細い路地を抜け、学生の多いメインストリートに出る。

:ケンブリッジではもう北風が吹く。

俺はすっかりマフラーにコートがかかせなくなってしまった。

ついこの間まで青々と茂っていた葉たちも姿を変え、赤や黄などさまざまな色のシンフォニーを奏でている。

イギリスの紅葉の並木道はなぜか日本より綺麗に見える、とよく言う。

色鮮やかな木葉たちが無機質な灰色の空によく映えるからだろうか。






時は11月。

俺は一人、この異郷の街で暮らしている。









  イギリス、行ったことねーっすSS



                       灰色の空に吹く風は


                                                             written by woody
                                                           last updated 2003.11.19






俺は高校を卒業した後、世間では「いいところ」と呼ばれるぐらいの国立の大学へ行った。

どうやら大学は俺の性分に合っていたようでそれなりに充実した生活を送る事ができた。

一緒にバカをやれる友達もできた。

一緒に教授と飲みに行ったりもした。

でもやっぱり高校ほど大きな体験はさすがになかった。

科目は英語を専攻した。

もともと英語は好きな分野だったので大学の講義もあまり苦しむことなく単位がとれた。

大学を卒業後、俺は一流新聞社に入社した。

世の中に蔓延している悪事を暴いてやりたい、みんなに知らせたいとただ思ったからだ。

栞や舞たちをほっとけなかったのも「すぐ首をつっこんでしまう」という俺の性分からだったのかもしれない。

勤務先が取材部というだけあってなかなかハードだった。

俺なりに一生懸命働いた。

すると、3年目の春、上司がこんな事を言い出した。



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『たしか相沢君は大学で英語を専攻していたらしいね』

「ええ、まあ」

『丁度よかった。イギリスの支部で活きのいい若いのを欲しがっていたんだが』

「まさか・・・」

『うちの課としても君みたいな若くて優秀な人材を逃がしたくないんだが・・・』

「はあ」

『どうだ、イギリスで君の腕を試してみないか?』

「・・・」

『これは決して悪いことではない。むしろ「おめでとう」といいたいところなのだ』

「・・・」

『・・・と、ここまでがそこいらの上司が言う事だ』

「・・・は?」

『はっはっは、上司っぽいことを一度言ってみたくてな』

「はあ・・・」

『君がイギリスに行きたいか行きたくないか。それは私が決めることではない』

「・・・と、申しますと?」

『上は君を指名したらしいのだが、私は君自身に選んで欲しいと思う』

「・・・」

『上がどう思っているかは知らんが私としては君のすばらしい才能を潰したくない、と思っている』

「・・・」

『我々が君の望んでいない事を勝手に決めるのは古い考えだ、と私は思う』

『これは君の人生をある意味左右するかもしれない』

『どちらが君のプラスになるかマイナスになるか、それは誰にもわからない』

「・・・」

『だが自分の選んだ道をプラスにできるかどうかは君次第だ』

「はい」

『私も出来るだけの援助はする。さいわい時間は充分ある。大いに悩んでくれていい』

「・・・ありがとうございます」

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正直驚いた。

仕事柄どこかに転勤があるかも、とは思っていたがまさかイギリスとは。

期間は5年。

本人の意思、もしくは働き次第ではそれ以上もありうる。

たしかに以前から海外のニュースには興味があった。

日本だけでなく海外も見てみたい、とは思っていた。

自分の力が世界でどのくらい通用するのか、ずっと試してみたかった。

ここで本来の俺ならすぐにでも飛んでいっているのだが、これには訳がある。



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♪♪〜

ケータイの着メロが鳴り出した。

このメロディは特定の人物のメロディだ。

ぴっ

「もしもし」

『もしもし、祐一くん?佐祐理だけど』

「どした?」

『今日一緒に帰らない?』

「いいぞ」

『じゃいつもの駅で9時ね』

「おっけー」

『じゃーね♪』

ぴっ

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・・・という訳だ。

正直、仕事も安定してきてプロポーズも具体的に考えていた。

佐祐理の実家にもよく顔を出していて、親御さんからそんな話が出たりもした。

佐祐理もおそらくこの話を聞いていてそろそろ俺がプロポーズをする、というのは本能的にわかっているはずだ。

そうして仕事に俄然やる気が出た矢先、これである。

俺は悩んだ。

今まで生きてきてかつてないほどに悩んだ。

その日は佐祐理との待ち合わせの時間が迫るまで仕事が手につかなかった。



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「祐一くーん」

佐祐理は遠くから歩いてくる俺を見つけるなり手を大きく振ってきたので軽く手を振り返した。

しかし、頭の中はごちゃごちゃだった。

「今日はねー、すごく仕事がはかどったんだよー」

佐祐理はファッションデザイン系の企業で業界新聞に載るほど活躍している。

イギリス転勤のことをまったく知らない佐祐理は無邪気に肩を寄せ歩いている。

「ねー、どうしたの?さっきからずっと喋ってないよ」

「・・・ああ」

「・・・ホントにどうしたの?具合でも悪いの?」

「・・・・・・ちょっと大切な話があるんだ。公園まできてくれないか?」

「えっ!?・・・うん」

佐祐理は一瞬笑顔を見せたが、俺の暗い顔を見て表情を変えた。

行こうかと俺が言うと佐祐理はすこし、というかかなり不安げに俺のあとをついて来る。




そして俺たちはいつもの公園についた。

空に広がる暗闇の中、噴水が何色にもライトアップされ放たれる水のように延々と輝きを放っている。

その噴水の縁に俺と佐祐理は座った。

「・・・」

「・・・」

しばらくどう切り出したらいいものかお互い会話がなかったが、佐祐理が突然ぽつりとつぶやいた。

「・・・たりしないよね?」

「え?」

「わか・・・れたり・・・しない・・・よね?」

「私のこと・・・キライになっちゃった・・・の?」

「そんなわけないだろっ!!俺が佐祐理の事を嫌いになんかならない!!」

「・・・でも暗い顔してるよ?いつもの祐一くんじゃないよ?」

「・・・」

「ねえ・・・話してよ・・・私に隠し事でもしてるの?・・・お願い・・・話してよ・・・」

「佐祐理・・・」

「お願い・・・ねえ・・・教えて・・・」

佐祐理は泣きながら俺に抱きつく。

「わかった、全て話す・・・」





俺は全てを話した。

包み隠さずありのまますべてを話した。





「・・・という訳なんだ」

「・・・嘘」

「・・・え?」

「嘘つきっ!」

「佐祐理・・・?」

佐祐理は立ち上がって怒りをあらわにした。

「私があなたに告白したとき私に言ってくれたじゃない!『ずっとずっとそばにいてやる』って!!」

「・・・」

「私はあなたがいるからがんばっていられるの!いつもあなたに会えるのをずっと楽しみにしてがんばってるのに!!」

「・・・」

「ねえ・・・どうして・・・あなたは私と会うのが楽しみじゃないの?」

「た、楽しみにしてるに決まってるだろ!俺だって佐祐理に会えるのを楽しみに仕事をしてるんだ!!」

俺も立ち上がり、叫ぶ。

「じゃあどうして!?」

「・・・」

「・・・あなたはどうしたいの?」

「・・・えっ?」

「イギリスへ行ってどうするの?」

「・・・俺の力を試してきたい」

「・・・」

「イギリスで俺がどこまでやっていけるのか試してみたいんだ。そしてもっと勉強して、もっと力をつけて・・・」

「・・・なに?」

「・・・よりずっと・・・佐祐理のことを幸せにできるようになりたいんだ・・・」

「・・・」

「・・・自分ができる限り佐祐理を幸せにできるようになりたいんだ・・・」

「・・・」

佐祐理は一息ついた後、

「・・・5年」

「・・・えっ?」

「5年待てばあなたは私のところに帰ってきてくれるんだよね?絶対1番に私のところに来てくれるよね?」

「・・・ああ、もちろんだ」

「それなら私、待ってる・・・」

「・・・」

「・・・私、待ってるから・・・」

「佐祐理・・・」

目に涙をためながら俺の元に抱きついてきた。

「ずっとずっと・・・待ってるから・・・」

「ごめんな・・・」

「本当よ・・・」

「絶対、絶対佐祐理の元に戻ってくるから・・・」

「破ったら舞に言って叩き斬ってもらうからね・・・」

「わ、わかってるって・・・」




その後、佐祐理から新しく、

『1日1回はメールを送ること』

『1週間に1回は電話をすること』

などの項目が追加された。

別に俺には苦ではない、というよりむしろ歓迎なので承諾。






1週間後、佐祐理の親御さんとも直に話をして、さらにその2ヵ月後俺はイギリスへ向かった。




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しかしお互いに忙しく、さらにタイムゾーンの違いから電話をするのも困難になってきた。

今ではメールだけが主な連絡となっている。

しかし、ここ1週間ほど佐祐理からメールが来ていないのだ。

おかしいと思い、佐祐理の実家にかけると『後にわかる』などと意味深な一言をいただいた。

ぜったい大丈夫だから、と念まで押されたので何か引っかかるがたぶん忙しいのだろう。






「でもあれから2年か・・・」

今日で日本を出て2年がたった。

相変わらず灰色がかった空が飛行機のシルエットを消していく。

俺の足も丁度クレア橋にさしかかる。

ふと前を見れば大学に通う学生たちが。

「やっぱり高校のときが一番楽しかったかな・・・」

高校のときによくつっこまれた"癖"のようにつぶやいてみる。

「あー、佐祐理に会いたいなー・・・」

すると。

「じゃあ、愛しの佐祐理ちゃんに会ってみる?」

後ろからどなたさんか返事をしてくれた。

-------しかも、日本語で。

「いやー、それは無理だろ・・・って、えっ!?」



俺がなにかに気づき。



一陣の風と共に。



後ろへ振り向いた先には。







「やっほ☆」







「・・・佐祐理!?」

「うん・・・きちゃった」

「きちゃった、って・・・お前、仕事は!?」

「捨ててきた」

「ウッソ!?」

「うん、ウソ」

「がくっ」

「佐祐理ちゃんもそろそろイギリスへ進出しようかなーって」

「なんだそりゃ」

「いろいろいいがかりをつけてイギリスの本社にまわしてもらいました」

「・・・マジ?」

「マジマジ♪」

「佐祐理、住むところは?」

「もう決まってる」

「あ、そうなの」

もう決まってんのか。

ちょっとがっくり。

「つーことでお世話になりまっす」

「・・・ふぇ?」

「・・・人のまねよくないよー、祐一くん」

「いや、そうでなくて」

「なに?」

「お世話・・・って」

「だから、住むところ」

「・・・へ?決まってるんじゃないのか?」

「うん。決まってるよ!だから・・・」

そう言って佐祐理は細い指を俺に向けて・・・。

「あなたのところにお世話になります♪」



「・・・・・・」

もう何も言う気がなかった。


「よかったー、驚いてくれて」


あまりに突然すぎるのと。


「我慢してメールしないで驚かそうと思ったの」


どうしようもなく嬉しいのと。


「びっくりしたでしょ?」


「ああ、そりゃもう、な」


言い表せないほどの懐かしさが心に伝わってきて。


「帰るか、俺たちの家に」


「うんっ!帰ろうっ!」




ついさっきまでは一人だったのに。




今は世界で一番大切な人が隣にいる。




さっきまで冷え切って冷たくなっていた肩に。




今は世界で一番大切な人のぬくもりがある。




たったこれだけの違いなのに。




その変化はたった数分前のことだったなのに。




今はすごくあたたかい。心も、体も。






「佐祐理」



「なに?祐一くん」



橋を抜け、再び大通りを出て、俺たちは一緒に歩いていく。





俺たちの家へ。そして--------。





「これからも、よろしくな」





「うん。これからも、よろしくね」





無限の世界が広がる、俺たちの未来へ------------。







〜あとがき〜
けっこうよくない?いいんじゃないの?いいよね?ね?
はじめてのifストーリーです。
結構自分的には満足してます。
なんで舞台がケンブリッジなのかは聞かないで。
理由聞いたらまた思いつきって言われちゃうから。
つーかオリキャラSSサボってこのSSかいてた事自体思いつきSS作家丸出しって感じですな。はっはっは。
ご、ごめんなさい。石投げないで・・・。



                            祐一くん、早くうち教えてよっ♪