ともだち TEXT BY ぴかちゅう樣
人里から遠く離れた山の奥に、小さな森がありました。
その森には、たくさんの動物たちがすんでいました。動物たちは、みな仲が良く、森の中はいつも動物たちの、楽しそうな声であふれていました。
そんな森に、ある日一匹の風変わりな猿がすみつきました。猿はやせっぽちで、体の毛はところどころ赤や茶色に染められ、その上古びたチャンチャンコのようなものを着ていました。
旅の大道芸人に飼われていたのです。
それがある日、台風に遭い大雨に流され、気がついた時には、見知らぬこの森にたどりついていたのです。
猿の名前は、勘太といいました。
勘太が、初めて森の動物たちの前に現れた時、まだ人間すら見たことのない動物たちは、おかしな物を纏い、体の色まで変な勘太を遠くから恐る恐るながめるだけでした。
勘太を仲間はずれにしようなどと思ったわけではありません。ただただ、びっくりしていたのです。
「・・・お猿さんだよなあ。」
「けど変な格好だぞ。なあ、お前そばに行ってこいよ。」
「ちょっと怖いなあ。」
そのうちに、ようやく一匹の鹿が、決心したように勘太に近づこうとしました。
少しくらい変わっていてもやはり、森に来た新しい仲間として、勘太と仲良くなりたいと思ったからです。他の動物たちもそわそわと、ふたりをとりまくようにして、様子をうかがっていました。
けれども勘太は、そんな森の動物たちを、うんざりしたような目で、チラリと見ると、さっさと自分の方から、その場を離れていってしまったのです。
「もうジロジロ見られ続けるなんて、ゴメンだよ。」
みんなが、あっけにとられる中、勘太は人間に飼われていた頃のことを思い出していました。
村から村へと、旅を続けていた勘太は、いつも人間たちの視線にさらされて生きてきました。持ち芸の一つの、笛の演奏はとても上手でしたが、
見世物にされることは、とても嫌いでした。
勘太をとりかこんだ大勢の人間たちの好奇の目、時々ばかにしたように笑う声が、勘太の脳裏によみがえっていたのです。
こいつらも、ただ珍しがって見ているだけなんだ。
勘太には、まわりに集まっていた動物たちが、そんな風に思えたのです。
「何だ? あれ。」
「つまんないなあ。ニコリともしなかったよ。」
勘太の態度に、そばに寄ってきた動物たちも、がっかりして一匹、また一匹と去っていき、とうとう誰もいなくなりました。
それからずっと勘太は、誰と口をきくこともなく、森の中でくらしていたのでした。
そんな独りぼっちの勘太でしたが、寂しいなどとは、これっぽっちも思っていませんでした。
実は勘太には、小さな友だちがあったからです。
台風の時にも、しっかりと握りしめて、いっしょにこの森にやっていた、小さな笛です。
見世物として、笛を吹かされるのはいやでしたが、人間たちが酒盛りをしている時や、皆がぐっすり眠りこんでいる時、勘太はよくこっそりと笛を吹いていました。
ひとりで笛を吹いていると、その日の辛かったことも吹き飛んで、心がなごみました。長い旅の間、いつもこの笛の音は、勘太をなぐさめてくれていたのです。
「だから、僕にはこの笛があれば、十分なんだ。」
森に来てから勘太は、太陽が沈むころになると、その友だちの笛を吹くことにしました。
ばかにしたようなヤジも飛ばない。自分の好きな曲を、好きなだけ吹いていられる。それだけで勘太は、新しい森での生活を、十分幸せだと思いました。
毎日、川のほとりで勘太は静かに笛を吹きました。
一日で一番きれいな光を投げかける夕陽は、きらきらと水面を照らし、
時までも、勘太の笛の音に合わせるように、ゆっくりと流れていくようでした。
森には、勘太の食べる木の実が、たくさんありました。始めはやせっぽちだった勘太も、だんだんと丈夫になっていき、毛が抜けかわるころになると、もうすっかり普通の猿と変わらないくらいになりました。
そして、人間に飼われていたころと、姿が変わっていくにつれて、むっつりとしていた勘太の心の中も、知らず知らずのうちに、変わっていきました。
今まで気にもとめていなかった小さな花や、昆虫たちにも目が行き、水の中で、きれいな落ち葉や花びらが、くるくる踊る姿まで、見つけるようになりました。
そんな時は、不思議に心がはずみました。
耳をすますと、頭の上ではたくさんの小鳥たちが、合唱しながらはばたいて行くことに、気がつきました。しげみの向こうでは、かわいらしいうさぎたちの笑い声が聞えます。その向こうでは、たぬきの親子の楽しそうな話し声も、勘太の耳に入ってきました。
夕暮れ時に、そんな声が聞えてくると、勘太はいつの間にか笛を吹く手を止めて、耳を傾けるようになりました。そして、そんなことをしている自分に驚くのでした。
そのうちに勘太は、そんな声を聞いたり、きれいな花を見つけた後には
いつも、それまで楽しかったはずの笛の音が、とても物足りなく聞えてくるようになってきたのです。
一番お気に入りの曲でも、村祭の時の賑やかな曲でさえも、心ははずみません。
こんなことは、初めてでした。
「どうしてだろう。」
何日目かの夕方、勘太はもやもやした気持ちのまま、ふうっと大きなため息をつきました。
一すじの風が、ひゅうっと勘太に向かってふいてきました。まるで体の中にまで吹き込んでくるようで、勘太は思わず身を竦めました。
その勘太の耳にふと、二匹のきつねの声が、風に乗って入ってきました。
「なあ、おととい一本杉の家で、十ツ子が生まれたって話、知ってるか?」
「ああ知ってるよ。そこの家のヤツがすごく喜んじゃって、もうあっちこっちの友だちに、しゃべって歩いてるっていうんだから。」
友だち、おしゃべり。
その時、勘太はようやく、自分が物足りないと思っていたものに気がつきました。
本当の、友だち。
そう、友だちだと思っていた笛の音はとても優しいけれど、決して勘太には、話しかけてはくれないのです。ステキなことを見つけて、それをどんなに話したくても、笛は聞いてはくれないのです。
新しい森での生活は楽しいことがいっぱいありました。けれどもそれ以上に、森の中には友だち同士の、楽しいおしゃべりがあふれていたのです。
知らず知らずのうちに、勘太はそんなおしゃべりに惹かれていたのです。
人間に飼われていた時は、辛いことや、いやなことでいっぱいでした。
今の方が、ずっとずっと幸せなはずのに。悲しいなんて、思うはずはないのに・・・。
「でも・・・どうしようもないんだ。」
自分は、その友だちを最初から突き放してしまっていたのだから。
勘太は、手にした笛を足元に置くと、声をたてずに泣きました。寂しくて寂しくて、生まれて初めて泣きました。
その時――
「・・・今日は、お歌、歌わないのかな。」
「・・・いつもなら、もう聞えてくるのにね。」
近くの茂みで、小さな声がしました。勘太が涙にぬれた顔をあげると、
茂みの中に、野ねずみの子どもが二匹、こっそりとこちらを向いて立っているのが見えました。勘太と目が合うと、子ねずみたちは少し怖そうに身を縮めましたが、逃げもせずにじっとこちらを見つめていました。
勘太も二匹をじっと見つめました。
二匹の小さな目は、くるんと丸い、かわいらしい目でした。勘太が覚えている、いつかの見物人たちのような、好奇の目ではありません。それどころか、今まで勘太が見たことのない、暖かい、優しい目でした。
勘太は、ドキドキしました。ドキドキしながらも、
「これは歌ってるんじゃないんだ。笛っていうんだよ。」
こんな言葉が、ふっと勘太の口をついて出ました。
自分でも信じられないような気持ちでした。勘太は一回深呼吸をすると、ゆっくりと笛を吹き始めました。笛の音は、少しふるえていたけれども、いつもよりも、ずっと澄んだ音を、森にひびかせました。
「きれいな音だよねえ。」
「フエっていうんだってねえ。」
声をかけられて安心したのか、子ねずみたちは、だんだん勘太に近づいてきました。そして勘太の両わきまでやってくると、笛に合わせて楽しそうに、首を左右にかたむけました。その様子を見ているうちに、勘太は自分の心の中で、冷たく固まっていた何かが、だんだんと消えていくような気がしました。
(そういえば、人間の前で吹いていた時にも、こんなことがあったっけ・・・)
勘太は、人間の子どもたちも、やはり勘太の笛に合わせて、跳ね回っていたことを、思い出しました。そして、そんな子どもたちが、決してキライではなかったことも。
(イヤなことばっかりでも、なかったんだ。)
「――今日のうたは、とてもすばらしいですなあ。」
「――おや、あなたもいらしてたんですか。」
「――ええ、じっとしてなんていられませんよ。」
いつの間にか周りには、子ねずみばかりではなく、いつかのように、たくさんの動物たちが集まっています。
いつもは、遠くでそっと耳を傾けていた動物たちが、今日の特別に優しい笛の音に惹かれて集まってきたのです。そしてみんな、すっかり子ねずみたちと仲良くなった様子の勘太を、にこにこしながら見つめていました。
びっくりした勘太が演奏をやめると、その輪の中から、ゆっくりと近づいてくる者がありました。
あの時と同じ、若い鹿でした。
けれども勘太は、もう逃げだそうとはしませんでした。
「改めて挨拶するよ。ようこそ、ぼくらの森へ。」
「・・・よろしく。」
勘太も小さな声で言うと、ぎこちなく笑いました。その日からも、夕暮れ時になると、勘太の笛の音は森の中に流れました。
けれども、その笛にはいつも、動物たちの歌声がいっしょでした。
「ねえ勘太、お月さんの歌を吹いてよ。」
「日が暮れたら、うちへおいでよ。おいしいドングリ見つけたんだ。」
「ありがとう。」
暖かいおしゃべりを挟んで、演奏は続きます。
こうして笛は、たくさんの友だちとの合唱で、前よりもずっとずっと美しい音色を、森いっぱいに響かせるのでした。