キスの味は何の味? 〜 プリムラ 〜
震天 さん
う〜ん、さて、どうしたものか……。
「リムちゃん、おいしいですか?」
「……」
何も言わずに僅かに頷く。
夕食時、俺は悩んでいた。
俺が今悩んでいるのは目の前にいるプリムラのことだ。
この間、プリムラのブラを買いにいったとき、俺が買った猫のぬいぐるみをプレ
ゼントして、少し笑ってはくれたが、それ以降めっきり……。
猫以外でプリムラが興味を引くものはないのだろうか?
「……」
「? ……何?」
「へ?」
「稟、さっきからこっち見てる」
さすがに気付くか。
「稟くん、リムちゃんがどうかしたんですか?」
「あ、いや……ちょっと気になってね」
「何をです?」
「プリムラって、猫以外で興味あるものないのかなって」
「そう言えば……」
プリムラがこっちに来てから笑ってくれたのはあの一回だけ。
とりあえず、どうにかしたいものだ。
「……ある」
「え?」
「……興味、あるもの」
「ほ、本当か!?」
結構驚いた。
まさかあるとは。
なければ適当に近くのものから興味を持たせようと思っていたところだし。
まぁ、ちょうどいいか。
「で、何に興味を持ってるんだ?」
「……言って良いの?」
「ぜひ聞かせてください」
「……じゃあ……」
この後、プリムラから衝撃の事を聞いた。
「あの親父は何を考えているんだ!?」
「稟さま……どうかなさいました?」
学校での昼休み。
俺は突然叫んだ。
さすがに皆驚いている。
「叫びたくなるんだよ」
「どういうこと?」
「実は……」
「かくかくしかじかで……」
「稟、さすがにそれではわからん……」
ふっ、甘いな、樹。
分かる奴には分かるんだよ。なんてな。
そんな奴……。
「そうだったんだ……」
「それはさすがに……」
いたよ、すぐ傍に。
「シアちゃん、リンちゃん。なんでわかるの?」
「だって」
「稟さまの事ですから」
それ、理屈になってないんだが。
まぁ、わからない人のためにちゃんと説明しよう。
話は昨日の食事時にまで戻る。
「で、何に興味を持っているんだ?」
「……言って良いの?」
「ぜひ聞かせてください」
「……じゃあ……稟」
プリムラが俺を見上げる。
「なんだ?」
「……キスして」
「……」
「……」
時間が凍りついた。
プリムラは今なんて言った?
俺の聞き間違いか?
「……稟?」
「あ、い、いや……なんでもないんだ。悪い、ちょっと聞き取れなかったから、
もう一回言ってくれ」
「キスして」
「……」
「……」
聞き間違いではなかった。
しっかり、はっきり仰った。
「え、えっと……リムちゃん。どうして……」
「……聞いた」
「何を?」
普通なら「誰から?」が先に入るが、こんな事教えるのは一人しかいないだろう。
というより、あれしか思い浮かばん。
「……稟とキスすると胸がドキドキするって」
「リムちゃん、ドキドキしたいんですか?」
はっきりと頷かれた。
「それに、キスはレモンの味って言うのも……」
また偏った情報を……。
しかし、あの親父、なんで何も知らないプリムラにそんな事を教える?
「……ところで……」
「え?」
「……キスって……何?」
「……」
「……」
プリムラって、無垢と言うより無知なんじゃないか?
今時、キスを知らないって……。
「え……っと、ま、まぁ、なんだ……その……そのうち教えてやる」
「そ、そうですね。そのうち……」
その「そのうち」が永久に来ないで欲しいものだ。
「……と言う訳だ。こんな事吹き込むのって、一人しかいないだろう?」
「確かに……あの人ならやりかねないわね」
「稟、子供騙すのうまいなぁ……」
樹、そこは感心するところじゃない。
それに、騙してはいない。
諭したと言ってくれ。
「でも、リムちゃんがドキドキしてるところか……見てみたいなぁ」
「そうですね。リムちゃん可愛いですから」
「いや、それがな……」
う〜ん、言うべきか、言わざるべきか……。
「どうしたの? 土見君らしくないわね。言いたい事があるならはっきり言って
よ」
「……まぁ、非常にプリムラらしいことだからな。楓、代わりに頼む」
「え? わ、私ですか? え、えっと……」
楓でも口篭る。
俺達も3回位固まったからな。
「リムちゃん、ドキドキする、って言う感覚がわからないそうなんです」
「……それって……どういう……」
「言葉のまんまだ。ドキドキしたいらしいんだが、肝心のドキドキするって言う
感覚を知らないらしい」
「「「「……」」」」
一同が固まった。
普通胸が高鳴ったりするのは誰にでもあるよな。
「……リムちゃん……らしいよね?」
「そ、そうですね……」
らしいで済む問題じゃなくなってきてるんだが。
「キスは知らない。ドキドキの感覚も知らない。興味を持っていてもそれじゃあ
……」
「稟、君はどうやって説明するつもりなんだ?」
「知らん」
まぁ、ほぼ即答だ。
第一、誰でも知ってる感覚を今更わざわざ説明するような奴はいない。
あったとしても広辞苑などに載っているだけだ。
しかもややこしい言い方してるし。
「でも、リムちゃんが興味を持った事なんだから、どうにかして教えたいよね」
「教えるにしたって、誰でも知っている感覚から教えなきゃいけなんでしょ?
骨が折れるわよ」
「大体、魔王のおじさんが変な事吹き込まなければこんな事には……」
「私がどうかしたか?」
「は?」
ここにはいないはずの人物の声がしたので振り向くと。
「やあ」
「「「「「「……」」」」」」
一同絶句。
噂をすれば何とやら。
あれって本当のことなのか?
「お、お父様。どうしてここに?」
「またネリネのお弁当を持ってきたとか?」
「いや、そうじゃないよ。それに、ネリネちゃんはお弁当持っているじゃないか」
確かに。
以前の事からそう思い込んでしまった。
「なら、なんでこんなところにいるんですか?」
「ふふ、それは……」
「それは?」
「呼ばれたからきたのだよ!」
「帰れ!」
ここから家までどれだけ離れてると思っているんだ!?
歩いても15分は掛かるんだぞ!?
どんな地獄耳だ!?
「酷いな、稟ちゃんは。呼んでくれたからわざわざでてきたのに」
「呼んでません。って言うか来なくていいです」
「まぁ、それは冗談だ。ちょっと手続きをしに来た帰りに寄っただけさ」
「なら最初からそう言ってください」
ったく、なんでそう言えないかな?
「手続き?」
「あぁ。以前、プリムラを検査しただろう?」
「そう言えば、そんな事ありましたね」
「そのとき、面白い結果がでたからね。学校に通わせる事にした」
「おじさん」
「なんだい、マイサン!」
誰があんたの息子だ!?
……いや、ここは抑えろ。
俺はあの苦難を乗り越えてきたじゃないか。
「学校に通わせる理由を聞きたいんですけど」
「だから、検査で面白い結果がでたからだよ」
殴っていいだろうか?
良いよな?
「お父様……稟様はその結果の内容を知りたいのでは……」
さすが、ネリネ。
わかってくれるのはお前だけだ! ……と言いたいが、シアや楓もわかってくれ
てるみたいだから。
「あぁ、そういうことか。実はね、人間界で暮らすようになって、少しだが魔力
の制御ができるようになっていたのだよ」
「リムちゃんが!?」
シアがかなり驚いている。
そう言えば、プリムラって、最強の魔力を持ってはいるが、制御がまったく出来
なかったんだよな。
「そう。人間界に住む事で魔力の制御を覚えていっているというのなら、しばら
くこっちに住まわせてみようという事になってね。人と接触する事で更に効果が
望まれるかもしれないからこの学園に通わせてみることにした」
また急で問答無用だな。
一界の王ってこんなのばっかだな。
「まぁ、通わせる件については何も言いませんよ。言ったところで俺達にはどう
にも出来ないし」
いや、ネリネにお願いしてもらえば取り消されるかもしれないが、ここでは置い
ておこう。
「でも、何も知らないプリムラに変な事を吹き込むのだけ早めてください」
「変な事?」
「リムちゃんにキスの事とか……」
「???」
あれ、キョトンとしている。
「違うんですか?」
「どういう話なのかは知らないが、私ではない」
「それじゃあ、誰が……」
魔王のおじさんじゃないとすると……。
「稟ちゃん」
「はい?」
「私を勝手に犯人にしたね?」
「う……」
さすがに魔王様を犯人にするのはまずかったか。
って言うより、普段の行動、言動から勝手に決め付けられても文句言えないので
は?
「さて、どうしようかな。稟ちゃんには、それなりに……」
「な、何をさせる気ですか?」
「さっき、キスがどうとか言ってたね」
まさか、あんたにしろとか言い出すんじゃ?
「言っておくけど、稟ちゃん。私はそっちの気のはまったくないから」
「そ、そうですよね」
俺の心を読まれた事に関してはここは無視しよう。
「稟。今あると思ったんじゃないか?」
「う、うるさい……」
なんでそういうことに関しては鋭いんだ?
こいつだけは侮れない。
というより、こいつに俺の考えている事を読まれた事に腹が立つ。
「そうだな。ネリネちゃんにキスをしてもらおうかな?」
「……はぁっ!?」
いや、ちょっと待て!
なんでそうなる?
いきなりものすごい事を言ってのける人だな、この人は。
「え……?」
「うわぁ、リンちゃん羨ましいな」
「り、稟君……」
シア、羨ましいとかの問題じゃない。
楓、うろたえるな。
俺がうろたえたいんだ。
「何なら、シアちゃんと楓ちゃんもしてもらうと良い。というより、稟ちゃん、
しなさい」
きっぱりと命令形で仰ったぞ、この人。
「また拒否権なし……。って言うより、麻弓。カメラ構えるやめろ!」
「まぁまぁ、気にしないで。それに、気になるテーマの一つでもあったし」
「というと?」
「ファーストキスはレモンの味って言うじゃない。それって本当なのかなって。
実際、した直後ならすぐにわかるじゃない」
俺、見せ物か?
というより、周りの視線が痛い。
ここはどうするべきか……。
1、素直に言う事を聞く。
2、意表をついて麻弓にキスする
3、逃げ出す
……2?
「いや、有り得ないから」
「は?」
「いや、何でもない」
何でそこで麻弓だけ反応する?
そんな事は今はどうでもいいか。
俺がどうしようかと悩んでいると3人はほぼ準備完了と言った感じで俺を見つめ
ている。
仕方ない、ここは無難に3番の選択だな。
後ろを見る。
屋上からの出口、逃げ出すには少し遠いか。
「稟ちゃん、後ろに何かあるのかい?」
「いえ……」
俺に注目している時に逃げ出そうものならすぐに捕まって強制的に……。
ここは少し俺から注意を反らすしか……。
仕方ない、ちょっと恥ずかしくて俺の命が危なくなるかもしれんが、ここは切り
札を出すか。
今は逃げ出す方が先決だ。
「シアは必要ないだろう」
「どうして?」
「それは……その……8年前に、してやったからだ」
「「「「「……」」」」」
皆が固まり、シアの方へゆっくり視線を向けていく。
その視線の先には、照れたような笑みを浮かべたシアがいた。
はっきり言おう。
逃げ出すなら今だ!
俺はそのチャンスを逃がさないように一気に立ち上がり扉に向って走り出した。
「あー! 土見君が逃げた!」
「あっ! 稟ちゃん、待ちなさい!」
待てと言われて待てるか!
俺は扉を開け、駆け出した。
そのとき、
「……え?」
「え、うわぁっ!」
開けた扉の前に誰かがいて、俺はその子と共に倒れてしまう。
「う……」
しかし、さっきから唇にあるこの感触はなんだ?
柔らかくて良い気持ちだ。
「稟くん、大丈―」
「シアちゃん、どうかし―」
シアとネリネの言葉が途中で止まる。
俺はどうかしたのかと思い、目をあけた。
そこにいたのは……。
「ん、んんっ!?」
相変わらず無表情でまだ状況を理解できていないであろうプリムラがいた。
俺は驚くと即座にプリムラから離れた。
「プ、プリムラ、これは事故だ! 決してわざとではない! だから―!」
「稟、どうかした?」
一人慌てて弁解する俺をよそに、プリムラは至って平気そうな顔でそういった。
なんか、一人でパニクってバカみたいだ。
「リムちゃん、いいなぁ……」
「?」
「稟くんとキスして……」
「……キス?」
そういや、プリムラはまだキスが何なのかわからなかったな。
「……今のが、キス?」
「まぁ、そういうことだね」
いつの間にか魔王のおじさんが傍まで来ていた。
しかも俺を逃がさないようにがっちり俺の肩を捕まえている。
「プリムラ、今のがキス、つまりは口付けだ。してもらった感想はどうだい?」
「……わからない」
「あぁ、そう……」
まぁ、予想できる範囲だな。
「……でも」
「?」
「胸の鼓動が早い」
「え?」
プリムラの鼓動が早い?
それは……つまり……。
「リムちゃん、それがドキドキするって言う感覚だよ」
「これが……ドキドキ?」
「うん!」
「……」
あれ?
今、プリムラが照れたように見えたが……気のせいか?
「それにしても、なんでプリムラがここにいるんですか?」
「あれ、言ってなかったかい? 手続きするついでに学園の場所を覚えさせよう
と思ってね、連れて来たんだが、手続きに時間が掛かりそうだったので、適当に
学園の中を散歩するように言っておいたのさ」
「初耳ですよ」
「ところで、リムちゃん」
いつの間にかカメラを構えた麻弓がプリムラの傍まで来ていた。
「ファーストキス、どんな味だった?」
「……味?」
「そうそう」
「おい、プリムラにそんなの―」
「稟の味」
「……」
まぁ、間違いではないな。
そもそも、キスでレモンの味がするというのがおかしいと思うんだが。
「キスの味は土見君の味、っと」
「メモるなよ」
「まぁ、気にしないで。さて、土見君」
「なんだ?」
「次は、3大プリセンスとのキスを」
「……」
気付けば囲まれていた。
最早逃げ道はない。
結局俺は魔王のおじさんに拘束され、3大プリンセスの口付け会と称し、全員と
(無理矢理)キスをする(実際唇を奪われているのは俺なので、正確にはさせられ
ている)。
その後、すぐさま学校全体が戦場となってしまった。
Fin.
震天さんのSHUFFLE! SS 四作目〜です。
今回は全国の大きなお兄様がたに大人気、プリムラちゃんですね。(ぉ
順調に各ヒロインのSSが揃いつつあります。
私の好みでは彼女は……4番目ぐらいです。はい。
『キスの味は何の味?』と、やっぱりレモンが相場ですよね。
ファーストキスは甘酸っぱいのです。
……実際にどうかは……皆さんで試して下さいね♪(マテ
実は、意表を突いて4番の「やっぱり魔王様」ってのも見てみてみたかったり。(笑
ところで、犯人は……彼女ですよね?
唯一経験者の。
こっそりと隠している、お茶目な彼女が良い感じです。
ありがとうございました〜♪
Comment by けもりん
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