小狼は庭に出た。暖かな風が頬をなでていく。
春爛漫---
明るい光の中で木々がその枝いっぱいに薄紅色の花をつけている。小狼の大好きな花を・・・。
「もう満開だな・・・。」
日差しのまぶしさに手をかざして見上げる。今頃日本でも咲き始めているのだろうか---そう思いながらゆっくりと木々の間を歩いていく。やがて小狼は立ち止まり手の中のものをじっと見つめた。懐かしい字が慣れないアルファベットの綴りの中に混じって小狼の名を記している。封筒の左上には「NIPPON」の文字のある切手、そして封筒を裏返すとそこには手紙の主の名が記されていた。

『木之本 桜』

そっとその名を指でなぞる。うす茶色の瞳がやさしさを増していく。
「さくら・・・。」
名を呼ぶと少女がすぐそばで笑った気がして小狼はしばらくそのまま少女の名を見つめていた。それから中の手紙を破かないように注意深く封を切った。ふわっと春の香りがする。小狼は封筒から便箋を取り出すと軽く深呼吸をして手紙を開いた。女の子らしいやや丸みを帯びた文字がそこに並んでいた。

『小狼君、お元気ですか?』

ああ、俺は元気だ---思わず心でそう返事をしながら小狼は続きを読む。

『私はとても元気です。知世ちゃんもケロちゃんもみんな元気です。
ケロちゃんは冬の間お菓子を食べ過ぎて少し丸くなったみたいです。』

小狼の顔に笑いが浮かぶ。元々丸いのになおさら丸くなったのではさぞかしまん丸になったことだろう。

『この前、友枝小学校の卒業式がありました。
利佳ちゃんがとても泣いていました。山崎君は千春ちゃんに卒業証書で頭をたたかれていました。
奈緒子ちゃんは文を書くのが上手だから答辞を読みました。小狼君は答辞って知っているかな?
あ、知ってるよね。去年、いっしょに出たものね。それで、知世ちゃんはみんなのことを撮影するのに忙しそうでした。あとで、私と友枝小学校のゆかいな仲間たちっていうビデオを作るんだって。』

相変わらずだな---小狼にはその場の光景が見えるようだった。でも、さくらは?さくらはその時どうしていたんだろう・・・。

『私は校庭の桜の木、一本一本にお別れを言いました。あの小狼君と最初にカードのことを話した場所にあった木にも・・・。木にさわったら小狼君のことを思い出してしまいました。でも心配しないでね。 さびしくなんかないよ。だって小狼君、戻ってきてくれるって約束してくれたもの。だからだいじょうぶだよ、私。』

「さくら・・・。ごめん。」
小狼は唇をかんだ。さくらの書いた文字の裏に隠されている本当の気持ちが見抜けないはずがない。

---シャオランクンガイナクテサビシイヨ
---ハヤクカエッテキテ アイタイヨ

さくらが心配をかけまいといくら強がってみせても小狼には嘘をつけなかった。さくらの涙が行間からにじんでくる。小さくため息をつくと小狼は続きを読み始めた。

『四月からは私は中学生になります。小狼君もそうですか?ケロちゃんが外国の学校は秋に始まるところが多いって教えてくれました。今まで知らなかったからびっくりしました。』

ああ、そうか---小狼は思った。さくらは日本から出たことがない。欧米の学校が九月に始まるなんて知らなかっただろう。そんな他愛ないことに驚いて目を丸くしているさくらの様子が目に浮かんだ。

『中学に行くとちゅうに桜の並木道があります。今日、そこを通ったら最近とっても暖かくなってきたので、ようやく桜の花も咲き始めていました。でも、まだつぼみの方がたくさんです。香港にも桜はありますか?』

小狼はうなずき手紙から目を離して桜を見た。これと同じ花がさくらのいる日本で咲いている。いや、さくらの見ている花がここにも咲いているのだ。一瞬、ここの桜があの友枝の町で見た桜にだぶった。

『小狼君に日本の春を届けたいと思って道に落ちていた桜の花びらを何枚か拾ってきました。ふうとうの中に入れておきます。そのままだとしおれちゃうのでフラワーさんにちょっとだけ手伝ってもらいました。』

急いで封筒の中をのぞく。確かにそこに何枚かの桜の花びらが見えた。小狼は封筒を逆さにし、地面に落とさないように注意深くその花びらを取り出した。

『届いたら小狼君の風華で花びらを飛ばせてあげてください。香港の春の中でまう桜の花びらはきっときれいだと思います。』

小狼は躊躇した。桜の花びらが舞うのはここでも十分見ることができる。それに飛ばせてしまったらせっかくさくらが日本から送ってくれた花びらがなくなってしまう。ほんの少しの間、小狼は手の中の花びらを見つめた。そして再び視線を手紙に戻す。

『ではまたお手紙を書きます。小狼君、がんばりやさんだからあまり無理をしないでね。

さくら』

手紙はここで終わっていた。小狼は左手で包んだ桜の花びらに話しかける。
「おまえは・・・どうしたい?」
答えが返ってくるはずもない。だが、小狼は花びらたちが同じ桜の仲間たちといっしょに風の中で戯れたがっているように思えた。

「そうだな・・・。」
さくらがそう望んだのだ、そうするのが一番いいに決まっている。小狼は手のひらを静かに開いた。

『風華招来。』

小さく呪文を唱える。一陣の風が小狼の手から花びらをすくう。花びらは螺旋を描きながら天に向かって舞い上がった。と、その時---。

『小狼君・・・。』

はっと小狼は顔を上げた。日の光を受けて輝きながら花びらはなおも高く舞い上がる。

『小狼君、大好きだよ・・・。』

ああ---!!
誰がその声の主を間違えるだろう。右手の手紙をぎゅっと握り、確かに聞こえたその声を小狼は決して忘れぬように胸に刻んだ。

さくら---!!
あの時と同じように今また小狼は桜の中にいた。しかしここは彼の遠き地ではない。
目の前をよぎる花びらにあの日の思い出を彷彿とさせられて小狼はしばし桜の舞いに目を留めた。

フワッ

花びらが弧を描きながら小狼の手元に舞い降りた。あの時と同じ波動が花びらからあふれている。

「さくら、そこにいるんだろう?」
小狼は振り向いて花びらを送った主に声をかけた。薄紅色に包まれた木々の間から見知った翼がのぞいている。

 

「わかっちゃった?」
天使が小さく舌を出しながらその姿を現した。かわいらしい薄紅色にその頬を染めて・・・。

「わかるに決まってる。」
微笑みながらその手を引き寄せる。間違えるはずがない。あれは「さくら」だったのだから・・・。

「なあに?」
自分の顔を見て笑った小狼にさくらは不思議そうな顔をして見せる。

「いや・・・。べつに。」
さくらにそう答えながら小狼は思っていた。もう決してさくらのそばから離れない---。
想いが通じたのだろうか、腕の中のさくらが小狼の胸に頬を寄せる。小狼は回した腕にほんの少しだけ力を込めた。

「桜の詩が聞こえたんだ・・・。」
今もなお心の奥でこだまする懐かしくいとおしいその声に胸を熱くさせながら小狼はやさしくさくらの唇をふさいだ。

 

聞こえてくるのは桜の詩---
     やさしいやさしい愛の唄---

 

 

-----Fin-----

 
管理人コメント》
翔 飛鳥様から素敵な小説をプレゼントして頂きました〜vvきゃ〜(叫)!!
お話の元にして頂いたのは当サイト内にある『手紙』と『君色想い』(・・・って言うタイトルなんですよ今のTOP:笑)のイラストです。(一応、挿絵としてイラストも一緒に載せて見ましたが・・・邪魔:苦笑)
切なく募る想い・・・大切な人と同じ名前の『さくら』・・・その花びらに込めた思い・・・素敵過ぎます・・うっとり。

飛鳥さん、本当にありがとうございました!
最後の私へのサービス、しかと受け取りましたよ〜(笑)!!

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桜の詩〜さくらのうた〜