SHUFFLE! SS

 秋のお花見 〜 時雨 亜沙 〜

                    震天 さん

「り〜んちゃ〜ん!」
「? あ、亜沙さん」

 学校からの帰り、特に用事ななかった俺は木漏れ日通りを歩いていた。
 そこで、偶然亜沙さんと会った。

「稟ちゃん、これからどこかへ御用?」
「御用ってほどの事じゃないですけど。そういう亜沙さんは?」
「ボク? ボクはちょっと買出し」
「またお菓子の材料ですか?」

 亜沙さんの買出しというのは7割方お菓子の材料探しだ。
 しかし、今日は少し違った。

「……でもないようですね」
「あ、わかっちゃった?」

 小さく舌を出して、買ったものを胸のところまで持ち上げた。

「今度、稟ちゃんとデートする時のもので〜す」
「え……?」

 あっさりと言いますね。
 俺なんかまだ少し抵抗があるのに。

「そうだ! 稟ちゃん、今度お花見しよう?」
「……は?」

 俺の聞き間違いか?
 今、確か10月だよな?

「あ、あの、亜沙さん?」
「ん? なになに?」
「今、10月ですよね?」
「うん。それがどうかした、稟ちゃん?」

 やっぱり、間違ってないよな?
 じゃあ、亜沙さんが言い間違い?

「あの、亜沙さん」
「なにかな、なにかな?」
「お花見?」
「そうだよ? どうしたの、稟ちゃん?」

 お、俺が変なのか!?
 お花見って、確か春に桜を見ながらお祭り騒ぎのようにするあれだよな!?
 それをこの時期に!?

「……稟ちゃん?」
「え、あ、はい?」
「明日、10時に駅前でね」
「……へ?」
「じゃあね♪ バイバイ♪」

 亜沙さんはそれだけ告げると自分の家のほうに向って歩いていった。

「……わけわからん」

 結局、謎は解けないまま、今日が終わる。




 翌日、約束の30分前に駅前に着いた。
 なのに、なんでだろうな……。

「何でもういるんですか?」
「あ、あははは、はははぁ……なんか、気付いたらもうここにいたのよねぇ」

 これじゃあ、俺はどれ位前に着いていないといけないのだろうか?
 亜沙さん場合、一時間以上前から待ってそうだ。

「そして……じゃーん!」
「おお!」

 亜沙さんが持っていたバスケットにはいろんなお菓子と、昼食用のお弁当が入っ
ていた。

「じ・つ・は、今朝早起きして頑張っちゃいました〜♪ 稟ちゃん、感動した?」
「え、ええ……」

 朝早起きして俺より早くここに着いて……寝たのか?

「それで、これからどこに行くんですか?」
「だから、お・は・な・み♪」

 やっぱり、一日経っても聞き間違いだった、というわけではなかった。

「さあさあ、早く電車に乗ろう」
「え、ええ!?」

 いつになったらこの謎が解けるんだ!?



 電車に揺られる事1時間弱。
 静かな山へとやってきた。

「ここで……お花見ですか?」

 どう見ても桜は咲いていない。
 しかも人はいない。
 やっぱり、この時期お花見はやらないよな?

「亜沙さん、この時期桜はさすがに……」
「稟ちゃんはボクに付いてくればいいの。さあ、いこ!」
「え、あ……」

 亜沙さんが俺の手を取り元気に歩き出す。
 まあ、咲いてなかったら咲いてなかったで、これはこれでいいデートになるよな。

「……ど、どこまで行くんですか?」

 歩き出してからもう1時間近く歩いている。
 しかも、休憩なし。

「稟ちゃん、もう疲れちゃったの?」

 普通、1時間も山を登れば、そろそろ休憩入れますよ。
 それなのに、

「もうすぐ着くから、頑張って、稟ちゃん」

 と言って、休憩させてくれない。
 頂上もとっくに過ぎてるし。
 一体、どこに桜なんて……。

「ほら、稟ちゃん。着いたよ」
「え……」

 駅から降りて見た山のちょうど反対側だろうか。
 視界を埋め尽くすほどの鮮やかな色。

「これは……?」
「コスモスだよ、稟ちゃん」
「コスモス?」
「コスモスは秋桜、って言うんだよ?」
「ああ……」

 確かに、そういう風に呼ぶのを何度か聞いた事がある。

「前に、ボクのお母さんの話、したよね?」
「亜麻さんの話ですか?」
「うん。ボクがお母さんを好きになった後、お母さんに連れて来て貰ったんだ」
「……」

 人工生命体の1号体である亜麻さん。
 そして、その娘である亜沙さん。
 人間じゃない自分を産んだ亜麻さんを恨んでいた亜沙さん。
 どんなに辛い事でも受け入れてきた亜麻さん。
 以前の俺と楓と同じだった二人。

「それからね、毎年お花見するようになったの。春は町で皆と、秋はここでボク
 とお母さんとで」
「……そんな大事な場所に、俺なんか連れてきて良いんですか?」
「稟ちゃんだから、連れて来たんだ」

それは、俺が亜沙さんにまた少し近づけた、ってことかな?

「そういえば、亜麻さんと一緒に来ていたってことは、今日は?」
「後から来るって。少し、気を使ってくれたみたい」
「そうですか」

 だったら、二人っきりでいるこの時間は、大切にしないとな。

「稟ちゃん、コスモスの花言葉、知ってる?」
「花言葉、ですか? いえ、ちょっと……」
「乙女の真心、愛情、だよ」

 にっこりと笑って言う亜沙さん。
 愛情、か。

「それじゃあ、お弁当にしよ」
「そうですね」

 それから、食べさせてもらったり食べさせてあげたりしながら亜沙さんの弁当を
 食べた。
 今回は周りに人がいないから気兼ねなくいちゃつける。
 まあ、たまには良いな、秋のお花見も。

「それにしても」
「?」
「稟ちゃん、やっぱりすごいな」
「どうしたんですか? 急に」
「だって、このボクに魔法を使わせるんだもん。絶対に使わないでいよう、って
 決めてたボクに」

 人間であるためにどんな事があっても魔法を使わないでいようと決めた亜沙さん。
 その決意の固さは俺もよく知っている。
 いつ自分の中の魔力が暴走するかわからないのに魔力を溜め込む事。
 それがどれだけ辛い事なのかはわからないけど、中途半端な覚悟では出来ないの
は事実だ。

「だって、あのままじゃ、亜沙さんが死んじゃう可能性があったんでしょ?」
「それでも、ボクは良かったんだけどな」
「俺が嫌なんです」

 それが俺の本音だ。
 だからこそ、亜沙さんを助ける方法を必死に探した。

「わがままだね、稟ちゃん」
「わがままで良いんです」

 そうでなければ、亜沙さんを助ける事は出来なかっただろうし。

「そろそろお母さんも来る頃だと思うけど」
「あーちゃーん! りっちゃーん!」

 噂をすればなんとやら、かな。
 ちょうど亜麻さんも来た。

「こんにちは、亜麻さん」
「こんにちは、りっちゃん。あーちゃんと十分イチャイチャ出来た?」
「お母さん。そういうことを普通に言わないでよ」
「あ、はは……」

 天然の人って、怖いなぁ……。
 そんな挨拶を交わし、亜沙さん手作りのお菓子を食べながらお花見の続きをする。

「そうだ、亜麻さん。亜沙さんの子供の頃の話を聞かせてくれませんか?」
「り、稟ちゃん!?」
「うん、良いよ。えーっと……」
「お母さんも! なに世間話する感じで話し始めてるのよ!?」
「良いじゃないですか」

 個人的に、というより彼氏の権限をもって聞きたいものだ。

「あーちゃん。そんなに嫌がらなくても良いんじゃない? あーちゃんもりっち
 ゃんの昔話を聞いたんでしょ?」
「え……?」

 なんでそのことを亜麻さんが知っているんだろうか?
 それがそのときに思った素直な事だが、亜沙さんのお母さんだから、全てわかっ
ているんだろうな。

「あーちゃん」
「……うぅ、わかった。わかりました」

 なんか、嫌々話させる感じだな。

「……昔のボクはね、前に稟ちゃんから聞いた楓と同じだったの。これは前に話
 したよね?」
「はい。子供の頃は膨大な量の魔力に体が追いつかなくてよく倒れていた事も」
「その後、お母さんに酷いことを言ってしまった。どうしようもない事を人のせ
 いにして、逃げようとして……それが、人を簡単に傷つける事のできることだな
 んて、考えもしないで」

 確かに、それは正論だ。
 どうにもならない事を人のせいにするのは何か違う。
 俺の場合は、楓に無理やりそう思わせたけどな。

「あの頃はあーちゃん、髪も伸ばしてたよね?」
「え、そうなんですか?」
「あ、あぁ……そんな事も、あったような……なかったような……」

 髪の長い亜沙さん、か。
 どこかで見たことあるような……。

「でも、どうして短くしたんですか?」
「もう少し話したらわかると思うよ。多分」
「?」

 まぁ、もう少し話したらわかるって言ってるんだし、今無理に聞かなくてもいい
か。

「それから少し大人に近づいて、少し思ったの。そのときは自分の事しか考えて
 なかったから」
「何を、思ったんですか?」
「ボクは、お母さんの事をどれだけ知っているんだろう、って」
「え……?」
「だって、自分が恨んでる人のことなんか、知ろうだなんて思わないでしょ?」

 確かにそうかもしれないな。

「それで、考えてみたら、ボクは何一つ知らなかった。お母さんがどれだけ苦し
 んできたのかも、どれだけ傷ついてきたのかも、どれだけ、僕を愛してくれてい
 たのかも。全然……」
「……」

 俺は亜麻さんを見てみる。
 俺の視線に気がついても、にっこりと微笑んでくれるだけ。
 きっと、亜麻さんは辛くても微笑んでいたんだろうな。
 亜沙さんに自分の事を知らせれば、亜麻さんは辛い思いをしないで済んだだろう。
 それでも、自分が傷ついても大切な人を守る道を選んだ。
 悲しめば亜沙さんに伝わる。
 苦しめば亜沙さんに伝わる。
 だから笑っていた。

「お母さんの事を知って、ボクは自分がどれだけ愚かだったか知った。自分が恥
 ずかしくなった。そして、たった一つ、ボクにもできることがある。それに気付
 いたの」
「……亜麻さんのために、唯の人間であることを決めた」
「うん。それが、ボクが魔法を嫌いになった訳。ボクに、唯一できたこと」

 あまりに似すぎている。
 俺と楓の時の様に。

「それで、それからしばらくして、今と同じ時期に、お母さんにここへ連れて来
 てもらったの」
「このお花見をするきっかけになった時ですね?」
「うん。ここからは、ボクよりお母さんの方が詳しいと思うから」

 亜沙さんは亜麻さんの方を向く。
 それが会話のバトンタッチと言わんばかりに、亜麻さんは話し始めた。

「ここは、ボクにとっても思い出の場所なの。ここは、ボクがはじめて人間界に
 来れた場所なの」
「事故の後、ここへ飛ばされたんですか?」
「うん。その時の衝撃で、ここは唯の焼け野原になった。こんな風に、コスモス
 が咲く事はもうないだろう、って言われていたくらいに」
「でも、今は……」

 それが嘘のようにコスモスが咲き誇っている。

「ボクの旦那様が、ボクを救ってくれた事は知ってるよね、りっちゃん?」
「はい」
「その後、あーちゃんが生まれる少し前、旦那様に頼んでここへ連れて来てもら
 ったの。ここを、もう一度生まれ変わらせたいと思って」
「それで、ここは生まれ変わった?」
「うん。ここにコスモスを咲かせたい、って言うのは、ボクからのお願いだった
 の」

 その願いにどんな想いを込めたのだろう?
 これに関しては、聞いても答えてくれそうにないな。

「あーちゃんがボクに謝って来た時は驚いたなぁ。知られないようにしていたは
 ずなんだけど?」

 亜麻さん、そのことに関しては、もう一人詳しい方がおられるのでは?

「それでね、すごく謝られたの。こっちが申し訳ないと思うくらいに」
「え……?」

 どこかで聞いたセリフだな。

「だからね、あーちゃんをここへ連れて来たの」
「その時に言われたんだ。『どんな事があっても、ボクはあーちゃんを愛し続け
 るよ』って」
「そうだったんですか」
「うん。その時にね、ボクもお母さんみたいになりたいって思ったの。だから、
 髪を切って、おそろいのリボンもつけて」
「もしかして……」

 髪を短くした理由って……。

「エヘへ……まずは形から、ということで……」

 そういうことらしい。

「そういえば、一つ気になったんですけど」
「なに?」
「あの時、亜沙さんに魔法を使わせたときに、亜沙さんの髪、伸びてませんでし
 た?」

 そうか、どこかで見たと思ったらあの時か。
 ほとんど意識を失いかけの時だったからほとんど記憶に残ってなかった。

「稟ちゃん、もう少し、魔法学の勉強した方が良いよ?」
「え?」
「治癒魔法って言うのは、人が持つ治癒力を魔法で急速に加速させるものなの。
 治癒力は成長力とほぼ同じ物としてみなされているから」
「あーちゃん、魔法使うの初めてだったから、自分にも知らないうちにかけてた
 んだと思う」

 その結果、髪が急に成長し、伸びた、というわけか。

「わかった?」
「はい……」

 もう少し、魔法学にもちゃんと取り組もう。
 こんなんで、よく亜沙さんを救えたものだ。



 それからしばらく色々な事を話して時間を過ごした。
 そして、そろそろ日が傾き始めていた。

「そろそろ帰りましょうか。そろそろ帰らないと楓が心配しちゃうよ?」
「そうですね。またあの山道を歩くのか……」
「がんばれ、男の子♪」
「はい」

 最後にもう一度コスモス畑を見て、もと来た道を歩いていく。

「ねぇ、稟ちゃん」
「はい?」
「さっきは言わなかったんだけど、ここで毎年お花見をしようって言い出したの、
 ボクなんだ」
「どうしてですか?」
「だって、お母さんの愛情に包まれてる気がするから」

 なるほど。
 亜麻さんも気付いているのかな?

「ん? じゃあ、俺を連れて来たのは?」

 少し前にも同じ質問をしたけど、もう一度してみる。
 亜沙さんは俺の少し前に進み、振り返ってこう言った。
 俺の後から射す夕日が、亜沙さんの笑顔を更に輝かせた。

「稟ちゃんの愛情にも包まれたいからだよ♪」
「……」

 俺はそれを聞いて呆然とした。
 や、やられた……。
                                 Fin.

震天さんの、SHUFFLE! SSです。
これでメインキャラでそろいました〜〜。
や、二本しか書いてないわたしからすれば、驚異的なペースです。(苦笑

さてさて、今回は亜沙さん。
初っぱなの「秋なのに?」っていう疑問を、上手く引っ張って解決してると思います。
しかも亜沙の過去にまで言及してて、読み応えのある作品になっているかと。

それにしても……稟の鈍感さがっ!
そこに連れてくるってことは、それ以上近づきようのないところまで来てるってことじゃないディスカ〜!!
……羨ましいのに。(ソコカイ

あまあまな一品でした。
や、私が次に公開しようとしてる亜沙SSが半分ダークなんで、バランスも取れます。(ぉ

ありがとうございました♪

<<2004/06/29 追記>>
SS追記〜ということで、亜麻さんエピソードが加わりました〜。
内容もぐぐぐっと深くなったのではないでしょうか?
読み応え十二分になりました。
楓シナリオとのオーバーラップをさせてくるあたり、「やりますねっ!?」ですよ〜。

……や、私が包んであげますとも。ええ。(マテ

Commented by けもりん


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