俺 ──相川 俊弥── は、大してレベルの高くない理系大学の四年生。

 大学生活最後の夏休みも、特別なにをすることなく終わってしまった。

 旅行に行くわけでもなく、バイトに明け暮れて稼ぐわけでもなく。

 今日──9月15日──から再び講義が始まるのかと思うと、聞き慣れたはずのレールの音が普段より重く感じる。

 一番前の車両に乗っている俺が、運転室の計器類と半分づつにボーっと眺めている景色も、どことなく色褪せて見える。

 特別興味があるわけでもない計器をみている俺の中に、いっそのこと止まってしまえば行かない理由になるのにと思う心がないとは言い切れない。


 もっとも、理系大学、しかも工学部の四年生の夏休みなんて、あってないようなものだ。

 休業期間中の大半は、卒業論文に向けての実験のためと研究室に拘束されている。

 特に俺の研究室はその度合いが強く、二ヶ月に近い休業日のうち休みといえば、お盆近辺の2週間だけ。

 それ以外は、9時から17時までがコアタイムという、訳のわからないフレックスタイム制で学校に出向いていた。

 ……下手をすれば、世のサラリーマンと大して変わらない生活だ。

 学生が暇だなんて、誰が言ったのだろうか。

 せっかくの休みに大学だなんて、もちろん嫌々に決まっている。

 けれど、ここで教授に逆らえば卒業は絶望的。

 他のメンツもブーブー文句を言いながら、毎日嫌そうな顔をして出てきていた。

 そんなわけだから、もちろん真面目になんてやろうとしない。

 皆、教授の目を盗んでは漫画を読んでいたり、図書館に行くと言っては抜け出してパチンコに行ってみたり。

 俺も……と言いたかったところだが、どういう訳か教授に気に入られてしまい、それも不可能だった。


 それを考えれば、夏休みの終わりなんて、とっくにきてはいた。

 大学の年間行事上に記された日が、今日であるというだけのこと。

 まあ、昨日は日曜日だったし、一応休み明けではあるのだけど。

 後期になれば週に2つか3つしか講義もないし、夏休み期間中とやることは大して違わない。

 強いて言えば、11月の半ばに学園祭があるくらいだ。

 しかし、そんなものに参加するほど酔狂でもない。

 大学祭の直前ある卒論の中間審査で身も心も疲れ果てているだろうし、もしかしたら一段落ついたと言うことで大学祭期間中は丸々研究室も休みになるかもしれない。

 幸いにして、サークルの方も四年生は自由参加だ。

 そうなれば5連休。

 自堕落に過ごすには、ちょうど良い期間だろう。

 夏休みの分を、少しでも取り返さなくては。

 随分と勉学に勤しんだ2ヶ月を、過ごさせていただいたのだから。



 でも──それでも良かったのかもしれない。

 休みだったらば、なにをするか考えなければいけない。

 なにもすることがない長い休みと言うのは、得てして苦痛になるものだ。

 去年は、それ痛いほど思い知った。

 春休みはバイトで紛らわせたものの、今回も同じようにできたかはわからない。

 余計なことを考えなくても良かっただけ、儲けものと考えられなくもない。

 関根に言わせれば、未だに引きずっているだなんてセンチな野郎だということなのだろうが。

 そういえば、最近どうも冷たい気がする。

 愛想でも尽かされたか?

 友達甲斐のないヤツめ。

 まあ、それもわからないでもない。

 もう……2年も前になるのだから。

 自分でも、随分と女々しいものだと感じてはいる。

 だからと言って、なんの解決も見いだせないけれど。


 計器の向こうに、川を見つけた。

 当然の如く鉄橋も。

 それは、いつも通りの風景。

 一端目を伏せて、視線をドアに嵌っている窓に向ける。

 後少しすれば、流れる街並みに続いて土手が見えるだろう。

 あの夏、愛恵(めぐみ)と歩いた道が。

 愛恵は──今、どうしているのだろうか。


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Text:Original にも昔に書いた序章があったりします。