「ふう・・・今日は忙しい天気だな」

日曜日の午後。

今日の初音島は晴れと雨がくるくると入れ替わる天気だった。

朝倉純一は食後のコーヒーを楽しんでいた。

「ふーむ、エスプレッソに限る」

インスタントだが。

どたばた。

「おわぁっ!?」

2階・・・つまり音夢の部屋から大きな音がさっきから純一の耳に入ってきていた。

「片付けでもしてんのか・・・?」

「兄さーん、ちょっときてー」

「へいへい、なんでしょうか?」

ふと純一は外を見た。

雷は再び勢いを取り戻し、雨が窓一面に降り注いでいる。

「初音島がこんなに荒れるなんてすこし珍しいな・・・」

まるでなにかが起こることを予感させる。そんな天気だった。










はじめてのだーくえすえす




                           
Ring story -phrase 1-

                              -Everything started from this ring.-


                                                                written by woody
                                                             last updated 2004/04/17





「おーい、音夢ー。入るぞー」

がちゃ。

「うわっ!!なんだこれ」

音夢の部屋は荷物という荷物をひっくり返したようになっていた。

「あ、兄さん、ちょっと助けて」

「どうしたんだ?」

「うん、大事な物をなくしちゃって」

「なんだそれ?」

「指輪なんだけど・・・」

「指輪?」

「うん」

「おまえ指輪なんて持ってたっけ?」

「兄さんにもらったやつ・・・」

「え、俺?指輪なんてあげたっけ」

「もう・・・忘れたの?おもちゃの指輪」

「ああ、あれか」

「うん、あれが見つかんなくて・・・」

「所詮おもちゃだろ?いつか見つかるって」

「でも大切なものなの!!」

「そうはいわれてもな・・・」

正直、純一にとっては恥ずかしい代物でしかなかった。

子供のころにあげたものであって、音夢を意識してプレゼントしたものではなかったからだ。

「どっかにはさまってんじゃねーの?」

「だと思うんだけど・・・」

「こことか・・・」

そういって純一はダンボールを持ち上げる。

すると。

コロンと小さなものが純一の足元に転がった。

「「あ」」

それが指輪だと分かったとたん、音夢は純一の足元に駆け寄った。

「あった!!」

駆け寄ったとき、純一の足に音夢の肩が当たり純一が揺らぐ。

「おわぁっ!!」

しかし、なんとか純一は体勢を立て直した。

すると、立て直したとき純一がとっさに出した足が何かを踏んだ。

「あっ」

・・・・・・。

・・・・。

・・。

ぱきっと乾いた音を立てた後、輪はポロポロと砕けてしまった。

純一は急いで足を上げる。

「わ、わりぃ!つい踏んじまった・・・」

「・・・」

「でもおもちゃだし、随分古かったんだし・・・」

「・・・」

「あんなおもちゃの指輪でよければ明日でも買ってやるから・・・な?」

「・・・」

「だいたいあんなものをとっとかれると恥ずかしくて・・・音夢?」

しどろもどろになって言い訳を言う純一は音夢の顔を見てびっくりした。

ぽろぽろと涙を流してずっと壊れた指輪を見つめている。

「・・・音夢?」

「ひどい・・・」

「え?」

「ひどいよ・・・」

「わ、悪い・・・そんなに大切にしてると思わなくて・・・」

「兄さんのバカっ!!」

「わわっ!!」



純一はそのまま音夢の部屋から叩き出されてしまった。

「おーい、音夢ー」

しーん。

「音夢さーん、開けてくれませんかー?」

「弱ったな・・・」



---------------------------------------------


(兄さんのバカっ!!あんな言い方しなくてもいいじゃない!!)

『おーい、音夢ー』

(知らないっ!)

『音夢さーん、開けてくれませんかー?』

(絶対開けてやらないんだからっ。)

『弱ったな・・・』

(少しは反省してもらわなくちゃね)





結局、『弱ったな・・・』といったきり純一がなんの反応もしなくなった。





(そろそろ反省したかな・・・?)

「兄さん、わかりましたか?いくら私でも・・・あれ?」

扉の前はおろか、廊下にも純一の姿が見えない。

(部屋に戻ったのかな・・・?)

音夢は廊下をわたり、純一の部屋の前に立つ。

(いくら兄さんとは言ってもこんなときはガツンと言ってやらなくちゃ!!)

「兄さん!?反省した・・・あれれ?」

部屋にも純一の姿はない。

(どこ行ったのかしら・・・?まさか逃げた・・・?)

音夢の中から再び怒りがこみ上げてきた。

(もう!!帰ってきても絶対家に入れてやらないんだから!!)






しかし、夕方になっても純一は帰ってこなかった。

(兄さん・・・帰ってこないなぁ・・・)

さすがの音夢もここまで音沙汰なしだと不安になってくる。

(ちょっとやりすぎたかな・・・?)

音夢は心配になり、ちょっと探しに行く事にした。

桜並木には・・・いない。

学校周辺にも・・・いない。

そして、商店街の方へ音夢は向かった。



(兄さん、どこなの・・・?)

雨も降り出してきたのだが、音夢にはそんなことを気にしている暇なく、純一を探し続けた。

そして、商店街の入り口がなんとか見えるところまで来た時。

商店街から出てくる純一の姿がなんとか確認できた。

傘も刺さずにのそりと歩く様子は、誰の目から見てもわかるほど純一は肩を落としていた。

そうして純一は大通りの交差点で信号待ちをしている。

たまたま純一のまわりには人がいなかったため、純一の孤立したようすが音夢には余計に落ち込んでいるように見えた。

(やっぱ反省してるのかな・・・うん)

交差点の対岸にいる音夢は信号が変わるのを待っている、その時--------------。




突然、純一の横から子猫が交差点に飛び出す。

しかし、トラックが一台スピードを出して走ってきた様子が音夢には見えた。


トラックの運転手も必死にブレーキを踏んでいるらしく、けたたましい金属の摩擦音が鳴り響く。

子猫も突然のトラックの接近にビクビクしている。

そして猫とトラックがぶつかろうとする瞬間。


「危ない!!」


と純一が飛び出すのが音夢が思わず目を瞑ってしまう前の最後の光景だった。


そして、次に見えたものは。


先が軽くへこんで止まっているトラックと。


雨に打たれながら灰色のアスファルトに横たわる純一の姿が見えた。


音夢はフラフラと純一のもとに寄った。

「にい・・・さん・・・?」

まだ今の状況を理解できない音夢は虚ろな眼で横たわる純一を見ている。

「兄さん、起きて、ねぇ・・・」

ピクリともしない純一をゆさりながらだんだん顔つきを変え、必死に純一を呼ぶ。

「兄さん、ねぇ、冗談はやめてよ、ねぇ、兄さん・・・」

すると純一の腕から純一の血がついた子猫が出てきた。

子猫もなぜか逃げ出すことなく、純一の頬をなめている。

音夢は純一の手を握りながら、

「ねぇ、兄さん、もう怒ってないから・・・ね?一緒におうちに帰ろ?ね?」



しかし、必死の音夢の訴えも空しく純一の手は冷えて行く一方だ。

音夢は純一のもう片方の手も握ろうとしたとき、握ろうとした方の純一の手からなにかがコロンと音を立てて落ちた。


音夢は涙を流しながらふと見ると・・・。


「・・・ゆ・・・びわ?」


プラスチックの指輪だった。


そのとき、音夢の中で何かが弾けた。

「・・・兄さん・・・これ・・・を買いに・・・?」

(私・・・あんなに酷い事いったのに・・・)

音夢は純一がここまで自分を愛してくれていたことが改めてわかった。

そして、同時に音夢の中で気が狂うほど強い後悔の念に駆られた。

「どうして・・・」

「どうしてなの・・・ねぇ・・・」




「兄さああああああん!!!!」





雨が降り続いている。

それは一人の少女の心を表すように。

一人の少女の涙を隠すように。

雲はますます深くなり、雨は強くなる。

そしてその雨は、一人の少女を濡らしていく。

雨があたるのを防ごうともせず。

その場を離れようともせず。

愛する人が救急車で運ばれた後も。

少女は動かない。

ただ雨にうたれ続ける。

以前誰よりも輝いていた彼女の眼は。

輝きという言葉を忘れさせるほど衰えていた。

やがて雲の端からは光の筋が地を照らす。

雨も弱まり、人の流れは再び活発さを取り戻す。

だが、空が晴れた所で少女の心が癒される事はない。

そう、永遠に。












〜あとがき〜

初めてのダークSSです。
といってもそれっぽくないですが。
やはりダークというのはむずかしい、としか言えません。
シリアスもそうなんてすが、感情が第一のジャンルですのでキツイです。
でも書く、と宣言した手前中断はしたくありませんでした。


                              
兄・・・さ、ん・・・どこ・・・なの?