劇的でも、運命的でもなく
縮み吾木香 さん
「お姉さま。妹にしたい方がいらっしゃるなら、私はロザリオをお返ししても良いですよ」
真美がそう言い出したのは、例の店でケーキセットを注文した後だった。黄薔薇革命の
流行も、とっくに終わっているのに。
30分も待ち合わせに遅れてきたのだから、そう言われても仕方が無いのだけど。真美
だって寒かったのなら、どこか駅前のお店に入っていれば良かったのよ。だけど、続いて
出てきた言葉はさすがの私にも予想できなかった。
「最近、武島蔦子さんと親しくしていらっしゃるようですけど」
「……私と、武島蔦子っ!? やめてよ、そんな恐ろしい話」
私と武島蔦子。どこをどう見ればそんな組み合わせを思いつくのだろう?
確かに、付き合いはある。あるけどそれは、新聞部の活動の関係で仕方なくで……。
ちょっと考えれば、私と武島蔦子は水と油で、いや、むしろ苦手意識からすれば、蛇と
カエルだ。そんなこと、普段の様子を見ていれば一目瞭然なのに。
「先ほども、ここに一緒でいらしていたようですけど」
アレを見られたのか。眉も動かさずに言うのがにくたらしい。
「なに言ってるの。あれは取材よ」
ちゃんとあの後、紅薔薇のつぼみとその妹、黄薔薇のつぼみの妹と合流したんだから。
取材と言うより、世間話していただけの気もするけど。
「もしかして、妬いてるの?」
「そんなはずありません!」
そっぽを向いたところで、ちょうど、ケーキと紅茶が届いた。真美は平静を装い紅茶を口
にする。
だけど、その言動自体がポーカーフェイスじゃないんだな。だいたい、私と武島蔦子を結
びつけて考えるあたり、冷静さを欠いている。
かわいいところあるじゃない。
「なにを笑っているんですか」
「別に? 以前、あなたと同じこと言った人を思い出しただけ。誰だと思う?」
「話をそらさないでください」
「紅薔薇のつぼみ」
真美は黙りこむ。ちょうど良かったので、私は紅茶でのどを湿した。
少しの間にらみ合った後、真美は小さく溜息をついた。
「お姉さま。お話の続きをどうぞ」
あれは、私がリリアンの高等部に入学した頃になるかな。
その頃、私は、新聞部に入るつもりなんて全然なかったって言ったら信じられる? どこか
の部活に入って、早くお姉さまを作りたいとは思っていたけどね。運悪く、その時の私は、
足を怪我していて松葉杖の身。部活巡りなんて出きる状態じゃなかった。近所のクラスメート
に付き添ってもらってやっと通学している状態。その日も、
遅刻しないように家を出たから、学校にはずいぶん早くに着いてしまった。まだ誰も来ていな
いくらいの早朝に――。
「悪いわね。こんな時間につき合わせちゃって」
「いいのよ。それに、三奈子さんにはいろいろ教えてもらって助かってるから。お互い様」
伴真純さんは二つの鞄を抱えて、私の横を歩いている。松葉杖をヒョコヒョコついている私に
合わせるのは大変なはずなのに、いやな顔一つせずに。
「でも、妹にしてもらうには早いほうがいいでしょ? “運命のバスのお姉さま”に」
「やめてよ。そんな恥ずかしい呼び方」
真純さんは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、私を打つ振りをした。
真純さんには、去年からあこがれつづけている“お姉さま”がいる。いつも同じ車両に乗って
いただけだというけど、それなら、なおさら、私に付き合わせるのは申し訳なかった。
「浅香さんなんて、図書館で見初められて、そのまま姉妹の契りを結んだんですって、
運命の出会いなんて素敵ね。
真純さんも“お姉さま”と早く姉妹になれるといいわね。声をかけたときには、すでにほかの
妹がいたなんて、目も当てられない」
「でも、私が一方的に見ているだけだから。今の自分じゃ恥ずかしくてお会いできないわ。
もう少し、私がリリアンに慣れてそれからでないと。だから、三奈子さん。
もっとリリアンのこと教えてね」
「うん。真純さんが早くお姉さまに会えるようにスパルタでいくからね」
私たちはマリア様の前に進み手を合わせた。
お祈りを終えて隣を見ると、真純さんはまだマリア様にお祈りしていた。おお姉さまのことでも
お祈りしているのだろうか。そんなことを考えていると、私の視界の片隅に人影が映った。
「あっ」
「どうしたの?」
真純さんが私を振りかえる。
「あれ。白薔薇のつぼみじゃない?」
「えっ? ほんとだ。白百合会のお仕事かしら。こんなに早くから大変ね」
先を歩いているのは確かに佐藤聖さまだった。聖さまは、私たちに気づかないで、すぐに視界
から消えた。
「どうしたんだろう。こんな時間に」
「だから、お仕事ではないの?」
「だって、聖さまの行ったの薔薇の館とは別の方向よ?」
「あ、そういえば」
「つけてみる?」
「やめなさいよ。聖さまに悪いわ」
「大丈夫。見つからないようにするから」
「無理よ。三奈子さん松葉杖突いているのよ」
そうだった。佐藤聖さまが気になるあまり、自分の怪我をすっかり忘れていた。真純さんに
たしなめられ、そのときは後をつけるのはあきらめた。
それから、何度も聖さまを見かけた。時には、一年生の女の子と一緒に。どうやら、礼拝堂に
いっているらしいという目星はすぐについた。
幾日かが過ぎて、ようやく私も松葉杖なしで歩けるようになった。真純さんも“同じ車両のあの人”
に会う決心がついたらしい。そちらの方も気にはなったけど、それよりも“白薔薇のつぼみ”の
方を優先させることにした。真純さんの方は後で聞かせてもらえばよいのだから。
すっかり慣れてしまった早朝の登校。はじめのころに比べて、空がずいぶん明るい。一人だと、
静まりかえった構内がやけに広く感じた。
後ろめたい気持ちもあり、その日は少し長めにお祈りした。
茂みに隠れ少しすると、一人の少女が現れた。
久保栞さん。いつものように、マリア様に丁寧なお祈りをささげ、それから礼拝堂に向かう。
確認してはいないが、間違いない。彼女は礼拝堂で白薔薇のつぼみと逢瀬を繰り返している
のだと、私は確信していた。
それから、間をおかずに白薔薇のつぼみが姿を見せた。私は気づかれないようにそっと後
をつける。今まで、朝にすれ違うことがあっても、私たちに気を止める事のなかった彼女だから
それほど警戒することはないとは思うのだけど、念のため。
気づかれてしまっては、元も子もない。なんとしても二人の逢瀬の現場を押さえるのだ。
サササッ。
物陰を渡り歩いて、尾行を続ける。こういうのは雰囲気が大事。それでも、聖さまは、振りか
えるどころか、立ち止まることすらせずに、まっすぐ礼拝堂に入っていった。
さて、ここからが問題。果たしてどうやって礼拝堂の中を確認するかということ。まさか、後に
続いて馬鹿正直に乗り込んでいくわけにもいかない。
扉に耳を当てじっと聞き耳を立てたみたけど、何にも聞こえてこない。中でドンちゃん騒ぎを
しているわけではないのだから当たり前といえば当たり前。それに、なんとしても中を見たい!
もしかしたら、中の二人はそれはもう、恥ずかしくなってしまうようなことを……。マリア様みて
いる前でそんな! これはなんとしても見なくては。
一縷の望みを託して周囲を見回す。どこかに覗き穴でも……。
そんな都合のよいものが……あった!
ずっと高いところに明り取りの窓。窓のすぐ手前にはあつらえたように木の枝が伸びている。
風にそよぐ木葉が私を手招きしていた。
太すぎず、細すぎず。しかも登りやすいようにでこぼこしている。スカートだけどかまうものか。
鞄を根元に放り出し、迷わずその木に飛びついた。
木登りなんて久しぶりだったけど、簡単なもの。後少し、もう少し……。
「こらっ!」
「ぎゃっ!」
とっさに枝にしがみついて何とか落下は防いだ。
見下ろせば、女の人が手を腰に当てて私を見ている。物腰から先輩だとわかった。
「制服のまま木登りなんて、何やってるの。早く降りてきなさい」
私はしぶしぶ、降りていく。
「あっ! 下から見ないでください」
「そういうことは登る前に考えることでしょう」
見られたか見られなかったかわからないけど、どうにか地上にたどり着いた。
「生徒手帳」
その先輩は私の前に立つと右手を差し出した。慌てて私は生徒手帳を差し出す。
私、どうなっちゃうんだろう……。新入生、木登りで退学。……まさか。覗きだってばれたら
それもあるのかな……。
「こっちいらっしゃい」
先輩は生徒手帳を受け取ると、先に歩き出した。
「あの、どこへ……」
「いいから。ついてきなさい」
先輩に逆らうなんてできるはずもなく(まして、生徒手帳を質に取られているのだ)私は急いで
先輩の後を追った。
そしてついた先は、薔薇の館。ひえぇぇ! 退学の二文字が再び脳裏をよぎった。
「ほら、入って」
扉を開いて私を招き入れる。気づかなかったが、白百合会の関係者だったのかもしれない。
大変な人につかまってしまった。カチカチの状態で、私は初めて薔薇の館に足を踏み入れた。
そのまま二階に上がり、先輩が扉をノックする。扉が開き、そこに立っていたのは……。
「紅薔薇のつぼみ!?」
「あら、お客様も連れてきたの? ごきげんよう」
紅薔薇のつぼみ、水野蓉子さまはにっこり微笑んで私たちを迎え入れた。
私を椅子に座らせ、二人の先輩方は何やら相談している。
「そう、それは困ったわね……」
蓉子さまがチラッと私を見る。私、どうなっちゃうんだろう……。
「ねえ、三奈子さん。忘れてもらえる?」
「はい? な、なんのことでしょう?」
「礼拝堂の白薔薇のつぼみのこと」
そういって蓉子さまは生徒手帳を返してくれた。
「人の口に戸は立てられないから、すぐにうわさになってしまうと思うけど。
今はそっとしておいてあげたいの。あの二人」
蓉子さまも礼拝堂での逢瀬には気づいているらしい。
理由はなんだかよくわからなかったけど、私は開放されたい一心でカクカクと頭を縦に振った。
「でも、それだけだとちょっと心配」
それまで黙っていたもう一人の先輩がつぶやいた。
「あなた。“お姉様”は?」
「あの、まだ……しばらく怪我してて動けなかったので……」
「そう、じゃあ、ちょうどいいわ。受け取りなさい」
先輩は私にロザリオを差し出した。
「えっ!?」
「お姉様の言うことは絶対よね?」
「私が姉妹の契りを結んでもよかったんだけど、もう妹がいるから」
「惜しかったわね。もう少し早ければ“紅薔薇のつぼみの妹”のなれたのに」
「その代わり、お二人の儀式の証人にならせていただきますわ。
“紅薔薇のつぼみ”の媒酌では不服かしら?」
二人の先輩の囲まれ、断れるはずもなく。私はロザリオを受け取った。
「まあ、そんな関係で、なんとなく、私が栞さんの様子を蓉子様に知らせるようになったのよ。
それを祥子さんが勘違いしてね。それで最初のセリフになるわけよ。
『お姉さま。私のほかに妹にしたい方がいらっしゃるのなら、私、ロザリオをお返ししてもか
まいませんわ』
蓉子さまに私なんて絶対につりあうわけないのにね」
「でも、すごいじゃないですか。“紅薔様”が仲人なんて……」
「そうだったら良いなって話」
真美はじっと私を見つめる。
「お姉さま。ケーキもうひとつ追加。いいですね」
「は、あはは……」
私のお小遣いピンチ!
店を出ると街はすっかり夜の景色。木枯らしの中を足早に人々が通りすぎる。先に出ていた
真美が駆け寄ってきた。お会計が済むまで一緒にいればよかったのに。
「お姉さま。これ」
真っ白な息と同時に、小さな包みを差し出す。
「遅くなりましたが、一応。義理ですから」
「なに?」
「チョコレートです」
そうか、そういえば、他人のことにかまけて、自分たちのことはすっかり忘れていた。真美が
覚えていてくれたことがうれしい。
「開けていい?」
「だめです。家に帰ってから食べてください」
「そういえば、ちょっと前、手作りチョコの本がどうとか言ってたわね」
「知りません。帰りますよ」
もう用事は済ませたというように、真美は歩き始める。
だから、その行動自体が全然ポーカーフェイスじゃないんだってば。
真美が背中を見せたことを良いことに、私は箱を開く。
「あー! 手作りチョコ!」
「お姉さま! ダメっ! 返してください!」
真美が慌てて戻ってくる。私からチョコレートを奪い返そうと手を伸ばしてくる。
「いやよ。これは私がもらったんだから」
「返してください!」
私はチョコレートを頭上に掲げてくるくる回る。
見上げれば満天の星空。とても寒い夜だったけど、雪でも降ってきて欲しい。そんな
はしゃいだ気分だった。
Fin.
三奈子さまはドジっこーっ。(王様の耳はロバの耳ーっ
あ、いや、すみません。つい。(笑
実はこっそりと焦りまくってる三奈子さまが萌だと思いますっ!
すぐに箱を開けてみたりなんかして、読者から見れば浮かれるのが丸見えです。
うむ。良い姉妹です。(ぉ
ところで、私も前にマリ見てSS書いてて思ったんですが、
「紅薔薇のつぼみ」とか「白薔薇様」とか、ルビがないと読み辛いですよね。
なんとかならないかなぁ……。
まあ、PDFなりにしてしまえば良いのでしょうが、容量増えますしねぇ……。
Comment by けもりん
無断転載厳禁です。
show flame