『想い』



「えっと、ここがこうで…」
「さくらちゃん、そちらを棒に通してくださいな」

知世の部屋の中。
手元を動かし、何やら一生懸命やっている様子のさくらに、隣に座っている知世が優しく声をかける。

「ここを通して…こうかな?」
「ええ。そうですわ」
チラリと知世の顔を見て問う、さくら。
にっこりと知世は受け答え…その瞬間、さくらの顔が嬉しそうに輝き、
さくらは再び両手に握ってある2本の棒を動かし始めた。


──さくらが手に持っているのは、編み棒。
膝の下には、ころりと転がっている毛糸玉。そこから伸びている1本の毛糸は、さくらが握っている編み棒に絡められてある。

そう、さくらが先ほどから一生懸命にやっていたのは、編み物。
数週間前から日曜日には知世の家を訪れ、編み方を伝授してもらい、せっせと編んでいるのだ。
今は12月。
もうすぐ、クリスマス・イブ。
そのイブの晩に間に合わせるように…



「少し、休憩にしません?」
さくらが家に来て編み物を始めてから暫く経った後、メイドが持ってきた紅茶に、知世は立ち上がり、さくらをソファーに座るよう勧めた。

「うん!」
さくらはニコッと頷き、大事そうに編みかけのセーターを絨毯の上に置くと、腰を上げ、知世と向かい合わせに座り、カップを口に傾ける。



「…間に合いそうで良かったですわね」
「うん、これも知世ちゃんのおかげだよ。知世ちゃん、教え方がとっても上手いから…わたし一人でやってたら、絶対間に合わなかったよ」
ティーカップを受け皿に戻し、絨毯の上に置かれた、途中まで編み込まれたセーターに目線を投げながら、穏やかな口調で語りかける知世に、さくらは笑顔で、けれど『えへへ』と苦笑いを顔に浮かべながら答えた。

「そんなことありませんわ。私が教えたのは基本だけですし……それに何より、さくらちゃんがずっと、一生懸命編んでこられましたから…」
「そ、そうかな」
「これならイブの夜には渡すことが出来ますわね」
にっこりと言い、知世は再びカップを手に持つ。
「うん!」
さくらは嬉しそうに頷くと、カップを手に持ったまま、チラリと編みかけのセーターに視線を移した。

──緑色の毛糸で編まれたセーター。
さくら自身の分ではないことは…その大きさからも分かること。

(…喜んでくれるかなぁ?)
さくらの脳裏に、イブの夜に展開されるであろう場面の想像が思い浮かびあがる。
待ち合わせ場所に行って、そして──
何も言ってなかったけれど、これを渡したら…
(多分、最初はビックリしてくれるよね)
顔に、うふふと楽しそうな笑みが零れる。

(それに──)
さくらは、じっとセーターに目線を留めた。
温かな紅茶の湯気を口元に感じ取りながら、ふと、『とあること』を思い出す。

一編み、一編み、丁寧に少しずつ、編んでいったセーター。
それには…

途端、さくらの頬が、ほんのりとピンクに色付く。
部屋に効いている暖房が余りにも暑かったから…ではない。

(ほえ〜)
さくらは顔をテーブルに戻し、頬に伴った熱を誤魔化すように、カップを口元に運び、コク…と甘い香りのする紅茶を口に含んだ。
そんなさくらの様子を、知世は微笑ましそうに見つめている。

外は木枯らしが吹き付けていて寒いけれど、部屋の中は暖かな雰囲気に包まれていて…

──クリスマス・イブは、もうすぐ。













「小狼君!」

雪が舞い、まさしく『ホワイト・クリスマス』となったイブの晩。
約束していた待ち合わせの場所に自分の探し人の姿を見つけたさくらは、タタッと彼の元に駆け出し…たのだが、それもまどろっこしいと感じたのか、途中でバサッと純白の翼を背中に生やし、空中に舞い上がった。

「さくら!?」
自分の名を呼ぶ声に振り返った小狼は、ふわりと自分の元に舞い降りてきた天使に驚いた表情をしながらも、手を翳し、優しくさくらの身体を受け止める。

「誰かに見られたら──」
「大丈夫だよ。ちゃんと周りに人がいないことを確認したから…」
さくらの足が地に付き、翼が消えたのを確認するや否や、小声で注意を促す小狼に、さくらはニコッと微笑みかける。
「──っ…」
向けられた笑顔に小狼は思わず閉口してしまい、続きが告げられず…
「き、気をつけろよ」
やっと口に出したのは、ぶっきらぼうに短縮された言葉。
「うん」
さくらはくすくすと笑って、了承の意を返した。



「あの、小狼君、これ…」
待ち合わせた場所はペンギン公園。
そこから、目的地に行こうと歩き出した小狼を、さくらが名前を呼びかけ引き止める。

「なんだ?」
くるりと後ろを振り返る小狼に、さくらは、ずいっと鞄の中から取り出したものを差し出した。

「あ、あの…これ、クリスマスプレゼント……」
赤くなっているであろう顔を見られないように俯き、声を出す。
「え…」
小狼は一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を和ませると、優しい声音でお礼を言い、さくらの手から紙袋を受け取った。
「ありがとう。…開けていいか?」
「う、うん」
さくらは俯いたまま、コクリと頷く。

「これ…」
ガサガサと紙袋を開けた小狼は再び驚いたように目を見開いた。
「──うん、わたしが編んだの…」
自分が想像した通りの反応を見せてくれたことに、さくらは嬉しそうに心を弾ませつつが彼の予想通りの答えを返してあげる。

けれど、まだ不安が残るのか。
「そ、その、わたしあんまり編み物って得意じゃないから…知世ちゃんに教えてもらったんだけど、やっぱり変…だよね?」
顔をあげ、チラリと小狼の顔を見ながら恐る恐る尋ねてみた。
一生懸命編んだつもり…だったけれど、所々荒くなっている部分があるのは…自分でも認めていることだから。

「いや、そんなことない。良く出来てるよ。──ありがとう」
小狼は即座に否定の言葉を言い放ち…微笑を浮かべ、再度お礼を述べる。
「良かったぁ!」
さくらはパアッと顔を輝かせると、タッと小狼の傍に駆け寄り、その耳に、こそっと囁き声を落とした。

「──!」
刹那、小狼の顔が紅色に染まりあがる。
さくらは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そのまま小狼を追い越し、
「早く行こ!」
彼のほうへ振り返り歩くことを促した。

(全く…)
一拍後、小狼はふっと笑みを零し、自分にかなりの動揺を誘ってくれた彼女のほうへ歩き出し、
そして…

(え──?)
さくらの足が止まる。
首元に伝わったのは、ふわりと暖かな感触…

「おれからのクリスマスプレゼントだ」
今度はさくらが驚いて振り返ると、瞳に映ったのはそう穏やかな表情で述べた彼の顔。
さくらの首には暖かな桜色をしたマフラーが包みこまれてある。

「今日は寒いから…ちょうどいいだろう」
吐く息を白く、言葉を続ける小狼に、さくらはマフラーにそっと手を当て嬉しそうに微笑んだ。

「…ありがとう」
「それから──」
小狼はついと一歩、足を前に出し、腰を少し屈めた。

「…!」
刹那、ふわっと柔らかな感触がさくらの頬に伝わる。
途端、顔に朱が走ったのは、今度はさくらのほう。

「い、行くぞ」
小狼はそのまま歩く足を止めず、声だけをさくらに投げかける。

「ちょっ…ま、待って!」
暫しの間、ボーっと佇んでいたさくらは、かけられた声にハッと踵を返し、慌ててパタパタと小狼のほうに駆け出した。

その足音を耳に聞く小狼の顔には、まだほんのりと紅が色付いてある。


『あのね、一編みごと編む度に、「小狼君、好き」って心の中で言いながら編んだんだよ』

頭の中は、先程さくらから耳打ちされた台詞が反復されていて…

(全く…)
小狼は心の中で吐息を零した。

そんなことを聞いたら──
(着れなくなるだろう)
勿体無くて……






雪が、はらはらと微かに…気にならない程度の小振りで空から舞っている。
まるで少し熱を伴った2人の頬を冷ますように。

──可愛らしい恋人たちを祝福しているように…





<著者コメント>

ひびきさんが描かれたイラストを元に書かせて頂きました。
知世ちゃんから教えてもらって、さくらちゃんがセーターを編んでいる絵と、
もう一枚。小狼の元に翼をはためかせ舞い降りてくるイラスト…
(ちょっと話に合わせるには無理がありましたが、、)

…何か、また、みょーに甘くなったような気が……
ひびきさん、ゴメンなさい!


《ひびき:管理人コメント》

フェリシアさんから頂きました〜〜〜、ありがとうございますvv
わざわざ私の描いたイラストにお話を合わせて頂いて・・・・本当に嬉しいです。
甘甘・・・全然OKですよ!!幸せすぎて倒れそうです・・・私(笑)
・・・・このお話で、また『妄想画像:笑』を描いてしまうかも・・・(って言うか絶対描くなぁ〜、きっと:笑)

本当に、ありがとうございました。

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