「義理の息子」

 

  「皆さん、この人こそ僕の妃になる人です。」

ジークフリート王子は、集まった人たちに向かって叫んだ。隣りには、彼にしっかりと肩を抱かれた黒いドレスを着た美しい姫が立っている。彼は美しい姫に見とれた人々の羨望の眼差しと、悪魔の呪いから姫を救ったという充足感で誇りに満ちていた。

  それから、ほんの少し年月が経った。

 

  「何だって?」

ジークフリートは新聞に落としかけた目を、慌てて妻の方にむけた。パーコレータから出てきたばかりのコーヒーを、カップに注ぎながら彼の妻は言った。

「だからあたしはオデッタじゃないのよって言ったのよ。これを言うの、あたし二回目よ。」

「何だって急にそんなこと言うんだい。」

「さぁ、分からないわ。王子の妻っていう生活が、あんまり退屈なものだからかしらね。」

「それじゃ本物のオデッタはどこにいるんだい。」

「本物のって何よ。あたしはオディールで、オデッタじゃないのよ。オデッタに本物も偽物もあるもんですか。」

「ああ、すまない。オデッタはどこにいるんだい。」

「さぁ、知らないわ。あなたがあたしに結婚を申し込んだことを知って、湖に身を投げたか、それともあたしの代わりに、父の寵愛を受けているか、そんなところよ。」

  「そうか…」

ジークフリートはしばらく考え込むふりをした。

「なら、とにかく君のお父さんに会いに行こうじゃないか。」

「なによ、オデッタを取り戻そうっていうの?お言葉を返すようですけど、それは今さらってところよ。それに、父のところにオデッタがいるって、決まったわけじゃないのよ。仮にそうだとしても、あたしはあなたと別れるつもりはこれっぽっちもありませんからね。」

「違う、違う。そうじゃない。」

「だったら何なのよ。」

「君がオディールならさ、僕は悪魔の義理の息子ってことになるだろ。知らなかったとはいえ、今まで挨拶もしないなんて、それはいけないよ。」

「さすがあたしの愛した人だわ。」

  オディールは満足そうに微笑んだ。

 

 

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