そよそよと柔らかな日差しに包まれたレッスン室で、鍵盤がポロポンと疎らに押され ている。   「……」  そのレッスン室の中、目一杯高くしたピアノ椅子に座るシャルロットの手には、何枚 かの五線紙が握られていた。  頼りない音を奏でているのは、それとは反対側の手についている指たち。  五線の上に踊る黒と白の玉を見れば、頭の中に音は生み出せる。そうでなくては、演 奏家どころか学院への入学さえも叶わないだろう。入学試験で課される実技のほとんど は、初見で弾かなければならないのだ。  とはいえ、実際に耳で確かめてみないことには、やはり不安であった。   「ん〜」  同じフレーズを三回繰り返し、彼女は鍵盤の上に頭を垂れる。肩を越えて前に回った 髪が、黒と白の鍵盤を撫でた。  バイオリン学科とはいっても、ピアノでの簡単な音採り程度はマグノリア音楽学院の 学生としての嗜みである。彼女にとっても、音の重なりを確かめるための手軽な楽器で あった。   「やっぱり……かなぁ」  呟いてから、もう一度先程のフレーズを繰り返した。途中、音符の一つが黒鍵から白 鍵に変えられた。   「こっちのが──」  次いで、二つの和音だけを二度三度と叩く。響きを確かめる口元が綻んでいること を、彼女は気づいていないようだ。  しばらくの繰り返しの後、押し込まれた鍵盤が、最後とばかりに長く押さえつけられ た。  音が完全に掠れて消えた後でもなお、彼女は呼吸を止めていた。視線を鍵盤から意図 的に外し、木張りの床を見つめている。  彼女にとってそれは、決心をするために必要な時間だった。 ===================================================================    Quartett! サイドストーリー   『D-Sharped 4 Cards』                       Writtwn by けもりん ===================================================================   カーン──カーン──  呼吸をおもむろに再開させたシャルロットが瞳を閉じて頷くなり、昼休みの終わりを 告げる予鈴が、微ぐ風と一緒になって窓から入り込んできた。   「あ──」  スカートのポケットから取り出した時計の蓋を開け、慌てて針の位置を確認するシャ ルロット。講義が入っているわけではないが、今日は午後一でコンクールに向けてのレ ッスンがある。それに、このレッスン室の使用許可も、昼休み一杯しか取っていなかっ た。   「いけないっ!」  小走りで楽譜が広げられている丸テーブルに駆け寄って、彼女はその上をキョロキョ ロと見回した。空いている右の手で、胸元をポンポンと叩く。   「え〜い。いいや!」  レッスンに遅れたペナルティーをクラリサ先生から貰うもの嫌だったが、もっと嫌な 別のことを避けようと彼女は焦った。筆記具を探すのを止めて、持っていた5枚の順番 をササッと直して机に広がる中の一カ所へと挟み入れる。  彼女にとって幸いだったのは、次のレッスンが違う部屋だということ。  自主使用のためのレッスン室使用申請書に、希望する部屋を書き入れる欄はない。講 師が入れる臨時レッスンが優先ということもあって、当日の指定時間になって空いてい る部屋が、申し込み順に割り振られるシステムになっている。  正規のレッスン時間であっても、予鈴までは外で待つことになっていた。しかし、覗 いてみて空いていれば入ってしまうのが慣例となっていて、あまり信用はできない。彼 女自身そうすることは決して少なくないのだし、ましてやアイツのことだ。見つけるな りヒョコヒョコと入ってくるに違いないと、彼女は思っていた。前科だってある。   「〜〜〜〜っ!」  思い出したとたん焼け付きそうなほど熱くなった頬を感じて、彼女は歯噛みした。  そう──前科。  あの日はまったくもって迂闊だった。人に見られるなんて、信じられないほど迂闊。 それも──よりにもよってだってのは今になってみればだけど──アイツに。  一体どこまで見られてしまってるんだろうかというのが、この昼休みに彼女を迷わせ ていた要因の何番目かだった。当然のことながら、見られてないのが一番良い。一応隠 せてはいたつもりではあったけれど、たとえ見られてたとしても忘れててくれるんなら 構わない。  怖いのは、しっかり覚えちゃってくれてることだった。それも──下手をすればピン ポイントで。なんたって、アイツのことだ。そのくらいしてくれかねないことを、彼女 は存分に思い知っていた。   「だ、大丈夫、大丈夫っ!」  そんなことあってたまるもんですかと、彼女は忌忌しげに頭を振った。全ての小節の 数に4をかけて、自分を安心させる。たとえそのパートが四分音符だけで書かれてたと しても何分の幾つだと考えて、そんな小さな可能性でしかないじゃない──と。   「へぇ……」  ガバァっ  そんな彼女を退け反らせたのは、横から唐突ににょきりと伸びた腕と声。肘を折った 腕を顔の前に翳すようにして、思わず二歩三歩と後ずさった。  一瞬の間を置いて真っ白な頭にちらついたのは、ついさっきまで考えていたアイツの 顔。赤くなっていたはずの顔から血の気が引ける素早さは、彼女自身が感じる程だっ た。  が──   「へぇ……これって、シャルロットが書いた曲なんだ?」 赤茶くてピンピンと撥ねたモノを想い描いた場所にはなにもなくて、それよりちょっと 下に眼鏡のおかっぱ頭が見えただけだった。   「シャルロット?」  なにも知るわけがないハンスが、首からカクリと頭を落とすシャルロットを不審がっ て呼びかける。伏せたシャルロットの顔が乾いた笑いで引きつっていることも、知る由 はない。   「なんだぁ。ハンス君かぁ……」   「なんだとはなんだよ。悪かったな、僕で」   「ええっと……そういう訳じゃなくってね。むしろ良かったの、ハンス君で」  言葉を正反対に誤解してムッとするハンスを、シャルロットは安堵と苦笑いを混ぜ合 わせた微笑みでなだめようと試みた。   「ま、良いんだけどね。どうせいつものことなんだし」   「あ、あはは……」   「まったく。少しは否定してってば」   「う……」  しかし逆に拗ねられてしまい、彼女は言葉に詰まる。   「で?」   「へっ?」   「『へっ?』じゃなくてさ、この曲」   「あ、ああ。うん。わたしの……というか、半分だというか……」   「ん?」   「く、詳しいことはともかく、込み入った事情があるのっ」  しかも余計な藪を突いてしまったらしく、しどろもどろになって誤魔化そうとするシ ャルロット。   「ふ〜ん……。でもまあ、なかなか良い感じの曲みたいじゃない?」   「で、でも……」   「……あのさ、ひょっとして『ハンス君、判るの?』とか思ってない?」   「そ、そんなことっ」   「いくらなんでも、音ぐらいは取れるってば」  明らかに図星を指された風なシャルロットを見て取って、ふて腐れたハンスが言っ た。一旦嵌り込むと、抜け出すどころか益々深みに嵌るあたりが彼女らしい。   「で、でも、ホントありがとね。お世辞でも良いって言ってくれて」   「お世辞のつもりはないけどね──って? 次レッスンなんじゃなかったけ?    フィルはさっき必死に走ってたけど?」   「あ──あああっ!?」  反撃とばかりに少々意地悪く言ったハンス自身が驚くほどに、彼女は大声を上た。   「えっとその、ハンス君、あとはよろしくっ! 終わったら取りにくるから、    そこに置いといてっ!」  そして、テーブルの下に置いてあった鞄とヴァイオリンケースを掴み上げ、ドタバタ とレッスン室を後にする。   「あ、ああ!? ……って、良いの?」  未発表曲なんだし少しは警戒したらどうだよと思いながら、嵐が一目散に飛び出して いった廊下を、ハンスは呆然と眺めた。   『ご、ごめんなさいっ』  すると、その先から遠くなったシャルロットの声が聞こえてくる。どうやら、誰かに ぶつかりでもしたらしい。   「まったく」  騒々しいのは相変わらず──ってこともないかと思いながら、手にしていた五線紙を ハンスは元の場所に置いた。   (かしましくなったもんだ。ほんと)  開け放たれたドアを、やれやれと閉めに行く。  前から元気だとは思ってたものの、ここ最近は輪をかけて騒がしい。ソフィがいたこ ろのシャルロットは、もう少し、なんというか──そう、騒がしいにしてもコントロー ルできている感じがあったよなと、ハンスは思っている。そのころに比べると、近頃の シャルロットは随分と危なっかしい。   「ま、僕には関係ないけど」  その変化が浮かれているからだなんていうのは、周りからすれば誰が見ても明らかだ った。特定の誰かさんが絡むと危なっかしいほど浮つくのが、このところのシャルロッ トだった。   「間も抜けてるしさ」  引き手のやや上につけられていた細い金属の棒の先──鉤型に湾曲している──を、 壁の側につけられている輪に引っかける。簡易とはいえ無理に壊してくる相手でなけれ ばこれで十分防げるのにと思いながら、呆れた声で呟く。   「……僕には関係ない、けどね」  強いて言えば──と、シャルロットと同じカルテットのメンバーを思い浮かべて、ハ ンスやめやめと頭を振った。   「うちらと──ってのは、さすがにでき過ぎだもんな」  もしそうなれたらと思い描きはするものの、『ありえる』と期待して良いほどの可能 性だとは思っていなかった。しかもその原因の半分以上が自分にあると思えば、なおさ らだ。   「……。ああも言われちゃ、出るやる気も引っ込むって」  こう見えても自分なりには頑張ってるんだ──と言いた気に、独り言を呟きながらハ ンスが思い浮かべたのは、いつもガミガミと口煩いファーストだった。  ついさっき、昼休み前のレッスンでも散々けなされたせいか、口真似でもできそうな ほどハッキリとイメージできた。頭ごなしに言われた文句まで、しっかりと思い出せ る。   「あれで……だもんなぁ」  なぜだか自分ばかりをいびるように当たるその娘と、もう一人を並べて見た結果は、 溜息をつきたくなるほどの現実だった。似てるのは顔だけだなと、会うたびに思い知ら されている。  ヘタレだったりフシアナだったり、そんなことは言われなくてもわかってるつもり だ。メイの小言がイチイチ正しいことも、頭では理解してる。言い争う前に負けがわ かってるんだから、腹は立つけど反論ができないでいるのだ。   「だからって、なぁ」  けどカルテットなんだし、柔らかく諭してくれても良いじゃないかと、ハンスは常々 思っていた。   (そうすれば、メイだって──)  天使のように見えるのに──などと考えてしまったところで、「天使」だなどなんと 恥ずかしいことを考えてるのかと、ブンブンと頭を振って邪念を追い払った。こんな考 えを持っているだなどとメイに知られたらどうなるか、思い浮かべようとしただけで身 震いがする。   「あー、もう。そんなこと考えてないで、練習練習。次とちったら、なに言    われるかわかったもんじゃないんだから」  認めてはもらえるように──は難しいにしても、せめて怒りを静めてくれるぐらいに はなっておきたい。だからこそ、こうして個人練習の時間をハンスは持っているのだっ た。  とはいえ成果としては一向に──で、メイからのお小言はまったくといって良いほど 減っていない。それどころか、コンクールが近づくにつれて、日に日にキツくなってい るようにも、ハンスは感じていた。  が──それは仕方ないことだろうと思っていた。なんだかんだと言っても、チャンス の一つであることには変わらない。その足を引っ張る自分に対して厳しく当たるのは、 ハンスにしても至極納得のできる話だった。   「ま、言われなくとも精一杯頑張りますって。一応──僕にとっても、なん    だぜ? フシアナだけどさ」  独り言が多いのは相変わらずだと自分で感じながら、ドアに背を向けて先程の丸テー ブルに向かう。  パチン――  指をかけたケースの留め金に乾いた金属音を立てさせて、ハンスは手元に引き寄せた ケースを開けた。姿を現したのは、一挺のヴァイオリン。まず取り出した弓をテーブル に置いてから、そのヴァイオリンをスラリと引き出した。そして──ふと、机の向こう 縁に置かれている五線紙に視線を止める。   「……」  今日は運指の練習……のつもりだった。なので、楽曲といえるような譜は持ち合わせ ていない。もちろんコンクールの課題曲は持ってはいるものの、さすがにウォーミング アップにするには難易度が高い曲だ。   (……良い……よな?)  曲自体に特別に興味があったかといえば、そうでもない。強いて言えば、友人がどん な曲を書いたのかを覗き見ることへの、卑しい興味を覚えたまでだった。   「隠しもしないで置いてくんだし、な」  そう自分への言い訳をして、ハンスは机の反対側に回り込んだ。見下ろす先にある五 線紙を弓を持った指でより分けて、面白そうな楽節を探る。  が、結局最初から一通り通してみることに決めた。そんなに長い感じでもないし、あ くまでウォーミングアップなのだから、気負って弾く必要はなかった。ざーっと流すぐ らいでちょうど良いだろう。   「よし──」  最後のちょっとした罪悪感を声で払って、ハンスは止めた指を楽譜から離した。ぴた りと股に寄せていたバイオリンを引き上げて、首元に当てる。広げた譜面を見下ろす視 線で追うパートは、セカンドヴァイオリン。  一呼吸の後──。  先程まで流れていた響きのうちの一線が、彼の手元で再び奏でられ始めた。  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆    「おっ? なんだ新入り? それ──ひょっとして、お前が書いた曲だった    り?」  会ってからまだ一週間と経っていないというのに、フランクに話しかけてくる声。弦 にかけていた指を止めて、その声にハンスは振り返った。   「イレーネ──さん?」  そこには、性別の割には広めの肩幅をした、長躯の少女の姿があった。  どこかで見たような背格好と、どこかで慣れたような生意気な口振り。足して二で割 った──というよりは単純に中と外の組み合わせを変えただけのようなその人は、楽団 に入ったばかりのハンスにも、名前と顔が一致するほど強烈に印象に残っていた。   「なかなか良い曲じゃん。 そっちの方がメがあるじゃない? 演奏の方は    からっきしなんだから」   「え……いや、そういうわけじゃ……」  キツいことをズケズケと言ってくれるところあたり、特に中身はそっくりだった。借 り物の方を誉められたハンスは、苦笑いしながら歯切れ悪く受け答える。   「なーんだ。じゃあ、やっぱりヘッポコ──いや、フシアナか。ハンスは」   「……ぁあ」  一つとはいえ年下だったはずのなのに呼び捨てにするところと良い、聞き慣れたフレ ーズと良い、まるで誰かと話しているような錯覚にハンスは襲われていた。条件反射で 頷く様は、さながら某かの犬だ。     「あのなー……」  あまりにも覇気のないその返事に、イレーネが呆れ顔で嘆息する。   「少しは覇気見せろよなー。 どういういきさつかは知らないけど、楽団に    入ったんならしっかりしろってんだ。やる気がないのは、こっちも困るし、    お前の為にもならんさ。ここにいるってことは、楽器で食っていきたいん    だろ? ならそれなりの努力はしないと──っておい、聞いてるのか?」   「へ?」   「…………」   「あ、いや、その……やっぱり違うんだなって思ってさ」  うっかりとしてしまった間抜けな返答をギラリと睨まれて、ハンスは言い訳を口にし た。その言葉が、実はボーッとしていたことを認めるものになってしまっていることに は、気づいていない。   「あったりまえだ。『一応』なんてつける必要もなくプロなんだぞ?」   「あ──ううん、そこじゃなくてさ」   「は?」  しかし、対するイレーネもそれを追求しようとはしなかった。ハンスがなにやら話し たがっているらしいことを感じて、脱線に付き合って相づちを打つ。   「カルテットに──っていっても学校のだけど、君みたいに叱りつけてくる    女の子がいてさ。なんかこう、重なって見えてたんだ。フシアナっても、    良く言われたしね」   「ふーん。そりゃ、なかなか見所のある娘じゃないか」   「演奏の方も、プロモーターがスカウトに来るぐらい上手かったんだぜ?」   「で──? それはソイツが作った曲なわけか」   「どっからそこに繋がるんだよ」  ニヤニヤと意地悪そうな笑みを感じて、ハンスは不満げに反論した。イレーネがなに を言いたがっているのかは、大体の予想がついている。   「だってアレだ、アレ。『あなたのために書きました──』とかって、あり    そうな話じゃないか」   「そんな話になるワケないってば。言ったろ、『違う』って。メイ──って    名前なんだけど、フォローどころか、イレーネみたいな励ましさえしてく    れなかったんだよ? ガミガミと貶してくれるだけでさ。第一、曲を書い    たのはメイじゃないしね」  ハンスの否定は冷静だった。メイとというのは、学院でも何度かあった勘違いだった せいもあって手慣れていた。  苛められるのが好きだとか、尻に敷かれたがってるだとか、好き勝手言ってくれるク ラスメートは少なくなかった。それがメイの耳に入ったときの苦労や、もっと困るユニ に知られたときのことなど考えてもくれずに、だ。   「……」  すると、イレーネの視線が急にジトっとしたものに変わった。   「な、なんだよ」   「一つ聞くけど……学校で同じカルテットって言ってたよな。それ、成績に    響──いや、どっかのコンクールとかにも出るわけ? そのカルテットで」   「学院主催のにね。マグノリア音楽祭──って聞いたことないかい? 一応    それなりの登竜門になってるはずなんだけど」   「はぁ……」   「どういう意味だよ、その溜息は」   「フシアナ」  悪いモノを見るような視線に堪えきれず問いただしたハンスに、イレーネの短い言葉 が突き刺さる。冷たく言い放つ口調は、明らかに非を責めるものだった。   「なっ──確かに足引っ張りっぱなしだったけど、これでも学内予選は抜け    たんだからね、僕ら。……コンクールは──結局棄権したけどさ」   「そうだろうな。確か──」   「今日……だよ」  ハンスは確認よりも先に答えを口にした。マグノリアの名前を出したところで見せた 反応から、イレーネが音楽祭を知っていることは理解できている。   「ったく。見捨ててきたってわけかよ」   「……ああ」  罵られるのを覚悟で頷く。自分が選んだことを、隠すつもりはなかった。   「薄情なヤツめ」   「なんとでも言ってくれよ。僕自身、そう思ってるんだから」   「ああ、そうだな。最低の人間だよ、オマエ。フシアナ? お似合いのアダ    名じゃんか」   「……」   「ま、でも、それぐらいの覚悟がなきゃ、プロとしてはやってけない──っ    て、あたしは思ってるけどな。お前なんて、演奏がヘッポコなぶん特にだ」   「はぁっ!?」  ハンスは裏返った声を上げた。罵られるのがある意味義務のようなものだ──と思っ て聞いていたのに、突然にこやかになったイレーネの態度に驚かされてのことだった。   「だが……」   「──っ!?」   「だったら、もっとバリバリときばらんかいっ!!」  しかし、それも一瞬。蔑みから微笑み、そして今度は憤怒へと急激に表情を変えたイ レーネが、言葉を荒立てる。   「んな煮え切らない態度してたら、そのファーストの娘にあんまりだってぇ    の!」   「ちょ、ちょっ……」   「最後の一絞りまで踏みにじる気かよ、ええっ!? 大体──っと……。    ……やめやめ。とにかく、あんたは頑張りなさい。良いね?」   「そりゃ……頑張るつもりでいるけど……」  捲し立てられる剣幕に圧されているうちに脈絡なく結論を出されて、ハンスは唖然と していた。求められた同意になんとか頷いたものの、すっかり逃げ腰になっていた。   「はん。どうだか。あんたのフシアナっぷりからすると、怪しいもんだ」   「そ、そこまで言わなくても」   「どこがだよ。どーせここまで言われても気づいてないってんだろ、その調    子じゃ?」   「なんのことさ?」   「……はぁ。 あんな、そのメイって娘、あんたのこと好き──だったんだ    ぜ? きっと」   「え────!?」  突拍子もないイレーネの言葉に、ハンスは動きを止めた。唯一動いているのは、パチ クリと瞬きを繰り返す目蓋。それ以外は微動だにしていない。思わず叫んだ口も、その ままの形で固まっていた。   「あんぐりか? ま、予想通りの反応をサンキュな。ついでにお前の考えて    そうなことに答えるとだな、あたしだったら同じことするよなって思うか    らだ。 アレだろ? 励ますようなことは言わなかった──ってんだろ?    さっき言ってた、あたしとの違いって」  身体だけではなく頭も上手く働いていないハンスは、必死になって解釈したイレーネ の問いを、なんとかコクンと首だけを動かして肯定する。   「なら、多分間違っちゃないと思うぜ? あたしだったら、やっぱそうする    からな。慰めてどうにかできるもんでもねえんだから、そうするしかねえ    だろ? だらしないの見てると、イライラもするってもんだ。反発して欲    しいのにしてくんなかったりすると余計、な。」   「じゃあ……」   「で? 最後、なんか言われたかい?」   「……」   「まさか──」   「あ、ああ」   「し、信じられんフシアナだな、お前。本当に挨拶もなしで来たのかよ」   「裏切って抜けるのに、おめおめと会いに行けっ……て?」   「だらしねぇ奴め。そいつのこと、んな風に見てたのか? ああ、そうかフ    シアナだもんな。きっと、『頑張れ』って言ってくれただろうに。当然、    散々罵ってからだろうが。    ま、でも、今更どうこうでもないか。どっちにせよ、こっちに来た時点で    アウトだ、アウト。乙女の純情、バッチリ踏みにじってる」   「けどっ──!」   「言うなよな? 気づいたけど敢えてってならともかく、気づかないでって    のは、最低最悪だぞ? 節穴どころか、板の存在さえ怪しいってもんだ。    かぴーし?」  最後に添えられた単語は、メイにも良く使われたものだった。それは、メイの故郷の 国の言葉。似てると思う一因がイタリア訛りにもあることに、ハンスはようやく気づい た。   「……ヤー」  イレーネがわかっていて止めてくれたことを理解して、ハンスは短く一言だけ答え た。一緒に大きく頷いて、もう大丈夫だとイレーネに告げる。   「お? ドイツ系──って、そりゃそうか。    じゃ、ま、そういうことで気張れ。どうしても報いたいってなら、爪の先    から鮮血撒き散らすほど練習やんないと、な。お前の場合、それでもモノ    になるかは怪しいもんだしな」   「頑張るさ」   「その意気だ、その意気。結果はどうあれ、胸張れるようにな。それでだめ    なら、こんどは慰めてくれるヤツを探せば良いさ。そんな甲斐性があれば    だけどな」  答えを聞いて、イレーネはニシシと意地悪く笑う。   「……なあ」  その笑みに釣られたのか、ハンスは思わず声をかけた。   「あ?」  そんなつもりはなかったハンスが慌てて口を噤もうとしたものの、イレーネは即座に 反応を返す。   「いや、その、ええっと……音感、自信あるかい?」  メイとの経験からすると誤魔化しても無駄だ──。そう考えて、渋々と口を開く。乗 ってしまった船だと観念して、相談してみようと心に決めた。   「あったり前だろうが。自信なくて、どうして演奏家やってられるんだよ。な    めてんのか。ああ?」   「い、いや、そういうわけじゃなくてさ。ちょっと聞きたいことがあってさ」   「ふん。んだよ。改まって」   「あのさ──」  それは、あの日──合宿所ので過ごした夜から、持ち続けていた疑問だった。                   ◇ ◇  ──同時刻、マグノリア音楽堂。   (あっはっは)  シニーナとベゼルに挟まれた座席に陣取るメイは、やんややんやと叩きたくなる手を 必死にこらえていた。  いくらムシャクシャしていた気分が久しぶりに晴れたといっても、この場でそんなこ とをしては失礼極まりない。それは演奏家としては絶対にやってはならぬことだ。  それに、この演奏を前にそんなことをするヤツは、音楽家として失格だ。聞く耳がな くて、どうして弾けようか。たとえ楽器に触れたことがないものであっても、瑞々しい 躍動感を感じられるだろうというのに。   (むっ!? どこ行きやがった?)  いくらあんにゃろうでも──と視線を向けた審査員席が一つ空になっているのを見 て、メイはキョロキョロと会場を見回した。よもや逃げ出したのならば一笑に伏すどこ ろでは済まないと、意気揚々と客席に目を凝らす。   (んにゃろ、次は詰り倒して──)  こういう顔を繋ぐだけの仕事を、ヘラヘラと笑いながらでもキッチリとこなしてこそ 売れるプロモーターだなんてことは、メイにしたって現実として認識している。実践し て名声を得てきた奴であるにも拘わらず感情的にぶっちぎったとなれば、笑うどころか 蔑みの対象だ。唯一見所があるとすれば分を弁えてるところだというのに、それまでぶ ち壊すような奴だったならば、着いて行けば路頭に迷うのは目に見えている。   (──ちっ)  残念ながら顔をホールの後ろに向けたところで探していた姿を見つけ、メイは心の中 でわざとらし舌を打った。   (ん? クラリサ──ちゃん?)  しかしすぐに、並んでいる女性に見覚えがあることに気がつき首を捻る。なぜに── と考えたところで、どうして合宿に奴が呼ばれたのかにも合点がいった。もちろん詳し く知る由はなかったが、「ダシに使われたか?」なんていう野暮な推測ができたのだ。  不満は、確かに覚えた。お陰で随分と迷惑を被ったのだし、裏を勘ぐれば今日のステ ージに立てなくなったのも、だ。  客観的に見て、あのフシアナの腕でオーディションに受かるとは、とうていメイには 思えなかった。なにか裏で糸を操っているヤツがいるのではないかと、今でもメイは考 えている。それに該当しそうなヤツは、もちろん一人だけだ。  なにもコンクール自体には未練なんてない。奴の前で言った言葉は本心だし、取り消 すつもりなんてない。ただ、卒業までみっちり仕込めばなんとかモノに──と思ってい た計画を邪魔されたことに、腹を立てているだけだった。   (……へんっ)  だが、   (ざまぁみろ──) 愉快な想いで一杯になったメイは、そんな風に考えながら顔をステージに向けなおし た。ぐるんと首を回したその心のうちには、これぽっちの怒りもない。   「おい。どうした?」   「べつに?」  シニーナの囁きに、メイは短く──しかし明るく──小声で答えた。  視線は、ステージの上に向けたまま。ちゃんと聴こいてやろうぜという意図を、態度 で示すためにだった。せっかく良い気分にさせてくれる演奏なのだから──と。  なにしろあれが、奴のあの苦虫を磨り潰したような口元の端に浮かんでいたものが、 素直になろうとしない捻くれ者の得意技であることは、良く知っていたのだ。  まるで──アイツのことを聞かされたときのあたしみたいに、と。                  ◇ ◇   「で?」  首元からヴァイオリンを離すハンスを確認して、イレーネは苛立たし気な声をあげ た。  その色を意味をまったく理解しないハンスは、足元に置いた楽器ケースを開く彼女の 行動を見て首を捻る。   「『ファーストは?』って訊いてんだよ」  やれやれこいつのフシアナっぷりは──と呆れ半分に思いながらも、イレーネは言葉 を足した。   「あ、ああ。メイだよ。僕はセカンドだったから──」   「あんなぁ」  しかし、目の前のフシアナから返ってきた答えは、まったくの的外れ。あまりの抜け 具合に、彼女は瞬時に残り半分の九割以上までも呆れの色に染められた。   (やっぱ、コイツは『イタナシ』か?))  がっくりと脱力して黄昏色の混じった息を吐きながら、自らのヴァイオリンの弦から 出る音をハンスのそれに合わせて調整する。   「四重奏曲をセカンドだけでどう判断しろってのさ」  こいつ、本当にオケに入れて大丈夫なのか──と思いながら、こんなもんで良いだろ うと納得して、イレーネはさっき聞いた旋律を頭の中に組み立てた。   「これ、だろ?」  そして、教えるよりも謝ることを先行させてるハンスを半ば無視するように、頭から 手元へと描いた音色を移動する。   「あ──うん」  一度聞いただけ──いや、奏者が違うのだから、事実上一度も聴いてない──にもか かわらず、その曲は完璧と言って良いほどに再現された。驚きのあまり、問いかけに応 じるまでにハンスは二呼吸ほどの間を必要としてしまった。   「で──なんだって? これと──これ?」  そんなハンスを前に、更にイレーネは聴かされたばかりのフレーズのどちらをも繰り 返してみせる。   「んなら、前の方だろ。どう考えても。    Uno──Due──っと、お前セカンドな」   「わ、待ってっ……」   「Tre──Quattro!」  数えられていくテンポを聞いてハンスが慌てて構えたヴァイオリンは、なんとか四拍 目の合図に間に合った。あまりに唐突な振りにとまどいはしたものの、遅れることなく ハンスは自分のパートを重ねる。  それは、たった今、遠く離れたマグノリア音楽堂の壁に最後の残響を染み込ませた演 奏と同じ旋律だった。  ただし、たった一つの音を除いて。   「な?」  お互いの音が止まったところで、イレーネは同意を促す声をハンスにかけた。   「……やっぱり、か」   「んだよ、『やっぱり』ってのは」  頷きながらなにやらボソボソと言っているのも聞きつけて、更にその意味をハンス に求める。   「いや、一度みんなで演奏したんだけど、曲が完成する前に楽譜を見せても    らったことがあってさ」   「弾くときには今の方になってた、と」  反論の余地はなかろうにと、あからさまに不満そうな顔をしてイレーネが言う。よも や後の方が良いなどど言おうものなら、ここで見捨ててやると言わんばかりの表情だっ た。   「いいや、逆。今弾いたのが楽譜で見たときので、ダメって言った方が完成    版」   「はぁ? なんで?」  ところが、返ってきたのはイレーネとしては意外な答えだった。顔を真剣なものに換 えて、下唇を指で摘んで顔を伏せる。瞳を閉じて、もう一度頭で曲調を思い浮かべた。   「なんでって言われても。僕も不思議だったんだ。だから音を確かめてた    ──ってわけさ」   「……いや。やっぱり、案外ありかもしれない。後の方も」  そして何回か細かく頷いた後で、ボソリと呟いた。   「え?」   「ああ、もちろんお前が弾くんじゃ全然ダメな。もっとこうなんというか    ──優しい? 違うな。楽しい……うん、『楽しい』だ」  最後に一つ深く頷いて、顔を上げた。目蓋を上げてハンスを見据え、手を離した口を 開く。   「もっと楽しい音を出すヤツがセカンドなら、確かにダブルシャープっての    も良いなってことだ。むしろ──その方が良いかもしれないな」  きょとんとするハンスに、イレーネが今思いついたことを説明する。   「そう……か。は……ははっ。なるほどね」  初めは豆鉄砲を食らったのようにポカーンとしていたハンスの顔は、次第に笑いに覆 われていった。   「おい。なに急に笑い出したりしてんだよ。気味悪いぞ?」  その笑みは、イレーネには理解できないものであった。聞いてはみたものの、興奮し た様子のハンスからは、要領を得る返事は返ってこない。辛うじてわかったのは、曲を 書いたのが他のカルテットの人間であるということだけ。   「ま、いいけどね」  諦めの溜息をついて、持ったままになっていたヴァイオリンをケースにしまった。ハ ンスはといえば、変わっていた一つの音だけを交互に繰り返して弾いている。   「あー、あんたね」  多分こいつは聞いてないぞ──とは思いながら、ケースの前にしゃがんだままで、イ レーネはハンスに話かけた。   「どこのコネだかしらないけど、心から感謝しなよ? お前みたいなヘッポ    コ、これが生涯で唯一のチャンスだろうからな、きっと」  そして、留め具が閉じるパチンという音を確認して、立ち上がった。やはり聞いてい る風のないハンスを、明日からは「イタナシ」と呼んでやろうかと考えながら。  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆    「先生?」  茶色の絨毯が敷かれた廊下を歩く少女が、並んで歩く男に声をかけた。コンクールが 終わってからの、心ここに在らずといった男の感じに、少女は少々不安を覚えていた。  自らがかつて教えを請うた女性と並ぶ男の姿を、ステージの袖から見ていたのだ。そ の様子は、二人がただならぬ関係にあったことを容易に想像させるものだった。なにし ろ男は、彼女すら初めて見る笑みを浮かべていたのだ。それも、きっと心の底から喜ん でいるときに浮かんでしまうであろう笑みを。  それに、気がかりはそれだけではなかった。ステージの上のシャルロットとも、男は なにかの繋がりがあったらしい。とすれば、隣ではなくてステージへと向けられた笑み であったのかもしれなかった。   「先生っ?」  一度では得られなかった返答を求めて、今度はやや強く──若干の不満も混ぜて── 呼びかける。あのときから笑みが残ったままであろう口元を、なんとしても動かしてし まいたかった。   「──なんだい? ソフィ」  呼びかけにやや遅れて、『先生』と呼ばれた男が少女に顔を向ける。その声がいつも より優しいものであるかのように聞こえたのは、彼女の錯覚であるだろうか。   「いえ……その……なにか良いことでもありましたか?」  しかしいざ反応を示されたところで、なにを話そうとしているのか決まっていないこ とに、少女は気がついた。都合の良い誤魔化しが咄嗟に出てくるわけもなく、言葉に困 った口から溢してしまったのはあからさまな嫉妬だった。   「いや、なに──質の悪い賭に負けてしまってね」   「賭け……ですか?」   「そう、賭けさ」   「それは一体……」  含みのある語尾を感じ取った少女が、男に聞き返す。   「さてね。この年になると、なにかにつけて言い訳が恋しくなるものなのだ    よ。つまらないことに」  だが彼は、更に婉曲な言い回しを使って答えたのみ。   「先生?」   「ま、それはともかく──ソフィ、今夜からの仕事は全部キャンセルだ」   「よろしいのですか!?」   「致し方ないさ。賭けに負けたのだからな、私は」  それを最後に、男は再び口を噤んだ。二言三言と継がれた少女の問いかけを流し、黙 々と廊下を進む。  だが──   (ふん) その裡で彼は、鼻息に喜びを混じらせていた。   (演奏は頭打ち。だが、音に対する感性は鋭い──)  かつての教え子への評を、そのように定める。   (後は──まあ、好き好きか。それなりに需要はあるだろう。ただし、尻は    軽いな)  ついでにと、これまで考慮の対象としたこととない値踏みまでも試していた。   (ま、もはや意味は持たぬがな)  ただしそれは、あくまで試しただけ。具体的なプランを立てたところで、もはや自分 には売り出す道がないことを、彼は理解している。   (それにしても──小癪なやつになったものだな)  誰の入れ知恵か──あるいは、単なる思いつきか。前者であればクラリサあたりが怪 しいというのが、彼の考えだった。  老人の箱入りが口を挟むとも思えない。かといって、メイ・アルジャーノから感じる のは単調な嫌悪だけだ。同じアルジャーノのもう一人が、自分をどれほど知っているも のか疑問であるし、他の人間は──そのもう一人の方と並べて見て良かろう。  強いて大穴にあげるとするとソフィだが、隣にいる彼女からそのような素振りは感じ られない。まして、そのようなことを自分で言い出すような娘だとは、彼は思っていな かった。  だとすればクラリサをおいて外にはない──との考えは、彼にしてみれば自然なもの だった。   (まあしかし、それも薄いか)  だが、クラリサにしても今更に思えた。ソフィとは逆に自らのことであれば言い出す かもしれないが、そうでなければ口を挟んだりしないだろう。   (……なんとも無謀なことだ)  となれば、残されるのは単なる思いつき。それで勝負を持ちかけるなど、彼には到底 理解できないことであった。まして譲れないことであれば、なお一層にだ。  しかも今回の賭けは、ディーラーの胸先三寸で決まる勝負だったのだ。それも紛いな りにも結果が提示されるルーレットではなく、手札を証す必要のないポーカーのような もの。自力でロイヤルストレートフラッシュを完成させたとしても、ディーラが引き分 けと言えばそれまでだ。ファーストドローで配られたAの4カードを崩した上であるな らば看破もできるが、それならばスロットマシーンでも回した方が分が良い。どちらに せよ、真っ当な頭を持っていれば縋ろうとなど思いようもない可能性でしかないが、 だ。   (やってみなければわからない──確かにそれも、一つの真実ではあるがね)  彼にとってそれは、とうの昔に打ち棄てた理屈であった。若者のみが持てる、甘った るい幻想。パンドラの箱の底に最後に残った、『希望』と名づけられし最悪の災難。苦 痛と挫折を構成する成分の半分はそれに違いないと、彼は考えていた。  しかし、そんな彼であっても、この期に及んでは認めざるを得なかった。  なぜならば、たった今彼が存在している世界こそ、その理屈で規定された世界に他な らなかったのだ。自分が目の前で展開されたものを否定できるほど強い人間だとは、彼 自身考えていない。たとえ、それがどのように理不尽な──天が唾を引き寄せているよ うな──世界であったとしても。   (……違う、か)  と、そこで、彼は再び顔を歪ませた。やはり理由を欲しがっていた自分に──いや、 正しくは、どっちが理由でどっちが求めていたものか、その判断ができなくなっている 自分に気がついたのだった。   (崩されたのだったな。4カードを)  どちらが良いか僅かな間だけ思案を巡らせて、彼はそう結論づけた。正当に勝負に負 けたのだと。そうでなくては、あまりにも青臭すぎる自分を認めざるを得なくなるが故 に。  しかし──   (『いや、申し訳ない。恥ずかしながら賭けに負けてしまいましてね──』)  そんななんの撚りもない言い訳しか出せない自分の不甲斐なさは、隣の少女をちらり と横目で見た彼にとって、どちらにしても目下の悩みの種であった。                                     Fin. ==============================================================================                     Quartett! は Little Witch の著作です。              けもりん は Little Witch とは一切関わりはありません。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  無断での転載はご遠慮くださいませ〜。……念のため。(笑