静岡空港建設計画の主要問題点

伊藤 通玄 いとう みちはる(静岡大学名誉教授)

はじめに 
 戦後、静岡県下でも小笠山国際空港構想や航空自衛隊浜松北基地共用構想などが検討されましたが、いずれもいろいろな問題点があり、具体化されませんでした。様々な検討の結果、静岡県には空港の適地がないというのが、その時点での判断であったわけです。
 ところが、「21世紀は空の時代」、「空港空白県からの脱却」などを旗印に、斉藤県政時代(斉藤滋与史知事1986−1993年)に俄かに空港問題が再浮上しました。しかも第6次空港整備5ヶ年計画(1991年−1995年)になんとしても間に合わせようとしたため、非常に拙速的、非民主的に検討が進められ、重要な情報がほとんど公開されないままに島田・榛原という空港予定地が決まってしまいました。この決定にいたる経緯のなかに、現在の様々な問題点の源があることを指摘したうえで、静岡空港建設計画の主な問題点についてお話します。
 今日準備した資料は、静岡空港問題の原点を知って頂く意味で準備したもので、私たちが1987年〜1989年に亘って検討した内容の一部を抜粋し、一部補足したものです。(出典:日本科学者会議静岡支部編集・発行「静岡のそら・みず・みどり」1992年)

1 災害に強い県土づくりとの矛盾 
 私は地球科学(地質学)という専門分野から静岡県の「東海地震」対策の推移をフォローしてまいりましたが、静岡県政の最重要課題は何かといえば、近い将来発生が予想される「東海地震」対策を着実に進めることだろうと思います。
 斉藤県政時代に策定された静岡県新総合計画(87年1月策定)のなかでも引き続き重視されていた「災害に強い県土づくり」の諸施策の方向と、予想される東海地震(M8級)の震源域(図1)内の「地すべり・崖崩れの恐れのある丘陵」を大規模に切り盛りすることは明かに矛盾しています。
 静岡空港の予定地は図2のように牧の原台地よりも一段高い坂部原と呼ばれる痩せ尾根型丘陵(里山)で、尾根部分には約30−40万年前の大井川系礫層(河原石)が乗っています。つまり、約10万年前の大井川の河原であった牧の原よりもさらに古い大井川の河原であった部分です。
 空港適地といわれる未開発の台地や低地であれば 250億円程度で建設できる地方空港ですが、建設条件・アクセス条件が悪いため、新幹線新駅を含む周辺整備を考慮すると2000億円を越えるであろうということは、計画段階ですでに予想されていました。こうした問題点が県民全体に知らされないままに事態が進んでしまったことが悔やまれます。その点では、私たちの批判の声を広げる努力が足りなかったことを反省しています。

2 条件付採択までの拙速・非民主的対応
 静岡県は斉藤知事の就任(86年6月)以降、強引に「空港計画」を推進し、関連資料の公開に基づく周辺住民の充分な理解のないままに「空港候補地」の絞り込みを急ぎ、新総合計画に位置づけて1年足らず、空港建設専門委員会を設置して7ヶ月足らずで、空港候補地を島田・榛原に決定しました。そのうえ、最低3年は必要といわれる気象調査の初年度資料や僅かな地形・地質調査、既存の環境資料の検討によって「静岡空港基本計画」案を公表(89年12月)し、90年1月以降は様々な問題点の検討を先送りした計画案にそって、「空港賛成派」多数地区から地元説明会を実施し、反対派住民を孤立・分断する作戦を進めるとともに、第6次空港整備5ヶ年計画への採択を目指し、関係省庁および政・財界工作を進めました。こうした拙速・非民主的な静岡県当局の対応は、静岡県政に大きな禍根を残すことになりました。

3 先送りされた諸課題
「静岡空港基本計画」策定段階での最大の課題といわれた航空自衛隊静浜基地管制圏や浜松基地管制圏、静浜基地・浜松基地訓練空域との空域調整問題は、滑走路方位をずらすことで何とかクリアされましたが、非常に厳しい空域設定となっているために、仮に開港されたとしても静岡空港はパイロット泣かせの危険な空港となるでしょう。
 このほか、地権者や周辺住民の生活や営業に深く関わる用地取得の範囲や補償の方法、周辺整備の方針や環境・災害対策などの策定は第6次空港整備計画採択後に先送りされました。空港整備計画のスケジュールは示されましたが、それぞれの段階でどのような課題があり、どうクリアするのかが示されないまま、事態が進んでしまったことが大きな問題であったと思います。

4 大量の高盛土が必要なうえ、土質も不良
 静岡県が公表した「空港候補地比較表」(87年12月)では3,700万立方mという膨大な盛土(最高盛土高100m)をする予定でしたが、あまりにも膨大な土量のために当初計画を変更し、基本計画案(89年)では滑走路中心(標点)の高度150mを132mに下げ、滑走路を東下がり0.5%にするなどして切土量を増やし、これをすべて盛土(2,000万立方m)にあてるように計画変更しました。その後の空域調整の関係で滑走路方位の変更があり、最終的に盛土量は2,700万立方mに計画変更されています。
 東海地震の震源域に最高100mの高盛土は危険だと判断した私は、新広島空港(最高120m)、岡山空港(最高78m)、新高松空港(最高64m)、秋田空港(最高60m)などの高盛土空港の現地調査を行ないましたが、秋田空港以外はいずれも花崗岩地帯に立地しており、良質な盛土材料に恵まれています。これに対し、静岡空港予定地の主な岩質は相良層群に属する軟質泥岩であり、盛土材としては不適当な材質です。
 静岡空港予定地に似た地質条件をもつ秋田空港(最高盛土60m)の建設工事では、この軟質泥岩および粘性土の量的・質的把握とそのゾーニング(土質分帯)に大変苦労しました。この苦労の中で様々な技術開発が進められ、その結果として土木学会賞を受賞したと聞いています。
 静岡県はこうした様々な経験を踏まえて空港建設を進めるとして、図3のようなゾーニングを示していますが、建設途上で大地震や集中豪雨などを受けた場合には、想定外の土砂災害が発生する危険性を憂慮しています。

5 航空需要予測はあまりにも過大 
 静岡県が1987年に発行した静岡空港イメージリーフでは、静岡空港乗降客数(国内便17路線)を2000年時点で534万人(静岡県民283万人、その他251万人)ときわめて過大に予測し大きな批判を浴びましたが、その後の見直しによって「静岡空港基本計画」案(1989年)の段階では、表1左のように、千歳・小松・広島・福岡・長崎・那覇の6路線19便で175.6万人(2000年度)の需要があると予測しました。さらに、運輸省への申請段階では新千歳4便、松山2便、高知2便、福岡4便、熊本2便、鹿児島4便、那覇4便の7路線22便で178.1万人(2003年度)に変更しましたが、「まだ過大だ」という指摘が後を絶ちません。
 昨年静岡県は新たな手法によって航空需要の見直し結果を公表しました(表1右)。この予測は経済成長率(GNP)3%〜2%を前提とした2006年度(開港予定年度)の航空需要ですが、静岡県民のすべてが静岡空港を利用し、名古屋空港や羽田空港の利用を考慮しないという非現実的予測となっています。また、航空利用か鉄道利用かの選択は、利用者の時間価値の違いによって当然異なりますが、この予測では静岡県民の平均時間価値を4,028円と過大に見積もっています。
 さらに「利用者は便数の多い空港を選ぶ」という便数効果や「ビジネス客の利用傾向と観光客の利用傾向の違い」が考慮されていないなどの問題点を持っています。これらの問題点を考慮すると静岡空港の航空需要は採算ラインである年間100万人を下回ることになるでしょう。

6 空港利用圏域(交通アクセス)の問題点 
 これはあまり大きな問題点ではないのかも知れませんが、私は基本計画案の段階でかなり問題視しました。
「静岡空港基本計画」案(1989年)に示された静岡空港への「アクセス所要時間の時間別市町村一覧表」を見ますと、60分以内に静岡空港に到達できる地域のなかに静岡市・清水市・浜松市などが含まれています。
 ところが、例えば静岡市の場合、井川・梅ヶ島・玉川・大河内などの北部地区からは現在でも60分で空港予定地まで行けません。それにもかかわらず、静岡市の全人口が60分圏域に含まれています。これは各市町村の人々がすべて各市町村庁舎を起点(終点)として出発(帰着)するというトリックのもとで計算されているためです。
 その結果、60分圏域人口217.3万人(59.8%)、90分圏域人口314.2万人(86.5%)という、見掛け上は交通アクセスが良いように見えます。
 これを自宅からの出発(自宅への帰着)とするならば、60分圏域人口は全県民の40%程度、90分圏域人口は60%程度に留まるでしょう。こうした交通アクセス上の問題点があり、これが「利用しにくい空港」、利用されるとしても「静岡県中部県民のためのローカル空港」に留まるとされる原因だと思います。

7 新幹線新駅の設置は至難
 新幹線新駅問題が最近話題になっていますが、JR側が主張するように、将来中央リニア新幹線が営業運転を始め、東海道新幹線が在来線化しない限り、新幹線新駅の設置は到底実現しないであろうことは計画段階ですでに指摘されていました。
 それにもかかわらず、静岡県は新幹線新駅の設置場所3案の建設コストや利用者予測の比較検討を行ない、あたかも新駅設置が実現するかのような印象を県民に与えていますが、こうした幻想を振りまくべきではありません。
 他方、2005年度開港予定の中部国際空港は24時間運用の第1種空港として、第1期計画(3500m滑走路1本、473ha)で国際需要800万人/年、国内需要1200万人/年を目指し、本体工事を進めるとともにアクセス鉄道新設事業の年度内着工を準備中です。国際・国内便ともに就航路線・便数が圧倒的に多い中部国際空港が予定通り2005年度に開港され、羽田空港のさらなる沖合展開が進展するとすれば、仮に静岡空港が開港されたとしても、県内利用者は県中部を主とする一部県民の利用に留まるローカル赤字空港になるでしょう。

関連資料について
 この資料は最近いろんな集まりで活用させてもらっています。図4は最近明かになった東海沖海底から赤石山地に至るほぼ南北の地質断面図ですが、静岡県中部の複雑な地下構造がリアルに示されています。この図の中で予想される東海地震の震源域は東海スラスト(逆断層)ぞいの×××印で示されていますが、この震源域の見直しが現在進められています。この見直し結果によっては静岡県をはじめとする東海地方の地震対策を大きく変更する必要に迫られるかも知れません。
 図4のなかには、遠州断層とか、小台場断層といった海底活断層も示されており、東海地震発生の際に同時に活動したり、余震として活動する可能性があります。このように東海地震の起き方にはいろいろな起き方がありうることが指摘されています。したがって、浜岡原発の安全性を考える場合にも、静岡・清水の合併問題を考える場合にも、各種の地域計画を考える場合にもこの図が示す内容は極めて重要です。
 例えば、現在静岡県が進めている東海地震対策は石橋克彦博士(現神戸大学教授)が1976年に発表した断層モデル(東海スラストが長さ約115km、幅約70kmに亘り4mずれる)による被害想定に基づいていますが、この震源モデルの変更が行われることになれば、東海地震対策の全面的な再検討が必要となり、静岡県政にとっても、私たちの生活設計にとっても大きな影響を与えることになるでしょう。静岡県の「自然の豊かさ・素晴らしさ」の背後にはこうした危険な地質構造があることを忘れてはならないと思います。
 関連資料の図5は複雑な静岡県の中部地域の地質構造を平面図で示したものです。この図のなかの南北性または北東―南西方向の太線は大規模な断層です。その多くは昔は活断層であったわけですが、最近は活動していない普通の断層と見られています。この図のなかで活断層と認定されているのは、富士川下流部をほぼ南北に走る富士川断層です。なお、活断層と認定されていない普通の断層でも、断層周辺は地層が脆くなっており、東海地震のような大規模地震の際にずれたり、崩れたりすることがあるので注意が必要です。
 このようにこの資料は最近明かにされた静岡県の自然環境情報として大変重要なものですので、関連資料として紹介させていただきました。

質問に答えて

質問1 関連資料の活用法について
 この資料は岩波書店発行の「科学」(98年1月号)に掲載されたものです。こうした新しい情報に基づいて、様々な地域計画の再検討を行なうことが求められています。例えば、「地域防災計画」の見直しが絶えず行なわれる必要がありますが、現実には古い情報に基づいた計画に留まっています。 最近、私は静岡県の「地域防災計画」を丁寧に読ませていただきました。そのなかで、東海地震等に対する個別対策については毎年見直され、より実践的となっていますが、個別対策の基礎となる基本的情報の更新がなされていません。県がそういう状況ですから、市町村も同様か、それ以下の状況です。県当局には数年前に問題点を指摘し、一定の改善が図られましたが、なお問題点が残っています。そこで具体的な修正文案を添えて現在見直しを求めているところです。
 静岡市の地域防災計画の中にも同様の問題点がありましたので、具体的修正文案を郵送して見直しを求めています。これはあくまで一例ですが、多くの県民・市町村民が自治体情報に関心を持ち、新しい情報に基づく見直しを協働して進める必要があると思います。
 図5は1990年に公表された資料ですから最新の資料とはいえませんが、静岡・清水地域の自然環境を知る上では極めて重要な基礎資料です。図5のなかに浜岡原発、静岡空港、グランシップの位置を示しておきました。いずれも地質的な問題を抱えた場所にあります。
 図4とも関連しますが、予想される東海地震の石橋モデルを発表した石橋克彦さん自身が、東海地震の起き方は多様であり、石橋モデル以外の起き方(南海地震との連動や連発型東海地震)で発生する可能性を指摘しています。その際の浜岡原発の耐震性を石橋さんは大変憂慮され、東海地震の震源域に立地する浜岡原発は真っ先に廃炉にすべきだと主張されています。そのすぐ北に位置する高盛土空港(静岡空港)の耐震性も当然見直す必要があります。

質問2 空港予定地の岩質・土質、不等沈下、工事中の災害、地すべり対策などについて 
 空港建設現場に見られる青灰色の軟岩は、地元で「アオ」と呼ばれていますが、相良の地名に因んだ相良層群に属する「切山泥岩」です。固結度の低い軟岩ですから、埋め土や盛り土には適しません。地表近くで風化によって脆くなったものは軟岩1、比較的新鮮で固結度のやや高いものを軟岩2として区別していますが、いずれも固結度は低いので、掘削はしやすいのですが、盛土材としては不適当です。
 秋田空港の場合は谷の出口を良質材でブロックし、土質試験や盛土試験結果を踏まえたゾーニング(土質分帯)によって、不等沈下と戦いながら造成されましたが、土質別の切土量の見直しを何回も行ない、ゾーニングの修正で苦労したことが建設工事誌に記録されています。静岡空港の場合は今のところ、秋田空港の場合ほど土質は悪くないとのことですが、今後の掘削状況によっては様々な見直しが必要となるでしょう。
 静岡空港の場合は、尾根部分には旧大井川系礫層が分布しており、これを盛土の法面保護に用いることになっています(図3参照)。この量が多ければ盛土材として有効利用できますが、充分な量が確保できるかどうか心配です。もっとも広く分布しているのは軟質泥岩で、その適切な処理を充分チェックする必要があります。
 空港土木施設の設計基準では、「高盛土による用地造成」について、「試験盛土を行なったからといって、把握された土質定数そのものが、実際の高盛土工に適用されるとは考えにくい場合もあるので、試験盛土結果の評価は慎重になされるべきである」と述べ、慎重な処理を求めています。
こうした処理を怠ると地震や集中豪雨などを引金とした不等沈下や地すべり・土砂流出などの土砂災害が発生する恐れがあります。秋田空港などの経験に学ぶとしても、予想外の問題が発生し工事費がかさむことが起こりうると思います。
 なお、盛土量についての関連質問がありましたが、当初3,700万立方mであったものが、計画変更で2,000万−2,400万−2,700万立方mと変更されています。今後の掘削過程でさらに変更されることもあるでしょう。
 切土量・盛土量だけでなく土砂の移動量が工事費に影響するという指摘がありましたが、その通りだと思います。計画通りに切土が土質区分され、計画通りに適所に盛土されていけばよいのですが、買収できない部分があると効率的な掘削ができず、適切な土質区分に基づくゾーニングができないことになり、仮置土量・移動土量が増え、工事費に影響を与えることになります。
新幹線のトンネル防護工事費が当初計画の約4倍に当たる95億円に跳ね上がったように、今後も予想外の事態が発生し、工事費に影響を与えることがありえます。
 集中豪雨による崖崩れや土砂流出に関する質問がありましたが、牧の原で記録された時間雨量97mmの集中豪雨を考慮した防災対策を講じているとのことですが、前例のない豪雨が将来起こりうるわけですから、これで安心とは言えません。

質問3 2,500m滑走路で国際空港化は可能だろうか?
 静岡空港は地方と地方を結ぶ第3種空港ですから、仮に開港できたとしても定期便を飛ばすことはできませんが、一定の需要があり航空会社がその気になれば、東南アジアまでは国際チャーター便を飛ばすことはできます。ただし、燃料を満タンにする必要があるため、搭乗人数が限られます。したがって採算ベースに乗るかどうかが大きな問題となるでしょう。
 なお、地方空港の多くが国際チャーター便(または特定路線の国際定期便)を飛ばすために滑走路の延長を行なっており、「静岡空港も3000m級滑走路が必要だ」との意見がありますが、静岡空港の立地上の制約から3000m滑走路への延伸は技術的にも工事費の面でも至難のことと思われます。因みに立地上の制約の少ない福島空港(2000m滑走路)の本体工事費は286億円でしたが、3000m滑走路工事のためにほぼ同額(276億円)を投入しています。

結びにかえて 
 今日のシンポジウムを通じて、静岡空港の様々な問題点がより明確になったと思います。こうした情報を広く県民に示しながら、もちろん県当局の主張と対比しながら、「私たちはどう考えているのか」を正確に県民に伝え、県民の賢明な選択によって静岡空港問題に決着をつけていただきたいと願っています。
 なお、一つだけ追加しておきたいことがあります。今朝の毎日新聞を読まれた方はお気づきと思いますが、首都圏第三空港の調査費がつき、羽田沖の桟橋式空港というかなり明確な方向性が示されました。「静岡空港を首都圏第三空港の補完空港に」という静岡県の目論見はこれで大きく崩れたといえるでしょう。

注 この文章は、2000年12月9日に開催した静岡県地方自治研究所設立4周年記念シンポジウムでのパネルデスカッションのうち、伊藤通玄理事の発言内容及び関連する質疑応答を編集したものです。

出典 「ネットワークしずおか20 (2001年4月12日発行)」