「105円です。」と言われて、財布を開けたら100円玉がない!5円はあるので仕方なく1005円出す。こうするとおつりが900円とまとまったものになる。しかし、こんなことをするのは日本人くらいなのかもしれない。同様のことを、私の唯一の海外旅行、シンガポールに行ったときにやってみた。「53セントです。」と言われて、1ドル3セント出したらその店員は3セントを返し「これで足りる。」と1ドルだけもらっておつりを持ってきた。これはシンガポールの国民性で、他の国では細かいお金を受け取ってくれるかもしれないが、私はその時一種のカルチャーショックを覚えた。
ではどちらかと言えば日本人は几帳面なのか?確かに105円と言われても1000円で済ます人もいるが、1005円出されて、理解する店員がいる。日本人の中にまとまったおつりをもらう美学とも言えるような意識が流れているのだろうか。確かに1円や5円がじゃらじゃらと財布に入っているのは厄介である。それならば利用頻度の高いお金でおつりをもらった方が後々便利だ。細かいお金がなくても、おつりでもらった細かいお金を処理する方法はある。もちろんそのままもらって次の買い物のときの出番を待つのも手だろうし、コンビニのレジの横には緑の募金箱など大義名分を掲げた、別名細かいお金処理箱が置いてある。
消費税のおかげで客は、いかにして細かいお金をもらわずに買い物ができるかを考えながらお金を出すようになったのである。105円の買い物に1005円出すという単純なものだけでなく、572円の買い物に1122円出して550円のおつりをもらうという複雑なものまでやってのける客の計算能力には、それほどまでに細かいお金をもらいたくないのだという執念さえ感じる。値段を告げてからお金を渡す時間は、頭の中で筆算ができるほど長くはないのに。
しかし中には細かいお金をもらいたくはないのだが、計算能力が瞬時には追いつかずに、とんちんかんなことをやらかす客もいる。 高校生風の男子(なんだか懐かしい響きだなぁ・・・)がパンとジュースを持ってカウンターにやってくる。「294円です。」と言うと1000円札を出してまだ財布をごそごそやっている。私はてっきり4円を出すのかと思い待ち構えていたら、彼は10円を一つ一つ出し始めたのだ。そして4枚出すとその手は止まり、これで取って下さいと言わんばかりである。私は何かおかしいなと思いながら1040円を受け取りおつりの計算をする。746円・・・彼が出した40円はそっくりそのまま彼の財布に帰っていったのだ。彼はそれを分かっているのだろうか。50円もらいたかったらもう10円出さなければならなかった、9引く4は5だけど、10の位ばかりに気を取られていたらいけないということを分かってくれたのだろうか。
私も「もう10円ありますか。」とか言えばよかったのだろうが、なにぶん計算には強い方ではないので・・・。そういう出し方されるのには慣れているのではないか、と言われそうであるが、私が暗算できるのはそれこそ105円の買い物で1005円出されたという感じの場合と、1000円から引いた数ぐらいである。それに店員にはレジという強い味方がいるので、暗算云々はあまり考えない。しかし最近ではこういうこともあるから、もう少し計算力つけないとだめかなぁ・・・。いや、でも客も細かいお金をもらうまいと、無理しなくてもいいと思うんだけどなぁ。
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