあたしの担当地域だ。
あたしは・・・ま、ぶっちゃけた話、人間じゃない。
妖精だ。幸運の女神っていうかー、福の神っていうかー、まあそんなようなもの。人間のお願いってヤツを、かなえてやれる力を持ってるんだ。それを使うのが、あたしら妖精の仕事ってわけ。
あたし自身にはまだそれほど、ごたいそうな力は備わってない。だから、一回の訪問で、かなえてやれるお願いは三回こっきり。
でも最近は、そのたった三回も、何かめんどくさい。
だってさぁ、自分の願いじゃなくって、他人の願いをかなえるのよ。しかも相手は、願いをかなえられた途端に、あたしに会ったことをスカーンと忘れる、と
きたもんだ。
何か、やってらんないよー。
・・・ってグチってても、しょうがない。さあて仕事、仕事。せめて、いい男の子でもゲットして、願いをかなえ終わるまでのデートでも楽しもうかなー。
見た目、子どもっぽいけど、何せ幸運の女神のタマゴ様だもんね。あたしとデートできる男はラッキーだよ。
あたしは、赤のダッフル・コートにストレッチ・ブーツという、ごくフツーの女の子の装いで、暮れ始めた街をゆっくりと歩き始めた。
電飾された街路樹は、赤・青の光を放って、クリスマスのムードがあふれてる。こじゃれた紙袋を提げたお姉さんや、不似合いな花束を、隠すように歩くお兄さん、いろんな人が、次々にあたしとすれ違っていく。
そうね。こういうにぎやかさは、悪くない。
少しきげんを直して、あたしは軽く伸びをした。
そうして、ふと上を向いた時、近くの建物の屋上に、小さな人影があるのに気がついた。
目をこらして見ると、それはどうやら、パジャマ姿の男の子。屋上のさくから半分身を乗り出してて、どこか、あぶなっかしい。
はっ、まさかあの子・・・。
気がつくと、あたしはその建物・・・病院目指して、走り出していた。
自殺? じょーだんじゃないわよ。よりによって、幸運の女神のタマゴのあたしの前でなんてー。
「ま、待ったー、早まるんじゃないー。」
屋上につくと、あたしは息たえだえに叫んだ。
あたしの声に、男の子が振り返る。
はー、間に合ったぁ。あたしは、その場にへたりこむと、こっちにおいでと、男の子に向かって手まねきした。
男の子は、びっくりしたような表情を浮かべたまま、ゆっくりさくから降りて、あたしの方に近づいてくる。
さらさらの黒髪にドングリまなこ。年齢は八歳・・・
くらいかな。顔は白っぽいけど、そんなに具合は悪く見えない。
「君、だれ?」
ドングリ目のまま、男の子がたずねる。
「そんなことよりっ、いろんな悩みもあるだろうけど、飛び降りるってのはダメ。絶対にダメだよっ。」
思わず握りこぶしを作るあたしに、男の子はドングリ目を一回り大きくして言った。
「え? そんなこと、しないよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「空を見てただけだよ。」
「へっ? そ、空ー?」
あたしの声は、見事に裏返る。男の子は、少し困ったような表情でうなずいた。
はーぁぁ。じゃあ、あたしのただのカン違いってワケだ。
「ま、まぎらわしいこと、しないでよねっ。」
変にマジになったのが、照れくさくなって、あたしは、ぶっきらぼうに言った。
「ん、ごめん。でも・・・来てくれて、ありがとう。」
「へ? ありがとうって、あんた・・・。」
意表をつかれて、言葉につまったあたしに、
にっこり
初めて男の子は笑顔を見せた。
何だか変な子ー。でも・・・いいヤツじゃん。
その瞬間、今回のターゲットは決定した。ひゅー。強くなってきた風が、髪を躍らせて通り過ぎる。屋上からながめる街のイルミネーションも、夜の黒を背景に、徐々にあざやかな姿を浮かび上がらせてくる。
いつもと同じ、そんな冬の夜。でも、今夜はちょっぴり特別だね。
聖夜が街に降りてくる・・・ってとこかな。
「ぼくは裕太・・・島谷裕太っていうんだ。君は?」
「ん、発音むずかしいからねえ。・・・ルゥでいいよ。」
「ルゥちゃん?」
「ルゥでいいってば。」
「ルゥは何年生? 六年生くらいかなあ。」
「じょーだん。もっと上だよ。そこまであたし、ガキっぽく見えるー?」
ありふれた自己紹介が終わると、あたしは唐突に本題に入る。
「実はあたしさぁ、幸運をもたらす妖精ってヤツなんだ。」
「わあ、すごいなあ。ぼく、初めて会ったよ。」
あれ? あっさり答える裕太に、あたしはちょっとおどろいた。
普通はここで、だれも信じちゃくれない。たいていは、危ないヤツだと思って、あたしから離れちゃうか(もったいないっ)、最初の願いをかなえてもらって、やっと信じるか、どっちかだもの。
やっぱり、何か変わってる子かも。けど、妖精の存在を信じてくれる子がいるってのは、うれしいもんだ。
「今夜は裕太の願いをかなえてやるよ。」
「本当? うれしいなあ。」
裕太は、大きな目をきらきらさせて、あたしを見る。
「ただしっ、三つだけだよ。慎重に考え・・・」
「雪を降らせてっ。」
いきなり答えが返ってきた。
がくっ。慎重にって言ってるそばから、これかい?
病気が良くなるとか、頭が良くなるとか、他にもっと有意義な使い道、あるんじゃない?
あたしは、ぽりぽり頭をかくと、ゆっくり言った。
「あのねー。もうちょっと考えてみてからにしなよー。」
「雪を降らせて。」
・・・どうも決心は変わらないらしい。
こいつ絶対、遠足の前の日なんかに、熱心にてるてる坊主作ってるタイプだ。あたしはひそかに確信した。
「わかった。やってやるよ。」
目を輝かせてる裕太に、あたしもようやく決心してうなずく。すぐに‘ただし’とつけ加えて。
「たくさんはムリだよ。・・・まさか、雪だるま作りたいとか。」
「ううん、ちょこっとでもいいんだ。」
あ、助かった。自然に干渉する力って、結構疲れるんだ。あたしはこっそり安心すると、仕事に取りかかった。
「じゃ、始めるよ。」
裕太から少し離れると、両手を胸の前に置く。そして、その手を空に向かってゆっくりと広げた。
裕太の願いをかなえよ。この地に雪をーー。
ふわり
しばらくして、あたしと裕太のまわりにちらちらと粉雪が舞い始めた。
「わあ、雪だ雪だ。ルゥ、ありがとう。」
「ふうっ。・・・どういたしまして。」
軽く息を整えてから、満面笑顔の裕太に返事をする。
さすがに疲れたー。
裕太は、うれしそうに空を見上げながら、手のひらで雪を受け止めてる。時々、パジャマのそでで、目のあたりをこすってるところを見ると・・・泣くほど感激してるらしいや。
そのせいか、よろこんでるはずなのに、表情がどこか切ない。
つくづく変なヤツ。いや、素直でいいヤツなのかな。
振り返った裕太が、あたしを見てにっこりと笑う。
思わず笑顔を返して、あたしはあわてて頭を振った。
だめだめ。感謝なんて今だけだよ。どうせ、願いをかなえ終わったら、あたしのことなんて、忘れちゃうんだ。
喜ぶだけ、ムダだよ。
あたしはすぐ、気持ちを戻して言った。
「最初の願いはこれでかなえたよ。次はどうする?」
「次?」
ふりむいた裕太は、視線を下の街に落とした。
「あのね、うちに行きたいんだ。いっしょに来てくれる?」
「うち?」
「うん、お母さんのところ。きっと今なら、家にいるはずだから。」
へーえ、甘えん坊な願い。けど、笑い事じゃないんだな、きっと。そう悪くは見えないけど、入院してると、やっぱし簡単に‘家に帰ります’ってわけにはいかないんだ。
よっしゃ。せっかくのクリスマスだもんね。つい
でに最高のホームパーティを演出してやろうじゃないか。
「楽勝、楽勝。まかせとけって。」
裕太にウインクすると、あたしはタン、と地面をけった。
ふわり、と舞い上がるあたしの周りに、
きらきら
粉雪に混ざって、無数の光の粒がちらばる。
その光の中にたたずむ裕太に、あたしはもう一度光の粒を注いで手まねき。
「おいで。これであんたも飛べるよ。」
妖精の粉を浴びると飛べる。ふふ、これは実話なんだぞぉ。
大丈夫、ちっとも疲れないから。
安心させるように言うと、裕太はこっくりして、
あたしのマネをする。じきに裕太はあたしの横に並んだ。
「飛んでる時は、他のヤツには見えないんだぞ。便利だろう。」
「そうだね。・・・あっちなんだ、ぼくのうち。」
屋上から離れると、裕太の指さす方向へと向かう。
先に進むのは慣れたあたし。裕太は少し遅れて、不器用にゆらゆらと飛ぶ。大通りの上にさしかかると、さっきまでは聞こえなかったジングルベルの音楽が、耳に届いてくる。
「楽しそうだね。みんな笑ってるよ。」
「ああ。裕太のおかげで、ホワイト・イブになったしな。」
通りすがりに、街路樹に飾られた鈴を、しゃらんと鳴らして、ごあいさつ。びっくりして見上げる人々を見て、あたしと裕太はこっそり笑った。
しばらく行くと、同じような団地の並ぶ、住宅街の上に出た。その中の一室が、裕太んちだった。
部屋からは、カーテンごしに明りが灯ってるのが見える。そのベランダに裕太はふわりと降り立った。
「ちょっと裕太。玄関からじゃないと、ヤバイんじゃない?」
「ここでいいよ。」
後ろで浮かんでるあたしを振り返って、裕太は言った。そうして一度、カーテンの向こう側をじっと見つめると、窓をたたいた。
こん こん
本当にたたいてるとは思えない、軽い音が響く。
それを何度かくりかえしているうちに、窓の向こうで、人の動く気配がした。それに合わせて、裕太はさっとベランダから離れて、身を隠した。
「裕太、何で逃げるんだよ。せっかく・・・」
「しいっ。」
いきなり飛び出していっておどろかすにしても、ちょっと過激すぎやしないか? そう思ってるうちに、
カラカラ
ベランダの窓の開く音、それに続いてほっそりとした女の人が姿を現した。それが裕太の母さんだということは、一目でわかった。
でも何となく、寂しげな表情だなあ。
裕太の母さんは、音の正体を探すように辺りを見渡した後、また奥に戻ろうとして、またこちらを見て足を止める。あたしたちに気がついたんじゃない。
視線はその後ろだ。
「雪・・・。」
そうつぶやくと、まっすぐベランダの手すりに近づく。そして裕太の母さんは、身を乗り出すようにして、そっと空へ手を伸ばした。
舞い落ちる雪を、手のひらで受け止める。まるでさっきの裕太のように。
表情がゆっくりだけど、笑顔にと変わってくる。
「よかった。お母さん、笑ってる。」
それを見て、裕太もつぶやく。とっても幸せそうに。横で笑顔未満の表情を作るあたしは、ふと視線を部屋の方に泳がせた。
ゆれるカーテンの向こうの部屋には、やたら元気な裕太と笑顔の両親の写真。それは、よくある家庭の一面なんだけど、その横を見て、さすがのあたしもギョッとする。
だってそこにあるのって、まだ新しい裕太の・・・
位牌?
ちょっと、ウソだろっ?
「おい裕太、あんた・・・。」
幽霊? あたしが言う前に、裕太はこくんとうなずく。それだけで十分だった。
「お母さんはね、雪の多い町で育ったから、雪が大好きなんだ。いつも笑ってたお母さんが、ボクのせいで泣いてばっかりになっちゃって。だからボク最後に、お母さんに雪を降らせてあげるから泣かないでって言ったんだ。でもそんなこと出来なくって・・・
ルゥ、ホントにありがとう。」
裕太の言葉に答える前に、あたしはそっと裕太に向かって手を伸ばす。やっぱり。手はどんなに近づけても裕太には届かない。
「そりゃあね、死んじゃうのはイヤだったけど、お母さんが泣いたままなのは、もっとイヤなんだ。」
そうだ。どうして最初に気がつかなかったんだろう。あたしら妖精は寒さなんかは平気だけど、こいつらは、寒空にパジャマ一枚で平気なわけ、ないんだってことに。
そのことに、今気づくなんて、まだまだ未熟者だ、あたしも。けど、まあこれも何かの縁だ。もう少し付き合ってやるよ。
「よかった。お母さん、もう大丈夫だよね。」
目をごしごしこすりながら、横の裕太は泣き笑い。
その時裕太に、母さんがまだぎこちない笑顔を向けた。空に浮かぶ裕太の姿が母さんに見えるはずはない。けどあたしには、確かにそう見えたんだ。
‘裕太’。そんな声と共に。
母さんの悲しみが癒されるには、まだ時間はかかるだろう。けど、この裕太の気持ちは、必ず届いてるよな。
真っ白な雪に託した裕太の、精一杯の贈り物・・・か。
満足そうな裕太に、あたしは再びたずねた。
「で、どうする? あと一つ、願いは残ってるぞ。」
「もう十分だよ。」
「何言ってんのさ。あんた、自分自身の願いはちっとも言ってないじゃないか。」
そう。かなえたのは‘裕太の母さんの幸せ’だ。
けど裕太はやっぱり首を振った。その裕太の体が薄くなり始めてることに、あたしは気づいた。
「ちょっとー、‘迷わず成仏’にはまだ早いぞー。」
「じゃ、残りの一つは、ルゥの好きなことをかなえて。それならいいよね。」
もう一度‘ありがとう’の言葉を最後に、裕太は本当にあたしの前から姿を消した。後には淡い光が、残像のように浮かぶ。
残されたあたしは、しばらくぼうぜんとしていたけど、ぱんぱんっと両手で頬をたたいて、気を引きしめ直す。
そして、最初に降りた街角に、再び舞い降りた。
カーン カーン
近くで教会の鐘の音が聞こえる。こんな街でも、今夜は鐘の音がよく似合う。
行き交う人たちは皆、粉雪のクリスマスに顔をほころばせてる。そんな人たちを見て裕太もよろこんでたっけ。会ったこともない人たちなのに。
さて裕太。あんたにもらった最後の願い、使わせてもらうよ。
あたしは空に向かって、手を広げる。そうして祈った。
今宵、すべての人へ、ささやかな幸運を。
こんな中途半端な願いじゃ、たいして効果ないかもね。でも、そうせずにはいられない。
願いをかなえるのは、笑顔が見たいから。感謝されたいからなんかじゃない。そうだよな、裕太。
そんな大切なことを、今やっと思い出したよ。
「・・・ねえ、ねえってば。」
「え?」
話かけられてることに、ようやく気づく。あたしの前にいるのは、おそろいのコートを着た二人の女の子。姉妹風。
「あなたも、教会のクリスマス会、行くんでしょ?」
「いっしょに行かない? 一人じゃつまんないよ。」
にっこり
二人が笑いかける。あたしも笑顔でうなずいた。
途端に幸せな気分が、胸いっぱいに広がってくる。
そうだな。今夜はこの街ですごしてみよう。そう決めると、あたしは二人と並んで歩き始めた。
ひらひら ひらひら
雪はまだ、静かに降り続けてる。こんなに降り続くなんて、ちょっと予想外。
もしかしたら、明日は雪だるまが作れるくらいに、
積るかもしれないね。
今宵、すべての人たちに幸せを。
メリー・クリスマスおしまい