『鉄橋は水面に揺れて』 Previews                    -- 戸川 愛恵 Character Rough-Text --  捲るノートのページが、パラリと乾いた音をたてる。新しく広がったページの3行目 に、ボールペンの先を置いた。サラサラとその行を埋めた文節は、裏側のページにある のと同じ。詩を作る時は、必ずこうするようにって言われた。直すにしても、必ず前の を残しておくようにって。どこで良い言葉が出てくるかわからないからって。それに、 失敗したと思ったのでも、あとから違う詩になるかもしれないからって。  時間は、午前2時。そろそろだいぶ眠たい。今日は今書いてるので終わりにしなくち ゃと思う。いくらなんでも、授業中に居眠りしちゃだめ。お肌だって気になるし。   ──────       一年も遅れる返事なんて ないと思ってみても       わたしの居場所をあなたが 知らないとわかっていても       帰ってきた私が最初にするのは 今でも郵便受けを見ること       あなたの名前が あるかもしれないって 寂しい心の色で       2回分の幸せが いっぺんに返って くるかもしれないって       ポストに入れる勇気もでない 次の手紙は       10通で 書くのをやめたけど       机にしまってある想いだけでも どこかであなたに       伝わると良いなって そう思って       わたしの言葉じゃなくても 想いだけはあなたに向けて       きっとあまり変わってない あなたは       多分気づいてくれないけれど                                ──────     「うーん」  ボールペンを置いて、苦笑いをした。   「相変わらず下手っぴだなぁ……」  もう思い知っちゃってるけど、自分でもやっぱり下手だと思う。やっぱりまだ一度も 「良いね」って言われてないんだから、読む感性は私もあるんじゃないだろうか。なら 自分で良いと思えるものを書けば良いのはわかってるけど、全然上手くいかない。   「でもでも、変に考えるよりは素直に書いた方が良いって言われたもんね」  一緒に「ダメ元なんだし」とも言われたけど、そっちはちょっと悔しいから、採用す るのは都合の良いアドバイスだけ。   「ん、と。今日はおしまいおしまい〜」  机の上に置いてある目覚まし時計の長針が下まで降りているのを見て、ノートを閉じ て学校の鞄の中にしまう。どこででも思いついたら書けるようにともアドバイスされて る。  立ち上がって、肩にかけてたバスタオルを髪にあてた。大体乾いていることを確かめ て、そのバスタオルを壁のハンガーにかける。肩にも触ってみたけど、パジャマが濡れ たりはしてない。これならこのまま寝ちゃっても大丈夫。  入り口のドアの脇にあるスイッチを押して、電気を消した。小さなランプも点いてい ない方が、私は眠りやすい。   「でも……」  ベッドにお尻を落とした私は、暗くなった部屋の向こう側にある机を見た。見たって 言っても暗くて形がわかる訳じゃないし、その前に机をって言うよりは椅子に置いた鞄 の中に入ってるノートを気にして。   「……先生、かぁ……」  やっぱり、先生を想うと今でもキュッと心が縮む。チクチクとする想いも変わらな い。私は──今でも先生のことが好き。それは変わってない。だから、なにを書こうか なって考えたときにも、真っ先に先生のことが浮かんだ。書いてることも、ほとんど本 当に思っていること。郵便受けだって、今日も見ちゃってるし。でも、最近やっと涙は 一応出なくできてきた。   「…………ぁ」  だから、その胸の奥から溢れてくるものが我慢できなそうな感覚は、久しぶりだっ た。   「えっ……と……。えへへ、だめだめ。こんなの。ね?」  せっかく元気になれたのにと自分に言い聞かせて、タオルケットの中に潜り込む。こ のまま寝ちゃえば、きっと朝にはなんでもなくなってる。毎日こうしてた頃もあるんだ し、きっと今回も大丈夫。   「そうですよね?相川センセっ」  自分の中のその人は、今も問いかけを優しい顔で肯定してくれる。だから、大丈夫。 大丈夫だって思えるんだから、きっと大丈夫。会えなくなっちゃったのはしょうがない んだし、どっかで会えたら笑いかけてくれる。他に彼女さんがいちゃうかもしれないけ ど、怒ったり無視したりはしないで話してくれる。なんて言っても、相川先生なんだか ら。   (あ……)  ふと、目覚まし時計をセットし忘れてることを思いついた。一瞬だけ迷って、やっぱ りそのまま寝ちゃうことにする。朝寝坊は怖いけど、目を開けるよりはましだろうと思 って。だって今、目を開けちゃったら、きっと眠れなくなっちゃうから。   (お休みなさい。先生っ!)  タオルケットを頭まで引き上げて、ギュッと一度目蓋に力を入れた。ポロポロと零れ るのは、涙なんかじゃない。うん、絶対に。 ------------------------------------------------------------------------------                              Written by けもりん                        無断転載とかはご遠慮下さいませ。                ・・・心配する必要はないと思うんですけど。(苦笑