富士山撮影記
獅子座流星群が来ると予想された日、僕は富士山と流星群を合わせて撮る為に朝霧高原に向かった。
富士山の11月はかなり寒い。
しかし澄んだ空気と標高も高いので星が本当に星の数程見えると言った状態だった。
星だらけの空に富士山がシルエットとして浮かび上がる。
これは言葉にならない美しさだ。
高原に着いた所は誰とも会った事がないぐらい人が来ない場所。
でもこの日はなぜか結構人がいる。
この場所を知っている人がいたなんてと、ちょっと残念だった。
この場所は何度か来ていて、一度ぬかるみにはまってJAFを呼んだ事があった。
そう、あれは10月。
朝の3時にこの場所に着き、左の道に車を止めようと左折した時だった。
もともと農道だったので、鋪装もなく土が見えている道で車1台分しか幅もない。
道の周りには雑草が生えている。
普通の感覚で雑草が生えている所に右のタイヤが入ったのだがそこは農道、周りには腐葉土らしきものがあったらしく右のタイヤは見事に沈んでいった。
初めてはまってしまった事に焦り、バックの状態でアクセルを踏み込んでしまった。
4WDの車はゆっくりとアクセルを踏むと抜け出せる様なのだが、それは後で知った事だった。
さっきよりも深く沈むタイヤ、外灯もなく車も通らない。
鋪装された道までは何分歩いたら着くかなんて考えたくもないぐらい真っ暗な所だった。
かなりパニックになったが、こんな時間に家に電話をしても助けにも来れないし余計に心配させてしまうと思い悩む。
そこでのJAFカードがある事を思い出し電話。
携帯を持っていて良かった。
もしなかったら、電話をかけに行くまで何分かかった事か。
電話をかけたところ静岡のJAFが出た。
自分の頭の地図では山梨県に入った所だと思っていたのでそう伝えると山梨県のJAFにかけてくれとの事。
静岡のJAFに聞いた山梨のJAFの電話番号にかけ状況を伝える。
場所を確認する為にも農道を戻って鋪装された道まで歩かなければならない。
道路に戻ったところで場所を報告。
するとそこは静岡である事が判明。
そこが静岡で良かった事があった。
それはJAFの営業開始時間。
その県ごとに営業をしているJAFは山梨だったら朝になってからじゃないと工場に誰もいないので行けないと言われた。
でもここは静岡。
すぐに行きますとの事だった。
もう一度状況を説明すると「車は?」と聞かれた。
「RVR」と答えると「RVRって四駆ですよね。」と。
質問はそれだけだった。
言いたい事はわかっている。
どうして4WDなのに抜け出せないのかと。
静岡で良かったのだが町中ではなかった分、到着までに一時間半もかかった。
こんなに遠くに来てもらったのにJAFは無料で帰っていった。
すばらしい。
この経験をしてしまった為にあまりこの場所に来なくなった。
話は戻るが、この日の流星の予想は外れていたらしい。
東の空を撮っているのに、西の空に多くの流星が流れた。
それはいつも見る様な流星ではなく、激しく爆発するものだった。
同時刻に九州で流星群を待っていた友達は吹雪だったらしい。
流星が見えた事と、富士山をシルエットとした写真を撮れた事に満足し、この日の撮影を終えた。
ある日、静岡の県道71号線で僕は富士山の変わり行く姿を待った。
路肩に車を停めて富士山をじっと見ていた。
一台の車が近づいてきて中からおじさんがおりてきてこう言った。
「何を撮っているんですか?」
富士山意外に撮るものなどない様なこの場所でこの質問は何なのかわからなかったが、
「富士山を。」
僕はちょっとあしらう様な感じで言ってみた。
不発。
おじさんには効かなかった。
彼が言うには富士山を撮っている人でこんな若い人は初めて見たと。
そんな話をしているうちにまたまた人が集まってきた。
おかしい。
ここは人が写真を撮りたいと思う場所ではないのに。
「ここから出るんですか?」
意味のわからない会話が始まった。
僕はわざと何かをする様にその会話から抜けた。
そうは言っても僕の車の前でしているのだから逃げる事はできないのだけど。
会話の内容は今日この近くの場所から富士山の頂上に月が出る写真が撮れるというもの。
そーですか、がんばって。
という気持ちで、
「そうなんですか、知らなかった!!」
なんて作った様に驚いた。
こういった種類の写真はあまり好きではない。
みんなで日を同じくして場所も一緒で並んでハイチーズ。
人と違う写真が撮りたい僕にとってはどうでもいい事だった。
しかしそう言った写真は多くの人が情報を共有しているはずだから、これほど集まっていないはずもないと思っていた。
自分の撮影も終わる頃、初めに話しかけてきたおじさんはまだいた。
そして見事に富士山の右側に月が昇ってきた。
それを見たおじさんはいそいそとどこかに消えていった。
僕は月がどこに出るとか言う事より、富士山を中心に多くの人が振り回されている光景を見て祭りの様な気分になってきた。
心が騒ぎだし、こうしてはいられないと僕も移動した。
自分しか知らないであろう人の来ない撮影地に。
途中の道路には片方の車線を埋めてしまうほど車が止まり、三脚が並んでいた。
その場所を通り過ぎても僕の前を走る2台の車。
この人達はまた違う所を目指しているんだ、がんばって。
そんな事を考えているうちに撮影地が近づき右折のウインカーを出した。
えっ?前の2台も?
僕の余裕はなくなった。
みんな知ってるのね。
そこは狭い農道。
そうそう獅子座流星群の時にも行った所。
車一台分しかないのに途中でその2台は止まり、撮影準備を始めた。
おいおい、自分勝手な。
仕方なく僕も準備を。
しかし富士山に靄がかかりはじめそして見えなくなった。
でもそれと同じくして月が出てきた。
「富士山が見えないねぇ・・・・」
おじさん達のやるせない声が残った。
僕は片づけをして車に乗って気がついた。
Uターンができない。
この道をバック?
凄くうねっている道を、と考えると気が遠くなったがそれしかなかった。
しかし運がよく途中で切り返す事ができ僕はその場所を後にした。
あーいい月だった。
2002年のワールドカップ、日本対トルコの試合があった火曜日、僕は明日の富士山行きを決めた。
その日は朝から雨が降りとうてい撮影のできるような感じではなかった。
今まで富士山に何度も行ったがほとんど観光をしたことがない、だから僕の中では撮影ではなく観光をする予定だった。
富士山はとても気まぐれな女性、僕はそんな風に感じている。
とても素敵な表情を見せたかと思いきや次の瞬間には姿を隠してしまう。
青空の中で一人だけ雲の洋服で顔を隠したり大荒れの天気の中で突然顔を出したりもする。
久々に撮影に行くと僕をとても魅力的な姿で誘惑し、また来させようとするのにたびたび行くと意外と素の顔ばかり見せてつまらない。
観光を決めていた僕は富士山を見れるつもりもなく、また見るつもりもなかった。
しかし天気は一変する。
雲一つない快晴。
神の力か富士山そのものが天気を動かすのか。
彼女は近くに来るのに撮るつもりのない僕を振り向かせるために突然姿を現した。
まんまとその気まぐれに振りまわされた僕はカメラを持って富士山に向かった。
そして日中曇ることなく姿を現した富士山は僕を手玉にとったかのように本気で撮ろうとしたときからまた姿を隠す。
でも幸せ。