写真への拘り。。 
                      
                                             2006年5月7日 「真面目」なおやじ 

元々私は記録をとる。思い出のあるものは大事にいつまでも残しておく性格でもありますが、あるきっかけで、
更に好きになり、写真に拘りを持つようになりました。
私は事務職を永年務めており、まったく体を動かすことも無く、今までは無事でありましたが、会社の人間ドック
での検診で、「運動しなければ肥満になり、コレステロールも急に上昇しています。このままですと。。」と驚かされ
ました。 この年になって健康が大事、命が大事なんて思いませんが、医者に言われると悔しい気持ちがしました。
このまま老いるのはもったいない。。何かしなくては。。などと考えましたが、健康増進なんて言われても何も無い
ものなのです。 いまさら、ジムに行く。走る。などは性格上三日で終わってしまいます。
何もアイデアーが無いまま過ごしていましたが、ある日、愛知県香嵐渓に行ったときから変わりました。
愛知県香嵐渓は紅葉の名所で知られています。光と葉の綺麗さに魅了され、「こんなに綺麗なところが。。」と
沢山の写真を撮りました。
帰宅して、パソコンに取り込み見てみると、そこには綺麗な別世界が有ったのです。 香嵐渓の写真へ

「綺麗なものを綺麗に撮る」って素晴らしいことなのだ。と感動しました。それから以後、「綺麗なものを綺麗に撮る」
更に「綺麗に。。。。」と拘りを持つようになりました。
それからは各地に行き「綺麗に。。」を心がけ走り回っています。
そして何より、歩き回り健康になることが強制してできるようになったのは嬉しいことでもあります。
もっかドライブ&運動&写真を続けております。
以下は写真への拘りについて書いておこうと思います。

         ・記録より綺麗に。。
          
          元来、写真と言うものは記録し思い出を振り返るため撮るのが目的でもあります。
          私も子供たちの幼い時、色々なところの写真が沢山ありますが、その時代ごとに記録され、時々、思い出を
          振り返っております。 実に沢山思い出を撮り続けたものだと自分でも関心するくらいあるのですが、どれも
          単なる記録になっており、自己満足にと止められています。
          人には綺麗な瞬間があります。例えば、何も分からない子供の時、結婚する時、子供を育てている時など
          ほんの一瞬でも輝き、綺麗になることがあります。 人間以外も綺麗な瞬間が沢山あります。
          それら、綺麗な瞬間を狙い、「綺麗なものを綺麗に撮り」残しておきたいと拘っております。
          
         ・瞬間を綺麗に撮る
          
          人間の感覚はいい加減であり、ましてや動いているものなどを撮る場合、もっといい加減になります。
          その中で綺麗な瞬間を綺麗に撮るためには、数多く撮り、その中から選び出すしかありません。
          例えば「紅葉の葉を綺麗に撮る」風も吹き光も変わります。同じものを数枚撮っても綺麗さが異なります。
          人を撮るのも目の動きや周りの環境によってもまったく雰囲気の違う写真になります。
          沢山撮った中よりベストなものを選ぶ。これならその人のレベルに合わせできるはずです。
          もっともプロは、同じシーンでも何十枚も撮り、その中の一枚を選びますから、素敵な情景が得られる訳です。
          幸いにして、今ではデジカメで撮り、パソコンで不要なものを消す事ができますから、同じ情景を数枚撮り、
          選び出すと言うことが、簡単にできます。良い時代になったものです。
          但し、この方法は時間の余裕が必要になりますが、私の場合は、フリーになれる時間を努めて作り撮ること、
          選ぶことに余裕を持たせています。

        ・腕を磨く
      
         これは個人差もあり難しいことですが、私は「フジフイルムの写真専用サイト」に投稿し、他の人がどう判断し
         綺麗と見てくれるかを実践しています。      フジフイルムの写真専用サイトへ  
         自分で綺麗と思っていても、錯覚している場合が多くあり、誰でもが「綺麗」と見てくれないと単なる「記録」に
         終わってしまいます。 腕を磨くと言うことは、見やすい写真を作るとことになります。
         当初、フジフイルムの写真専用サイトでは採用されるものが殆ど無い状況でしたが、二年経った今では、
         自分のベストと思われるものが、採用されるようになりました。
         昔撮った写真を見てみると確かに「単なる記録」になってることが分かります。
         他の方が撮った写真を研究することも必要です。ネットでの写真サイト、雑誌などから感覚の研究をする
         ようになりましたが、やはり人が認め掲載される写真は一味違うものがあり、感動します。
         「単なる記録」は心に残りませんが「感動し綺麗なものを綺麗に撮った」ものはいつまでも心に残ります。
         沢山撮って、厳選する目が養われてきたと自分では思っています。

        ・道具

         道具は、プロが使っているような高価なものは必要ないと思います。
         写真は道具だよ。。と言う人も多いですが、自分の撮ろうとしているものが、ちゃんと撮れる道具が必要です。
         確かに、昔の私のデジカメは撮る機能だけのものでしたが、今は、一眼レフのデジカメも発達し、綺麗に
         撮れるようになり、撮ることの楽しみが増加してきました。レンズを変え撮る楽しみは、美味しいお酒を利酒し、
         飲むのに匹敵します。(笑い)
         私は35ミリのフイルムカメラも持っていますが、今では殆ど使いません。フイルム写真に拘っている方も多い
         のですが、私のように数でこなしている人には維持するのが大変です。

        ・写真と健康
    
         前項にも書きましたが、今ではドライブ&運動&写真ですので、多い時には一日歩き回ることがあり、疲れますが
         翌日、疲れが残らないようになりました。
         精神的なストレス解消、強制的な運動が自然にできる、綺麗な写真を得ることができるようになりました。
         これからも時間を作り走り回りたいと思います。
         色々なところに出かけ、今までに見たことの無い御祭、景色に遭遇すると感動します。
         今の世の中、感動するものは少ないですが、感動するって良い事のようです。
         同じ地方でも知らないところが多くあるのですから、世間の広さを感じます。

       ・写真のテーマ

        私は何の写真でも撮りますが、最近「水と光」を事あるごとに考えるようにしています。
        元々写真は「光」の技術で完成されており、「光」をテーマにした写真が多くあります。
        ものの本によると「水と光」は写真でも奥は深く、難しいと言っています。
        色々なものを撮りながら、時にはテーマの写真を撮りたいと思います。
        素人のくせにテーマなんて生意気ですが、これも拘りですかね。
        ここである人を大阪の人を紹介しますが、この方はいつも拘り「カワセミ」を追っています。
        おらく何百枚の写真を撮っていると思いますが、永年拘りを持ち続けることって素晴らしいことです。
        私も一つのものを追える心の余裕を欲しいと思っていますが、老いて拘れるか問題です。
        でも拘りを持ちたいですね。

       ・綺麗な写真とは
        
        まずピントが合っていること。次に構図ですが、これは人さまざま構図の考え方が異なるようです。
        でも一般的に言うと誰が見ても見易い写真の構図かと思います。
        よく言われるのが三分の一画法と言われるものがあります。  三分の一画法の例題
        これは例題に示すように撮りたいものを三分の一の位置で撮ることです。
        これが結構綺麗に見えます。
        次に写真に付加価値を持たせることです。写真の付加価値とは撮りたいものの他に「従」となる
        ものを一緒に撮っておくと言う事です。
        写真に広がりを持たせる事になり、見た人を飽きさせないことらしいです。
        撮る瞬間これらを考えるのは難しいことですが、慣れだと思います。
        そう言う意味では私も修行が足りませんので、まだまだ頑張りたいです。

    以上 単なるおやじの独り言ですが、ともかく「綺麗なものを綺麗に撮る」ことにしばらくは拘りを持ちたいと
    思います。そして、ドライブ&運動&写真を楽しみたいと考えます。 皆さんも楽しんで下さいね。

 
        
                   
                                     2006.05.07  「真面目」なおやじ 記