甘い果実 〜 芙蓉 楓 〜
震天 さん
冬が終わりを告げ、少しずつ暖かさを取り戻しつつある今日この頃。
昨日からプリムラは例の検査のため、一時魔界に戻っていて、久しぶりに楓と二人きりの朝を迎えていた。
といっても、それ以外では特に何もない、ごく当たり前の一日を過ごすことになるだろう。
「稟君、今日何か予定ありますか?」
「今日? ん〜……特にないけど、何でだ?」
「では、一緒にお買い物でも行きませんか?」
「……」
……今、楓さんはなんと仰った?
あまりに聞きなれない、というか、楓が言いそうもないことを聞いてしまい、開いた口が塞がらない。
「稟君?」
「え? あぁ、いや、そうだな、うん……なんだって?」
「一緒にお買い物に行きませんか?」
「やっぱり、聞き間違いじゃないよな……?」
どういう風の吹き回し、いや、一体何の前兆だ?
楓が俺を買い物に誘う?
何か陰謀が……。
「あの、ご迷惑でしたか?」
「いえ、まったく。喜んでご一緒させていただきます」
楓が涙目になった時点で、俺は即座に無条件降伏をした。
考えすぎだよな。
楓が何か企むなんて、そんなことないよな。
「それで、いつ行くんだ?」
「はい。2時ごろに駅前で待ち合わせで」
「……待ち合わせ? なぜ?」
「変ですか?」
本気、だろうな。
きょとんとした表情で首まで傾げてらっしゃる。
「だって、同じ家に住んでるのに、待ち合わせる必要はないだろ?」
「だめ、ですか……?」
今にも泣き出しそうな楓。
俺か!? 俺が悪いのか!?
「稟君……」
……そうだな。
俺が全面的に悪いな。
「2時に駅前で待ち合わせだな。わかったよ」
「あ、稟君は先に行ってくださいね。私はいろいろ準備がありますので」
「あ、あぁ……」
突っ込んじゃだめだ、突っ込んだら。
何の準備があるのかを聞いたら、また俺の負けだ。
というわけで、2時ごろの駅前。
当たり前だが、楓はまだ来ていない。
来てないんだが……。
「15分……楓にしては珍しく遅刻か」
ま、俺が遅刻するときは盛大に1時間以上遅刻するだろうな。
そんなことを考えていると、突如、少し冷たくも柔らかい小さな手が俺の視界を遮った。
「誰でしょう?」
「……楓だろ?」
「はい♪」
嬉しそうな声と共に楓の手が下りていき、俺の体に抱きつく。
「って、えぇっ!?」
「稟君の背中、相変わらず大きいですね」
しかも、俺の背中に頭を預けてくるし!
「いや、そういうことじゃなくて、楓! とにかく、放してくれ!」
「いやです♪」
あっさり断った!?
しかも即答!
あぁ……こんなとこ、学園の誰かに、固有名詞を出すなら、麻弓に見られたらいろいろ終わる!
「では、行きましょうか」
……そんな俺の苦悩はさっぱり無視した楓が俺から少し離れ、何事もなかったかのように切り出した。
早まる動悸を抑え、俺は楓の方に振り返った。
振り返った瞬間、俺は自分の目を疑った。
楓にしては少し大胆だが、かわいらしい服を着ておめかしをしている。
即効で見入っていたのは、少し後で気付く。
「どうかしましたか? 稟君」
「へっ!? いや、どうもしないけど……」
「そうですか? それで、その……似合いますか?」
「あ、あぁ……でも、楓。そんな服持ってたか?」
「はい。でもよかった。稟君に気に入ってもらえたので♪」
気に入る気に入らないで言うなら、当然気に入るだろう。
それだけ今日の楓は可愛い。
が、それに比例して今日の楓はどこかおかしい。
おかしいとは思うんだが……。
「では、稟君。行きましょうか」
「あ、あぁ……」
突っ込んだら負けのような気がする。
ま、しばらく様子を見るか。
で、どこに買い物に行くのかと思えば……。
「稟君、これはどうですか?」
「あ、あぁ……似合ってるよ」
「こんなのはどうです?」
「大変、結構なお手前で……」
デパートの洋服売り場に来て、いろいろ試着している。
ただ、さっきから着ているのはゴスロリ、バニーガール、チャイナドレス、ナース服、etc、etc……
「次はどれを試着しましょうか」
「あの、楓さん?」
「はい?」
「あの、買い物では……?」
「はい、そうですよ」
「じゃあ、これは一体……?」
「買い物ですけど?」
確かに買い物だ。
なんだかんだで少し色々買っている。
そこは別におかしくない。
しかし、これじゃまるで……。
「もしくは、デートとも言いますね♪」
そう、デートみたい……というか、デート?
「え!? デート!?」
「それでは、稟君が気に入ったものを買って、次に行きましょうか」
呆然としている俺を放って置いて、いくつかの服(衣装)を持ってレジに向かった。
……デート?
あの楓が、照れも恥じらいもなく、嬉しそうにデートといった。
いや、嬉しいのは良い。
でも、楓の態度がいつもと違って嬉しい。
でも、改めてデートと言われると……。
「……モノローグで何を言ってるんだ、俺は?」
とにかく、もう少し様子を見よう。
決して、楓とのデートを堪能するのではなく、あくまで様子見だ。
で、夜になってようやく家に戻ってきて、俺は今風呂に入っている。
楓とデートを始め、家に戻ってくるまでの間、楓はやはりいつもと違っていた。
街を歩くときは腕を組んでぴったりと体を密着させ、夕食では周りの目も気にせず、俺にあーんとしてくる。
正直、恥ずかしくて仕方がなかったが、悪い気はしなかった。
「……思い出したら、また恥ずかしさがぶり返してきたな」
俺は湯船の湯で顔を洗った。
「失礼します」
「ぶふっ!?」
慌てて顔を上げてみれば、やはりというかなんと言うか、楓がバスタオルを巻いて入ってきた。
「な、あ……っ……!?」
「お背中、流します」
「い、いや、自分で、出来ますから、そんな、お気遣いなく……」
「そんなに遠慮しないでください」
……に、逃げたい。
逃げたいが、入り口は楓がしっかりと塞いでいる。
「さ、稟君」
「ひ……」
俺はこの後、完全にのぼせた。
「う、うぅん……」
次に目を覚ましたのは自分の部屋で、ベッドの上。
目を覚ました直後、昨日の楓のことが浮かび上がり、まさかと思い、あわてて起き、ベッドの中を見るが、俺以外の姿はなく、ほっとした。
そのとき、俺の部屋のドアが開いた。
「あ……」
「楓……」
「今日は早いんですね。ちょっと惜しかったです。
あ、朝ごはん、もう出来てますから、早く降りてきてくださいね。着替え、ここに置いておきますね」
……いつも通り?
いや、いつも通りでほっとしたんだが、逆に少し怖い。
だけど、一つだけ違う点が……。
「楓。制服はどうした?」
「え。あ、今日は少し寝坊しちゃって。着替えはまだなんです。
私も着替えたらすぐに降りますので」
「あ、あぁ。そうか。悪かったな。時間もそんなにないのに」
「気にしないでください。稟君のお世話は、何事においても最優先されることなので」
「それもどうかと思うぞ」
楓はわずかに微笑むと部屋から出て行った。
……いつも通りで、少しほっとしたような、残念なような。
パジャマから制服に着替え、身だしなみを整えるために鏡の前に行きます。
そのとき、机の上にあるものが目に入り、それをそっと手に取ります。
「結局、使いませんでしたね、これ」
今手にしているのは先日、魔王様から頂いた魔界の果物。
魔王様によると、
『これを口にした者は心の中に秘めている願望を表に出すことが出来るんだ。
自分に自信が持てないときは食すといい』
と言ってくれた物でした。
でも、自分の本心は自分で伝えなければいけません。
「……もう一歩踏み込みたいときは、食べさせてもらいますね」
もう、今の私には必要のないものなのかもしれません。
だって、稟君がいて、稟君のお世話をする私がいる。
その中で、少しだけ稟君に甘えれる今がある。
それだけで、私は幸せです。
Fin.
食べちゃダメっ!、です。
や、それ、魔王様が娘の幸せを願って送る、禁断の果実です。
食べたらきっと、アニメ版の楓みたいに……。(爆
朝寝坊……じゃなくて、実は寝てないのでは? とか思ってみたり。
でも、さらなる一歩は自力で踏み出してこそ意味があるのですよ♪
<<Comment by けもりん>>
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