法輪転ずれば食輪転ず  「転」について

 「ピンチはチャンス」という。野球のおもしろさはいろいろあろうが、七回の裏。ツー・スリーで追い込まれたとき、大逆転することがある。これをラッキー・セブンという。思いもよらず、試合がまったく反対の方向に転ずることがある。何事も意外性のあるところに人生の醍醐味がるといえよう。

 梶浦逸外老師はある逸話を述べている。かの大徳寺の一休禅師の臨終の折、侍者に玉手箱のような立派な一つの箱を持ち出させて、枕元に集まる一山の長老たちに遺言されたという。

「この中に私の遺言状が入っている。遺言状だからといって、自分が死んだ後に、この遺言状を開けてはならぬ。本堂の仏壇の中に大切にしまっておき、百年、二百年の後になって、仏教が亡ぶか、この寺が倒れるかというような一大事が生じたとき、人々が集まって相談に相談を重ね、あらん限りの知恵を絞り、議論をたたかわせてみても、どうにもならぬというような危急の際に開くのだ。ただ、七日間、一山の大衆が大般若経を転読、大摂心をしてから初めて箱を開けて遺言状を読むがよい。そうすれその一大事の解決方法は、たちどころにわかるであろう」と。

 その後、永年、この箱は開かれずにすんだ。ところがある年、大徳寺本山の浮沈に関わる大問題が起こり、どうにも良い工夫がつかめず、この時こそこの箱を開くことが提案された。そこで七日間、一山の大衆が大般若経を転読、大摂心をしてから初めてこの箱を開いた。そこに書かれていたのは、何と次のような文であった。
 ナルヨウニナル シンパイスルナ (谷耕月編 『逸外老師随分記』より)  そこで逸外老師は述べている。大宇宙観の出来事はこれを客観的に見れば、結局なるようになるほかないのである。人間いかに気を揉み、知恵を絞り、頭を悩ましてみても、落ち着くところは「ナルヨウニナル」、これ以外の解決策はないのである。取り越し苦労や心配で、この大宇宙観の大法則を邪魔しようとしても、何の役にも立たない。一休禅師の「ナルヨウニナル シンパイスルナ」は、大事をなりゆきにまかせて、ただぽかんと傍観してよいと説いているのではない。しなければならないことを人智を尽くして骨身をこなにして、人力を尽くすことなのだ。そこに心配など介在しない。このようにしてやってゆけば初めて「ナルヨウニシテナル」のだと。寺院の経営、正眼短大の設立をはじめ幾多の困難な諸問題を身をもって体験し、禅と経済を説かれた逸外老師の至言である。

 私はかつて椎茸栽培で無理をして身体を壊し、苦しんだが、これが転機となって、その後なるようになったと思う。私の病は気管支ぜんそくであった。この病で苦しみ抜いたが、「一病息災」でかえって万事好転した。一時は、皆からはもう駄目かと思われていたようだ。身体に効くと思われる治療はいろいろ試みたが、結局はぜんそく体操が最も効果的であった。あくまでも薬は一時の抑えであって、限界がある。今日の成人病、老人病に通ずるものがある。身体全体を変えない限り治るというものではない。むしろ病と共に生きることである。このように観念して当時、病のためと称して終日、部屋にこもって幾冊かの著書を執筆した。一種の浪人時代であった。この時の労作もあって、後日、大学に就任するきっかけとなったことは思いがけないことであった。

 人間だれでも挫折する時がある。厄年、男でいえば四十二歳。この時を境として人生の転機があった、と回顧している人が多い。それまでは心身共に健康であった幸運の人が、絶望のどん底に落ちる。そこから這い上がって幸運をつかむ。幸、不幸はあくまで本人の全力を尽くしての必死のあがきから自然になるべくしてなるのである。「やるしかない」との開き直りからくる、不眠不休の打ち込みから新たな道が開かれてくる。

 運命の神様は気まぐれだといわれる。運のよいツイテいる男神の時(男時おどき)から、ツイテいない女神の時(女時めどき)に変わるのは、時の運としか言いようがない。時の来るのをただ待つのである。男神が来たときは男神には前髪があって後髪がないのだから、決して前髪を離すな。時を知ることだ。これは世阿弥が『花伝書』の中で言っているところであるが、苦しい現状から逃げずに時の来るのをじっと待たなければ、決して男神はやってこないのである。

「何事も喜びずまた憂(うれえ)じよ功徳黒闇つれてあるけば」(無住禅師『沙石集』)。どんな事態に遭遇しても、いたずらに喜んだり悲しんだりするのではない。何故かと言えば、幸福をもたらす功徳天と不幸をもたらす黒闇天はいつも連れ立っているのだから、と無住禅師は説いている。これは中国の「人間万事塞翁が馬」の故事にも通ずる。人生、なるようになるのであり、いたずらに心配することなく、傍観することなく、人力を尽くせ。ピンチの時こそチャンス。落ちるところまで落ちるならば必ず向上する。自分に力がつき自力により立ち上がる。この教えを一休禅師は説いたのである。

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