===============================================================================   Fate / staynight サイドストーリー   『 Dump it 』                       Fate De valentine 2005 〜 遠坂編                              Written by けもりん ===============================================================================  「あ〜あ」  フラスコやらが載った机の、一番下の引き出し。そこから取り出した赤い包みを手に、 私は落胆とも自嘲とも言えるため息をついた。  「なんだかなー」  二月十五日──今日という日になってなお包みがここにあるということは、私の二度目 の一世一代が無惨にも崩れ去ったということに他ならない。  一昨日の夜──  『うん。とりあえず明日、デートしてくる』 アイツの行った言葉に、私は大笑いをすることしかできなかったのだ。笑わなくては、と てもではないが場を持たせられなかった。  アイツは、全然頭になんてなかったのだろう。その日が、私がくだらないと思うことに していた一日であることなんて。この二週間は、アイツにとっては世界をがらりと変えて しまう二週間であったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。元々、意識をしている方で もないだろう。  しかし、だからこそ──との想いもあった。この非日常的な生活の最中に、日常を突然 投げ込む。それによって効果が拡大されることを、ちょっとは狙っていた。  けれど、渡せないことには始まらない。アイツの意識に入らなければ、効果もなにもあ ったものではない。  「にしたって、なにも丸一日ってことはないじゃないっ」  八つ当たり同然に、ベッドに包みを叩きつける。崩れるというほど大した形をしている わけでもないから問題ない。第一、こうなった上は作者の胃の中ぐらいしか、出番を与え てもらえなかった可愛そうな包みには行く末がないのだ。  昨日──朝ご飯を食べて出て行ったきり、アイツは帰ってこなかった。いや、帰っては きた。が、いつの間にか部屋で寝ていて、起こすなりまた飛び出していくだなんて、帰っ てきていないのと同じだ。──まったく、私がなんのために起こしに行ったと思っている んだろうか。夕飯だなんて、そんなものはどうでも良かったのに。  飛び出していくアイツを見送ったあとは、さっさと布団に潜り込んだ。デート中になに があったのか知る由もないが、そのあとで戻らないからと言って探しに出たのであれば結 果は見えていた。その日のうちには帰らないか、帰ったとしても私の出る幕など残されて いないのは確実だった。そんな真綿で首が絞められるような時間を、寝ずにしてどうやっ てやり過ごせと言うのか。  「……人の苦労も知らないで」  その言葉が身勝手なのはわかっている。そんなのアイツには関係ないし、知るはずもな い。まして、ご飯では中華鍋を振るってでしっかりと叩きのめしてあげたのだ。私が苦労 するだなんて、アイツは予想もしないだろう。  美綴は得意だと言っていた。がさつそうに見えて──本人に悪いとだなんて思わない── 中身は案外乙女チックにできている奴だ。  桜も作れるのだろう。エプロンをして恥ずかしそうにキッチンに立つ姿は、あの子には 似合っていると思う。  そして──アイツ。きっと、アイツは作る。平気な顔をして作るに違いない。似合いも しない花柄のエプロンなんかを着けて、ガナッシュだろうが、トリュフだろうが、それこ そザッハトルテぐらいならばあっさりと作って食べさせてくれるだろう。そんな気がする ──腹立たしいことだけれども。  そう──私は苦手なのだ。ことお菓子に関しては、自分でも呆れるぐらいに上手くいか ない。料理は自分でも胸を張れるぐらいなのに、お菓子はテンでダメ。相手の心を惹くと いう観点からすれば、年に一回の肝心なイベントで発揮できない腕というのは、まさに私 らしい。  それでも、ここ何年かは関係なかった。魔術師である私にとって、惚れただの腫れただ のというのは、対岸の火事のようなものだったからだ。魔術師という特殊な存在上、気を 許す相手を作るなんて考えてはいけなかった。より濃い血を遺すための契約者以外に、無 防備な姿で正気を奪われることなど、もってのほかだ。  故に魔術師にとって、恋などと呼れるものはお伽噺でしかない。天馬は現実であるのに。  ──でも。  アイツが魔術師であることを知ったとき、喜んだ私がいた。今年は──と思った。  同じ世界に住む者であれば、障壁のいくつかは自動的に取り払われる。希有な恋の相手 にアイツがいてくれたことに、私の心が躍ったのだ。  だから──本当に苦労した。何年かぶりのチャレンジ、しかも相手の家のキッチンで目 を盗んでなど、聖杯を手にする方がどんなに楽かとも思えるほどの苦労だった。その苦労 を水の泡にしてくれたのかと思えば、八つ当たりの十や二十はしたくなるというものだ。  「一応、形にはなってるんだから」  言いながら落とした腰を、縮んだスプリングが捕らえる。私は先客であった包みを持ち 上げて、その皮をバリバリと剥いだ。  開けた箱の中からは、扁平な焦げ茶色の塊が八つ姿を見せた。ほとんど溶かして固めた だけのモノではあるが、中にはアーモンドが入れてある。一応は上出来だと思っている。 少なくとも、私にとっては上出来だ。  その二つを摘んで、ポイポイと口に放り込んだ。  「ほら、味だって」  口の中に、普通にチョコレートの味が広がる。プラス、アーモンドの味。特に手を加え てないのだから、それは当然なのだろう。  けれど、その当然が成り立たないことを、私は知っている。そうはならなかったチョコ レートの成れの果てを、カタヅケたことがあるのだから。  あれは──そう、あの日だ。  『凛。私には愛するということがわからないのだ。故に、君が私に対して抱いて   いるという感情も、また理解できない』  決死の覚悟で差し出した箱を冷たい言葉と一緒に突き返されて、涙を抑えながら学校に 向かった日。  その学校は私の通っていたところではなくて、あの子が通っていた学校だった。一世一 代の大勝負に見事破れた私は、なくした元気を補充しに行ったのだ。元気なあの子を見れ ば、少しは私の気も晴れるのではないかと。  結局──あの子には会えなかった。けれど代わりに、夕焼けの校庭で見かけた走り高跳 びの選手に励まされたことを覚えている。  この世の物とは思えない焦げ茶色のカタマリを胃の中へ押し込んだのは、その夜だ。今 では食べさせておけば良かったかと思えるほど嫌いになった奴のために、初めて作ったチ ョコレートだった。  「……ふんだ」  ──よけいな傷まで、ほじくらないで欲しいんだけど。  八つ当たりを一つ追加して、私はあーんと開けた口の上に箱を持ち上げた。そして傾け る。残りを一気に口に流し込もうという算段だ。  アイツのために時間をとることが、もったいなく思えてきたのだ。ちまちまとこんなこ とをしていたら、あの日以来開いたことがない顔の一部が開きかねない。奴の次がアイツ だなんて、それはあまりにも屈辱的だ。是非とも避けたい。  小さな衝撃が口の中にいくつか生まれたあとで、視線の先の箱を一度大きく振ってみる。  ──うん。からっぽだ。  その確認をしたあと、力を込めて口内に押し込まれたチョコレートたちに歯のの洗礼を 浴びせかけた。硬いものが砕かれる音が、バリボリと骨を通して鼓膜に届く。  そして同時に──    カラン──カラカラン──カランカラカラン── 屋敷に警戒を求める音も。  「ん、なにひょ。こふぉんなとひに。少ひは遠慮ってほんをひてひょね」  ──侵入者だ。  私は立ち上がって、先程の机の引き出しに取りついた。そして、チョコレートを入れて あったのと同じ引き出しから、一振りの剣を取り出す。大切な物しまう場所が机の一番下 なのは、昔から変わってない。  「んっ」  ごくりと少々無理をさせて、喉に口の中の塊を呑み込ませる。ちょっと予定外だったけ れど、ひとまず処理完了だ。  「──まずはイリヤの確保から」  空いた口で行動を確認した。それから、一度様子を窺ってドアを押す。  敵が何者かはわからないけれど、気を引き締めねば。バーサーカーを相手に吐き出した 私には、他に助けとなる物はないのだから。この──奴から貰ったアゾット以外は。  そうして私は、廊下を駆けだした。結界に触れたのが奴であることなど、予想さえせず に。                                      Fin. ==============================================================================                    Fate/stay night は TYPE-MOONの著作です。               けもりん は TYPE-MOON とは一切関わりはありません。 ============================================================================== ----------------------------------------------------------------------------- <<珍しくここにコメント>>  バレンタインといえば、失恋ですよね?(爽  イリア編と同じく一応エピソード的にはバレンタイン入れてはみたんですが、実は やっぱり便乗しているだけです。ええ。  場面設定は、一部の2月15日。今頃アイツこと士郎は協会の地下でテンヤワンヤ です。  遠坂が言峰のこと苦手というかなのは、きっと、言峰が好きだったことがあるから で──と思ってます。実はバーサーカー戦でも、アゾットを出し惜しんでたんではな いかなと。アゾットは兄弟子たる言峰から貰ったことになってたはずで、だとすると アゾットに込められてる魔力は言峰を思う遠坂の想いなのだー。  FateのSSで初めに書いたRubied Jokerで走馬燈に綺礼が見えてるのも、そんなところ から。  このあと、遠坂は言峰にやられて、アゾットは士郎に託されて対言峰へ──。  そういう人の心のアレやコレが、見え隠れしているのがFateの良いところでした。  ……今回は、ついでに高飛びのエピソードも混ぜて見ましたが……どっかに季節の 描写とかあったかな……。調べてないので怖いところです。  書き方とか内容とか荒いのは、突発企画ということで平にご容赦。短いのも。  コメントまでの熟読、ありがとうございました。 -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  無断での転載はご遠慮くださいませ〜。……念のため。(笑 -----------------------------------------------------------------------------