『鉄橋は水面に揺れて』 Previews                    -- 恵  京子 Character Rough-Text --   「いってきま〜っす!」  閉まる方向に家のドアを押して、エレベータに向かって走りだす。  ドアは最後まで閉めなさいと帰ってからお母さんに口うるさく言われるだろうけど、 今はそんなこと気にしていられない。  パンを咥えながら走るのは食べた後で歯を磨きたいから諦めたけど、それが気になら なければやってしまいたいかったぐらい急いでいる。  こういうとき、スニーカーは便利。踏ん付けた踵は、エレベータの中で直せば良い。 これはこれで、お母さんにバレたらお小言をいわれるんだけど。  家のと同じ扉を三つほど過ぎて、エレベータホールに入った。   「らっき!」  この近さも便利。二つ上の階から降りてくるエレベータを、下向きの矢印を押してち ょうど捕まえることができた。  乗っていたのは、OLって感じの女の人。軽く会釈をして、エレベータの中に入る と、一階のボタンが点灯してることを確かめて、閉と書かれたボタンを押す。  エレベータが動き始めたとたん、身体からすっと重力が減った感じがした。チカッチ カッと光って左側に動く数字を見上げながら、予定どおり踵に手を延ばす。数字は順調 に動いて行く。   (えへへ〜)  幸先の良さに気を良くしながら立ちあがった。タイミング良く乗れたし、嫌な感じの 親父もいないし。エレベーターだって、ノンストップで一階に着きそう。寝過ごしてし まったうっかりも、これなら帳消しにできちゃう。   (これならもしかして〜〜なんてね)  さすがに自分でも調子に乗り過ぎと思うけど、そんなことも冗談交じりに期待してみ た。   (けど、汗だくでボサボサの髪よりは、確率は高いもんね)  一カ月振りぐらいに会えるんだし、第一印象は大事。それに、チャンスは多い方が良 いに決まってる。   (そういえば、先輩って学園祭出てくれるのかなぁ)  無事一回までたどり着いたエレベータから、両足を揃えてちょんと小さく跳んだ。  四年生が自由参加なのは知ってるけど、できれば先輩には出て欲しい。ようやく仲良 く話せるようになったんだし、先輩がいるあいだでは学園祭が最後の大行事。もっと近 づくための数少ない機会だ。   「よっし」  頑張ってみよう。夏合宿だって、嫌な決まりを作ってる変な教授のせいで来てくれな かったんだし。なんてたって、今日は朝からツイてる。いきなり恋人は期待しすぎで も、これぐらいなら叶っておかしくない。   「誘ってみよっと」  独り言をつぶやきながらロビーから出ると、夏の気配が残る朝の日差しが慣れない目 にチクチクとする。お日様に翳した右手を日よけにして、腕時計を見る。うん。大丈 夫。これなら走らなくても間に合う。  でも、一応少し早足で歩きだす。もしかしたら、いつもより一本早い電車だったりす るかもしれないし。せっかくのラッキーを、無駄にしちゃもったいない。できること は、全部やらなくっちゃ。  チャンスと可能性は、高いに越したことないんだから。 ------------------------------------------------------------------------------                              Written by けもりん                        無断転載とかはご遠慮下さいませ。                ・・・心配する必要はないと思うんですけど。(苦笑