TINIAN

サンホセ教会の鐘楼



戦火で朽ち果てた教会ですスペインまたはドイツ統治時代のものでしょう。

テニアンのチャモロ人達はスペイン統治時代の17世紀末のスペイン人から迫害を受け、全員がグアムに移動させられました。そして、第二次世界大戦終了後の1948年にチャモロの一団が戻るまで約250年間の長きに渡って、この島にはチャモロの集落はありませんでした。戻ってきた400人足らずの人達は大部分がヤップ島から移住して来たチャモロで、残りはサイパンとロタからやってきました。ヤップ島から移住してきた人達は19世紀末にグアム島からヤップ島に渡ったチャモロの子孫です。
 また、この島には韓国人も住み着いています(正確には、終戦直後の引揚時に日本政府が置き去りにした人たち)。チャモロ人達も韓国人も約60年前から一緒に暮らしています。

この鐘楼も老朽化が進んでいるため、いずれは取り壊されるようです。