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ケンプフ<紅の月 11日>
なんだかガキの様子がおかしかった。
気にしてもしょうがないのでほっといた。
関税の件は俺の一存できめられるわけでもなかったから、上層部にそれとなくその話を示唆したら鼻で笑われた。
みすみすタ−ラとトラキアの繋がりを強めさせてどうする、だそうだ。
そりゃそうだ。
ついでにやっぱり殴られた。
つーかなんで俺はターラとあのガキのためにここまで殴られなきゃならないのだろうか(遠い目)。
寝る前にわら人形をぶん殴った。
リノアン<紅の月 11日>
関税のことは……やはり、駄目だったようです。
当然といえば当然のことです。ターラやトラキアの利など、フリージとは直接関係のないことですから。今更、落ち込むつもりはありません。ただ、トラキアとターラが友好的な関係を作るためには、帝国の支配から抜き出さねばならないのだと改めて認識したのです。
そのためには……どうすればよいの?
私は無力、ここにいても出来ることは少ない。
……迎えにいく、といったあの人は本当に来るのでしょうか。
もし来たら、私は一緒にいった方がいいのでしょうか。
プフケンさんがターラ代理公主に就いてから、私が殴られることは滅多になくなりました。たまには、外にも出してもらえます。私の要求を呑んでもらえることも、少ないけれど、あります……。
この邸にいれば、少し、本当に少しだけだけれど、出来ることがあるのです。
私は来るか来ないかわからない人の言葉に、掻き乱されています。迷っています。
ケンプフ<紅の月 12日>
鏡をみたら顔の腫れがひいてなかった。せっかくの男前がだいなし。
顔ばかり殴ってくるのは嫉妬に違いない。
今日の仕事はあのガキと街の視察に行くことだった。
たいした会話はしてないが、ガキが自分の存在意義について俺にきいてきた。いちいちめんどくさいことを考えるガキだ。俺が「子供でもなんでもターラの市長ってことに価値があるんだろ。フリージの名目でここでなにかするわけにもいかないからな」と答えたら、ガキはなにやら考え込んでしまったようだった。
リノアン<紅の月 12日>
今日はターラの街に視察に出ました。
フリージの紋の入った馬車に乗せられ、一個中隊に囲まれて。
同じ外出でも昨日とは違います。私にとっては、外であって、外でない。
途中で、ターラの若者がフリージ役人に暴行を加えられているのを見ました。原因はわかりませんでしたけれど、それを囲んでいる人は皆辛そうに顔を歪めるだけでした。助けに入る人はいませんでした。私が護らなくてはいけないはずの街で、あってはならない出来事が起きているのです。それを遠くから見ることしか、今の私にはできない。
「私は何故、ここにいるのかしら……」
口から漏れた言葉は、同乗者……プフケンさんに聞こえてしまったようです。彼は、私が市長であるということに……フリージにとって意味があるのだと言いました。
その言葉を聞いて……やっと気が付くことが出来ました。
ここにいてはいけないのだということに。
私がここにいることで出来ることも、少しはあるけれど。
ここにいるだけで侵してしまう過ちは……もっとある、ということに。
ケンプフ<紅の月 13日昼>
ガキは日に日に不景気な顔になっていく。
俺まで暗くなりそうだ。はっきりいって暗いのはかんべんだ。
今日はフリージに対して反乱の意思があるらしいというターラ市民に鞭打ちの刑。市長に見せるべきだという意見もあったが、に仕事がやりにくくなるだけだ、ということでそれはやめさせた。
なんだか食事が咽を通らなかった。図太いのが俺のいいところなんだが。そろそろこんなところから離れてどこかでのんびりしたいものだ。
リノアン<紅の月 13日>
今日は……反乱を企てたという市民の、鞭打ちの刑が行なわれました。ププケンさんは、見せないほうがいいと言っていたようです。でも新しくプフケンさんの下についた人は……大衆の前での刑が終わった後、その市民を私の前に連れてきて、また……何度も何度も鞭打ちました。私は見ているだけ……いいえ、気を失ってしまい、見ていることすらできませんでした。
あの人が新しいターラの代理公主になるというのは、本当なのかしら。 本人は汚らしく顔を歪めて、そのようなことを言っていたけれど。そうなると、プフケンさんはどうなるのかしら。
明日、プフケンさんに聞いてみよう。今日はもう何も考えたくないから……。
ケンプフ<紅の月 14日夜>
どうも俺はターラ代理公主をやめさせられるらしい。
けっこう忠実に職務果たしてきたつもりだったけどな。居眠りがだめだったのか?
次の代理公主に指名されているやつは俺がむちゃくちゃ嫌いな奴だったのでいびりまくる。やたらとくやしそうな顔をしていたのでとどめに高笑いをして見下してやった。
いいストレス発散ができた。今日はもう寝よう。
ケンプフ<紅の月 15日>
俺が代理公主をやめさせられるわけがわかった。なんかロリコン疑惑があるらしい! なんなんだそれ……。必要以上に優しすぎたんでしょうと嫌味たらしく部下にいわれた。
あのガキにも代理公主の件について言及される。俺が「ロリコン疑惑なんだよ……」と遠い目をしながら答えたら「ロリコンってなんですか?」ときかれた。年のえらく下の女に優しくするとそう言われるんだ、と適当に答えた。でも俺はいつこいつに優しくしたのだろうか。謎だ。
リノアン<紅の月 16日昼>
プフケンさんはやはり、代理公主の任から降りるらしい……。
私に優しすぎたことが原因らしいのです。
プフケンさんは笑って、
「こんな街はさっさと出ていきたいと思っていたから丁度いい」
と言ってくださいましたけれど……やはり、責任を感じます。
任期の途中……それもひと月半で仕事を降ろされるということが、屈辱でないはずがありません。これから先の出世にも響くでしょうし。優しくしてもらったのに、迷惑をかけてしまったのです。
やはり、私はここにいないほうがいい。
新しい代理公主はきっと、プフケンさんと違って、ロリコンではないでしょう。今よりずっと、辛い生活が待っているのです……。
約束の日は、今夜。
待っているのは、来るか来ないかも、わからない人。
私を連れ出す意思があったとしても、領事館の警備は当然、厳しい。私の元まで到達することなど、無理かもしれないのです。……頭では思います。
でも。心は信じていました。彼は絶対に来てくれるって。
リノアン<紅の月 16日夜>
私は窓辺に立ち、空を見上げました。
星の輝きの薄い夜。月も雲に覆われています。
夜の中でも暗い部類に入る夜、でした。
でも私は、小さな……でも、力強い影を見つけました。おそらく、訪問者の存在を求める意識がなければ見逃していたことでしょう。
トラキアの竜騎士。彼は、来てくれた。
私は手元にある唯一の武器……プフケンさんから贈られたリザイアの書を手にしました。呪を唱え、光の魔法の球を作ります。そして厚い硝子へと放出します。
静かな夜のことです。砕け割れる硝子は、多量の音を発します。音は、人を寄せます。
……もう後には引けません。時間もありません。
私は部屋にあるたった一つの大切なもの……ワラ人形を脇に抱えて、ベランダに出ました。
そうして、下降してきた騎士の手を取りました。
「待たせたな」
「いいえ」
私は迎えに来た人のこと、よくは知りませんでした。
でも、この人もきっとロリコンに違いないって。
そう確信していました。
ケンプフ<紅の月 17日早朝>
あのガキが竜騎士と一緒に逃げ出すのを見てしまった。
が、俺はすでに昨日付で任務を解かれていた。
ということは責任は俺の嫌いなあの野郎にあるということで。
闇にまぎれて竜は消えた。いったいどこへ行くのだろう。トラキアなんだろうか。それとももっとどこか遠い別の場所なのか。どのみち楽なことになるとは思えなかったが、あのガキが望んだことなんだからまあいいんだろう。
それより俺の明日のことのほうが大事だ。今度はダンドラムとかいう辺境の地に飛ばされることになってしまった。俺もどうなるんだか。
そういえば俺は最後まで名前をまちがえられていたような気がするが、このさいどうでもいいことだった。俺もあのガキのことを名前でよんだことはあったのだろうか。……ないな。たしか……リノアン。そこそこにいい名前だ。
次に会うことがあるときはたぶんガキじゃなくて立派な大人なんだろう。そのときはリノアンと呼んでやろうかと思っている。
エピローグ
ケンプフのターラ代理公主解任、及びリノアンのターラ領事館脱出により、2人の物語は一応の終結を迎える。
リノアンはその後、解放運動の盟主として立ち上がる。帝国の攻撃は止むことはなく、ターラは常に苦戦を強いられた。それでも、ターラの民から<希望>の光が完全に消えることがなかったのは、リノアンの存在があったからだ。
人々は、健気に戦う可憐な公女の姿に、勇気づけられた。いつの日か、ターラは闇より解放されるのだと、信じることができた。絶対的な力はなくとも、ターラの民の、精神的な支えとなっていた。
そして。弱き少女の面も持つ公女のもっとも辛い時期を支えたのは、リーフ王子との再会の約束と……常に傍にあったトラキアの竜騎士ディーンであった。
やがて、時が経過とともに、リノアンの周りには様々な人間が集うようになる。北トラキア解放軍の仲間、古くからの友。ターラ公女を慕う民……。
彼女にとって、大切な人、ものは日に日に増えていく。
それでもリノアンは、忘れなかった。
ひと月半の間、時を共有した優しき青年プフケンのことを。はじめてもらった手作りの贈り物、ワラ人形のことを。
リノアンにとってディーンは夜の闇を払った太陽のごとき存在であった。一方のケンプフは暗い日々をほのかに灯した、月のような存在であった。
どちらも闇の中で一人泣いていた少女には、必要な人間だったのだ……。
*
リノアン<数年後>
私は自分の手でターラを護りきることができませんでした。
アリオーンさまの進言に従い、ターラをトラキアに明け渡した私は今、リーフさまの解放軍に同行しています。
戦いばかりの毎日。ターラを脱出した解放軍が目指すのは、レンスター城です。
ドリアス殿の言葉に従い、正面からレンスターに攻め上ることにした解放軍は、海沿い道を移動します。
そこに待ちうけるは、フリージ軍……。
副司令官の名は、ケンプフといいました。
懐かしい人によく似た名前です。銀髪のフリージ人という話です。もしや、と思いましたが……かの人がこんな辺境で、前線に出ているはずがありません。別人でしょう。
さて。今日もリザイアを手に戦わなくては。
ターラに戻る日のために。
ケンプフ<数年後>
かなりまいった。よりによってこんなときにあのガキ……リノアンに会うとは。向こうに気付かれてないのが幸いだった。
どのみち潮時。すっかり負け戦だ。
数年前にくらべると大人びていて美人になっていた。それを見ただけでもよしとしよう。
しかしまた上層部に殴られるのか……俺(遠い目)
<蛇足>
この話のテーマはずばり、「ロリコン」。
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