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 坐禅のしかたは、何といっても禅の専門道場で修業されたお寺のご住職に教わるのが一
番よく、できるだけお寺で開かれている坐禅会などに参加して直接指導を受けて下.さい。
しかしそうして機会が得られなくても、とにかく毎日少しづつでも坐る習慣をつけていれ
ば、ひとりでにりっぱにできるようになります。
 東福寺の御開山である聖一国師の法語に「一時(いつとき)坐禅すれば一時の佛なり、
一日坐禅すれば一日の佛なり、一生坐禅すれば一生の佛なり」との教えがあります。何も
難行苦行ではありません。たとえ一時でも坐禅をすれば一時が安らぎであり、あなたが
佛さまなのですから、この「一時の坐禅」を続けてください。
 どんなに忙しい毎日であっても、五分でも十分でも、できれば三十分ぐらい坐ると良い
でしょう。まずは「五分間坐禅」から始めることです。


 
かの有名な教育学者であり国際人でもあった新渡辺稲造(にとべいなぞう)博士の書かれ
た「修養」という書の中に「黙思」と題した一章があります。博士は、クェーカーという
禅に近い教えの大変きびしい宗派のクリスチャンですが、この本の中で、およそ次のよう
なことを述べておられます。
 「私はベルギーのお坊さんのはじめられた黙思という行(ぎょう)があることを聞いている。

 
 これは1年に1回とか、1月に1回、多くの工員を集めて「静思」をさせ修養させる
ものである。これは極めて効果的なものであると思う。これを家庭の中で行ない、子ども
にこの習慣をつけさせるのがよい。子どもは活動的だから、しばらくもじっとしていない。

長い時間やらせるのはよくないから、二分間ぐらいでもよい。二分間でも毎日やったら習
慣が本性になってしまう。学校などでもこれをやるとよい。しばらく沈黙してから勉強を
始めさせる。三分でも五分でもよい。その効果はかならずあがる。」と、
  このような静思こそは、広い意味での禅です。博士は「静思」の大切さをつとに力説
され、永年の間、継続して教育の場で実践されたとのことです。これは誰にでも出来る
方法の一つではないでしょうか。