節穴 〜 ハンス ・クラウバー 〜
縮み吾木香 さん
どたん、どたん!
ばたたたた……。
ガッ!
イタタタタ……。
……。
部屋の中が静まりかえる。心配になり、ハンスはドアに近づいた。
どんっ!
勢い良くドアが開かれハンスはしたたかに頭を打ち付ける。
「痛ってぇ〜……」
「なにやってんだ? ハンス。近づきすぎだ」
うずくまるハンスをミニスカートの少女が見下ろす。
「ああ……メイ、だよね」
「おまえの目は節穴か? おまえにはわたしがユニに見えるのか?」
「あ、いや。メイに会ったら絶対殴られるって思っていたから。問答無用で」
ドアで見事にノックバックされているのだから、あながち予想は外れてはいない。
「ふ〜ん、まあいい。ともかく部屋に入れ。しかし良くココへ顔を出せたな。
思ってたより命知らずなんだな。命いらずなのか?」
にやり。メイはいやな笑いを浮かべる。ハンスはここに来た事を早くも後悔し始めて
いた。
「話はシニーナから聞いていると思うけど……」
部屋は整理されているというよりも、均されているといった感じに片付いていた。
それでもどこかしかフンワリしているのはさすがに女の子の部屋だ。
もっとも、メイの性質というよりも、ユニのお陰という気もしないではないが……。
「ああ、聞いてる。もちろん聞いてるとも! ハンス君、キミのへっぽこ振りはよ〜
く聞いてる」
「ううっ」
にこやかな毒気がハンスの気力を奪っていく。
「オーディションうかったんだってな。おめでとう。このメイ・アルジャーノには掃
いて捨てるようチャンスでも、おまえみたいな腰抜けには千載一遇だからな。
フィルを抜いて情けない男ナンバー1! って感じ?」
「ごめん。ほんと僕には一生に一度のチャンスだから……。シャルやキミみたいに才
能があるわけじゃないし、ジゼルみたいにお金があるわけじゃない」
「だから、見え透いたエサに釣られてノコノコ尻尾振ってついていくわけだ。はっ、
哀れを通り越して滑稽だよ」
ガシッ!
ハンスの胸倉を掴み真顔になる。
「才能才能って、おまえは才能うんぬん言えるほど努力したのか!? 夜遅くまで練
習したり、朝早く隠れて練習したり、悔しくて悔しくて、指から血が出るまで練習し
たり、その程度の努力なんてなぁ、学院の連中なら誰だってやってるんだよっ!」
「同じことやって駄目だから才能がないって言うんだろ」
「馬鹿かおまえは! へたくそが人並みに練習したところで追いつける訳ないだろ!?
少しは考えろっ! 自分にはなにができるのか、もっとなにが足りないの
か……。それともなにか? おまえはもう何もかもやり尽くしたって言うのか?
もうやれる事はなにもないって言うのか? ああんっ!?」
「だから、だからだろっ! だから僕は……」
「だから、仲間を捨てていくって言うんだろ。腰抜けにしては上出来な選択だ。だけ
どなぁ、解ってんのか? ハンスっ!」
胸倉をつかんだまま、さらにまくし立てる。
「あの夜のこと覚えてるか? 合宿の時みんなで演奏したあの夜のこと覚えているの
か?」
「も、もちろん。あの夜があったから僕は決めたんだ。たとえどんな事をしてでも音
楽を続けて行こうって」
「いいか? 絶対忘れるなよ。あの夜のこと。仲間を踏み台にして、汚い手を使っ
て、金にまみれて、それで名声を掴んで、地位を得て……それでも、あの夜のこと忘
れるなよ! あの幸福な時間があったことを絶対に忘れるなよっ!? そして、あそ
こからから遠く離れたことを知って後悔しろっ!!」
メイの手が震えている。ハンスを掴んだまま顔を隠すようにうつむく。
ポタポタ。床にいくつかのシミが落ちる。
「メイ……包帯っ!?」
そのときメイの右手に巻かれた包帯に気がついた。
「……ユニ?」
「……ヘヘヘェ。ばれた?」
メイ(?)は涙にゆがんだ笑顔をゆっくり上げる。
「ごめん。だますつもりはなかったんだけどね。メイちゃん帰って来るまで足止めし
とこうと思って。絶対逃げちゃうと思ったから」
「ば、バカな。そんなわけないだろ。ちゃんとけじめをつけようと思ったんだから」
「そうかなぁ……。ハンス君結構へっぽこだからねェ」
「ははは……」
「それから、ひどい事言っちゃったけど、あれ、嘘じゃないよ。メイちゃんテイスト
でかなりめちゃくちゃだけど……応援してるんだよ?」
「うん。判ってる。ちゃんと伝わってるよ。罵倒されるのには慣れてるからね。それ
に、あの夜の事は、絶対に忘れない」
「約束?」
「約束」
「どんな事があっても、どんな事をしても、音楽はやめちゃ駄目だよ?」
「うん。絶対にやめない。そのために出て行くんだから」
「……」
ユニがハンスの顔をまじまじと見つめる。一瞬、ほんの刹那、二人の顔は急接近した。
「っ!? い、今の……」
「う〜ん。上達のおまじない」
ユニは唇に指を当てて笑う。
「メイちゃんもこれで上達したんだよ?」
「は、はぁ……あ、ありがとう。おかげで落ち着いた。メイとも、ちゃんと話せそう
だよ」
嘘だ。動悸は激しくなり、顔は真っ赤になっている。二人きりの状況が強く意識され
る。ハンスは目をそらし話しをそらした。
「あー。その事なんだけどね。メイちゃんと会うの、やめたほうが良いと思うな。メ
イちゃん、マジ殺すって言ってたよ?」
ユニの視線の先には釘の刺さった角材が転がっていた。
「あは、あはは……」
「ここはおねえさんに任せて、ハンス君は逃げちゃおう。メイちゃんにはわたしから
ちゃんと言っておくから。メイちゃんならわかってくれるよ。粗暴だけど、筋を通す
人の事は好きだから」
「……お願いします」
「ぷっ、ぷははははは。うんうん、任せなさい。大船に乗ったつもりでいいよ。へっ
ぽこハンス君?」
恥じ入るハンスの背中をバンバン叩いた。
パタン。ドアが閉じる。
ためらっているのか、ドア越しにハンスの気配が伝わってくる。
『ひとつだけ、メイに伝えてもらえるかな?』
「んっ? なに?」
『……あの夜のことは絶対に忘れないから。どんな形になっても、音楽は続けるか
ら……約束は必ず守る。今日はありがとう』
逃げるようにハンスの足音が遠ざかる。包帯はスルリと解けた。
「はぁ」
ドアに寄りかかり、大きく息を吐く。
「がんばれよ。節穴」
零れ落ちたのは微笑みだった。
END
縮み吾木香さんから再びいただいてしまいました〜。
ありがとうございます♪
Qurtett!のSSですね。
が……、私まだQuartett!終わってないんですよ〜。(滝汗
そんなわけで、内容についてのコメントはプレイしてからの方向で。
まだしっかり読んでないんです。実は。
……あいすみません。積まずにちゃんとやりますので。(苦笑
Quartett!は、ヒロイン達が絶妙に可愛いので、きっとやりますよ〜♪
ところで、ハンスのSSってことで良かったんでしょうか。
メイのかなとも思うんですけど……。
[05/29 追記]
Quartett!終わらせました。
……くわっ。強烈なSSですっ。
ええとこれ、一杯ギミックありますよね。
最後ハンス君が躊躇ってたのは、「やっぱりメイだよな」って気づいたからだとか。
ユニとして最後に「へっぽこハンス君」って呼んだのは、メイも気づいて欲しかったんだとか。
「粗暴だけど、筋を通す人の事は」のフレーズはどうでも良かったとか。
メイの気持ちが一杯伝わってきて、もうもうっです。
や、もう、ユニよりもメイ派ですし。
さてさて、ユニが包帯ってところからすると、これはメイルートなわけですが、
ここでメイが包帯をしてたのは?
シニーナから連絡を受けたメイが、外した包帯を慌てて巻き直した……なんてのは深読みしすぎでしょうか。
[<<追記]
Comment by けもりん
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