純一の葬式が行われた。

参列には島中の人々が集まり、誰もが心からの黙祷を捧げた。

さくら、眞子、ことり、萌、美春、そして杉並の姿も・・・。

誰も口を開かずただ困惑と目の前の現実を信じる事が出来なかった。

だが、そこに音夢の姿はなかった。

音夢は事故以来病院の個室のベッドの上でただ呆然としているだけなのである。

睡眠もせず食事もとらず、ただベッドに座り虚空を見つめていた。

毎日、眞子と杉並、それとさくらが音夢のもとへやってきて話しかける。

そして、事情を聞かされ担当についた看護婦も毎日音夢につきっきりになって話しかける。



「ねえ、音夢ちゃん、今日も雨が降ってるよ」

看護婦が窓の外を見た後に音夢に言う。

やはり音夢に反応はない。

輝きのない瞳と反応のない音夢を見ては心を痛める日々が続く。

今日も変わらない音夢を見てため息をつく。

そして再び雨が降り続く空を見て、心の中でつぶやく。

『こんなにつらい患者は初めてね・・・』






ring story完結編SS



                       final ring story〜last phrase

                           -We go our way together at our pase.-


                                                                written by woody
                                                             last updated 2004/05/06







「やほー、音夢ー、来たよー」

眞子は今日も不自然な笑顔で音夢に話しかける。

食事さえとらず日に日に痩せ細っていく音夢の姿を見て心がチクリと痛む。

だが、すぐに笑顔を作り直し、

「いやー、今日は大変だったよー。なにせ暦先生に怒られるしテストでポカるし・・・」

「・・・」

どんなに話しかけても音夢に反応はない。

「音夢ちゃん・・・学校行こうよ・・・」

さくらはこれだけしか言えなかった。

なによりさくらが一番つらいことを知っている杉並はなにも言う事が出来なかった。

「・・・」






結局、今日も何の進展もないまま面会時間が終わってしまった。

「はあ、どうしたらいいのかな・・・」

眞子がため息をつく。

「済まないな、なにも力になってやれなくてな・・・」

杉並が肩を落とす。

「いいよ、いつも一緒に来てくれてるだけでも感謝してる」

さくらは俯いたままだ。

「はあ・・・」

また眞子がため息をつく。

そして・・・。



「もう一度だけ朝倉がいてくれればいいのに・・・」



その瞬間さくらが突然顔をあげる。

「ど、どうしたの!?急に・・・」

そして、何も言うことなくさくらはどこかへ走り出した。

「さくらちゃん!?さくらちゃーん!!」





それからさくらの姿は消息を途絶えた。





そして、季節が変わろうとする5月のある日の夜。

相変わらず音夢の様子は変わらなかった。

それどころか目の色もかなり衰え、医学的にはもはや限界だった。

日もすっかり落ち、大きな月がいまだに桜色に染まった島を照らしていた。



そのとき。

突然風が吹き、桜の花びらが舞った。

そして音夢の部屋の窓が開き、人の姿が現れる。

その人物は音夢のベッドの前で止まる。

その顔が月夜に照らされ映し出される。

それはさくらだった。

あの時以来人目に触れることなくずっと姿をくらませていた。

さくらはずっと音夢の顔をみつめる。

そして、静かに口を開く。

「一度だけ・・・」

「ボクの力ではたった一度だけ・・・」

「それが限界」

「だから・・・」

「だから、それまでに・・・」

それだけ言って。

さくらの姿は風と共に消えた。




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「音夢・・・」

誰かが呼んでいる。

誰?

どうして・・・聞こえるんだろう。

「音夢・・・」

すごく温かい声。

私の心にすっと染み渡る声。

どうして・・・聞こえるんだろう。

「音夢・・・」

それはずっと聞きたかった声だったから。

それはずっと会いたかった人だったから。

私はゆっくりと目を開ける。

「音夢・・・俺だよ・・・」

「に・・い・・・さん・・・?」

首を声のする方向へゆっくりと向ける。

その人物は雲に隠れた月の光の具合でよく見えない。


だが、そのとき雲が風に乗って隠れていた月が顔を出す。


そしてゆっくりと現れるシルエット。


その人物は優しい笑顔で、


「久しぶりだな、音夢・・・」


そう言った。


ぽたっ、ぽたっ。


涙が溢れた。


止まらなかった。


とめどなく流れる涙を止める事が出来なかった。


「兄さん・・・兄さん・・・お兄ちゃん!!」

そして私はお兄ちゃんの胸に飛び込む。

「ああ・・・お兄ちゃんだ・・・お兄ちゃんのにおいだぁ・・・」

「おいおい・・・」

そういうお兄ちゃんの顔も笑顔で私を見つめてくれている。

「お兄ちゃんだ・・・帰ってきたんだよね・・・もうずっと・・・一緒だよね?」

だけど、お兄ちゃんは首を縦に振ってくれなかった。

「どうして・・・どう、してな・・の・・・?」

「もう少ししたら行かないといけないんだ」

お兄ちゃんはそれでも優しい笑顔のまま。

「どうして・・・行っちゃうの・・・?」

「そういう約束なんだ」

お兄ちゃんは目を細める。

「今だけ・・・この時間だけ・・・そういう約束だからさ」

「私も・・・」

「え?」

「私も・・・連れてって」

私は心にあったことを口に出していた。

「な!?」

お兄ちゃんは驚いて後ろに軽く下がる。

「お願い・・・」

私の目はいつのまにか涙でいっぱいになっていた。

「お願いだから・・・」

「そうはいわれても・・・」

「もう嫌なの!」

もう止まらない。

私の口からは堰を切ったように想いの言葉が出てくる。

「もう嫌なの!お兄ちゃんがいない世界なんて私には耐えられないの!」

「ば・・・バカ言うな」

お兄ちゃんは震えた声を出した。

「そ、それじゃあお前が幸せになれないだろう。ちゃんと新しく好きな人を・・・」

「嫌!」

「音夢・・・」

「どうして・・・そんなことを言うの・・・?」

「私にはお兄ちゃんしかいないの!」

「私が幸せになれるのはお兄ちゃんだけなの!」

「お兄ちゃん・・・」

「私のことを本当に愛してくれているなら・・・」

「私の幸せを本当に願ってくれてるなら・・・」

「どうか・・・私も連れて行ってください」

「音夢・・・」

「お願い・・・します」


お兄ちゃんは一息ついた後、

「・・・わかった。一緒に行こう」

「お兄、ちゃん・・・うれ、しいよ・・・」

私は溢れる涙を拭うこともなくお兄ちゃんに抱きつく。

「後悔・・・しないか?」

「後悔なんてない・・・お兄ちゃんさえいてくれるなら・・・」

「わかった・・・ありがとう、音夢」

「うん・・・」

「ずっと・・・ずっと一緒だ」

「うん・・・愛してる、お兄ちゃん」

「ああ・・・俺も愛してる」

お兄ちゃんのの顔が近づく。

私はすっと目を閉じる。

これでいい。

これでいいんだ。

どんなに堕ちたってかまわない。

お兄ちゃんがいるから。



お兄ちゃんと口付けた瞬間。


私の体がふわふわと上がってく。


そしてその瞬間。


私とお兄ちゃんの体が光に包まれた。


だけど不安はない。


お兄ちゃんと私の手。


ぎゅっと、ぎゅっと。


もう二度と離さないから。


そして、私の視界が眩い光で覆われる寸前に。


桜の花びらが見えた-----------。






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次の日。

今日も看護婦が音夢の様子を見に来た。

「音夢ちゃん、入るね」

いつも通り一言断ってから入る。

反応がないのはわかっているが、それが習慣となっていた。

だが、今日はなんとなく不思議な感じがした。

そして扉を開けると。

音夢は珍しくベッドに横になっていた。

「・・・寝てる?」

驚いて主治医を呼ぼうとしたそのとき。

ふと見た音夢の顔は笑っていた。

はじめて見せた音夢の表情。

そして、かぶっていた帽子が風で飛ぶ。

「きゃっ・・・って、え?」

いつもは閉じているはずの窓が開いていた。

そして、部屋の床には桜の花びら。

看護婦は全てを悟った。

桜の伝説をいまばかりは信じられる気分だった。

「ようやく、お兄さんのところに行けたのね・・・」

看護婦の目からは自然と涙があふれていた。


そして、今まで全く動く事のなかった音夢の手には。


小さな指輪がひとつ、しっかりと握られていた。


窓の外には桜色の花びらと緑なす葉が混じり、新しい季節を予感させていた。





そしてまた季節は巡る。

春。

初音島ではこれまでになく桜が咲き誇り、枝葉を揺らしていた。

さくらはあの大きな桜の木の前にいた。

「ボクにはあれしかできなかったけど・・・」

「お兄ちゃん・・・ボク、お兄ちゃんの役に立てたかな・・・?」

「音夢ちゃん・・・ボク、音夢ちゃんの役に立てたかな・・・?」

すると、突然の強い風と共に桜の木が大きく揺れた。

それはさくらの言の葉に答えたように。

その風を感じてさくらは口元をほころばせて、

「ボク・・・ううん」

さくらは一息ついた後、言い直した。

「わたし・・・私もね、見つけるよ」

「新しい恋を」

「お兄ちゃんと音夢ちゃんみたいにずっと一緒にいられるような人を」

「だから、今日でお別れ」

「二人ともケンカしちゃダメだよ」

「あははっ、まあお兄ちゃんと音夢ちゃんならすぐに仲直りするだろうけどね」

「また・・・いつかどこかで逢えるといいね」

「ばいばい」


そして、さくらは歩く。


桜の木に背を向けて。


振り向く事もなくただ前を向いて歩き続ける。







風が吹く。

桜の花びらが舞う。

この島を去るひとりの少女にエールを送るかのように。


今日、「魔法使い」と呼ばれた少女が島を出て行く。

それは「魔法使いとしての自分」を捨て、「芳乃さくら」という新しい自分を作っていくため。


今日、一人の少女が旅に出た。

その少女の顔は希望に満ちていた。

一歩、一歩。

また一歩と桜舞う道を踏みしめ前へ歩いていく。

そしてまた時は進んで行く。

ひとつの恋の物語が終わり。

新しく紡ぎだされる新しい物語へ──────。







〜あとがき〜
おわりました。
ちょっと短絡的なところもあったかな、と。
これはおいおい直していこうと思います。
一応完結です。
っつーかこれってハッピーエンド??



                            やっと・・・一緒になれたんだね・・・