何様のつもりだ?(その2)

  うちの店の隣りに病院がある、で、そこの入院患者が客として店に来るのは、かなり迷惑な話だというのは、このエッセイをご愛読して下さる皆さんにとっては、もう周知のことだろう。わざわざこんな前置きをしたのは、今回このエッセイの餌食となるのが、またもこの入院患者客だからである。最近では、長年のコンビニアルバイトによって、精神が鍛えられ、またエッセイに書いてやる、という心構えのために、ちょっとしたことや、以前ならば腹を立てていたかもしれないようなことでも、適当に受け流すことができるようになっていたのだが、久々にこれほどまでに腹を立てさせる客が来たかと思えば、それはやはり入院患者なのである。いやはや、入院患者のこのうっとうしさは、ある意味尊敬にも値するかもしれないぞ。

  ある日、車椅子に乗ったじいさんが、看護婦にその車椅子を押されて店にやってきた。私はてっきりその看護婦は付き添いだと思っていたのだが、店のドアが開くなり、じいさんは看護婦に「ありがとう」と言って、帰らせてしまった。1人になったじいさんは、車椅子でのろのろと店内をうろつき、「せんべいはどこだ、おかきはどこだ」などと注文を突きつけてきた。こちらも店員だし、初めての客だし、車椅子だし、などと思い、じいさんの近くまで行って、売り場を案内した。思えば、最初のこの行為が、後々のこのじいさんの甘えを受け入れざるを得ない状況を作り出してしまったのかもしれない。
  じいさんはせんべいやおかきを物色し、やれあれが欲しい、これはいらないと、買うものを店員に持たせ、買い物を続けていた。これではまるで
店員ではなく召使いである。ふとレジの方を見ると、客が並んでいる。店員はこれ幸いにと、カゴをじいさんに渡してレジへと戻った。車椅子に乗っているからといっても、カゴが持てないわけではあるまい。なぜなら膝の上はがら空きだからだ。また、レジで「見つかると怒られる・・・」と言いながら買い物をするのも、入院患者のいつものことだが、だったら買うな!

  じいさんはそれから毎日のように店に現れた。毎日のように相手にしていると、じいさんの特徴が嫌でも分かってくる。じいさんは間違いなくスケベジジイだった。最初にじいさんの毒牙にかかったのは、うちの最年少アルバイトのYだった。もちろん女である。Yもおそらく初めてじいさんを相手にした時、じいさんの要求をあれこれ聞いてあげたのだろう。この対応を受けたじいさんは、若い→優しい→かわいい、という思考をたどり、それ以来店に来て彼女の姿を見掛けると、挨拶とも世間話ともつかないような話を持ち掛け、買い物に付き合わせるようになった。
  ちなみに私も、このじいさんに「あなたは初めて見るね、なかなかかわいい。僕のこと知ってる?」などと声を掛けられたことがあるが、その時は初めてではなく、このじいさんのうっとうしさをかなり知っている時だったので、めちゃめちゃそっけなく答えたら、それから私にはあまり声を掛けてこなかった。分かりやすいジジイである。オマエみたいなやつにかわいいなんて言われたって、うれしくも何ともねぇんだよ。どうせ初めて見る女には、みんな同じようなこと言ってるんだろ。だいたい「僕のこと知ってる?」などと
ウザいだけの入院患者客が、常連面するんじゃねぇよ。

  それからもじいさんのYに対するスケベ行為は続いた。Yがいない時は、全くの他人であるはずの、別の客に声を掛け、手の届かないところの商品を取らせたりしていた。この時声を掛けるのは、もちろん女性客に限られていた。
  また、うちの店の入り口は、少し段があって坂になっている。歩いて出入りする分には、ほとんど気にならない段差や勾配であるが、車椅子となると出入りが難しい。しかしじいさんにとっては、うれしい段差や勾配であった。買い物を終えて、店を出ようとするじいさんは、レジにいたYに声を掛けた「ちょっと押してくれる?あそこが坂になってて恐いから。」嫌なやつといえど、これは断るわけにいかない。ともすれば命に関わるかもしれないのだ。私は店の外までなら・・・と思っていた。ところが、
Yはなかなか戻ってこない。レジには客が並び始めた。しかもその客のほとんどは、一つ二つの買い物ではなさそうである。私が3,4人の客を一人でさばき終えた頃、ようやくYが戻ってきた。聞けばじいさんは病院の入り口まで車椅子を押させたと言う。店の隣りの病院と言っても、通りを挟んでいる上、店と病院の入り口は、正反対の方向を向いている。段差と勾配があるのは、店の入り口のことろだけであり、あとは全く平らな道である。さらに、病院の入り口でYが戻ろうとすると「もう行っちゃうの?もっとお話しよう。」などとほざいたそうである。この時のジジイには、Yの仕事、他の客のことなど全く頭にない。スケベ根性丸出しもここまでくれば大したものである。
 

  最近、私もこの車椅子を押す役を仰せつかったのだが、Yがいなくて不承不承だった上に、私が店の前の坂を下りたところで「ここでいいですか。」と声を掛け、病院の入り口の方を指し「あそこまで・・・」と続けるジジイを「仕事がありますから。」と振り切り店に戻ったために、ジジイは「あんた意地悪じゃの。」と捨てぜりふを残して帰って行った。ジジイから逃げるための口実ではなく、私に仕事があったのは事実である。私はその仕事を中断してお前の車椅子を押したのだぞ。本来ならば「ありがとう」と言われなければならない行為に対して、そのせりふはどういう訳だ!?いや、別に「ありがとう」と言えと言っているわけではない。オマエはコンビニ店員を勘違いしている。コンビニ店員は、コンビニの仕事を行う人間であって、お前のナンパのターゲットではないのだ。オマエの甘えをいちいち聞いてられるか!オマエは何様のつもりだ!?そしてなにより、客はオマエだけではないのだ!オマエが一人で店を出て行くのを、私が見たことないとでも思っていたのか?甘いわ!オマエが一人で帰れることを知っていて、押さなくてもいい所まで押してやるほど、私は甘い人間ではない。そんな甘えを許す人間ではない。この際オマエが何様でもないことを思い知らせてやった方がいいかもしれない。

  ここに挙げたのは、このジジイのうっとうしい行為のほんの一例でしかない。この他にも店内でのうっとうしい行為は行われたが、書ききれないのが残念である。きっと病院内でも看護婦相手のスケベ行為に、煙たがられているに違いない。この前来た時に「もうじき退院だから、おおっぴらに買い物ができる。」とぬかしていたが、退院して店に来なくなってくれるのはありがたい。しかし、またいずれ別の場所で同様の行為が行われるのかと思うと、この世のためにもよくないような気がしてくる。とっととくたばれ。

 

 

Back