〜彩の刻〜

第二章

 「亮太〜」
 「………」
 「亮太〜!!!入るよ〜!!」
 「うう〜ん…」
 「うわっ!きったなーい…亮太〜…ちょっとは片付けなよ」
 「うるせえなあ…朝っらから文句は勘弁してくれ」
ただでさえ昨日、母さんにみっちり絞られたのに。
しばらくは小言は聞きたくない気分だったのにと付け足して答える
 「それは私も同じ。亮太のせいで私まで怒られたんだから…それよりお客さんだよ」
 「客?俺に?」
 「亮太以外に誰がいるのよ」
こんな朝っぱらから客?そもそもこんな時間に俺が起きてるのでさえ奇跡なのに。
 「誰だよ」
 「さあね〜行ってからのお楽しみだよ」
そう言うと真奈美はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
こいつがこの顔をするときは、たいていよからぬ事を企んでいる。
 「なんだよ…行けば良いんだろ行けば」
半ばやけになりつつ俺は部屋を出る。
玄関へ続く廊下は、丁度朝日が入りこんでいて程よく暖かい。
 「???」
俺は玄関で歩みを止める。
 「なんだよ、誰もいないじゃなねぇか」
そこには人数分の靴と、恐らくは真奈美のものであろう鞄が置いてあった。
 「ったく…まんまとはめられたよ」
部屋に戻りもう一寝入りしようと踵を返したとき、丁度店の方から母さんが顔を出した
 「亮太?そんなとこで何やってるの!お客さんが待ってるんだから」
 「店の方に?」
多少、急ぎ足で店の方へ向かう
 「あ、牧野君おはよ〜!!」
 「あ、綾辻!?」
店のカウンターには恐らく母さんがいれたのであろう。コーヒーをすする綾辻の姿があった。
 「このお店のコーヒ、美味しいですね〜」
 「あら?そう言ってくれると私も嬉しいわ〜」
…母さん、頼むからその初対面の奴に極端に猫を被る癖止めてくれ。
と、心の中で切に思う。
 「…で、こんな朝早くから何の用だ?」
 「え〜と…一緒に学校行こうと思って!…だめ?」
 「ダメじゃねえけど…」
そう言いながら俺は恐る恐る隅のほうへ目を向ける。
そこには案の定、からかいの眼差しが二つ…
 『あの亮太が女の子をね〜…』
 『亮太も結構やるときはやるものね』
と、言わんばかりの目。もちろんそう言ってるのが聞こえたわけではないが
それに似たようなことを言っているのは長年の付き合いからか手に取るようにわかる。
手を払う様にして『あっちへいけ』のジェスチャーを取る
 「で、どうかな…?」
そんな俺らのやりとりに痺れを切らせた綾辻が遠慮がちに訊ねてくる。
 「ん?ああ…わかった。じゃあちょっと待っててくれ。今着替えてくるから」
 「うん、まだ時間あるからゆっくりでいいよ〜」
そう言って俺に手を振る綾辻。
 「やっと亮太にも春がきたのね〜」
いつのまに着替えたのか、俺の部屋のドアにもたれかかる様にして制服姿の真奈美がいた
 「うるせえな…んなわけねえだろう、そもそも綾辻とは昨日初めて会ったんだ。春もなにもねえだろう…」
 「わかってないなぁ〜亮太は〜…わざわざこんな朝早くから迎えに来てくれたんだよ?なんとも思ってないわけないじゃない」
もし仮に…言っておくが仮にだぞ?本当にそうだとしたら俺は一体何人のクラスメイトに冷たい視線を浴びさせられなきゃ
ならないんだ?そんなことに怯えながらも着替えを始める
 「…よ、よお。お待たせ」
自分でもなんとなくぎこちないのがよくわかる。
 「うん!それじゃあ行こっ」
 「いってらっしゃーい!」
玄関先で元気よく手を振る真奈美。それを見た綾辻は
 「あれ?真奈美さんは学校行かないの?」
 「行くよ、でも私は野暮な事はしないタチなのよ」
 「え??えっ??」
 「ふふふ、わからないんなら、わからないでいいのよ。亮太をよろしくね」
 「う、うん…わかりました」
なにやら嫌な予感がして戻って来てみれば…
俺は溜め息を吐きつつ、踵を返し家の前まで戻ってくる。
 「真奈美、訳のわかんねえこといってないでお前もさっさと準備しろ、それに綾辻も肯定するな」
 「何よ、たまに早起きしたからって…はいはい、それじゃあ仲良く行ってらっしゃーい」
昨日のことをそんなに根にもっているのか、いつもよりも突っかかってくる真奈美。
それ以外は何も問題無く俺達は学校へ向かって歩き出した
 「仲、良いよね」
 「は?何が」
 「真奈美さんと」
 「そうかぁ?」
 「うん、羨ましいよ。私、一人っ子だし」
朝もやのかかる…とまではいかないが俺にとってはそれくらい早く感じるくらいの時間に
こうして登校している。いつもと同じ道を歩いているのだが時間が早いというだけで雰囲気までもが
違って感じる。
 「今ふと思ったんだけど、なんで真奈美には『さん』付けなんだ?」
 「え?だってお姉さんでしょ?」
 「はははははは!!!」
 「???」
あれがお姉さん?そんな事には地球がひっくり返ってもあり得ない事だな
 「そう見えるか?真奈美は俺と同じ歳だ、ちなみに学校も同じだ」
 「えっ!?じゃあ双子なんだ?」
 「残念ながらな」
 「そう…なんだ」
ふいに綾辻が見せる悲しい表情。俺は何度か見た事がある。
確か昨日、一緒に帰ってるときにも…
 「悪い、なんか変な事言ったか?」
そんな表情が見えたのはほんの一瞬で…
すぐにいつもの笑顔が戻る
 「ううん、なんでもないよっ。ほら、早く行こっ!」
こいつは、綾辻は一体何を隠しているのだろう…?
時折見せる、いつもの明るい表情とはまったく正反対の悲しい表情。
その理由を俺はなんとなく気にしだしていた、それは単なる好奇心なのか、それとも…

 「あ、綾辻さんおはよう!」
教室についた俺らを迎えたのはもはや親衛隊と化しているクラスの男子達の洗礼(?)だった。
 「あ、お、おはよう」
こいつらの勢いに気圧されたのか、返事がぎこちなく聞こえたような気がした。
 「む?牧野?お前もしや…一緒に登校してきたんじゃないだろうな…?」
クラス中の視線が一気に俺ヘと向けられる。
 「んなわけあるかよ、俺はたまたま昇降口で会っただけで…なあ?あやつ…」
 「うん!今日は牧野君と一緒に来たんだぁ♪」
 「…………………」
 ガシッ
俺は無言で綾辻の手を掴み、そのまま教室外へ
 「わっわっ。どうしたの?」
 「お前なぁ…」
 「え、なに?」
 「せっかく俺がとぼけたのに、お前は何でそう…」
 「嘘はダメだよ、って昔教わらなかった?」
 「ばかっ!今時そんなの真に受ける奴がいるか!今の世の中は『嘘も方便』な世の中なんだよ!」
ちなみにホントにそうであるかどうかは謎である。早速『嘘も方便』を実行したような気がしないでもない。
 「わかったよ。次からは気をつける」
 「…ああ、是非そうしてくれ」
今日は朝っぱらから散々だ。もしかして厄日か?
 「牧野…お前、さっきの話…本当なのか?」
 「断じて違う。さっきの綾辻の証言は実は絵空事だと言う事が判明したんだ」
 「そうだよな〜牧野が女の子と、ましてや綾辻さんと一緒にいるわけ無いよなぁ〜」
それはそれで即座に納得されると無性に腹が立つぞ…
すると何か?俺=女嫌いという方程式が成り立っているのか?
まあ、否定はしないが…確かに好きか嫌いかって言ったら、嫌いな部類に入るだろう。
って何を俺は必死に説明してんだ?しかも誰に?
 「はぁ…」
今日は素直に寝よう…そう決心した

 「…………」
放課後、いつもの俺の『居場所』
言わずと知れた屋上である。不覚にも綾辻に発見されてしまったが、それ以外ここで人に会った事がない
とっておきのベストポイントである。
今日は授業が終わって真っ先にここへ来た。恐らく誰の目にも触れずに…
なんてたって帰りのHRをサボったくらいだからな。
何でHRをサボってまで真っ先にココにいるかというと…
言うまでもないだろ?綾辻に捕まらないためだ。朝はああは言ったものの、男連中の警戒の目がしばらくは
俺に向いているような気がしたからでもある。
そのまま家に帰ってもよかったのだが…店の手伝いをするのが嫌だったのでこうしてここにいる。
 「…………」
もしもの時に備えて、今日は屋上の中で更に見つかりにくい場所と自負している
給水塔の上に俺は寝転がる。
真奈美へのいいわけを考えながら俺はゆっくりと目を閉じる
校庭からは部活動に精を出す掛け声がかすかに聞こえてくる。
その声がだんだんと心地よく聞こえてきて…

バタンッ!
なっ、何だ!?屋上の扉が勢いよく閉まる音で俺は目が覚めた。
 「はぁ…はぁ…」
息を切らしているような息遣い…一体誰だ?
給水塔の上からこっそりと頭を出して見てみる。
 「…………」
見なかった事にしよう。
 「はぁ…あれ〜…ここだと思ったのになぁ〜…牧野く〜ん!!いる〜?」
いねえよ、だからとっとと帰れ。
無視を決め込んで再び寝転がる
 「牧野くーーーーーーーん!!!!」
 「…………」
 「牧野くーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
 「……………」
 「まーーきーーのーーくーーーーーん!!!!!!」
 「だああああ!!!うるせええ!!!」
たまらず顔を出す
 「あ、そんなところにいたんだ。でもなんで返事してくれなかったの?」
 「…寝てたんだよ」
 「そうなんだ、だったら最初からここにいるって言ってくれればよかったのに…疲れちゃった」
 「…どこ、探してたんだよ?」
 「えっと…学校中探していなかったから、牧野君の家に行って、そしたら真奈美さんに『まだ帰ってない』って
 言われたから、きっとここかなって急いで戻ってきて、それで…」
 「………そりゃ、ごくろうさんだったな」
 「ホント、疲れたよ〜…」
そう言って綾辻は壁にもたれかかった。
 「よしっ、帰るか」
 「………いいの?」
 「んじゃなかったら綾辻は何のためにここまで頑張ったんだ?」
 「一緒に帰ろうと思って」
 「だろ?その努力を評価したんだよ、行こうぜ」
 「……うんっ!」
自分でそうは言ったものの、心のどこかで「一緒にいたい」そう思っていたのかもしれない。
気がつけばいつのまにか日は傾いていた。

 「ただいま」
 「あ、亮太!さっき綾辻さんが探してたよ…ってあれ?」
 「こんばんわっ。さっきはどうも」
俺の脇からひょっこり顔を出す
 「あのさ、綾辻になんか出してやってくれないか?」
 「え?亮太の奢り?珍しい事もあるわね…」
 「色々手間かけさせたみたいだからな」
 「わー!嬉しい〜なんでも頼んで良いんだよね」
まるで子供みたいにおおはしゃぎする綾辻。
まじまじとメニューを眺めている。
なんとなく嫌な予感がしたので、『俺の奢れる範囲ならな』と、後から付け足す。
 「にしてもなんでそんなに俺に構うんだよ?」
悩んだ挙句、結局ケーキセットにした綾辻(というか俺が強制的に決めさせた)
 「ほへはまふぃのふんが…」
 「…取り敢えず、口のもの飲みこんでから話してくれ」
こくこく
頷き、そばにあった水で流しこむ。
 「ふう…あのね、それは…」
 「それは?」
 「牧野君が好きだからだよっ」
 「…………」
 「あれ?思ったより反応が無いね」
 「…聞いた俺がバカだった」
こういう場合は二つ,パターンが考えられる。マジの告白か、冗談かだ…
当然この場合は後者だ。俺は勝手にそう解釈しながら話を進める。
 「そうなのか。じゃあ俺のことが好きならそっとしておいてくれ」
おもむろに席を立つ。
 「あれ?どこ行くの?」
 「着替えて来るんだよ」

 「ふう…」
部屋に入るなり、ベットに倒れこむ。
なんかここ2,3日ロクな事がない気がする…
いや、充実していると言うべきなのだろうか…
しばらく仰向けに寝転んだまま考えてみる。
階下からは恐らく繁盛しているのであろうか、食器の音と共に客の話し声が聞こえてくる
 「あいつが来てからだよな、違和感を感じたのは…」
 「あいつって?」
 「ん?だから綾辻のことだよ…っておい!」
 「え?何?」
見ればいつのまにか、俺の部屋には真奈美が
 「ノックしろって言ってるだろうが!」
 「急いでたんだからしょうがないでしょ!」
 「で、なんだよ」
あいにくといつものような喧嘩をしているほど暇じゃないんだ、と言わんばかりに話を元に戻す
 「綾辻さん…寝ちゃったよ?」
 「…は?」

 「くー…すー…」
空になった食器の横で気持ち良さそうに寝息を立てる奴が一人…言うまでもない、綾辻の奴だ
 「ホントに寝てやがる…」
 「ね、言ったでしょ」
 「どうすんだよ、これ」
指を指して訴える俺。
 「いいんじゃない?このまま寝かせてあげたら?」
 「家はどうすんだよ、心配するだろうが…」
と、言いかけて俺はふと思い出す
 『そんなことしたら親だって心配すんだろうが…』
 『しないよ?』
 『??』
 『だって…親、いないから』
そうだった、確かおばさんと二人で暮らしているんだったな…
 「じゃあ電話くらいした方が良いのかもね」
 「…誰が?」
 「もちろん♪」
と、同時に俺を指差す。
 「なんで俺が!」
 「だって彼女でしょ?」
 「違う!」
 「とにかく、ちゃんと送りなよ?じゃあ私はお店の方いくから」
逃げる様にして駆けていく
 「ったく…しょうがねえな、電話でも…」
あれ…?やばい…
 「俺、こいつの番号知らねえよ…」
さて、ホントに困ったぞ。問題はどうやって送り届けるかだな…
まあ、電話したところで誰も出ないとは思うけどな…綾辻の言っていることが本当ならな。
と思ったところで最終手段にでる
 「おい、綾辻、起きろ」
ユサユサ
この際しょうがない、無理矢理にでも起こして帰させないと
 「ううーーん…」
今思ったことが一つ、こいつは…寝起きが悪い。しかも俺以上に…
 「綾辻…悪く思うな」
俺は更に奥の手に出る。
鞄の中にあった、生徒手帳を広げる。
 「あった…」
そこには現住所と電話番号が。
それをメモし、鞄に戻す時、ひらりと一枚の写真が落ちる。
 「これは…」
その写真には、無邪気に笑う一人の女の子とそれを挟む様にして、
幸せそうに笑う男女が…
 「家族…か」

 

 「どうもすいません、この子、1度寝ちゃうとなかなか起きないのよ」
結局俺がおぶって家に送り届ける羽目になった。
あれから何度も起こそうと試みたが、一向に起きる様子がなかった。
家も結構近かった事もあったので、こうして大胆な『輸送作戦』を決行したのだ。
 「いいですよ、それじゃあ俺はこれで」
何よりもビックリしたのは俺がダメもとで家に電話をしてみたら
おばさんが出た事だ。確かいつも帰りが遅いような事を聞いていたから…
 「どうもありがとうございました」
 「あ、それと…伝言お願いできますか?」
 「なんですか?」
 「えっと…明日の朝、店で待ってるって伝えておいてください」
少し照れた様に俺が言うと、おばさんはクスッと笑いを浮かべ
 「わかりました、伝えておきます」
 「そ、それじゃあ」
なんだかその場にいるのも恥ずかしくなってきたので逃げる様にその場から立ち去る。
今日はなんだか色んな意味で疲れたぞ…
自分の中でだんだん大きくなる存在に気付かないまま俺は家路へとつく…