Dancing Together

 

街はもうすっかり冬景色---。
行き交う人は大きな包みを手にそれぞれの家路を目指している。さくらはショーウインドウに映った自分の顔をじっと見ていた。
-----寂しげな微笑。
首を振ってもう一度微笑んでみる。
(うん、今度は大丈夫。)
「さ、お買い物、お買い物っと!」
さくらは雑踏の中に歩みだす。今日はクリスマスイブ。木之本家では雪兎を迎えてホームパーティーが催される。さくらはそのための買出しに出ていた。

 

人ごみの中、クリスマスという特別な日のせいか、あちらこちらでカップルが寄り添いながら歩いている。冬の寒さも彼らには関係なさそうに・・・。
(あったかそう・・・。)
さくらは一組のカップルを足を止めて見つめる。腕を組み、楽しげに歩くその姿は彼らがいかに幸福であるかを現していた。すっかり安心しきった表情の彼女と彼女をつつみこむように見つめている彼・・・。
さくらは二人の姿に自分と自分の一番の人を重ねていた。遠い空の向こうにいるさくらの一番大事な人---。
(小狼君・・・。)
一度隠れた寂しい微笑がまたさくらの顔に浮かんだ。

 

「メリ−・クリスマス!!」

ポンッ!
パン パパパン!

シャンペンが抜かれクラッカーが弾ける。楽しいパーティーの始まりだ。
「さくらちゃん、ケーキどうぞ。」
雪兎が切り分けたケーキをさくらに勧める。
「怪獣、皿ごと食うなよ。」
「お兄ちゃん!!」
さくらはフォークを振り上げ反撃を試みるが、桃矢にあっけなくナイフでかわされる。
「わいのはないんかいな〜。」
チンチンと皿をたたき催促するケルベロス。
「今、お持ちしますよ。」
エプロン姿でキッチンにダイニングにと大忙しの藤隆。
傍目にはとても楽しそうなパーティーの光景だった。

 

「じゃあ、おやすみなさい。」
「ガキはさっさと寝ろよ、さっさと。」
さくらは後片付けの手伝いが一区切りつくと二階の自分の部屋へ向かった。
「ふ〜、わいも満腹や〜。」
パタパタとその後を追おうとしたケルベロスのしっぽを誰かがつかんだ。
「なんや〜?!」
「ごめんね。もう一人の僕が君に用事があるんだって。」
雪兎がにこにことしながら言った。

 

「ふぅっ・・・。」
さくらはベッドに腰を下ろす。もう無理をして元気に見せなくてもいい。
机の上のカードを手にとる。12月に入ってすぐに届いた小狼からのクリスマスカード---。

『Merry Chiristmas and A Happy New Year!!』

小狼が香港にいることを思い出させる英語の印刷---。欧米ではホリデーシーズンに入るとクリスマスのお祝いと新年のお祝いを兼ねて親しい人々の間でカードが交わされる。小狼もそうした習慣にのっとり、カードをさくらに送ってきていた。

『くまの「さくら」はとても元気だ。さくらも元気でいてくれ。』

くすっとさくらは笑う。相変わらず小狼は口数が少ない。
「クリスマスなんだから、もうちょっと気の利いたことを書いてくれてもいいのにね・・・。」
さくらはくまの「小狼」を抱き上げ話し掛ける。くまはなんだか申し訳なさそうに見える。ぎゅっと「小狼」を抱きしめるとさくらはつぶやいた。
「会いたいよ・・・。小狼君・・・。」
ポツっと膝に涙がこぼれた。

 

サビシイヨ---。
心の声が本心をつぶやく。
ヒトリハイヤダヨ、イッショニイタイヨ---。
さくらは立ち上がって机の引出しを開けた。ピンク色の本を開き、そっと中からカードを取り出す。
「今日くらい、いいよね・・・。」
アイタイヨ、シャオランクン---。

 

幻でもよかった、どうしても会いたかった。

『幻!!』

自分の都合のためだけにカードを使うなと小狼には念を押されていた。でも、どうしても今日だけは心を抑えきれなかった。
幻が形をなしていく。会いたかった人の姿が目の前に現れる。
一番好きな人の幻はさくらを見て微笑んだ。さくらはぽろぽろと涙をこぼした。


「小狼君・・・。」

 

「泣くな・・・。」
(えっ?)
さくらは耳を疑う。今、幻から声が聞こえた??
「泣かないでくれ・・・。」
もう一度声が聞こえた。そんなはずはない。これは『鏡』のカードじゃない。お話するなんてことはないはず・・・。
震えながらそっと幻に手を伸ばす。幻もさくらに向かって手を差し伸べた。
「さくら・・・。」
手が触れ合った。次の瞬間、さくらは小狼の胸に飛び込んだ。
「やっぱり小狼君だ!!」

 

「どうして?いったいどうして??」
さくらはようやく顔を上げて小狼に疑問をぶつける。
「さあ、俺にもよくわからない。でも、おまえが呼んでいるのだけはわかった。」
小狼はさくらの涙をそっとぬぐう。
「・・・会いたかった。」
「私も・・・私も会いたかった!!」
さくらは再び小狼の胸に顔をうずめる。背中に回した手でぎゅっと小狼を抱きしめる。
「小狼君!小狼君!小狼君!」
涙がうれし涙に変わっていく。今度は小狼は泣くなとは言わなかった。
「さくら・・・。」
小狼の手がさくらの髪をやさしくなでる。大切な大切な宝物に触れるように・・・。
そしてそっと抱きしめる。天使の翼を折らないように・・・。

 

街はまだ眠らない。どこかで夜を徹したフェスティバルでも開かれているのだろうか。途切れ途切れに音楽が聞こえてくる。
「さくら、踊ろう。」
小狼の意外な言葉にさくらはおどろく。
「えっ?踊るって、私できないよ・・・。」
「いいから・・・。」
小狼はゆっくりとステップを踏む。リードがとても上手だ。さくらはまたびっくりして思わず声を上げる。
「小狼君、ダンス得意だったんだね!」
「一般教養として教え込まれたんだ。」
小狼はちょっと頬を染めて答える。
「誰に?」
「・・・・・・。」


『『『『男の子だったらダンスの一つくらい踊れなきゃね!!』』』』

「・・・ダンス、嫌いだったけど。」
「え?なあに?」
小狼がつぶやくようにこぼした言葉をさくらは聞き漏らさない。
「・・・さくらとだったら・・・。」
小狼の言葉は途切れる。ふたりはじっと見つめあう。
さくらの頬に小狼はそっと唇をよせた。はじめてのキス---。

 

「・・・ごめん。クリスマスプレゼント、間に合わなくて・・・。」
小狼はずっとさくらのふわっとした雰囲気に合うものを・・・と香港中を探し回っていた。しかしどうしても納得できるものが見つからず、とうとうイブを迎えてしまった。夕方から催されていた李家恒例のイブのパーティーがようやくお開きになり、部屋に戻るとくまの「さくら」が目に入った。
さくらはプレゼントを楽しみにしていたんじゃないだろうか、今ごろがっかりしているんじゃないだろうか---そう思うといてもたってもいられず、小狼は部屋から飛び出してしまった。そして庭の片隅で遠い日本の空を思い描いた。
(さくら・・・。ごめん・・・。)
小狼は心でつぶやく。そんな時、声が聞こえてきた。

『会いたいよ・・・。小狼君・・・。』

「さくら。」
名を呼んだ瞬間、視界がゆらぎ、気がつくとさくらの姿が目の前にあった。

 

「プレゼントなら今もらったよ。」
さくらは自分の頬に手を当てる。まだ心臓のドキドキは続いている。一瞬、さくらは夢ではないかと思った。でも夢じゃなかった、とてもステキなプレゼントは・・・。だってまだこんなにはっきり感触が残ってる。
「ありがとう・・・。」
さくらがその名のとおりの色に頬を染め、にこっと笑う。小狼は思わずさくらを抱き上げた。発動していた『幻』は、さくらの想いを受けて二人の姿を変えていく。今宵今夜一番ふさわしい姿へと---。

 

「・・・うまくいったようだな。」
木之本家からわずかに離れた木の上に翼を持つ者の姿がひとつ。いや、よくよく見るとその傍らに黄色いものの姿も見える。
「なあ、ユエ。なんでいつまでもここにいなあかんのや?」
黄色いものがブツブツとこぼす。ユエと呼ばれたものはジロリとその姿を一瞥すると言った。
「おまえにはデリカシーというものがないからな。」
「なんや、それ?」
黄色いぬいぐるみは立ち上がる。
「わい、そろそろ部屋に入るで〜。」
飛び立とうと翼を広げたその目の前に突き出されたのは大好物の---。
「では、これはいらないのだな。」
「そんな殺生な、ユエ様、神様、仏様〜!」
「だったら黙ってそこにいろ。」
「わいのたこ焼き〜。」
月明かりに照らされて、部屋の中の二人を思うユエの横顔にめったに見られることのないあの微笑が浮かんだことにケルベロスは気付かなかった。

 

 

今夜は今夜だけは、二人いっしょに踊ろう---。

 

 

 

-----Fin-----


《ひびき:管理人コメント》
翔 飛鳥様から頂きましたvv
(頂いた時は少々ビックリしましたが・・・だって、内容が(笑)。以心伝心ですか?うふふ。)
小学生時代の『遠恋中』のお話、二人にはつらい時だったと思いますか・・・
幸せそうで良かった〜〜(私も幸せ〜vv)。影の功労者は、やはりユエさんですねv
このお話の元になったイラスト(光栄です〜〜///)はBBS入り口に飾ってあります(飛鳥さんのサイトには挿絵として
飾ってもらっています。これまた、光栄です〜〜///)。
本当に、ありがとうございました〜〜。

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