幼き日の想い出   −あの日に帰れたら−

 バロンの城下町。
 噴水の側で戯れる三人の子供達。
 一人は、類い稀な美貌を持つ金髪碧眼の美少女。
 一人は、心ここになしといった風のぽんやりとした少年。
 そしてもう一人は、『竜騎士の兜(紙で作ったお手製)』を被った、勝気そうな少年である。
 三人は半日、ここで存分に遊んだ。缶蹴りや鬼ごっこ、キャッチボール……。
 その後、噴水の近くの涼しげな場所に敷物を敷いた。座りこんで語らいをはじめた。
 皆で持ち寄った、ジュースとお菓子。
 高く響く、物売りの声。近所の暇な婦人の語らいから響く高笑い。
 優しい風が木々に当たり放つざわめき。
 平穏な楽を背景にして……。
 三人は、楽しい時間を過ごした。
 これは幸せだった、幼き日の回想録。
 これはかの有名な、後のバロン王セシル・ハーヴィとその妻ローザ、そしてその引き立て役カイン・ハイウインドの、幼き日の話である。

「ローザ、聞いてくれ! オレのジャンプでさっ!! とうとうここからチョコボの森まで飛べるようになったんだ!」

 カインはローザに向かって、嬉しそうに話をする。
 その歓喜に満ちた瞳には、ローザ以外の何者……つまりセシル……も映ってはいなかった。 
 カインは、ローザに認めてもらいたかった。ローザが好きだったから。
『スゴイ、スゴイっ!』と手を叩いて誉めて欲しかったのだ。
 で。まあ確かに誉めてはもらえた。誉めてはもらえたのだが……。

「そう……凄いわね! よかったわね!!

 にこにこ、にこにこ。

 その言葉は、確かにカインに向けられていた。
 しかし、目線はセシルにのみ、注がれている。
 ローザは口にカインを褒め称えながらも少しずつ……だが、かなり露骨に……セシルとの距離を縮めた。
 セシルの持ちこんだスコーンをいただく<ついで>に、セシルの腕に身体を寄せた。
 うっとりと、セシルの端正な顔を見るローザ。
 カインなどセシルの背景その1程度の扱いにすぎなかった。ベンチや杉並木と同列の扱いだ。
 だけれども、単純を絵に書いたような男カインは、誉められて実に嬉しそうだった。
 ああ。いと憐れなり、恋の奴隷。

「ねえ、セシル。セシルはおっきくなったら何になるの? やっぱり陛下に仕える戦士になるの?」
「え……うん。多分……」

 ローザは、私の夢も聞いて、と言わんばかりにセシルを見詰めている。
 だが、ぽんやりしているセシル。そのような視線の意味に気付くはずもなく。となると、会話に置いていかれまいとするカインが、それを質問する羽目になる。口に含んでいた甘酸っぱいジュースを慌てて飲み干し、ローザの欲する言葉を発する。

「ローザは、何になりたいんだ?」

 ローザと少しでも話せて、カイン、し・あ・わ・せ☆ と、声が弾んでいる。

 よくぞ聞いてくれました、カイン偉い!

 と、ローザも思っていたことだろう。
 だが、彼女の優しげな唇から紡がれた言葉は、カインにはあまりにも残酷なものだった。

「うん、あのね。ローザはね、ローザはセシルのお嫁さんになるの!」

「……。」

 セシルは無反応。相変わらず、ぽんやり。

「いかん!」

 息を切らせ、立ち上がるカイン。手に持った飴の袋が、地上に落ちる。

「どうしてよ!? カインには関係のないことじゃないっ!!

 眉を吊り上げ、上目でカインを睨んだ。

「だ……って……」

 ローザはオレのお嫁さんになるんだから……。
 そう言おうとしたが、ローザの眼光の前に敗れ去った。ただ表情で、切ない気持ちを渡そうとする。
 ローザは受けとりを拒否する。

「……」

 セシルは、二人を交互に見やった。
 こういう感じのやり取り、今月に入ってから何回目だろうか。でも、楽しそうだからいっかぁ……。
 などと、無責任なことを考えている。ぽんやり顔でばら撒かれた飴を回収しながら。

「か……か……関係ない、だとぉ……」 

 セシルは、飴を回収する時に、カエルを一匹発見した。嬉々として、カエルを掌に乗せた。カエルを弄びながら、セシルは思う。

 あ、カインが怒った。なんか、いつもとは、少し違う展開みたいだな……。

「関係ないでしょ!」

 常ならば、ローザの剣幕に押されて、カインが黙り込む場面である。
 しかし、今日は違った。
 ローザに対しては温厚なカイン。しかし、怒る時は怒るのだ。これまで押さえ込んでいた感情が爆発する。
 男らしく、ローザを一喝した。

「関係ないわけないじゃないか!!

「なんで!? あっ……もしかして、あなた……」

 ローザは口に手を当てたまま、硬直した。
 カインは耳まで赤くして、頷いた。         

「そうだ、オレは……」

 ローザのことを愛しているから。
 続くはずの決め台詞は、ローザの悲鳴に近い声の前に、消されてしまった。

「知らなかったのっ!」
!?
「……そうか……知らなかったのか。態度に出ていたと思うんだが……。まあ、言葉にしなければ、伝わらない気持ちもあるってことだな……」
「……私、私……本当に、気が付けなくて……傍にありながらも」
「いいんだ、ローザ。俺もはっきりと言葉にしたことはなかったから」

 優しく、極めて穏やかに微笑む。肩膝をついて、ローザの肩に手を置いた。
 ローザは、珍妙な顔でカインの手から逃れた。

「そんな……貴方がセシルのお嫁さんになりたがっていたなんて……夢にも思っていなくて……っ」
「は?」
「でもね、カイン。セシルも貴方も男なの。分かっている……わよね?」
「……」
「ちっ、違……」

 ローザは立ちあがって、カインに右手を差し出した。立ち上がるように促す。
 平常時ならば。そう、平常時ならば。
 ローザの手に触れようものなら、三日は洗わないくらいに喜ぶ。
 だが、今日は喜ぶ余裕なぞ、全くなかった。
 カインは、立ち上がる。そして、激しく頭を振った。
 否定の言葉を発しようとしても、ショックの余り、喉で塞き止められる。

「カイン……」

 すべて分かっていると、ローザは哀しげに頷き、極上の微笑を浮かべた。

「もう止めて? セシルは、私が幸せにしてみせるわ。だから……だから、貴方は道を踏み外さないで。カイン、まだ若いんですもの……きっと、今に素敵な女の子が現れるわ……」
「だ、だから、違っ」
「私じゃあ、役不足かしら。セシルの相手として……私、セシルの幸せを護る自信があるわ」
「そうじゃなくってっ!」
「私、セシルが好きよ。この気持ちだけなら、誰にも……あなたにも負けないわ!」
「……」

 自分を取り合う(?)男女の戦い。セシルの目や耳には入っていた。しかし、思考に到達していたかは、謎だ。
 先のカエルが、セシルの手から肩、肩から頭部、そしてまた手へと移動した。
 セシルの頬が、ふと緩んだ。

「だっ、だから、違うんだってば! 誤解なんだよ、分かってくれよ、ローザ!!

 カインは喉から振り絞るかのような声で、口にした。
 しかし。ああ、女は無情。
 ローザは追い討ちをかけた。

「そうよね……うん。私、これまで<ホモ>とか<オカマ>とかって、気色悪いって思っていた」
「ホモ……オカマ……」
「そりゃ、今でもそうおもっているけど……カインのことだって、不潔よ、近寄らないで! って罵倒したいところだけど……」
「……不潔……近寄らないで……不潔、近寄らないで……近寄らないで……」

 カイン、ショック。ローザの言葉が反芻される。
 再起不能にするのに十分な惨い台詞。

 こんな女とは結ばれないほうが自分の為なんじゃ……? 

 カインは思わずにはいられなかった。

「でも、でもね。あなたがどうしてもセシルを好きだって言うんなら、どうしてもお嫁さんになりたいって言うんなら…私には、何も言う権利はないわ……」
「ロ、ローザあ。オレ、ホモじゃない……」
「……いいのよ、いい訳しなくても。もう、わかったから」
「いい訳じゃなくって、本当に、セシルのことなんて好きじゃないから」
「僕のこと、嫌いなの? カイン……」

 これまで黙ってカエルと遊んでいたセシルが、潤んだ瞳でカインを見上げた。
 その邪気のない何も考えていない顔は、可愛いといえなくもなく……。それ以上に、傷つけたらいけないと思わせるものがあり……。
 なんたることか、咄嗟にカインは首を振ってしまったのだ。横に。
 ローザは、やっぱりね、と深く頷いた。

「貴方の想いの深さは、よくわかったわ。でも、一応、これまで友人として貴方と付き合ってきたのだから、これからも……ホモをやめるのなら……友達でいたい、気がしないでもないの……」
「オレ、ホモじゃない……」

 先にセシルの無邪気な表情に、思わず頷いてしまった事実が後ろ暗くて、カインの言葉はイマイチ自信なさげだったりする。

「だから、セシルに決めてもらいましょう。どちらがより好きかを。お嫁さんにしたいかを……」
「……オレがお嫁さん
!?

 絶対に、何かが可笑しい。
 男の自分がお嫁さんにもらわれるのか?
 ローザの突飛な発想に、ついていけないカインだった。

「モーチーローンっ! 異存なんてないわよねっ!」

 ただでさえクラクラする頭に、ローザの強制力を伴う大声が追い討ちをかける。
 も、どうにでもなれ、って感じで、カインはうなだれた。ローザはこれを、了解の合図だと解釈した。
 期待を込めてセシルを見る。
 鏡の前で日夜練習しマスターした、超極上の魅惑の微笑を浮かべる。

「ね、セシルは、どっちが好きなの? 誰をお嫁さんにしたいの?」

 セシルは立ちあがった。
 ぽややんな顔は、真っ直ぐに二人に向けられた。

「……」

「……」

 息を呑む二人。
 セシルはやがて、にっこり笑って。

「僕は、カエルが好きだから」

 答えになっているのか、いないのか。

「お嫁さん……カエル……」

 くすくす、と笑いながら、謎の言葉を発した。

「……は、はあ?」
「え……あのっ?」
「今日はもう、僕、帰るね。家にいるカエルたちに、餌をあげないといけないから。この子も、連れてかえるよ」

 手中のカエルを慈しむように、撫でながら。バロン城の方角にセシルは歩きだした。

「ち、ちょっと、セシル!」

 ぽややんセシル。
 上手く誤魔化し、喧嘩を仲裁したのか。それとも、何も考えていないだけなのか。
 はたまた、本当にカエルを嫁さんにするつもりなのか。
 実は月の民であるセシル。
 彼は幼いころから、謎の多い子供であった。

「……」
「……」

 しばし、言葉を失っていた残された二人……。ややあって、カインが口を開く。

「なあ、ローザ。本当にセシルのことが好きなのか……?」
「……え、ええ……好きよ……」
「……そうか…………」
「……そうよ……」

 二人の間には、虚しい風が吹いていた。

 後にセシルはマトモ風に成長する。だが、幼き日の謎多き彼のイメージは完全には消えなかった。よって、カインとローザの二人は、セシル・ハーヴィが地球人でないことを知ってもさして驚かなかったという……。

                        お・し・ま・い♪

 これも……書いたの、何年前だろ……。数えるのも嫌だ……。うーん。ワケわからんなぁ。
 私、FFシリーズじゃ、Wが一番好きです。といっても、SFCのしかやったことないけど。スクウェア作品、この頃の、好きなの多いです。聖剣伝説(GB)とか、Saga(GB)とか、ロマサガ(SFC)とか……。
 まあいいや。こんなところまでお付き合いくださって、ありがとうございましたっ!  

 

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