同じ世界で

 最期を見ることになった少女のことを、グランテールはよく知らなかった。
 仲間の一人マリウスにまとわり付く子供、だが女なのだろうという程度の認識だった。
 エポニーヌという名も、死後に知った。
 バリケードを超えて、彼女は来た。そして、マリウスの腕に倒れた。
「……抱いていて、欲しいの」
 ね? 私はこれでいいの。これだけで、満足なのよ。
 死に際にあって儚げに微笑む少女は、美しかった。血の紅が、まるで花びらのように見えた。

 マリウスが彼女を愛していないことは仲間の誰もが知っていた。彼は数日前、瞳を輝かせた呆けの面で、名も知らぬ令嬢への想いを語っていた。革命に燃えるよりも恋に焦がれるほうが、ずっと歳若い青年らしい。だがそれは士気に関わる。今は革命に生きるべきだといさめたアンジョルラスは、これまで関わりのなかったエポニーヌを仲間として受け入れた。

「彼女は、このバリケードの最初の死者だ」
  何故、受け入れた? グランテールは驚き、怒りにも似た目をアンジョルラスに向けた。

  これまでは、想いは通じなくとも、恋しい人と同じ空間にいた。だが、これからは違う。
 マリウスが生き残る可能性は極めて薄い。彼女はマリウスと同じ空間で死にたかったのだろう。そうして永遠に同じ世界に存在したかったのだろう。その気持ちは痛いほどにわかった。

  アンジョルラスにも、理解できたのだろうか。気持ちを酌んで、仲間として死後の世界へ送り出してやったのだろうか。そうであって欲しかった。
 仲間を殺されたとして、士気を高めようとしたのではないと思いたい。死を、現実として突きつけたのではないと思いたい。
 グランテールはアンジョルラスという男を誰よりも知っていた。グランテールが望まぬ方の思考で、アンジョルラスが動いているとわかっていた。
 革命を。光の世界を。そのためならば、自らの命も惜しくはない。利用できるものは、利用する。

「名前はエポニーヌ。辛い人生、だが勇気があった……」
 マリウスが少女の帽子を拾い、返してやった。
 エポニーヌの死で、我らが死も現実味を帯びた。これで、アンジョルラスは満足なのだろうか。皆が彼女に続き、歴史の道しるべとして死ねば、それでいいのか?
 小さな子供や女もいる、砦の中。本当は生きたいものも、いるだろう。だが、充満する死の空気から逃れることは、砦から脱出よりも、難しい。
「彼女を裏切るな」
「その死を無駄にするな……」
 マリウスに、仲間に、自らに、言い聞かせる。皆で、死ぬ。これで、脅しても決して屈しないと、今の祖国への徹底的な反抗を見せつけることができる。たとえ、志半ばで死ぬことになっても、光の想いは残る。想いはやがて市民が立ち上がらせるだろう。

 グランテールは、アンジョルラスと同じ理想を抱いていなかった。市民が立ち上がり、国が変わっていくなどという夢など、見られなかった。いずれは市民も重い腰をあげるだろうが、それが今どうかはわからない。自分たちの存在など、死など、なんら関係ない可能性も高いだろう。

 エポニーヌの遺体がカフェから運び出される。
 この状況下では、燃やしつくすことも土に還すこともできない。 せいぜいが、セーヌ川に辿りつくと信じて下水道に流してやるくらいだ。そしてそれは、数日後、いや数時間後の自分たちの運命と同じなのだ。
 先がないことが見える、それでも、グランテールはここにいる。
 酒を呑み、思考を痺らせてでも、ここに居続ける。
  グランテールはアンジョルラスの指し示す死を拒むつもりはなかった。
 馬鹿で残酷な男だと思いはしても、世界には何も残せぬとの先見はあっても、かの男の導くままに死ぬことしか考えられない。

 グランテールは、エポニーヌと同じだった。
 想いが叶わなくとも、同じ空間にありたい。
 同じ世界で生きることすらできなくなるのなら、せめて、同じ空間で死にたいのだ。


 あとがき
 エポちゃんは、マリウスと一緒にいる方法として死を選んだんだと思います。それが、オン・マイ・オウンでの「だけど、道はある〜」のくだりの私の解釈。
 グランはエポ死亡の最初の発見者。安陪グランだけだった気もするんですが、アンジョが「彼女は最初の死者だ〜」って言う時、びっくり驚き!って顔で振り返るんですよねえ。なんでかなーと思いつつ書いたのがこの話です。原作ではほんとにグラン→アンジョなので、そう思ってみるとミュージカルもそうとしか思えん。因みに私はアンジョって、そんなに立派な革命リーダーじゃないよねえ、っと思っとります。直情型あんぽんたんか頭切れる確信犯かどっちか〜。


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