ぐらり──  無尽に罅の入った壁から剥れ落ちる稟の身体が、コンクリートにスローモーションで 沈み込んでいく。  その様を、あたしは呆然と見守ることしかできなかった。まるで悪い夢でも見ている かのように。  ようやくあたしが正気を取り戻すことができたのは、いくつかの呼吸の後。わずかに 堆積した細かな砂と肌とが擦れ合う音が、ありえないほどに大きく頭に響いた。   「り、稟っ!!?」  震える脚をもどかしいと思いながら、慌ててその姿に駆け寄る。  しゃがみこんで、俯せに倒れた身体に恐る恐る手を延ばした。稟の頭を膝の上に反 し、その顔を覗き込む。擦りむけて赤く滲む頬と額が、痛々しい。  けど、そんなの取るに足らない傷だってことを、あたしは知っている。本当に悔やま なきゃいけないのは、青よりも白に近い顔色だってことを。   「お、起きてよ、ねえっ!」  未だに身体に残る燐光と月明かりに原因を被せて、あたしは彼の名を呼んだ。身体 だって力任せに揺すってみる。  息は──あった。でも、とても浅いし弱い。   「や、嫌だよ? こんなの」  返事を求めてみたものの、どういうことなのかはわかってる。嫌になるほど冷静な頭 の芯が、スカートに広がっていくベタついた感触を把握している。このままじゃ助から ないと、むせ返るほど赤い匂いに思い知らされてる。   (どうしよう──)  答えがあるわけもない問いを自問しながら、それでもわたしはどこか冷めていた。そ れはきっと、最後の最後──本当にどうしようもなくなったとき──にすべきことが、 電光のように閃いてしまったからだろう。  ほら──とっても痛そうだ。 ===================================================================   SHUFFLE! サイドストーリー   『 Flat Line 』                    〜 シア 〜                    Written by けもりん ===================================================================   『な、なにやってるのよっ!!!』  ガンガンガンガンガンガンっ──  真っ暗な空間に向けて、わたしは握った両手の底を力任せに叩きつけた。  とっても堅いなにかにぶつかる感覚はあるのに、痛みは全然ない。聞こえてるつもり でいる音だって、本当に存在してるのか怪しい──ううん、してないんじゃないかって 思う。  『早く──代わってよぉっ!』  その隔てる何物かの先には、外の世界の光景がぼんやりと浮かんでいた。やや角が丸 みを帯びてるものの、ほとんど長方形の窓みたい。まるで映画館のスクリーンみたいだ ──っていうので、正しく表現できてると思う。  今さっき、わたしはその銀幕の中に信じられない、信じたくない光景を見た。『私』 の光球に撃たれて、弾かれ崩れ落ちる稟くんを。  なにがどうしてそんなことになったのかなんて、わたしにはわからない。けど──   『このままじゃ、このままじゃ稟くんがっ』 わたしじゃないっていっても、『私』のことだ。あの球にどれだけの魔力が集めれてい たのかはわかってる──とんでもない量だ。閉じたこの空間で目と耳を塞ぎ、勝手に隅 っこだと決めつけたところに蹲っていたわたしの意識を引き付けるほど、大きな魔力の 奔りがあったんだから。  それは、人一人を壊すには十分すぎる。稟くんが挟まれなければ、出入り口の壁なん て跡形もなく吹き飛んでいるはずだ。  だとすると、映し出されてる顔は綺麗でも中身は──。   『あなた、あなたは──』  叩く──いや、ぶつける。少し上、少し下、左、右。どこかにちょっとでも弱いとこ ろはないかと、手当たり次第に拳を投げつけた。  けれど、どこも同じ。見えないのに全くびくともしないものが、わたしの行く手を遮 ってる。   『なんでよ──っ!』  ついこの前まで、出ようと思えばいつでも出られたはず。話だってできたし、壁なん てなかった。思い出せないけど、こんなに暗くもなかった気もする。  なのに──今は全然繋がっている感じがしない。それがこの見えない壁のせいだって のは、直感的にわかる。これがわたしを閉じ込めているんだって。   『なんでこんなことするのよぉっ!!!!』  わたしは目一杯口を開いた。開いて、精一杯の怒りをぶつける。今は稟くんを助るこ とが最優先じゃないの──と、あの子を責める。   『そんなこと、わかってるでしょっ!?』  聞いてくれてないのは理解しながら、それでもわたしは呼びかけ続けた。あの子だっ て、稟くんが大切なんだってことに縋って。   『なら、意地悪なんてしないでよぉ……』  けどやっぱり振動が伝わっていく気配すら感じられなくて、わたしはその場に力無く 膝を突いた。頬に張り付いてくる長い髪を、初めて邪魔だって感じながら。                    ◇◆◇◆◇   「────めか」  閉じていた目を開いて、押し戻されたあたしは溜息と一緒に呟いた。   「ったくぅ……」  なにやってるのよと、諦め混じりの怒りも口にする。  でも、そうなんじゃないかと、やってみる前から思ってた。あたしだって、できるだ けそうしてきたんだ。そうじゃないと、多分我慢なんてしてられない。  それを、シアもわかってたんだと思う。だから、すぐさま目を閉じた。耳も塞いだ。 そして閉じ籠もった。そういうことだろう。  やっぱり元に──って言うあたしに反応してくれなかったのも、そのせいなんだと思 う。ひょっとしたら、シアには届いてないのかもしれない。今の、この光景も。  それか──こっちにはなんの根拠もないけれど──出られなくなってるのかだ。閉じ 籠もった籠が、自分では開けられなくなってるのかもしれない。  だって、そうじゃなければ無理矢理にでも出てくるに違いないんだ。こんな風に倒れ ている稟を見たら、シアは絶対に出てくる。出てこないってことは、出てこられないっ てことなんじゃないかと思う。   「ホント。余計なことしてくれちゃってさ」  恨み言ぐらい言わせてもらいたかった。せめてそれくらいはしないと、割にあわな い。だって、別に不自由はしてなかったんだから。   「ま、しょうがない……っか」  苦手を通り越してテンでダメなあたしも悪いんだしね──と、自分を慰めることに した。こればっかりは、頑張ってもどうしようもないんだしと。  得手不得手──それは、なんにだってある。もちろん、人間や魔族、神族にも。  神様が全知全能だとかっていう、心底呆れるほど間抜けなことを言い出した奴がどん なヤツだかは知らないけど、果てしなくバカに違いない。きっとそいつは、考えるって ことが不得手だったんだと思ってる。なにせ、ウチの父親がそれの代表なんだから。  そもそもそれ以前に、神だとかっていうこと自体があたしから見ればバカらしい。そ んなのは居もしない。まして唯一のだなんて、ちゃんちゃらおかしくて、へそで茶が沸 きそうだ。知らなかった頃の人間から見れば、あたしたちの魔法の力をその理力だとか って思ったのかもしれないけど、あたしたちからすればごく当たり前のことなんだか ら。  それに、魔族と神族だって、実は大した違いなんてない。違いといえば、耳の長さと 目の色っていうちょっとした身体的な特徴と、魔力の及びやすいベクトル。人間にだっ て白いのとか黒いのとかがいて、体型や筋肉の質が違う。本質的には、それと一緒。人 間の言う神様と悪魔の違いなんて、その程度ってことだ。  だから、神族にできることは、大抵は魔族にもできる。もちろんその逆も。ただ、そ の得手不得手があるだけ。それだって個人差があるから、あくまで平均的にっていうお 話。  ただ、個人差では、あたしはとんでもなく極端な部類に入る。混じってるんなら、単 純に中間になりそうなものなのに、どうしてか完全な魔族寄り。魔族だけの統計分布曲 線と照らしても、左端の平な線に張り付いてるような部分。0.03%とか、そんな感じ の。  あたしがお父さんから受け継ぐはずの部分もシアが受け取った──ってのが、一番有 り得そうな理屈だ。次期神王間違いなしとまで言われてるシアの神族としての力は、元 々お父さん似になる予定だったシアに、あたしのまでもが引っ張られたんだと考えれば 説明がつく。神王の血脈の強い影響力が、中途半端をゆるさなかった──ってことかも しれない。  だけど、困ることなんてなかった。いつだってシアと一緒だったんだから、必要なら 代わってもらえば良かった。その前にあたしが出てる時間なんて短かくて、『いざ』な んてことに出くわすこともなかったけれど。  だから、別に良いやって思ってた。気にするようなことじゃないって。  けど──今はそれが大問題になってる。ここに、初めての『いざ』がある。あたしの 使えない治癒魔法が必要な、『いざ』が。   「あ〜あ……」  肩を縦に揺らして、もう一度肺の奥から空気を追い出した。   「しょうがない……もんね」  覚悟はできてる。色々と心残りがないわけじゃない。『ありがとう』って言いたかっ たし、なんで引っ込もうとしたのかもシアに問いただしたかった。  けど、それらの諦めは大体ついてる。こうすれば良いっていうのは、始めから考えて たんだから。  それに、自業自得。わたしがやったことの尻ぬぐいを頼むんなら、本当はシアにこそ 『ありがとう』って言わなきゃダメだってのはわかってる。  でも、それは叶わない。だからやろうとしてる。  シアは出てこない──か、出てこられない。けど、この期におよんではどっちにして も同じこと。だって、やることはかわらないんだから。無理矢理にでも引っ張り出して あげれば良いってことは。   「じゃぁ──っと……」  立ち上がろうと思いかけて、やっぱりやめた。もうちょっと大丈夫みたいだから、一 つでも思い残しは少なくしておこうと思った。  どうやるかってのは、とっくに決まってる。必要な覚悟は、そのためなんだし。   (不謹慎──だよねぇ……こんなときに)  苦笑しながら、稟の顔を覗き込む。  その方法を思いついたのは、苦しそうに歪んでいる顔を見てからだった。すごく痛そ うで、血だって出てる。本当に不謹慎だと思うけど、ああ、そういえば──って閃いち ゃった。  だって、思い出した。  あのとき──教室でのあのとき──、とっても痛かったことを。血だって出たこと を。本当はちょっと心配で先に言えなかったんだよね──なんてことでも。  きっと、とんでもなく印象に残ってたんだと思う。なんしろあんなところで、しかも あんな格好で求められちゃったんだから。初めの一回から。  だから、今回は大丈夫。ちゃんとわかってるから。不安なんてない。あったら、さす がにやろうとは思わないかもしれない。もっと良い方法を考えようとして──手遅れに なったりなんて可能性だってあったと思う。   「……あり、だったのかな。まあ」  だったら、あんな初めてでも認めて良いかなって思える気がする。幸せだったんだっ て、納得しようって気にもなれる。そうすれば、心残りがもう一個解消できるんだし。   「稟……」  ほんの一秒ほど覆い被せた顔を離して、稟の頭を膝の上からコンクリートの床にそっ と置いた。  立ち上がって、後ろに下がる。できるだけ見ていたかったから、振り返ることはしな いで、そのまま後ろへ。  五歩、六歩。  次第に開く間のせいで、表情が良くわからなくなった。けど、もう少し離れないとダ メ。巻き込んだら元も子もないんだから。  八歩、九歩──十歩。  そこまで離れたところで、そろそろ良いかなって思った。結構大きめな歩幅を取った から、これで十分だろうって。表情なんて、もう全然わからないんだし。  そこが一人で月を見てた場所と同じだったのは、単なる偶然。狙ってなんかない。  でも、それに気づいたら、なんだか妙に気分がサッパリとした。最初に立ったときの 気分からすれば信じられないくらい、晴れ晴れとしちゃった。見上げてみたら、さっき は陶しいと思った月の光だって、清々しく感じたりした。  だから、本当に吹っ切れた。  最後の最後まで悔やんでた、『ちゃんと呼んでもらいたかった』なんてのも、えいや っ──と追い出すことができた。   (さてっ──と)  気合を一つ居れて、身体の中の空気を空っぽにする。酸素が足りないと訴え始めてた 身体が一気に満足するのを、しっかりと確認した。そして、とっくに真ん丸じゃなくな ってる月の横に、違う色の輝きを並べてみた。そっちも、いつもと違って歪に見える。  ──で。   (バトン──タッチっっ!!!!)  そんなぼやける明かりの下、最後の号令はチャキチャキとやってみた。  『このサバサバしてるあたり、あたしだよね』──だとかって思いながら。                  ◇◆◇◆◇  淡く柔らかな暖かい光が、ゆっくりとわたしの腕から引いた。同時に、稟くんからは すーすーと穏やかな呼吸が聞こえてくる。  治療はとっても簡単だった。魔法なんだから、どんな大ケガだって関係ない。魔法自 体が成功するかと、間に合うかどうかの問題だけ。だから、稟くんはこれで大丈夫。も しかしたら、もとよりも元気になるかもしれない。実はどこか具合が悪かったかもしれ ないんだし。  けど──   (ねぇっ!ねぇってばっ!!) 内側に向けた呼びかけには、答えが返ってこなかった。  それはそうだと思う。だって、それくらいの力は十分にあった。そうじゃなきゃ、こ うしてわたしが出てなんてこられない。こうしてわたしがここにいる時点で、あの子が どうなったかはわかってる。  あのとき──一人で項垂れてるわたしの視界に差したのは、突然の青紫の光だった。  驚いて見上げたスクリーンには、真っ白なお月様と弱々しく光る星。それとそのどち らをも隠してしまうくらい、褪々と光り輝く魔力の玉。  出したのは、間違いなくあの子。リンちゃんのよりも大きなその玉は、他の誰が出せ るものじゃない。リンちゃんどころか、今のリムちゃんが頑張っても無理。お父さんや 魔王様じゃ、到底及ばない。  なにを──と推し量ろうとした意図は、すぐに掴めた。掴んで、わたしは愕然とし た。   <<──わたしが悪かったんだ>>  閉じこめられてるなんてとんでもなくて、逆に閉じこもってただけ。自分で目を閉じ て、耳を塞いで、外の世界を拒絶してただけ。表に出ることを、頑なに拒んでいただ け。そうしてるうちに、自分の殻から出られなくなっていただけ。なのに──あの子は 助けてくれようとしていた。  その方法は、とっても単純。  入れ物が一つなのがいけないなら、一つで良くすれば良いだけのこと。  溢れるものがないようにすれば良いだけのこと。  邪魔なモノを、どければ良い。  なら──中身を減せば良い。  そうすれば、わたしが外に出る。だって、そこにはわたししかいないんだから。  魔力の玉は、その手段だった。  『待って』って、言わせてはもらえなかった。そんな暇は、どこにもなかった。  わたしがなにをするより早く、暗闇に浮かぶスクリーンは目の眩むほどに光る玉に覆 われた。月も星も覆い隠して、一杯に広がる紫電。  それに続いたのは、強い衝撃だった。それと、カシャンと軽く、なにかが割れる様な 音。そして暗転して──ゆっくりと開けた目の先には、輪郭が滲んだ白円が浮かんでい た。スクリーン越しではなく、視界一面の夜空の中に。   「もうっ。ずるいなぁ……」  次の呼びかけに、わたしはそんな言葉を選んだ。今度は口に出して。内側に向ける必 要なんてなかった。どうせ、聞こえてないんだ。  だから、どっちかっていうと独り言に近いもしれないな──って思いながらだった。  だって、本当にずるいと思う。稟くん聞かれたら、答えないわけにはいかないんだも ん。  きっと、すっごく強いインパクトに違いない。助けるために、自分が犠牲になっただ なんて。最初に撃ったのもあの子だけど、そんなこと稟くんは気にしないだろう。   「ただでさえ……追い抜かれてたのにさぁ」  避けようともしてなかったみたいに見えた。覚悟の上だったんだと思う。だとした ら、わたしなんかはもうとっくに負けてた。それなのに、さらに追い打ちをかけるよう なことをしてくれたんだから。   「チャンスまで奪うつもりだった?」  もちろんそんなことはないと思う。でも、つもりはなくても、結果的にはそうなって たはず。稟くんの心は、完全にあの子に染まっちゃってたんじゃないかなって思う。   「このまま逃げちゃおうって?」  それは、完全に勝ち逃げだ。バッチリ勝っておいて、ちゃっかり逃げ出す。それで、 スッキリ気持ち良くいなくなるだなんて。稟くんの中に、自分を植え付けて。  でも──   「……あははっ」 わたしは笑った。  気づいたから。そうは烏賊のコンコンチキだって。だから笑ってあげた。わたしと同 じで失敗したんだね──って。   「負けないからねっ!」  うん、そうだ。  勝ち逃げなんて、許せるわけない。稟くんの心を全部持って逃げ出すなんてこと、絶 対に許さない。神王の娘の名に誓ってもいい。  だって、絶対に言いづらい。今までの方が、語感だってよっぽど良い。そんな変更を 許しちゃったら、稟くんのセンスだって疑わなきゃいけなくなっちゃう。そんなこと ──絶対にありえない。だって、わたしは稟くんが大好きなんだから。   「よ〜ぉしっ!」  そうとなったら──と、合図をあの子の目覚めに決めた。  そう。  あの子は寝てるだけ。ちょっと魔力を使いすぎたせいで、疲れちゃっただけ。  確かに、いなくなってはいる。生まれてから今まで感じていた感覚が、すっぽりと抜 けちっゃてる。どんなって言うのは難しいけど、それがあの子なんだってことは直感で わかってる。一応わたしにだって関わることなんだから、間違えたりしない。  けど、それはあくまで身体はってこと。あの子の意識だとか心だとかそういうもの は、わたしの中で眠ってるだけだ。なんでそんな風になっちゃったのかは不思議だけ ど、そういう感じがする。  つまり──わたしはまだ『わたしたち』なんだ。   (壁が壊れたおかげ──かもね)  理由を取ってつけるなら、そんなところ。それまでわたしたちを分けていた仕切り も、あの子の魔法で一緒に壊れたのかもしれない。そのおかげで転がり込んできたって 考えるのが、きっと一番自然だと思う。  それは感覚からわかること。もちろんわたしのことだから、それだって絶対だ。け ど、わたしにはそれ以上の確信だってある。  だって、そうじゃなきゃわかるはずがない。  中にいたとき、わたしはずっと耳を塞いでた。目だってギュッと瞑ってた。  なら、知ってるはずがない。思えるはずがない。本当は。   「言いにくいんだから。 『表キキョウ』──だなんて」  それは、わたしの知らないところでつけられた名前なんだから。その稟くんの声は、 わたしには聞こえなかったんだから。わたしは、見てただけだったんだから。   「それに──」  これはちょっと──いや、かなりムシが良いことかもしれないけど、実はまだまだ勝 負はこれからかもって期待してたりもする。   「──わたしに会いたがってくれたんだもんね♪」  そんな解釈だって、思わずしちゃったんだから。  一歩先にスタートラインについて、わたしはライバルを待つことにした。屈伸でもし ながら、余裕綽々──って感じでだ。   「真剣勝負、だからね?」  押しつけられたバトンなんか、もちろんポイと投げ捨ててある。こんなの要らないん だから。持ってたって、ハンデにしかならない。  だって、これは個人戦。リンちゃんに楓ちゃん、亜沙先輩にリムちゃん。六つ巴だっ た予選を勝ち抜いた、決勝戦なんだもん。   「ずるっこはなしの、真っ向勝負っ!」  いよいよ浮き上がってくるキキョウの意識を感じて、わたしはそう言い聞かせた。色 々あったけど──って。もちろん、どっちのわたしにも向けて。  それは──言わば選手宣誓。普通は開会式にやるものかもしれないけど、こういう変 則競技会があっても良いじゃないか。四年に一度の世界大会にだって、聖火が灯る前に 終わる競技があるぐらいなんだから。  ──でも、スタートラインはわたしの方がちょっとだけ後ろっぽい。ホントは予選の 結果はリセットできると嬉しかったけど、それはしかたない。逆の立場なら、頑張った 分がなくなっちゃうのは許せないだろうから。   「これで全部、返したからね?」  だから、その分は色々な借りの返し分ってことにしよう。別にそれで全てが決まるわ けじゃないんだから。スタートダッシュだけじゃ勝てないのは、悔しいことに予選で実 証されちゃってるんだ。  なら、これで条件はフラットだ。あとは、全力で走り抜けるだけ。もちろん小細工だ ってなし。  だってほら。  ようやく張られた真っ白なゴールテープが、わたしたちを待っている。               ──── Return to SHUFFLE! Russellianum's Story. ==============================================================================              SHUFFLE!は Omegavision の著作です。              けもりん は Omegavision とは一切関わりはありません。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  無断での転載はご遠慮くださいませ〜。……念のため。(笑