<闇の聖夜>


 自身の行動に、立場に。何の疑問も抱かぬといえば嘘になる。
 ……だけど。

 重いカーテンに閉ざされ。月も星も、輝きで中を照らすことはない。
 精巧な細工の施された黄金の燭台、燈った赤き炎。
 それだけが、部屋の灯り……。
 バーハラ城内、皇子ユリウスの私室。広く、どこまでも暗い部屋。 

「ユリウスさま。お呼びとか……」

 イシュタルは闇皇子の呼び出しに応じ、闇の部屋へと足を入れた。

 コノートでの自身の負傷。
 フリージの北トラキアよりの撤退……。
 目まぐるしい情勢変化の中、ユリウスに導かれ、イシュタルはバーハラに身を置いている。
 そうして、彼の望むまま戦場に立ち、気まぐれのまま愛を受ける生活を送っている。

「ああ」

 ユリウスはガウンを纏い、豪奢な寝台に上体だけを乗せていた。
 僅か、肩を揺らせて。ユリウスはけだるげな瞳を寵姫へと向ける。

「来たのか」
「はい……」

 冷たい。だけど。時折優しい闇皇子。
 ……血筋故か、少しだけ、亡き母に似ている。イシュタルは漠然と考える。

「イシュタル。こういう話は知っているかい?」
「どのようなお話でしょう?」
「聖なる夜にはね。大切なものがひとつ、消えるんだよ」

 イシュタルは次の言葉を捜すように、恋人の姿を凝視する。
 今夜は聖なる夜。光を祝福し、ナーガ神に祈りを捧げる夜。
 ユリウスの口からその夜の存在が出たことが、イシュタルには酷く奇妙なことに思えたのだ。

「うん? どうした。私は何かおかしなことを言ったか?」

 ユリウスは怪訝そうな顔を作り、紅蓮の瞳で言葉をなくした恋人を縛った。

「いえ、おかしくは……。ただ、そのような話ははじめて耳にしました」
「消えるのが、君でなくてよかったよ……」

 ユリウスの口許が笑みの形を取るのを、イシュタルはただ見ていた。
 銀の置時計が発する音が、耳に鳴る。
 弾かれたように、答える。

「……私も。ユリウス様が消えなくて、よかったと思います……」
「そうだな。私が消えないのは、おかしいな」
「……」
「君にとって大切なのは、私だけだ……そうだろう?」

 イシュタルの家族は、既にこの世には存在しない。
 そして、家族以上に大切な存在だった少女の傍に行く権利は……血に塗れた雷神にはない。

「はい、私は……」

 今。イシュタルが大切に思うのは、大切に思うことが許されているのは。
 目の前にいる恋人だけだった。
 だから、言う。己に聴かせるように。

「……私は、ユリウスさまを。ユリウスさまだけを愛しております」

 イシュタルの台詞に、ユリウスは満足げに頷く。手を差し出す。

「そこは冷えるだろう。おいで……」

 全ての思考を払うように首を振り、イシュタルは前だけを見る。ユリウスを見る。
 そうして。一歩、二歩と。寝台へと足を進める。

「はい。ユリウスさま……」

 冷たくて心地のよい、恋人の手。闇と炎を司る手に。
 イシュタルは自身の手を、運命を。そっと委ねる。
 闇の中に、一つ、炎。
 それだけが全てを失った彼女の唯一の導き手であり、世界だった。

 他に選ぶべき道はなかった。何も見えなかった。
 だから、聖なる夜。……今夜も。
 闇に抱かれる。


<クリスマスカップルアンケの時、ユリウス×イシュタルに某Iさんより戴いたコメント>
クリスマスには大切なものがひとつ無くなる…って話を何かでちらっと聞いたことがあります。まあちさんのユリイシュで、ちょっと切ないクリスマス物語…読んでみたいなぁと思いました。

 ↑のコメントをそのまんま書き下ろしたSSというより、ワンシーンです。素敵なコメントありがとうございます〜〜。
 本来一位のアサフィーと同じくクリスマスに展示した話で、期間限定隠しとしてUPしたものです。昔は企画よくやったなぁ。今でも考えるのは好きだけど。
 偶然にでもアサフィー話が見つかったら再アップするかも(必死で探すほど気に入ってもなかったんだよね…)、ですが当てにならないなぁ。にしても、何年、妙なものにリンク貼ってたんだろう(汗)。ほんとアホ管理人ですみません。

 

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