大新星!? 愛と期待のアイドル 〜 守屋 美紀 〜
震天 さん
―― やっほー! みんな元気してる? それじゃ、早速、美紀ちゃんのラブリィ
タイム! 行ってみよぉー!――
「あ、兄さん。始まったよ!」
「あぁ、すぐに行く」
台所でココアを淹れていた俺はかき混ぜるためのスプーンをコップに入れて、明
鐘の分と二つのコップを持ってリビングへいく。
冬にはコタツにみかんと相場は決まっているのか知らないが、うちはココアだ。
そうそう、コタツの上にはラジオが置かれている。
最近は毎週、この時間にはラジオを引っ張り出して明鐘と一緒に聞いている番組
がある。
「みぃちゃん、本当に夢叶えたんだよね」
「突然だったもんなぁ〜……」
「そうですわねぇ〜……」
……特に気にしてはいないんだが、最近これが当たり前になっていたりする。
ハルの部屋(だった)に引っ越してきた西守歌には、この時間だけ自由に出入り
してもいい、という許可を出してしまったのだ。
……なんでそんな許可を出したんだ、俺?
「そう言えば、最近美紀様、ラジオだけではなくテレビでもしょっちゅう見ます
けど……」
「みぃちゃん、確かどこかのプロダクションの人にスカウトされたんだったよね?」
「あぁ。なんでもそこの社長から直々にご指名されたんだと」
オーディションを何回も落ちていた頃とは大違いだ。
なんでも、ダメもとで受けた大きなプロダクションのオーディションを受けて、
やっぱりというか、何というか落ちたわけなんだが、美紀の演技内容を見ていた
そこの社長さんが「磨けばもっと輝く」とか言って美紀をスカウトしたそうだ。
そこから一気に変わったんだよな、確か。
「SFP(スイートフィッシュプロダクション)でしたよね?」
「SFPって、今らぶドルで話題の、あの?」
らぶドル、正式にはLovely Idol、略してらぶドルだそうだ。
歌手、演歌歌手、声優、モデル、ユニット、それぞれ二組ずつ、計12人のアイ
ドルがそう呼ばれている。
……結構可愛い子達が集まってたよな。
「明鐘さんに見慣れている涼様でも、可愛いと思いますよね?」
「……どういう意味だ?」
「深くは申し上げれませんけど、涼様の御想像通りです」
「し、西守歌ちゃん……」
――ピンポーン!
「ん?」
これからたぶん、西守歌といつもの言い争いをやろうというときに、客のようだ。
しかし、美紀のこの番組は9時から始まる。
そんな時間に、一体誰だ?
「兄さん、私が出る?」
「いや、いいよ。俺が出て来る」
立ち上がろうとする明鐘を制止して玄関に向う。
……全く、美紀のこの番組は結構気に入ってたのに。
とにかく、セールスかなんかだったらすぐさま追い返す!
「生憎と、セールスや勧誘だったらお断りですよ!」
ドアを開ける前にドアに向って言い放つ。
しかし、帰ってきた言葉は今では意外とも言うべき人物の声だった。
「こら〜! 久しぶりに顔を見せに来たのに、その言い種はなんだ!」
「へ? ……この声、まさか……美紀!?」
思いもよらぬ来客に慌ててドアをあける。
しかし、そこに美紀の姿はなかった。……のだが、ドアの影から腕が伸びてきて、
そのまま俺の首に絡まった。
「ぐえっ!?」
「全く、可愛い可愛い幼馴染がせっかく会いに来たのに、あの態度は何よ!」
「そ、その前に……ギ、ギブ、ギブ……!」
「ま、これくらいで許してあげるわ」
そう言って、美紀はようやく俺を解放した。
玄関での騒動を聞きつけたのか、明鐘と西守歌がバタバタとやってきた。
「兄さん! 何かあったの!?」
「むっ! 怪しい人ですね。いいでしょう、私が相手に――」
あ、怪しい人?
美紀のこと言ってるのか?
こいつ、美紀の顔を忘れたのか、とか思って美紀の方を見ると、髪を完全に帽子
の中に入れて被ってるし、サングラスまでしている。
これじゃあ、わかる者もわからないよな。
「美紀、もうそろそろそれ外せ」
「あ、すっかり忘れてた♪」
「えっ? みぃちゃん?」
「美紀様?」
帽子とサングラスを外した美紀は、以前と変わらない顔を見せてくれた。
「みぃちゃん!」
「鐘ちゃん、久しぶり〜! ちょっと見ない間にまた綺麗になったんじゃない?」
「そんな……」
明鐘はお世辞に弱い。
社交辞令のお世辞にさえ可愛くてれる。
だが、美紀の場合はお世辞ではなく、本当の事を言っている。
俺にだってわかるくらい綺麗になってきている。
「ところで、美紀様はなぜここへ?」
「あ、忘れるとこだった。とりあえず、中入って良い?」
「あ、あぁ……」
美紀は身を少し丸めて、そそくさと家の中に入っていく。
俺達は美紀を先に入れて、家の中に戻る。
――さて、続いてのコーナーは――
「あれ? これ、私の番組?」
「うん。毎週聞いてるよ。始まってから」
「そうなの? うれしいなぁ〜♪ でも、ちょっと照れちゃうね」
「そういうタマかよ」
「悪かったわね。……あ、ココアだ! も〜らいっ♪」
「あ、それ……!」
美紀は俺が飲んでいた残りのココアを一気に飲み干してしまった。
「うぅん……! ぷはぁっ! ちょうど良い温かさだったから一気に飲んじゃっ
た」
「美紀様! それ、私が狙っていましたのに〜♪」
「へ? ……もしかして、これ、涼のだった?」
「……あぁ」
「……ま、いっか。幼馴染のよしみで見逃してよ。にゃははははっ!」
「……?」
なんか、美紀の奴、随分テンション高いな。
明鐘と西守歌もそう感じたらしく、不思議そうに美紀の顔を見つめていた。
二人がその視線を俺に向けた。
どうやら、俺が聞け、ということらしい。
「美紀、お前、どうかしたのか?」
「うん? まぁね。ここへは羽を伸ばしに来たわけだし、羽目を外したくなるの
よ」
「なるほど……って、それが何でここなんだよ!?」
納得しかけたが、俺は何とかその疑問を拾い上げた。
俺の家は宴会場か!?
「細かい事は良いじゃない。やっと取れたオフなのに」
「いや、オフだったらもっと別に行きたい場所があるんじゃないか?」
「いろいろあった筈なんだけど、忘れちゃって。それで、騒げそうなここへ来た
のよ♪」
「騒ぎたいならお嬢に言って頼め!」
ここはマンションだ。
騒いだら管理人に怒られる。
……色々騒いだはずなのに、管理人に怒られた記憶がまるでない。
「……?」
なんでだろう?
美紀が帰ったあとのことになるんだが、管理人を黙らせる事が出来る奴がいたこ
とを思い出すわけだ。
「美紀様、今日はゆっくりできるのですか?」
「まぁね。それで、カラオケ行かない?」
「カラオケって……みぃちゃん、テレビとかでいっぱい歌ってない?」
「歌い足りないわよ! あ、そだ。笑りんも呼ぼう!」
「お嬢も? 無理じゃないか? 家の人間が厳しそうだし」
「わかりました。笑穂様もお呼びになれば良いんですね?」
西守歌は携帯を取り出すと電話をし始めた。
時々クスクスと笑っているところを見ると、なぜか悪寒が走るのは俺が変なのか?
美紀は来た時と同じように帽子とサングラスをして、俺たちと一緒に駅前のカラ
オケボックスにきた。
それからしばらくして、お嬢もやってきた。
「よく家の人間が許可したな」
「確かにな。まぁ、誰かが毎度の如く裏から手を回してくれたようだが?」
お嬢が西守歌を見る。
……さすがは十八番というところか。
お嬢の家の人間でさえ黙らせるとは……。
「やっほ〜、笑りん! 元気してる〜?」
「なんとかな。水原のおかげで退屈しない」
「あぁ、なんかわかるわ。涼と西守歌ちゃんのやり取りもでしょ?」
「さすがだな、守屋。しかし、もう少しまともな変装を思いつかなかったのか?
それはベタ過ぎると思うが……」
美紀の姿を見て苦笑するお嬢。
確かに、見た目は怪しい人か訳ありな人だ。
道行く人たちも振り返って必ず美紀の事を見る。
……ま、怪しいからなんだろうけど。
「そう? プロダクションの人に相談したらこれくらいはって言われてね」
「人気者は辛いね、みぃちゃん」
「にゃはは、ありがとう、鐘ちゃん。でも、私は挫けないわ。だって……みんな
に夢を与えるアイドル声優なんだから!」
「……ここでそんな事を力説したら正体ばれるぞ」
「……さ、みんな。カラオケへレッツゴー!」
みんなを押しやるようにカラオケボックスへ向う。
部屋に通され、従業員がいなくなるのを確認すると帽子とサングラスを取る。
「さてと……マイクとリモコンも〜らい!」
「あ! 出遅れてしまいました」
「みぃちゃん、張り切ってるね」
「守屋、ちゃんと回してくれよ」
「オッケ〜! んじゃ、まずはこの辺から」
美紀がまず歌いだしたの最新のヒット曲だ。
次にマイクが渡ったのは西守歌だ。
べたべたのラブソングを俺の近くまで来て耳元で歌いやがったから耳を塞いだ。
なんかふてくされていたけど、またやりそうだからちょっと嫌になる。
明鐘はしっとりとしたバラードを歌った。
お嬢はみんなが知っている曲をジャンルを問わずに歌った。
「涼、次はあんたの番よ」
「え? 俺? いや、俺は……」
「なによ、ノリ悪いわね。良いわよ、それならちょっとイジワルしてやる」
俺にマイクを渡し、美紀は番号を入れながらもう1つのマイクを手にする。
……まさかとは思うが……。
そうならないよう願ったが、どうも嫌な事は現実に起こるようだ。
美紀は男女が歌うデュエットラブソングを入れていた。
どうにも断れそうにないので、仕方なく歌う事にする。
美紀の歌は物凄く感情がこもっていたのでちょっとドキッとしてしまう事が多々
あった。
それに対抗して西守歌も俺とデュエットしようとしていたが、こいつが相手なら
あっさりと断れるんだから、世の中不思議だ。
カラオケボックスを出たのはもう真夜中と言ってもおかしくない時間だった。
お嬢は家から迎えが来ていたので、車に乗って帰っていった。
俺達は美紀と一緒に俺の家へ向っていた。
「そういや、お前今日はどうするんだ? 親戚の家に行くのか?」
「こんな時間じゃ無理よ。あんたの家に泊めてもらうわ」
「ふぅん……はあぁっ!?」
「「えぇっ!?」」
さらっとすごいこと言ったけど、アイドルってこんな事を平気でしていいのか?
「勘違いしてるんじゃないでしょうね? 私は鐘ちゃんと一緒に寝るのよ。あ、
それか西守歌ちゃんの部屋の方にお邪魔しよっかな? 鐘ちゃんと一緒に」
「美紀様、それでは涼様が寂しくて死んでしまいますわ」
「そっか。鐘ちゃんがいないとウサギ同然だもんね、涼は」
「おまえらなぁ……」
「……」
明鐘も顔を赤くして俯いている。
「……そうだ。んじゃ、雑魚寝でどう?」
「「賛成!」」
「なに!?」
この後、どうにもこの3人の勢いに負けて結局雑魚寝してしまった。
翌朝、美紀はかなり早い時間に出発する事になっていたそうだ。
美紀が準備していた物音が聞こえて俺だけ目を覚ました。
「お前、これだけ早い時間に出るのにあんなに騒いでたのか?」
「ま、これくらい慣れっこだし」
「それでも、少しは自分の身体を大事にしろ。それくらいの働きはしてるんだろ?」
「そう言ってくれるだけで疲れも吹っ飛ぶわよ。またオフ取れたら来るから。そ
の時はよろしく♪」
「……またいつでも来い。お前の一番のファンはここにいるからよ」
美紀は俺に笑顔を向けると家から出て行った。
……さて、もう一眠りして、起きてから美紀の事を二人に話すか。
「やっぱ、ここに来て正解だったわね。疲れも残ってないし、元気になったし。
でも……あの鈍感!」
涼の部屋を睨みつける。
ま、次に来た時にでも気付かせるか。
私がここに来た本当の理由を。
アイドルが我が家にっ!!
いや、そもそも幼馴染みにアイドルになれるぐらいの
可愛い娘がいる時点で羨ましいのか。
や、もう、そんな幼馴染みがいたら離しませんよ?(笑
それにしても鈍感というかなんと言うかの涼でありますな。
いやもう、朴念仁?
が……実は明鐘がいないときを狙って来ないとダメなんじゃないなー、美紀ちゃん。(笑
私としては、あっさり断ることが出来る西守歌は、それはそれで良い関係に思えました。
……許すまじ、涼。(ぇ
Comment by けもりん
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