Merry Christmas to you

 

「押すなよ!」
「おまえこそ!」
「あ〜ん、私も早くほしいよう・・・。」
「ほらほら、みんなお行儀よくして。」
サンタクロースの姿をした少年を子どもたちが取り囲む。少年はかがんで視線を子どもたちの目の高さにあわせると一人一人に微笑みながらきれいにラッピングされたプレゼントを手渡していった。ある子は頭を撫でられながら、またある子はにっこりと少年サンタに微笑まれ頬を染めながらそれぞれプレゼントを手にしていった。

「驚きましたわ・・・。」
知世がその様子を見ながらつぶやいた。その手にはしっかりビデオが握られている。
「李君が進んで引き受けてくださった上、こんなにも子どもたちに優しくお相手してくださるなんて・・・。」
その言葉に知世の隣にいたさくらも頷いた。
「うん、私もびっくりした。小狼君ってこんなこと好きじゃないと思っていたから。」
子どもたちの輪から少し離れてさくらと知世は小狼が扮するサンタクロースを見守っていた。元はといえばこうなったのは知世が二人にこぼした一言からだった。

 

「困りましたわ・・・。」
知世が頬に手を当て首をかしげて考え込んでいる。
二学期の終業式を明日に控え、三人は休みに入ってすぐに迎えるクリスマスのことを話していた。
「今年は知世ちゃんも一緒にお祝いしようよ。」
さくらがそう言って知世の顔を覗き込んだ。その時、知世の携帯が鳴り出した。
「はい、知世です。あ、お母様どうなさったんですの?えっ、・・・はい。わかりました。私も心当たりを当たってみますが・・・。もう時間がございませんわ。引き受けてくださる方がいらっしゃるかどうか・・・。」
ピッと音がして携帯が切れた。そして知世は冒頭の言葉を発したのだ。
「何かあったの?」
真っ先にさくらが口を開いた。知世は相変わらず困った表情を崩さずに答えた。
「実は・・・。」
大道寺トイズはその社長である園美の意向もあり、毎年この時期は親に恵まれない子どもたちの施設や病気の療養中で病院で年を越さなければならない子どもたちのいる小児病棟などを訪問し、自社製のおもちゃをクリスマスプレゼントとして子どもたちに贈っていた。ここ数年は通常大道寺トイズの若い男性社員たちや園美のお眼鏡にかなった精鋭部隊のバイト男性陣がサンタクロースに扮し子どもたちに贈り物を届けていたのだが、今年は運悪く悪性の風邪が流行し、その何人かが床に伏せってしまったのだった。園美は急きょあちらこちらに手配をし、数名の人材を確保したのだが、どうしてもあと数人頭数が足りなかった。そして知世にも何かつてがないか電話を掛けてきたのだった。
「誰でもいいのか?」
知世から事情を聞いた小狼が問う。知世はため息をつきながら答えた。
「誰でもいいのでしたら問題ないのですが・・・。母はあのとおりこだわりのある方ですので、バイト代ほしさにいいかげんな気持ちで子どもたちに接するような方はお断りだと申しておりました。」
三人は沈黙してしまった。今日明日のことでそのような人材がすぐに見つかるのはかなり難しいだろう。
「・・・俺じゃあダメかな。」
小狼の意外な言葉に知世とさくらは目を丸くして小狼を見つめる。
「小狼君が?」
「李君、本当ですの?」
二人は同時に驚きの声を上げた。今まで小狼がこうしたことに対し、自分から積極的にやりたいなどと言ったところを見たことがなかったからだ。
「李君でしたら母も間違いなく喜んでくれると思いますが・・・。」
知世は小狼の意志を確認するかのように小狼を見つめる。
「俺でいいならぜひやらせてくれ。」

小狼は知世に力強く頷いて見せた。

 

「本当に驚きましたわ・・・。李君の新しい魅力を発見した気分ですわ。」
再び知世が同じ言葉を繰り返す。知世は一時下ろしていたビデオをまた持ち上げてファインダーを覗く。真っ赤なサンタクロースの衣装を身にまとった小狼が子どもたちにもみくちゃにされている。抱っこしてとせがまれたのだろうか?小狼はかがみこんで小狼の服を引っ張っていた小さな女の子を抱き上げた。わぁっと子どもたちの歓声が上がる。
「わぁ、いいないいな〜!」
「次、僕だよ、僕!!」
せがまれるままに小狼は順番に子どもたちを抱き上げている。ある子は肩車され、ある子はぐるぐると回されてキャッキャッと声を上げている。普段の姿からはとてもこんな小狼は想像できなかった。たまに知世が作るさくらとのおそろいの衣装でさえ照れてなかなか着ることのない小狼がこともあろうに真っ赤なサンタクロースの衣装を自分から着て子どもたちの相手をしているのだ。知世とさくらが目を丸くして驚くのも無理はない。さくらなど小狼がこの話を引き受けたときに何度も「サンタさんのお洋服を着るんだよ?」と確認したほどだった。しかし小狼はそのたびごとに「ああ、わかってる。」と言って決して自分の申し出を撤回しようとはしなかった。

「たかしくん、プレゼントもらわないの?」
一人の女の子が部屋の隅でポツンと突っ立っている男の子に声をかけた。男の子は返事もせずふいと横を向く。その様子を見てエプロン姿の女性がその子の元に歩み寄った。
「たかしくん、せっかくサンタさんが来てくださったんだからいっしょにいただきましょう?ね?」
「・・・いらない!!」
「たかしくん・・・。」
「先生、あっちに行って!」
男の子は背を向けてしまった。先生と呼ばれた女性はため息をつくとさくらと知世のところにやって来た。
「すみません・・・。お忙しいところを来ていただいたのに・・・。」
若い先生は知世に丁寧に頭を下げた。今日のイベントの責任者としてここに来ている大道寺トイズの令嬢である知世のご機嫌をそこねては・・・と思ったのだろうか?もう一度ため息をつくと先生は事情を話し始めた。
「あの子はつい先だってここに来たばかりで・・・。ご両親がなくなって面倒を見ていただける方もいらっしゃらなかったもので・・・。きっとまだ気持ちの整理ができないんですわ。」
先生の話を聞いてさくらと知世はその子の方に目を向けた。他人を拒否している背中・・・。でもなんて寂しそうなのだろう・・・。
さくらはそっとその子に近づいた。
「ね、たかしくん?いっしょに遊ばない?」
できるだけ明るく話し掛けてみる。しかし男の子はやはり答えない。
「何か好きな遊びない?」
さくらはあきらめない。何とかこの子に振り向いてほしい---。
突然男の子がくるっと振り向いた。
「僕なんか、僕のことなんか誰も本当に心配したりしてないんだ!!」
目に溢れる涙。騒がしかった部屋は男の子の叫びに一瞬にしてしんと静まり返った。
「たかしくん・・・。」
さくらは言葉を失った。何と言ってなぐさめてあげたらいいんだろう・・・。見つめることしかできず、さくらが言葉を一生懸命捜していたそのとき、傍らに誰かが立った。
「そんなことないぞ。」
小狼は持っていたプレゼントの入った袋を床に置く。そして最初していたようにしゃがんで視線を低くした。
「どうしてそんなふうに思うんだ?」
下から見つめる視線に男の子は答えた。
「だって・・・だって、僕を必要だと思ってくれる人なんていないもの!みんな同情してるだけで本当に僕のことを好きでいてくれてるわけじゃないもの。パパやママみたいに!!」
一気に心を吐露する男の子にみな息を止めてその場を見つめている。
「必要じゃない人間なんていない・・・。」
小狼は目をそらさずに静かに答える。
「同情してるだけだなんてどうして言い切れる?ほら、さくらを・・・さくらの目を見てみろ。」
小狼は立ち上がってさくらを自分の前に押し出した。さくらの瞳には光るものが溢れている。
「この涙が嘘だと思うのか?さくらはおまえを本当に心配しているんだ。それにここにいるみんなをよく見てみろ。おまえと同じように親がいなくても誰もおまえみたいに世界に背を向けたりしていないぞ。」
小狼は再び視線を低くする。
「どんな人間でもみんな必要なんだ。そして必ずその人間にしかできないことがある。必要とされていないなんて事は絶対無い・・・。」
小狼は男の子に微笑んだ。
「今だってプレゼントを受け取ってくれないと俺が困る。」
小狼は袋からプレゼントを取り出す。
「みんながおまえを待っている。みんなおまえのことが好きなんだ。」
男の子は周りを見回す。さくらが頷く。知世が頷く。先生が、友達がみんな頷く。男の子はおずおずと手を延ばして小狼の差し出したプレゼントを受け取った。
「メリー・クリスマス。すばらしいプレゼントがおまえを待ってる。」
小狼は男の子の背中をそっと押した。子どもたちがわっと男の子を取り囲んだ。


「感動しちゃった・・・。」
施設から出て知世の用意した車の待つ駐車場への道すがら、さくらがぽつんと零した。知世は次の場所に行く前の準備があるからと一足先に車に向かっていた。外はいつの間にか雪が降り始めている。
「小狼君、すごく立派だった・・・。」
さくらが小狼の腕に自分の腕を絡ませた。小狼は思わず顔を赤らめる。
「小狼君、本当に偉いよ。」
小狼は前方を向いたままつぶやいた。
「おまえが教えてくれたんだ・・・。」
「えっ?」
さくらは小狼の言葉の意味をつかみかねた。小狼は今度はさくらを振り返って話す。
「おまえ知ってるか?『Is There A Santa Claus?』日本ではたしか『サンタクロースっているんでしょうか』っていう本になってたな・・・。」
「本?」
「ああ。」
さくらは首を横に振る。
「知らない。・・・それが今日のことと何か関係があるの?」
さくらが首をかしげる。どうして小狼は急に本の話など始めたのだろう。小狼はかいつまんで本の内容を話した。
「ニューヨークのバージニアっていう一人の女の子が父親に聞いたんだ。『サンタクロースっているの?』って。外科医の父親は新聞社に聞いてごらんと言った。そしてその子は新聞社に投書した。ある新聞記者がその答えを社説として書いた。それがその本の中身だ・・・。」
小狼は一息ついた。
「俺が最初にその本を読んだのはまだ日本に来る前でそのときはそんなに心に響かなかった。でも香港に戻って書棚に眠っていたその本を再び開いたとき、俺はそこにどんなに大事なことが書いてあったのか気づいたんだ・・・。」
小狼は歩みを止めた。そしてじっとさくらをみつめる。
「目に見えるものが全てではない。大切なものほど目に見えない。愛・まごころ・思いやり・・・。日本に来ておまえと出会ってそれが本当だと気づいた。おまえが俺に教えてくれたんだ・・・。」
「小狼君・・・。」
さくらは胸がいっぱいになった。
(私だって・・・。)
「私だって小狼君に教えてもらったよ。目に見えない大切なことをいっぱい!!」
さくらの言葉に小狼が微笑む。
「・・・だから大道寺から今度のことを聞いたとき、俺も子どもたちにそのことを知ってほしいと思った。何か俺にできることがあるのならぜひやりたいと思った。大道寺の母親が本気でああした子どもたちのことを気にかけていることも知ってたしな・・・。」
小狼はゆっくりと歩き出す。
「愛すること愛されること、真心のこもったプレゼント、周りの人々の思いやり・・・。クリスマスだからこそ感じ取ってほしかったんだ。」
(知らなかったよ・・・。)
そんなこと全然知らなかった---さくらは小狼の深い思いに打たれた。そのようなことを考えて今回のことを引き受けたのだとは思いもつかなかったのだ。そっと手を伸ばし小狼の手を握る。小狼は目元で笑うとさくらの手を握り返してきた。あたたかい・・・。
(やっぱり小狼君は優しいよ、きっと私なんかよりずっと・・・。)
さくらはこつんと頭を小狼の腕に傾ける。心にとても温かなものを感じながら・・・。
「さくら・・・。」
「え?」
名を呼ばれ、さくらは顔を上げる。
「ほら・・・。」
小狼は空の一角を指差した。さくらは目を見張る。夕暮れ間近の空にすべるように駆けていく銀色のそり。そしてそこに---。

Merry Christmas to you---
メッセージは確かに二人の心にこだました。

 

 

-----Fin-----

 

コメント

いつか書いてみたかった大切なこと・・・。ひびきさんの小狼君サンタクロースを見たとたんにお話の始めから終わりまでパッと頭に浮かびました。二人のらぶらぶ度はそんなに高くないかもしれませんが・・・。小狼君が伝えたかった思いもこの一件に絡めて伝えられたのでいいかな?設定は高校1年生くらいです。でないとここまで子ども相手にがんばれないかな・・・と。(笑)でもあの絵を見てこんなお話を考えつくのは私くらいでしょうねぇ、やっぱり・・・。(笑)

『サンタクロースっているんでしょうか』は偕成社から出版されています。1897年9月21日、ニューヨーク・サン新聞に掲載された有名な社説です。そう、これ実話なんです。もう何年も前に読んだのですが、この時期になると必ず読み返します。私は大切なものを見失っていないか・・・自分に問い返しながら・・・。
ぜひ皆さんにも読んでいただきたい名作です。


 

 

 

ひびき管理人:コメント>>
    翔 飛鳥様から頂きました
    あの小狼サンタでどのような??と思っていましたが・・・さすが飛鳥さん。
    心暖まる・・そしていろいろと考えさせられてしまうお話でした。
    きっと、小狼君の担いでいる袋の中身は『幸せ』なんでしょうね。
    『必要のない人間はいない』・・・人は誰かに必要とされてこそ生きて行ける
    ・・・本当にそう思います。強がっていたって一人では生きて行けませんし、
    そう思ってしまうことはとても寂しいことだと思います。

    素敵なお話をありがとうございましたv飛鳥さんvv
    「サンタクロースっているんでしょうか」ぜひ、読んでみたいと思います。

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