幻の卵焼き 〜 セージ 〜
震天 さん
俺は今、ものすごく悩んでいる。
何を悩んでいるかと言う、目の前に場所に入ろうかどうかということだ。
何をためらっているかって?
だって……
「電光石火! サンダーキーック!」
なんてのが中か聞こえるんだよ?
入りたくなるが、そうもいかない。
俺がここ、魔王邸(ネリネの実家)の食堂を訪れた理由。
朝、早くに目が覚めすぎたまではいいんだが、起きた理由が腹が減ったということ。
何かつまむ物がないか訪れたところ、今に至るわけ。
「私の仕事を取らないでくださいって、何回言えばわかるんですか!」
「取るだなんて人聞きの悪い。ちょっと無断拝借してるだけじゃないか」
「返せない人は借りちゃだめなんです!」
……中から何かが割れる音がしたり、何かが砕ける音が聞こえたりする。
そんな中、俺の腹が盛大になった。
とりあえず、軽いものだけもらってさっさと退散しよう。
俺はそう決めるとドアを開ける。
しかし、開けるタイミングを完全間違えた。
「お取り込み中すみません。お腹が空いたので……」
「え!? あ、危ない!」
もう少しそれが早ければ(早くても避けれたかどうかはあれだけど)被害は少なかっ
たかもしれない。
「ぐはっ!」
セージの岩をも砕く必殺のサンダーキックが綺麗に直撃。
その時の最後の記憶は樹の言葉を借りると、まさに純白の花園だった。
で、自分の部屋で目を覚ますと、セージが
「ほんと〜に、申し訳ありませんでした!」
と謝って来た。
「あ〜……まぁ、うん。そんなに気にしなくていいよ」
「本当に、ごめんなさい……」
うわぁ、ものすごくへこんでるよ。
でも、ま……これでセージもサンダーキックを控える――
「今度こそ、当てるつもりだったので、最後の慈悲の欠片を捨ててそれはもう、
一撃でお屋敷を崩壊させるくらいの勢いでやっちゃったので」
「そんなのを喰らったら、私といえど、ぽっくり逝っちゃうじゃないか」
「安心してください。最初から最後までそのつもりなので♪」
――気はないのね。
「そういえば、稟様。今日はずいぶん早かったですね」
「あぁ、ちょっとお腹が空いて、軽いものを何かもらおうかと……」
「そうだったんですか」
「だったら、ちょっと待っていたまえ。今から、豪勢な朝食を作ってあげようじゃな
いか」
意気揚々と俺の部屋を出て行くおじさん――
「そこ、ちょっと待ちなさい!」
を呼び止めるセージ。
「朝食の準備はメイドである私の仕事です。フォーベシィ様がそれをすることを
メイドオブメイドを目指す私が許しません」
「そんなに睨んじゃ、せっかくのかわいい顔が台無しじゃないか」
「そんなお世辞にだまされません!」
なるほど、プライベートならとことん照れるけど、仕事がかかわると通用しないわけか。
「なら、新しい仕事を与えようじゃないか」
「聞くだけ聞いてあげましょう」
……すごいジト目。
おじさんじゃないけど、本当にかわいい顔が台無しだ。
「稟ちゃんの看病をしなさい」
「もへ!?」
「元はと言えば、セージのサンダーキックが原因だろ?」
もっと元を辿ったらおじさんに当たりそうになるのは俺だけじゃないだろう。
現に、そう思っているんだろうけど、原因の一端を担っているセージは何も言い返せ
ない。
……ものすごく悔しそうだけど。
「まさかと思うけど、責任感の強いセージが自分の犯したミスを取り戻そうともせず、
何食わぬ顔でいつもの仕事に戻る、なんて言わないよね?」
「くぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」
うわっ、今にも飛び掛りそうなくらい睨んでる……。
俺は掛け布団を引っ張って防御体制をとる。
「うぅ〜〜……わ、わかり、ました……」
未練はあるんだろう、って言うか、未練があるから、あんなに苦悩したんだろう。
この屋敷には料理を作れる人物がセージ以外にはここにおわす未来の魔王様しかいない。
そりゃ、未練もたっぷりだろう。
俺は自分が悪くもないのに、セージの仕事をひとつ取ってしまったような罪悪感を覚えた。
「さて、セージの許しも出たことだし、これでもか、っていうくらい、豪勢にするとしよう」
「煽らないでくださいよ、フォーベシィさん……」
って、俺の声が聞こえたのかは疑わしいな。
おじさんは部屋から出て行く前にこっちに振り返る。
「あぁ、何かリクエストはあるかい? 何でも言ってごらん」
「何でもいいんですか?」
「言ってごらん。自慢じゃないけど、今まで本に載ったことのある料理なら作れる、
というのが私の自慢でね」
……どっち?
って言うか、あまりセージのプライドに油を注がないでください。
そばにいる俺が一番危ないんで……。
でも……ちょっとした仕返しくらいなら、良いか。
「それじゃあ、卵焼きでお願いします」
「え゛……」
あ、表情が引きつった。
「いやぁ、稟ちゃん? せっかく私が作るんだし、遠慮することはないんだよ?」
「遠慮じゃありませよ。俺、料理に詳しくないから、咄嗟に料理名が出てこないんで
すよ」
「じゃあ、私のお任せでどうだい? それなら……」
「あれ? 未来の魔王様ともあろう方が、一度言ったことに責任をもてないなんて、
そんなことないですよね?」
「う……し、仕方ないな……」
か、勝った……あの魔王のおじさんに!
「うぅ……稟様、良くぞ、良くぞ仇をとってくれました!」
「そんな、大げさな……」
でも、確かに勝った事には違いない。
今はこの感動をかみ締めようじゃないか!
と、思っていたんだけど、それは朝食の準備が整うまでだった。
朝食に並んだ卵焼きというのが……。
「これは……?」
「ス、スパニッシュ、オムレツ……」
「卵焼きには違いないだろ?」
……朝食が始まると、俺とセージは敗北者と成り下がった。
やれやれ、まさか、稟ちゃんが卵焼きをリクエストするなんてね。
セージためかな?
そりゃ、私もセージのように上手に作れるようになりたいけど……
「卵焼きだけは食べる側でいたいのだよ、セージ」
Fin.
卵焼きはセージさんの味っ!(ぇ
おみそ汁と並んで、男のロマンなのです。(笑
そういえば、Tick!Tack!で言っていた「卵焼き」って、どんなのなんでしょうね。
お城だったんで、てっきりオムレツみたいなのかとも思ってたんですが……。
でも、オムレツは男のロマンじゃない。(笑
ということで、和風な卵焼きに違い有りません。
問題は……出汁巻きか薄いやつか……
でも、男のロマンとしては、作ってくれる方に合わせるってのが良いと思います。(笑
――そんなわけで、私もセージさんの卵焼きを食べる側で。(マテ
<<Comment by けもりん>>
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