Prevision?

『さくら・・・。』

ドキッ

迫ってくる小狼の顔。

『だから・・・。』

ドキドキッ

さくらの方にまっすぐに伸びてくる手。

『動くな・・・。』

ドキドキドキッ

 

「ほえええええ〜!!!」

ドスン ゴチッ

「いたた・・・。」
さくらは頭をなでながら起きあがった。大きな物音に机の引き出しが開き、同居人が目をこすりながら顔をのぞかせる。
「なんやなんや、いったい・・・。でっかい物音させてからに・・・。」
「あ、ケロちゃん、ごめんね。起こしちゃった?」
さくらはまだ頭を撫でながらケルベロスに謝った。
「あの音で目ぇさめん方がどうかしとるわ。わい、夕べ遅くまで起きとったからねむいんや。頼むからもうしばらく静かにしとくれんかぁ?」
ごそごそとケルベロスは自分の布団にもぐり込む。「ホントにゴメンね。」と言いながらさくらはそうっと引き出しを閉めた。
時計を見るとまだ6時前だ。普段のさくらだったら確実に寝ている時間だが---
「目、しっかりさめちゃった・・・。」
さくらは立ち上がって音をたてないように気遣いながらカーテンを開けた。東の空はもうすっかり明るくなっている。
「さっきの夢・・・。」
まさか予知夢じゃないよね---夢で見た光景を思い出した途端にカァッと赤くなった頬を自分で押さえながらさくらは空を流れていく雲を見つめていた。

 

「おはよう。」
いつもの朝、いつもの場所で小狼の笑顔がさくらを迎える。
「お、お、お、おはよう、小狼君。」
小狼の顔を見た途端にまたもカァァッと赤くなった頬を見られぬように顔を伏せてさくらは小さな声で挨拶を返した。
「どうした?」
「う、ううん、別に・・・。」
「??」
チラチラッっとこちらを見つつも、声をかけるとそっぽを向いてしまうさくらに小狼は疑問符を浮かべる。
「何かあったのか?」
心配して顔をのぞき込んでくる小狼。さくらは鼓動が一気に加速するのを感じた。耳元で心臓の音が聞こえるような気さえする。
「な、何もないよ、ホントだよ。そ、それより学校急がないとまたチャイムといっしょになっちゃうよ。」
一気にそれだけを言い切るとさくらは先に立って歩き出す。小狼は何となくしっくりしないものを感じながらもさくらの後を追って歩き出した。

 

授業が始まってからもさくらは落ち着かなかった。あまりに夢の印象が強烈だったためか、忘れようとすればするほど脳裡にくっきりと浮かび上がってくるその映像にさくらは振り回されていた。
(ほぇ〜、あれは夢なんだってば・・・。)
頭を振っても手で頭をはたいても焼き付いたそのシーンは何度も何度もリフレインを繰り返す。視線を感じでそっと振り返れば、まさにその映像の主が心配そうにこちらを見つめている。

カァァァァァ

意識しないでいようとすればするほど逆にさくらの顔は紅潮していく。のぼせたようにぼんやりしているさくらが目に止まったのか、先生がさくらの前に立った。
「木之本さん?」
手を額に当て、次に頬に触れ先生はため息をついた。
「だいぶ熱いわ。無理して学校に来たんじゃないの?」
「い、いえ、大丈夫です。」
さくらはあわてて手を振った。しかし先生は「保健委員は?」と周りに声をかけるとさくらに「保健室に行ってらっしゃい。」と促した。保健委員の利佳がさくらの手をとったため断るわけにもいかず、さくらはしかたなく保健室へと向かった。
「さくらちゃん、かぜ?」
面倒見のいい利佳はさくらの顔を見て言った。
「ううん、違うよ。のども痛くないし・・・。大丈夫だよ。」
「でものどの痛くないかぜもあるんだから、大事にしなきゃ。」
利佳はどうやらさくらはかぜだと思いこんでいるようだ。さくらはまさか夢が・・・とも言えず苦笑している。
(体温計で測ったら大丈夫だってわかるよね。)
さくらはそう思っていた。が、それは甘かった。
「音がするまで挟んでおいてね。」
そう言われて体温を測っている間、付き添ってきた利佳が話し始める。
「そうそう、この前さくらちゃんが日直で職員室に行ってたときにね・・・。」
「え?」
「李君たらさくらちゃんがすぐ帰れるようにって黒板ピカピカに拭いてたのよ。やさしいね。」

ボッ

下がりかけていた顔の熱がいっぺんにぶり返す。予期せぬところで小狼の名を聞いたため、心臓もバクバク鳴っている。
「あらぁ、ずいぶんと顔が赤いわねぇ。・・・う〜ん、7度2分か。微熱だけど今からもっと上がるかもしれないから帰った方がよさそうね。」
かくしてさくらは全く元気なのにもかかわらず、強制的に早退させられたのだった。

 

「あう〜。全然平気なのに帰ってきちゃったよう・・・。」
さくらは大きくため息をついてベッドにひっくり返った。
「なんや〜?今日はめっちゃくちゃ早いんやな〜。」
ケルベロスはさくらの方を振り返りもせずにしゃべっている。床にはいつものようにコントローラーが置かれていて小さな手は右に左に忙しく動いている。
「ケロちゃんは何も悩み事なさそうだね・・・。」
ひたすらゲームに熱中するケルベロスの様子にさくらはまたもため息をつく。
「ホイッ、おっ、そこや!それっ!さくら、何か悩んどるんか〜?わいが相談にのってもええで。こう見えてもわいは人生経験豊やさかい。あらよっと!」
「・・・ケロちゃんじゃ、ね。」
「なんか言うたか〜?」
「ううん、いいの。」
さくらは机に向かって座り、ほおづえをついた。これでは思い出すたびに同じことを繰り返してしまう。
(夢なのに・・・。でも・・・。)
予知夢でなくただの夢だとしても見た光景が光景だけになかなか忘れられそうもない。
「それに・・・。」
あんな夢を見るなんて自分はどこかでそういうことを期待しているのだろうか?---さくらはそう思うと急に頭をブンブンと振り回した。
「違うってば〜!!そんなこと考えてないよう!」
「な〜に一人で叫んどんねん?」
挙動不審なさくらの様子を横目で見ながらケルベロスがあきれたように声を上げる。
「ふみぃ〜。」とわけのわからない声を出してさくらがべちゃっと机に突っ伏した時、携帯が着信音を奏でた。
「はい。さくらです。」
『さくらちゃん、おかげんはどうですの?わたくし、とても心配で・・・。』
電話の主は知世だった。おそらく休み時間を見計らって電話をかけてきたのだろう。
「ゴメンね、知世ちゃん、心配かけて・・・。でも全然大丈夫だから。」
電話を持ちながらさくらは頭を下げる。
「ホントはね、熱もないんだよ。」
さくらは知世を心配させないために事実を話した。
『では、なぜ・・・?』
電話の向こうの知世が首をかしげる様子が浮かぶ。さくらは歯切れが悪そうに答える。
「う・・・ん。けさ、ちょっと夢を見ちゃって・・・。」
『夢・・・ですか?』
「うん・・・。その夢にね、小狼君が・・・。」
そこまで言ってさくらは頬の熱をまた感じた。電話の向こうで一テンポおいて知世が鈴を転がすように笑い始めた。
『おほほほほ・・・。そうでしたの。』
勘のいい知世はそこまでの話で全てを察したようだ。
『安心いたしましたわ。そうそう、李君、学校が終わったらさくらちゃんのお見舞いにいらっしゃるそうですから。お楽しみにしていてくださいね。』
「えっ?!小狼君が来るの?」
さくらはあわてる。小狼はきっと今日の様子を変に思っているに違いない。
『それでは、失礼いたしました。その夢、正夢かもしれませんわね。』
「と、知世ちゃん!!」
プツッと音がして電話は切れた。さくらは「はう〜。」と頭を抱える。
「うう、どうしよう〜。」
悩めど悩めど妙案も浮かばず、さくらは繰り返しため息をついた。

 

「熱、下がったのか?」
「うん。もう大丈夫だよ。」
知世の予告どおり、夕方木之本家を訪れた小狼はさくらの顔色をじっと観察する。
(ほぇぇ、見ないでよう・・・。)
冷や汗を流しながらさくらは笑ってみせる。
「まだちょっと顔が赤いぞ。無理するなよ。」
ケルベロスのゲームに興じる音で騒がしいさくらの部屋を避けて二人はダイニングルームにいた。小狼はテーブルの上に持ってきた包みを開く。
「こんな物しか用意できなかったけど・・・。」
小ぶりのタッパーの中から甘い香りが立ち上る。さくらが中をのぞき込んで歓声を上げた。
「うわぁ、小狼君のクッキーだぁ!」
たちまちニコニコ顔になるさくらを小狼は安心したように見つめている。
「食欲あるようなら大丈夫だな。」
「食べてもいい?」
「ああ。」
さくらはうれしそうにクッキーに手を伸ばした。
「小狼君のクッキー、とてもおいしいんだよね♪」
さくっと軽い音。幸せそうに微笑むさくら。そんなさくらに微笑みながら小狼は気になっていたことを尋ねた。
「・・・さくら、今朝具合が悪いの隠してたからあんな顔してたのか?」
ギクッとさくらの肩が震える。
「う、うん、まあ・・・。」
さすがに真実は告げられずさくらは曖昧な返事をする。
「本当はつらかったんじゃないのか?俺、さくらの様子が普段とは違うのには気づいてたんだけど、そこまで気が回らなくて・・・。ごめんな。」
「い、いいの。私が何も言わなかったから。小狼君はちっとも悪くないよ。・・・私の方こそゴメンね。」
さくらは手を振って小狼に謝る。そして手を伸ばしてもう一枚クッキーを取った。
「こ、これ、とってもおいしいよ。小狼君も食べようよ。」
サクサクサクッと軽快な音をたてながらさくらはクッキーをほおばる。その様子をわずか目を大きくして見ていた小狼がクスッと笑った。
「口の横、ついてるぞ。さくら。」
「えっ?」
さくらは空いている方の手で口元を探る。しかしさわったところが違うのか、クッキーのかけらは手に触れなかった。
「えっ?どこ?どこ?」
小狼は笑いながらテーブルの向こうから身を乗り出した。
「だから・・・。」
小狼が手を伸ばす。
「あ・・・。」
これってもしかして---
「動くな・・・。」
小狼の指がクッキーのかけらをつまむ。身を乗り出している小狼の顔は至近距離。伸ばされた手は軽くさくらの顔に触れて離れていった。
(そうだったんだ・・・。)
さくらは小狼の顔を見つめながら夢が何を意味していたのかようやく理解した。
(な、なぁんだ。)
ほっと力が抜けてゆく。あはは、とさくらは心の中で笑った。
「取れたぞ。」
座り直した小狼はこちらを向いたままのさくらに微笑みかける。
「そういうとこ、小学生の時のままだな。よく弁当食べてる時、そういう顔してたけど・・・。」
木の上からじっとさくらを見つめていた日を懐かしむように小狼がつぶやく。小狼の言葉でさくらはたった今自分がどんな顔をしていたか改めて気がついた。さっきまでは夢のことばかり考えていたからそんなことまで頭が回らなかったのだが・・・。目に浮かんだ「大好きな人の前でクッキーのかすを顔につけている自分」---もしかしてもしかすると、いや、もしかしなくてもかなり・・・。
(ほぇぇ、かっこわるいよう・・・。)
それも何度もそういう顔を見られていたなんて---恥ずかしさにさくらは「あぅ〜。」と情けない声を出す。徐々に変わっていくさくらの表情から気持ちを察したのか小狼は再び身を乗り出すとそっとさくらの耳元で囁いた。パッと朱がさすさくらの頬---
真っ赤になったさくらをちょっぴりいたずらっぽい瞳で見つめながら小狼は自分も一枚クッキーを口に運んだ。

 

予知が届けたドキドキは違った形でさくらに訪れた。

-----『おまえのそういうところが好きなんだ。』

囁きはドキドキといっしょに胸に収まりきらないほどの幸せをさくらにもたらした。さくらは その幸せなドキドキをキュッと心の中で抱きしめて最高の笑顔で微笑んだ。

 

 

 

-----Fin-----

コメント

というわけでお約束の品です。 (笑)ちゃんとした話になっているかどうか今ひとつわかりかねますが・・・。ストレートにいかずに一ひねりしたのは私のあの絵の感想が上記のようだったからです。実際、「好きな人」の前でその姿は・・・かなり恥ずかしいですよ。(^^;)

《管理人コメント》
飛鳥さんから素敵なお話を頂きましたーvvわーいv
書いて頂ける様にBBSにて話を振って頂いたF様にも感謝です(笑)。
管理人は幸せでございますー!!
(アップが遅くなってしまって申し訳ありません:平謝り)

お話の元絵は当サイト内にあるイラスト
『さくらちゃんの口元に付いたクッキーを自然に取ってあげる小狼君』
です。…自然にってところが私的にはポイント(笑)
元ネタは管理人の体験からだったのですが・・・・・
なるほど。確かに恥ずかしいかもしれませんね、好きな人の前じゃ・・・。
照れ&焦っているさくらちゃんが可愛いですvv
私は何とも思ってない人からの行動だったので、頭の中が一瞬真っ白になっただけですが(笑)←これも今考えると、どうかと…(笑)
…奥が深いです…乙女心(微笑)

飛鳥さん、素敵なお話本当にありがとうございました。

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