<竜を倒したお馬鹿な後日英雄伝>

 ここはファーレン王国。
 破壊神アグニージャを倒した英雄達、色男セリオス王子と引き立て役の男達(女も含む)が、意気揚々とファーレン王国に凱旋する。ファーレン王国は、近い将来王子セリオスが治めることになる国だ。

「よし、皆のところへ帰ろう! 母さんや、ディーナ姫が待っている」

 セリオスには、親同士が勝手に決めた許婚がいる。名はディーナ。ソルディスの王女さまで、とってもとっても可愛らしい、小さな姫君だ。
 セリオスは長い冒険の途中で、アクダム立ち合いのもとでディーナ姫と出会い、一目で『ふぉーる・いん・らぶ』した。それからは、寝ても覚めてもディーナ姫、ディーナ姫! でお伴の方々を呆れさせている。

「ああっ、ディーナ姫……早く君に会いたい! 会うのは何日ぶりだろう……きっと綺麗になっていることだろうな」

 ホウウっ、と深い溜め息をつく。
 ともに長い戦いを勝ち抜いてきた三人の英雄達は、溜め息をつきたいのはこっちだ! と言わんばかりに顔を歪めた。姫と王子が会っていない期間は、たったの二日なのだ。

「王子にもまったく困ったものだ。これから王として、国民を背負っていかなくてはならないのに、女性一人にうつつをぬかすとは……」
「まあ、いいんじゃねぇか? ハーレムとか造るよりよ! 第一、そのおかげでアグニージャを倒すことができたんだしな」
「ほんと、凄かったわよね。あの時の王子は」

 三人の脳裏に、ニルキド城突入と、それに続くアグニージャとの決戦が蘇った。

「……なあ、リュナン。アグニージャとの決戦の前に、もう一度だけディーナ姫の顔を見たいんだけど、だめかな?」

 そう言って、無邪気に首を傾げたセリオスに、リュナンはきっぱりと言い放った。

「駄目です」
「ケチっ」
「ケチじゃあありません。王子、そう言って、こことソルディスを何回往復したと思っているのですか。今日という今日は、心を決めていただかないと」
「これで本当に最後! 最後の決戦というからには長いダンジョンなんだろう? 何日、会えなくなるか分からない。僕は、一日に一回はディーナ姫の顔を見ないと落ち着かなくって。リュナンにだってあるだろ? 恋したことくらい。だから、ね。恋する男の気持ち分かってよ」
「分かりました、王子。そのかわり、これで本当に最後ですよ?」

 答えたのは、リュナンではなくソニアであった。
 この言葉に驚いたリュナンとゲイルは、慌ててソニアに耳打ちする。

「おっ、おい、ソニア。そうやって甘やかすとこの王子さまはいつまでたってもアグニージャのところに行こうとしないぜ。大体、光の剣を手に入れてから、今日で、かれこれもう二週間だ」
「ゲイルの言うとおりです。今日こそ、無理やりにでもニルキド城に入っていただかないと」

 二人の慌てふためいた様子を見て、ソニアは悪女っぽい笑顔を見せた。

「どっちにせよ、駄目よ。ちょっとご機嫌を損ねると(僕、帰る!)なのだから」
「まあ……その通りですが、しかし……」
「だから、王子のディーナ姫への異様なまでの愛情を利用させていただきましょうよ」
「……?」
「……して、……すれば、ね?」
「ふむ。なるほど……」

 三人は、ひそひそと相談を始めた。セリオスは、これから会いにゆくディーナ姫のことで思考を満たしていた。
 伴のもの達の世界を救う悪だくみには、気が付かなかった。

 数時間後。ソルディス城下にて。

「ディ、ディーナ姫が攫われた!? あ、アグニージャにぃ?」
「そうと決まったわけではありません。城の者も、城下町の者も、ごく自然に振舞っています。不安は見せません。ただ……」

 ソニアは言い淀んだ。その態度が、セリオスの不安を煽る。

「ただ、何だ! 教えてくれ、ソニア!!
「いえ、ただ……朝からずっと、行方が知れないそうです」

 三人は沈痛な面持ちを作り、さも言い難そうに語る。

「……言葉にするのも恐ろしいことですが……」
「な、何だ、リュナン!」
「……巨大なドラゴンらしき動物が、ディーナ姫のようなものを咥えてニルキドの城へ入っていったのを、目撃したというものがいるのです」
「そ、そういえば昔、何処かで聞いたことがあるぞ! アグニージャは若い女……それも、美少女の肉が大好物だって話……はっ、いやいやまさかそんなこと、あるはずないさ! な、そう思うだろ、王子様」
「ちょっと、ゲイル! 今の王子にそんな話をしてはいけないわ! そりゃあ、私も聞いたことはあるけれど……。でも確か、アグニージャの食事は夜に一食だけのはず……」

 怒りに震え、歯を食いしばって聞いていたセリオスの顔が、ぱっと輝いた。

「まだ昼前だ! 間に合うかもしれないんだな! 食べられていないかもしれないんだなっ!?」
「それは……城の広さにもよりますが、上手くゆけば、間に合うかもしれません。でも、本当に攫われたと決まったわけではないんですよ。もしかしたら、お忍びで町に出ているだけかも知れません」

 ソニアは後の保身を考えて、逃げを打っておいた。しかし、怒りと焦りと希望が混在するセリオスの脳には、届いていないであろう台詞だった。

 それからのセリオスは、何とも形容しがたいほど凄かった。
 向かってくる敵を原型が分からなくなるほどのグチャグチャのスプラッタにし、宝箱にも目をくれず、壁を突き破り、愛の力で見い出した最短距離を進んだ。
 そして、対アグニージャ戦。
 セリオスは鬼神のごとく戦って、道なき道を通ってきた。リュナン達は未だ追いつかない。地道に道を進み、迷う。戦闘をして、死にかけては、回復して。そして、セリオスが取りこぼしたアイテムも、拾っているのだろう。
 セリオスは一人、アグニージャのもとへと辿りついた。
 その時、アグニージャはちょうど、ディナーの最中。
 右手にナイフを持ち、左手にフォークを持っている。そして、香ばしい匂いを放つその日の料理は、というと。

「よく来たな、人間の若者よ」

 言って首にかけたナプキンで、口元をふきふき。

「ディーナ姫を返せ!」
「……ディーナ姫だとぉ。知らんぞ、私は!」
「はっ、まさか……そうだ、ディーナ姫を砂漠の真ん中に捨てたなぁ! なんてことを
!!」

 セリオスは、いつぞやの出来事と混合している様子。

「だから、知らん! そんな娘。私は食事中だ。後で相手にしてやるから、今は静かにしておれ!」

 アグニージャが、セリオスから食卓へと目線を動かした。つられて、セリオスの目線も動く。そして、凍りつく。

「な、何が……何が知らない! だ」
「……?」
「じゃあ、今食べているそれは何だ
! どう見ても、それは……」

 そう、アグニージャの食べているそれは、紛れもなく……。

「確か、豚とかいう動物の丸焼きだったと思うが」
「なっ、何が豚だというんだ。どう見たってそれはディーナ姫、少なくともそのそっくりさんだろう!」

 ディーナ姫がここに食用として連れて来られた、という強い暗示が豚を婚約者に見せているのかもしれない。だとしても、この台詞はあんまりである。
 ディーナ姫が聞いたらさぞ怒るだろうな、とようやく王子に追いついた三人は思った。もしかしたら、アグニージャですら思っていたかもしれない。

「あ、あの王子? ほら、今ディーナ姫のお声が聞こえませんでしたか? セリオス様、頑張ってくださいって」
「え?」
「ディーナ姫は、まだ生きています。今も、この城の何処かに囚われているのかも知れません。一刻も早くアグニージャを倒して、姫を救い出しましょう」

 ソニアが機転を利かせる。単純なセリオスは信じ込む。

「そうか、そうだな。うん。ディーナ姫の声、確かに僕に届いたよ。今しばらくの辛抱です。直ぐに助けて差し上げますから! 行くぞ!! アグニージャ、覚悟―――――っ!」

 そして、数秒経過。

「に……ん、げ〜〜〜ん……だぁ〜〜〜ち……は、わがも……のが……おでぇ」

 アグニージャは規定の台詞も満足に言えないほど、ぐちょんぐちょん。
 その惨たらしさは、いままでの雑魚モンスターの比ではない。ソニアはおろか、ゲイルですら顔を背けてしまうほど。リュナンは南無阿弥陀仏を唱えている。
 血の赤と、石畳の灰色が混ざる不気味なコントラスト。生々しい肉が放つ、悪臭。この世の修羅とも言える光景に三人は背筋を震わせる。
 だのにセリオスときたら、元アグニージャの肉塊を踏みつけ、戦いで浴びた血を拭おうともせず。悠然と微笑みを浮べていた。当然の報いといわんばかりの顔。

 バタッ

 台詞の全てを言い終えて、アグニージャは倒れた。

「どうした、王子さま」

 彼らは、ゲーム本編通りの台詞を棒読みする。

「僕達のした事は、本当に正しかったのだろうか……(以下省略)」

 浸っているセリオスを放っておいて、三人は相談を始めた。

「おい、ソニア。どうする? 本当のことを言えば、俺達だってアグニージャの二の舞になりかねないぜ」
「わ、私に聞かないでよ。ディーナ姫。実はファーレーンまでお忍びで旅行だなんて、言えるわけないじゃない! しかも、私達がそうするように薦めた、なんて」
「そうですね。王子は怒るでしょうね。我々の命だって、危険です……」

 う〜ん、と悩む。 そうこうしているうちに、王子の台詞も最後の方だ! 危うし、英雄達!!

「そうだ! それじゃ、こういうことにしようぜっ!」

 ゲイルが低く声を上げた。
 こそこそ、こそこそ。

「そうね、それでいきましょう」

 何とか、話しがまとまったようだ。

「しかしアグニージャは我々に(以下省略)、ところで王子」
「なんだ? リュナン」

 セリオスは、台本と台詞が違う、と言いたげだった。

「どんな食べ物がお好きですか?」
「はあ? 何をこんな時に……は! そうだ、食べ物といえば、ディーナ姫!」

 その連想は、酷いぞ王子。

「ディーナ姫は、何処だ? 城内に囚われているに違いない。お姫さまが閉じ込められているところといえば、地下牢か、はたまた塔の屋上か……探さねば! 悠長に台詞なんか読んでいる場合じゃなかったんだっ! とにかく階段、階段は何処だっっ」

 自分の開けた壁の穴から、セリオスは部屋を出ようとした。慌てて、リュナンが呼び止めた。

「確か、王子はビーフシチューがお好きでしたよね」
「……? ああ。そうだけど」

 回廊を走りながら、振り向きもせず。セリオスは答えた。三人も、王子を追って走る。

「そ、そうでしたねぇ。いえね、一昨日ソルディスを訪ねた時にディーナ姫に質問されまして。王子がアグニージャを倒して帰ってきたら、ファーレーンで王妃様と一緒に好物を作って迎えてあげたいからと言って。健気ですよね……」

 セリオスの走る速度が、あからさまに落ちる。

「お、おいリュナン。俺はあの姫様に一昨日、いつアグニージャを倒すのかと聞かれたぞ。んで俺は、明後日倒しに行くって言ったんだぜ」
「そう言えば私、ディーナ姫にワプの翼を差し上げたわ。これは、もしかして……姫は、ファーレーンで……」

 セリオスは、足を動かすのを、止めた。

「そうだな。きっと、ファーレーンで王子の帰還を待っているに違いない」
「ね、王子。きっと、そうですよ。アグニージャ戦で聞こえた声は、姫の聖なる祈り。心の声。目撃証言は、単なる見間違い。そうに違いないわ。王子も、そう思いませんか?」

 セリオスは、振り返った。にっこりと笑う。

「よし、皆のところへ帰ろう! ディーナ姫(ビーフシチュー)が待っている」

 かくして、冒頭のシーンに戻るわけだが……。
 当面の危機は脱したものの、英雄である3人の後の人生は過酷である。英雄伝説Uでは、セリオスの息子アトラスにまでいびられるという噂もあったりするし。
 いや。そんな先のことより、だ。
 ファーレーンに帰ったら、まずディーナ姫と口裏あわせないと、結局アグニージャの二の舞になってしまうはず。ビーフシチューなど、おそらくは用意されていない。どうするつもりなのだろうか。
 危機の去った安堵と平和を勝ち得た喜びに、素直に浮かれている三人。
 彼らの運命を知るものは、いない……。

お・し・ま・い♪

 その他創作コーナー、別名、懐かし名作ゲーのパロコーナー(笑)。これは、PC−Eでプレイした直後に書いたような気がします。で、サイト立ち上げにあたって、リサイクル(笑)。
 これ元作品わかって、かつ、覚えていて読んでくれた人、どのくらいいるんだろ……? 私自身、見事に忘れて果てているくらいだもんな(滅)。

 

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