牛乳で育った鹿「シキ」

シキとの出会い

 平成18年6月6日、僕がトラクターに乗り一番草の刈り取りをしていると、従兄から一本の電話が入った。
彼も一番草の刈り取りをしていたようだ、「今草を刈っていたら草地の真ん中に小鹿がいて危うく機械で切ってしまう所だった.
親も居ないし育てないか」との事だった。「わかった、この仕事が終わったら連れに行くよ」
僕は子供の頃から鹿を飼って看たいと思って居たので、心弾ませ急いで、刈り取りの仕事を終え、連れに行いった。
鹿は小さな段ボールの箱に入れられていた。連れて来て、箱を開けると、とっても小さく足も割ばしを少し太くした位で、
可愛い雌鹿でした、中でおびえる様に小さくなっていた、早速子牛を育てる小屋「カーフハッチ」に干し草を敷き、
その中に入れてやった。しかし小鹿はおびえる様にハッチの隅にうずくまっていた。
早速、妻の郁子が人間用の哺乳瓶を買いに行き、牛乳を飲ませ様としましたが、哺乳瓶の乳首が大きく、小鹿は飲もうとしません。
そこで、注射器に牛乳を入れ、無理に飲ませた所、意外と簡単に飲んでくれました。
3日位、注射器で飲ませて、また哺乳瓶で挑戦した処今度は、大きく口を開け素直に飲んでくれました。これで一安心です。
そして郁子が「名前を『シキ』にしよう」言い出しました。
「よしシキにしよう、これで決まりだ」小鹿は『シキ』と決まりました。

              8月中旬のシキ

家出騒動
 牧場に来てから2ヶ月が過ぎました。シキもかなり大きくなり、耳が大きく可愛くなって来ました。
ハッチの中だけでは可哀そうだと思い、庭の芝生に出して遊ばせてみました。
楽しそうに駆け回り、猫がいても平気で遊んでいました。ある日、いつもの様に芝生で遊ばせて居ると、
急に駆け出して家の裏のヤブの中へ駆け込み、出て来ませんでした。少し経ってから、
哺乳瓶を持って連れに行くと喜んででてきました。
鹿は本能的にヤブの中が安全な場所として知っているのではないかと思いました。
それから数日が過ぎ、その日もいつもの様に芝生で遊ばせていると、何時もと違う方向の林の中に駆け込んで行きました。
夕方になっても帰って来ません、心配になり、「シキ、シキ」声をかけながら探しましたが、見つかりません。
とうとうその日は帰って来ませんでした。その夜僕は心配で眠れませんでした、翌朝仕事を終わらせ、
哺乳瓶を持ち、「シキ、シキ」声を掛けながら林の中を捜しました。家から三百メートル位離れた所で、
何処からともなくシキがしっぽを振り振り嬉しそうに現れました。腹が減っていたのか、
哺乳瓶にかぶり付き牛乳を飲んでいました。親鹿ならきっと小鹿の体を舌で体をなめてやるのでしょうが、
僕は首筋を両手でさすって挙げました。牛乳を飲みほすと、安心したのか、僕の横に付いて家に帰って来ました。
帰って来た事を伝えると、家族も大喜びでした。この事がきっかけで「シキ」との絆が出来ました。
それから、ハッチから外へ出して遊んでいても、僕の居場所を確認しながら遊ぶ様になりました。
この頃から、餌も子牛の離乳食ペレットや草も多く食べる様になり、僕が牛舎に行くと付いて来て、
最初は牛が怖いのか、建物の中に入るのが怖いのか、僕が仕事をしていると、窓の外から心配そうに
「ヒュー、ヒュー」と鳴きながら見ていましたが、その内に、決心したのか、恐る恐る牛舎の中に入って来ました。
そして、牛の餌も拾って食べる様になり、牛も驚く事無くシキを見ていました。


            

 散歩

シキも牧場に来て4ヶ月経ち、背中の白い斑紋も少しずつ消え始め、体もかなり大きくなって来ました。
牛乳も一回に2リットル飲む様になり、離乳食もかなり食べる様になって居ました。
僕が「シキ」と呼ぶと、草を食べて居ても飛んで来る様になり、散歩に出掛けられるようになりました。
長靴を履いて、離乳食の餌を持ち、シキと犬の「コト」を連れ散歩に出かける様に成りました。
一人と二匹の散歩の始まりです、コースは車の通らない山道や山の中や、牧草地を選んで歩きました。
犬の「コト」はリードを付けずに僕の先を歩き、
シキは僕の後ろをトコトコとこれもリード無しで付いてきます。コトはしばらく行くと後ろを向いて、
僕の行く方向を確認しながら、また先を歩いて行きます。シキは僕の後ろを付いて来て、しばらく行くとこれも後ろを向いて、
今来た道を確認するのか、覚えるのか、しばらく見ていて、また付いてきます。この時僕は、
「鹿の本能で来た道を覚えていくのか」と思いました。散歩の途中、其処ら辺に生えている草を食べ、
時々ペレットの餌を与えて、1時間から2時間位散歩をしました。時には林の中で雑木が生えていても、
木にぶつからないかと心配するほど走り回り楽しんで居ました。6ヘクタール位ある広い牧草地では喜んで走り回り
僕の処へ戻って来た時は「ハーハー」と息を切らして居るほどでした。
朝霧アリーナと言って日曜日など多くの人が
集まる広場へも散歩に行きました。パラグライダーの練習している人、犬を遊ばせている人、キャッチボールをしている人、
色々な人が来ていました。おかげで、色々な人たちと知り合いになりました。牧草地を通り、防風林の林を抜けると、
アリーナに出ます。出た所の高台から一望出来るので、犬の大会や、イベントなど行われて居る時は、そのまま引き返し
違う所へ散歩のコースを変えていました。この頃が一番楽しい時で、散歩に行くのが「シキ」や「コト」はもちろんも僕も楽しみでした

                    


   親離れ
散歩を始め、5ヶ月が過ぎ3月に入り「シキ」に少しずつ変化が現れ始めました。今までは、僕のすぐ後ろを付いて来ましたが、
草を食べて居て、かなり距離を置いてから走って来る様になり、時には呼ばないと来なくなり、僕から距離を置いて遊ぶ様に
なって来ました。しかし散歩は楽しいらしく「コト」と一緒に続けていました。4月下旬頃から自分の好きな方向へ行く様になり、
散歩が大変になり始めていました。小屋のカーフハッチにも入るのを嫌がり、なかなか入ろうとしません。ちょうどこの頃でしたが、
哺乳瓶の乳首を食いちぎってしまいました。新しい乳首を買って来て牛乳を与えたのですが、匂いが違うのか、
それから牛乳は飲まなく成り離乳となってしまい、花壇のチューリップ、植木や花の新芽を食べてしまうので、この頃から
心配の種が出来ました、映画「小鹿物語」を思い出したからです。近くの農家の野菜畑を食べ荒らし、苦情が来るのではないか
と思う様になり、「シキ」にリードを付け訓練しようと始めましたが、
シキは嫌がり頭を下げ、上目使いに、すごく悲しそうな目をして僕を見て居ました。その時の目は今でも忘れられません、
仕方なく、リードによる訓練はあきらめました。しかし何とかしなくては、との思いに僕はパイプと網で柵を作ることにしました。
僕の気持ちの中に「自然に返そう」と言う気持ちと心の隅に「何とか手元で飼いたい」と言う気持ちが有りました。
そして手元で飼う事を決め、早速ホームセンターに行き材料の調達をし、柵を作りました。もう少しで出来上がるという時に、
朝霧アリーナで知り合った人が、「シキ」に会いたいと訪ねて来ました。その人がいつも外に居るシキを見ていたので、
カーフハッチのドアを開けたのでした。僕はシキが芝生を歩いて居るのを見てがく然としてしまいました。
もうカーフハッチに入れるのは無理だと思ったからです。しかし、少し時間を置いて考えて見ると、
「神様が、こんな事をしてはいけないよ」とドアを開けたのでは無いかと思える様に成り柵を作るのを諦めました。


  旅立ちの日

カーフハッチに入らなくなってから、しばらくは家の周りで遊んでいて、夕方五時ごろになると、トコトコとゆっくりした
足取りで家の裏の林の中へ行き、朝七時頃に出て来てペレットの餌を食べて、一日中遊んで居ると言う事がしばらく続きました。
でも、どこか寂しそうでした、平成17年5月3日その日もヤギの居る所で遊んで居て、昼近く、隣の牧場で
大勢の人達の声が聞こえると、スーと立ち上がり、やはりゆっくりした足取りで、その人達の方へ向って歩いて行きました。
僕はその姿を見て「もう帰って来ない」と感じていました。それからやはり帰って来ませんでした。

  再会
6月中旬のある日、酪農体験をして居て後半の頃、何処から来たのか、シキが現れました。体験をしていた子供達は大喜びでした。
一か月振りで見るシキは体も少し大きく見えました。そして、酪農体験の記念写真の時は皆の並んで居る前をゆっくり歩き
チャッカリと写真に納まって居ました。そしてまた林の中に消えて行きました。それから数カ月に一度現われて、
僕たち家族に元気な姿を見せてくれます。

            



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