近年、坐禅に対する関心が、非常に高まり、世界各地からも坐禅の修行に寺を訪れる人が多く、正に禅ブームとも呼ばれています。こうした坐禅を試みたい人々から「坐禅をしたいが何処へ行けば出来ますか」とよく聞かれます。そういわれて見るとなかなかないものです。禅の専門道場は雲水のための道場で、滅多に入れてもらえませんし、一般の方に対して開かれている日曜坐禅会も日が限られています。大衆禅堂として開かれるところもありますが毎日となると通いきれません。何といっても一般の方は勤めがあり、家庭がありますから、幾日も泊り込んで坐禅をするということはできません。学生時代とか、勤めをしていないような時代でしたら、これも可能でしょうが、多くの方は長期にわたる宿泊とか、毎日通うというような立場にはないでしょう。誰でもいつでも毎日の生活のうえで坐れる場所といえば、家庭以外にはないと思います。
また、家庭こそあなたの坐禅道場に外ならないのです。毎日、継続して、一生涯を通じて
坐るのが本当の坐禅です。
禅の語に「帰家穏坐きかおんざ」というのがあります。わが家に帰って安穏に落ち着くとの意です。どんなに恵まれた所といえども、わが家ほど落ち着く所はありません。家庭で、じっくり坐ると心地は格別といえましょう。坐禅はわが家で毎日、時間を定めて坐ってこそ、すわりの妙味を深めて行くことができるのです。
確かにお寺や坐禅会でみんなと共に坐ると坐れるものです。一人ですと、どうしても途中で「もうやめた」とやめてしまうことがしばしばです。ある程度強制された方が効果的ですし、お互いにはげましあって坐るという点で効果的です。しかし毎日、少しづつでも続けてこそ、身につくものです。これは万事につけていえることです。
確かに現代の住宅事情では、床の間のある坐禅にふさわしい部屋といってもなかなか得がたいでしょうし、禅寺のような静けさを求めることも困難でしょう。そこは何とか工夫して家の中の個室で静かな時間を選んでみたらどうでしょか。その心構えひとつで坐禅にふさわしい環境を見出せるものです。私の知っている学校の先生は、毎日昼休み、校舎の屋上で坐禅をされています。空いている施設の利用も工夫の一つです。このようにして平素から坐る習慣をつける心がけが大切です。