つるぺたの詩(うた) 〜 マリウス・ロッシ 〜
縮み吾木香 さん
口笛……。
ソフィ・マイヤーは楽しそうな口笛の音で目を覚ました。
ぬくもりを探したが、誰もいない。ベッドの中に一人ぼっち。少し寂しかった。
ゆっくり起き上がり、ソフィもそっと唇をすぼめてみる。ゆっくり空気を送り出したが、
音は鳴らなかった。
ドアの向こうでは楽しそうな口笛が続いている……。
「おはようございます」
「ああ、ソフィ。おはよう。起こしてしまったかな? 悪かった」
フライパンを片手にマリウス・ロッシは振りかえる。口笛は止まった。
「今朝は随分とご機嫌ですね。先生」
「夜のキミが素敵だったからさ」
「二人のときはそんな話し方しないでください。そんな先生は嫌いです」
「軽い冗談だよ」
それはそれで腹が立つ。
ソフィは静かにイスに腰掛け、つまらなそうに頬杖をついた。不機嫌なのは寝起きの
せいばかりではない。こんなとき、マリウスは必ず何かたくらんでいるのだ。メイ・アルジ
ャーノに手を出すときとか、シャルロット・フランシアに殴られたときとか……。
料理を続けるマリウスの後姿を、そんな風に眺めていた。
「今日のコンクールが楽しみでね」
「シャルロットの演奏が、ですか?」
「や、やだなぁ。キミの演奏に決まってるじゃないか」
「ウソばっかり。わたしの時はいつもそんなに楽しそうじゃありません」
「おいおい、今日はヤケに絡むね」
マリウスは目玉焼きをお皿に移しテーブルに並べる。
「本当は、シャルやメイのほうがお好みなんでしょう? わたしの事なんてお金に尻尾振る
頭の弱い女、としか思っていないんだわ」
フォークでサラダを突ついて拗ねて見せる。
「そんな事ないさ。その証拠にわたしの朝食を食べた女性は三人しかいないんだぜ」
ウインクは逆効果だった。
「奥様とわたし、もう一人は誰ですか? クラリサ先生?」
「は、ははははは……はい」
「……はぁ。まあ、昔のことですし、正直だったので許してあげます」
もうほかの女(ひと)の話しはうんざりだった。
「ははははは。じゃあ朝食にしようか。早くしないと遅刻するぞ」
二人は朝食を済ませると、コンクール会場へ向かった。
演奏は終わった。
会場は静まり返ったまま。さっきの演奏をどう評価して良いのか迷っているのだ。
あきらかにルール違反。失格であるのは間違いない。だけど……。
パチパチパチ。
ソフィは拍手を送らずにはいられなかった。
口元で小さく手を叩く。その音が会場全体に響き渡った。それにつられて、拍手の波が一気
に広がる。爆発するようなスタンディングオベーション。
決して評価される事のない演奏。決して記録に残らない演奏。それでも、今この瞬間、この場
所では、すべての聴衆の心に残ったことだけは間違いない。
涙がソフィの頬を伝っていた。
「泣いているんだね。ソフィ」
「クラリサ先生……」
慌てて涙を拭った。それまで自分が泣いているのには気づいていなかった。
振り向くとクラリサが立っていた。その後ろにマリウスがいるのを見て眉が曇る。
「おや? お邪魔だったかな?」
「そ、そんな事ありません」
からかうように覗きこまれてソフィはうつむいた。
「じゃあ、わたしとロッシさんが縁りを戻しても良いわけだ」
「だ、だめですっ!」
取られぬようにマリウスの腕に抱きついた。
かつてのクラリサとマリウスが、今の自分とマリウスと同じ関係にあったのを知っているのだ。
「そ、それに、先生は小さいのが好きですから……」
「ん? それはわたしが、年増だといいたいのかな?」
「あ、いいえ。その……」
「まあ、確かに、シャルロットの成長もうれしいけど、彼女の体があまり成長していなかったのは、
もっとうれしそうでしたからね。ロッシさん?」
「はははは、まるでわたしがロリコンみたいじゃないか」
「先生っ!」
否定してもらいたいところをへらへら笑われて、ソフィはマリウスをつねった。
「わ、わたしのかわいい弟子をいじめるのは止めてもらえないかな?」
「わたしだってロッシさんの弟子だったんですよ。不肖のですけど」
クスクス。クラリサが笑っている。ソフィはマリウスの腕にしがみついたままそっぽを向いていた。
「だけど、本当は悔しかったのではないかい? もしかしたらキミがあそこにいたのかもしれない」
クラリサは舞台の上に視線を投げる。拍手の中、ちょうど四人の頭が持ちあがるところだった。
確かにはじめはそうだったかも知れない。舞台の上の四人が演奏をはじめた瞬間、演奏されて
いる曲が規定の曲で無いと気づいた瞬間、確かに嫉妬していた。
悔しかったし、うらやましかった。ざわつく審査委員席を尻目に好き勝手に演奏する彼女たちが
憎らしくもあった。
しかし、曲を聴いているうちに、いつしか、彼女たちの気ままな演奏に引き込まれていた。
飛びぬけてうまかったわけではない。しかも、時折目配せしあって笑っているようなふざけた演奏
だった。
だけど、心から楽しんでいる。そんな演奏だった。
そう、それは紛れもなく、美しい音楽であった。
「わたしは、さっきの演奏を聞けてとても嬉しいんです」
「遠慮する事はない。正直に言ったらどうなんだ? 自分も彼らみたいに自由にやりたいって。
本当はうらやましいんだろ?」
首を横に振り、マリウスの言葉を否定する。
「コンクールの結果や、評論家の意見、そんなもの関係なくて。家族や仲間、大切な誰かのために
演奏できるってことは幸せなんだって。あの場所は、音楽という場所は、誰に対しても平等な場所
なんだって。彼女たちにも、わたしのような人間にも、等しく勇気を与えてくれるんだって。
それがうれしいんです」
「そんなことは綺麗事に過ぎない」
「でも、わたし、幸せですよ? 先生のそばにいられて――って言わせたいんですか?」
背伸びしてマリウスに顔を寄せる。ソフィがにっこり笑った。
「安心した。キミはちゃんと笑えるんだ。それじゃ、邪魔者は去りますか。
ロッシさん、約束は忘れないでくださいよ」
クラリサは手をひらひらさせながら立ち去った。ひとつの火種を残して。
「先生。約束ってなんですか?」
マリウスの腕を抱く力を強める。それはすでに拘束に近い。
「実は、勝負していたんだ」
「勝負、ですか?」
「ああ、もしシャルロットたちの演奏が一番だったら、もうキミにスポンサーの相手をさせないってね」
「それで結果は……」
「キミにも判るだろ? ソフィ。わたしの完敗だよ。
どんな感じだね? ドラゴンから助け出されたお姫様の気分は」
「お姫様と王子様の仲を引きたてる人魚の気分です」
ソフィが抱きついたままマリウスをにらんだ。
「良かったですね先生。そんなにシャルロットに慕われて。 わたしが演奏している間にそんな事して
たんですね」
「あ、いや違うんだ……」
クスクス。
「ウソです」
ソフィはかわいらしく舌を出す。
「さっきの曲、先生が作ったのでしょう? 良い曲でした」
「アレはわたしの曲じゃない。もうシャルロットの曲だ。それに今のわたしにはあんな曲は書けない」
「そんな事ありません。今朝の口笛だって、とても素敵でした」
ニヤリ。マリウスが笑う。
「そうか。そうだろ。アレは自信作なんだ。題して、つるぺたの詩(うた)」
「わたし言いませんでしたっけ、そんな話し方嫌いだって」
「ははははは」
ソフィの視線が冷たい。
「つまり先生はシャルロットを愛しているんですね」
「な、なんでそうなるんだ?」
「違うんですか? ウソついたら許しませんよ?」
こんなときは正直でも怒られるものだ。
「まあ、弟子としては……」
「ブブー。先生にシャルロットはもったいな過ぎます。先生には、わたしのような女がお似合いです。
それに、わたしの胸だって……」
ちょっとだけ自分の胸を確認する。
「今度、口笛とお料理を教えてくださいね。先生?」
イエス、マスターっ!
TTP(TsuruTsutuPettan)、バンザイっ!です。
や、小さいことは善いことなのです。
いやー、ソフィーにシナリオがあったら、間違いなくソフィー萌えになってたはずです。
残念ながらなかったので、シャルロットになりましたけど。
……どっちにしろ小さくないと始まりません。(えー
ということで「つるぺたの詩」なのですが、巫山戯たフリしてるロッシさんが良い味だしてますね♪
彼が嬉しそうだった理由は……アレですよね。
その辺は、次のに考えてるSSで書いてみますよ〜。
……というか、ネタにさせて下さい。(苦笑
ピンポイントに狙い済ました一作、ありがとうございました♪
これで当分は生きていけます。(ぉ
Comment by けもりん
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