「な────」  口は開けた。それこそ、今まで覚えてる中では一番大きなぐらい。  でも──声は出なかった。  生暖かいモノが、つーっとボクの頬を伝う。  涙じゃない。    涙だったら、どんなに良いだろう。  涙だったら、なにも困らない。それなら、ボクが悲しいだけなんだから。  でも、これはそうじゃない。ボクだって悲しいだけじゃなくて、とっても辛い。  だって、ボクのせいなんだから。  ボクのせいで、稟ちゃんがいなくなっちゃうんだから。  これは、たった今飛び散ってきたものなんだから。  それにまだってだけなんだ、涙は。  あまりにもいきなりで、遅れてしまっているだけ。  あまりにも驚いて、あまりにも怖くて、出てきてくれないだけ。  出てきてくれれば、この嫌な温もりを流してくれるのに。  この──大っ嫌いな、黒ずんだ赤い雫を。 ====================================================================== SHUFFLE! サイドストーリー  『 Give me? No, I will take away.』                   〜 時雨 亜沙 〜                  Written by けもりん ======================================================================  ふらっ──  だらりと力無く落とした腕に引きずられるように、稟ちゃんの身体が揺らいだ。朝礼 で倒れる前の人みたいに、上半身よりも先にお尻が落ちる。支える力を失った膝も、つ られて折れ曲がる。  目なんて、もちろん開いてるわけもない。ギリギリまで差し伸べていた手首のせい で、真っ青な顔はこれ以上ないぐらいに苦痛に歪んでる。どんなときでも笑ってくれた 稟ちゃんとは、とても思えない表情。  でも──それは間違いなく稟ちゃん。目を閉じる直前まで、一生懸命笑おうと頑張っ てくれてた稟ちゃん。  なんでこうなったのか、わたしは知っている。知りたくなんてなかったけど、知って いる。ううん、わたしが知らないですんだなら、そもそもこんなことになってない。  稟ちゃんは、ボクの大好きな土見稟くんは、自分の手首を割いた。今この場所、ボク の目の前で。体に溜まる魔力に苦しみながらも意固地になって魔法を使わないボクに、 魔法を使わせようと。   (だ、だめ──っ!)  このままじゃ頭まで打っちゃう──そう思ったら、自然にベンチから立ち上がれた。 動かそうとなんて考えてなかった、ううん違う、支えなきゃなんて思いつくこともでき なかったのに。なのに、稟ちゃんの身体を掴まえていた。  ずしり。  反対側のアスファルトに引き込まれようとする稟ちゃんの重みが、抱え込んだ両腕に かかる。  ──重い。支えようとしたボクまで、引きずられて倒れてしまいそう。どちらかとい えば細身の稟ちゃんなのに。  それは、気持ちの悪い重さ。そして、知ってる重さ。あのとき、ボクの手のひらに載 っていたはずの重さ。  それは、ボクがカレハにも稟ちゃんにも隠していることだった。                    ◇◇  あの日は、雨が降っていた。雨っていっても、そんなに濡れるほどじゃなくて、サラ サラと舞う弱い雨。傘はいらないかもって思いながら、ボクは歩いてた。  どこに行こうとしてたのかは覚えてないけど、ちょっと急いでいた。きっとお使いと か、習い事とか、そういうことだったと思う。お母さんに怒られちゃうって、そう思っ てたんだから。  走れば、まだまだ全然間に合う時間だった。そのころのボクは、まだ魔力に困ったり してなくて、駆けっこには自信があった。実際少し前にあった運動会ではリレーの選手 にも選ばれたし。  でも、流石に傘をさしながらは無理って思って歩いてた。だから、手に持ってる傘が とってももどかしかった。邪魔だなって思ってた。なければ間に合うのに、お母さんに 怒られなくてすむのにって。  その傘は、かなり使い古したボロ。ふざけてオチョコにしたときに骨は曲がっちゃっ てたし、小さいけど穴も空いてた。骨の先っぽについてる飾りも、ポロポロと良く取れ ては付け直してた。  なにより、みんながボタンひとつで開く傘を使ってたのに、ボクのは手で開かなきゃ いけなかったのがとっても嫌だった。格好悪いなぁって思ってた。だからそのとき、捨 てちゃえれば良いのにって本気で考えてた。  でも、そんなことしたらやっぱりお母さんに怒られちゃう。ふだんは優しいお母さん だったのに、約束に遅れたりとか物を大事にしなかったりとかしたら、とっても怒られ た。だから、捨てられなかった。邪魔だったけど。  『あ〜あ。もういいや』  それから大して進まないうちに、どうでもいいやとボクは諦めた。怒られればいいや なんて思い始めた。傘がなかったらなって考えてたら、急に面倒臭くなったんだ。  でも、そのとき。  細い路地の前をタラタラと通り過ぎようとしたボクの目に、その路地にあった段ボー ルの箱が入ってきた。それと、その中から顔を出していた茶色くて──鼻のまわりだけ 黒かった──子犬も。   『やった──』  ボクの頭の中にその考えが閃くのに必要だったのは、ほんの一瞬。それは、とっても 良い案だった。遅れずにすむし、これなら優しいお母さんは許してくれる。それになに より、これで新しい傘を買ってもらえるって。  なんにも迷わなかった。今考えれば、そんなことでお母さんが許してくれるとは思え ないのに。けれど、あのときのボクには心配なんてなんにもなかった。  だから──ボクはその路地に入って、段ボールに被せるようにして薄汚れた水色の傘 を置いたんだ。                        ◇◇   「稟ちゃん、し、しっかりしてよ、ねえっ、お願いだから稟ちゃんっ!!」  なんとかボクの方に身体を預けさせることに成功したけど、そんなのは全然解決にな ってない。ゆさゆさと揺すってみても、稟ちゃんは一向に目を開ける気配を見せない。 それどころか、揺するたびに稟ちゃんの身体にまるで力の入ってないことを実感させら れる。   「稟ちゃんっ、稟ちゃんってばぁ!!!!」  叫んでいたのは、いつの間にか。声を失っていられるほど、ボクは平静でいられなか った。  下は向けない。ボクの目に足元は、稟ちゃんの身体から失われた物で染まっているは ず。その量と赤さを目の前に突き付けられるのが、ボクは怖かった。  カレハならすぐに治せる、なんならシアちゃんでも──そう思ってさっき、地面と同 じ物で染まった手でポケットを探ってもみた。けれど、そこに求めた物はなかった。あ ったのは、   『あ、ケータイは持ってこないでくださいね、亜沙さん』 何時間か前にそれから聞こえた、稟ちゃんの言葉の記憶。  ズルい──って思った。ボクの逃げ道をなくすためにそんなことを言ったんだって気 がついたら、怒りたくなった。でも──   「ボクが、ボクが全部悪かったからぁっ」  悪いのは、やっぱりボクなんだ。   「ボクが、ボクが──」  嘘なんてつかなければ良かったんだ。   「お願い、稟ちゃん……。ボク、謝るから……」  我儘と逃避から組み上げられた嘘なんて。   「お願いだから、笑ってってばぁ……」  遅れてた涙が、ようやくボロボロと溢れはじめる。   「違──うんだ」  堰を切ったようなその涙と一緒に、ボクはボソリと呟いた。それは、稟ちゃんに向け ての懺悔。  でも、頬を流れ続ける涙は、ボクのなにをも楽にしてくれない。大っ嫌いな生暖かさ さえ、流すことなく覆っただけ。ギチギチと締め付けられる胸は、潰れそうにもかかわ らずはちきれそうだ。  ボクは思う。これは、きっと罰なんだって。お母さんの言うことを聞かなかった、傘 を大事にしなかった、あまつさえ喜んだりしてしまった、ボクへの罰なんだって。8年 経っても償えなかった、あの子への贖罪なんだって。  そして──なによりも許せないことがある。なんで、稟ちゃんを巻き込んだのかっ て。  ボクへの罰なら、ボクが受ければ良いじゃないか。ボクが苦しめば良いじゃないか。 なのに今、犠牲になろうとしてるのは稟ちゃんだ。  だから許せない。赦さない。ボクは、ボクのことを。見栄と我儘のための嘘で稟ちゃ んを巻き込んだ、ボクのことを。   「違うんだ。本当は全然。あんなの、嘘っぱちなんだ。稟ちゃんに言ったのも、    カレハに言ってきたことも」  本当の理由はもっと単純だった。ボク自身、とっても情けないって思う理由。  だってあの日、ボクはあんなにも魔法を使いたがってたんだから。                   ◇◇   その子は、怪我をしてるみたいだった。右の後脚に白いハンカチが結ばれていた。  そのハンカチはまだ綺麗。きっと誰か手当をしてくれたんだなってことが、すぐにわ かった。  それでもやっぱり痛いのか、その子は脚を引きずるようにしてた。片手には載らなそ うなほど大きくなってるのに段ボールから出られないのは、怪我のせいみたいだった。  それを見たボクは──また『やったぁ』と思った。ラッキーとも考えた。  どうしてかっていうと、その日は初めて魔法を習った日だったから。その日の朝、 『本当はまだ早いと思うんだけど』って言いながらも、必死に食い下がるボクに負けて 一つだけお母さんが教えてくれた。  それと、そのころ大好きだった漫画の影響もあった。  それは、魔法使いのヒロインが活躍する漫画。元になってたのは白雪姫。お妃様が自 分勝手な我儘を魔法で叶える悪い魔法使いで、その魔法で迷惑を受ける人たちを善い魔 法使いである白雪姫と小人たちが助けていくっていう漫画。  白雪姫たちがしてたのは、邪魔じゃなくて尻拭い。お妃様の願いは叶ってたし、他の 人たちも白雪姫たちのお陰で救われてた。その分白雪姫は大変なんだけど、みんなのた めだからって言って、嫌な素振り一つ見せない。  けれどお妃様は、そんな白雪姫を逆恨みする。私を差し置いて人気者になるなんて ──と。そしてお決まりの展開。毒リンゴを食べさせられた白雪姫が王子様のキスで目 を覚ます。  その後はちょっとした冒険活劇になっていて、剣を持つ王子様と癒しの魔法を使う白 雪姫、それと色々とサポートをしてくれる7人の小人たちで力を合わせて、お妃様に戦 いを挑むっていうストーリー。  ボクは憧れていたんだ。その白雪姫に。  思ってたんだ。魔法が使えるようになったら、みんなを助ける魔法使いになるんだっ て。  だから、ボクはその日を待ち望んでいた。魔法を使えるのはわかってた。まだ開門の 前だったけど、ボクにはお母さんがいたから。夢物語なんじゃなくて、本当に魔法使い になれるんだって。  『早く行きなさい』って怒られるまでの練習の成果があってか、家を出るころにはな んとか発動するようになってた。3回に1度、ううん、3回に2度ぐらいの自信はあっ た。  でも、実際に使ってはなかった。やってたのは、発動までさせてそこで止める練習。 お母さんがまだダメって言ったから。ボクが教えてってせがんだのは、一番難しい魔法 なんだからって。  そんなこともあって、そのときのボクは使ってみたくてウズウズしてた。もちろん魔 法を。初めての、ボクが唯一使えるはずの、治癒魔法を。白雪姫みたいにって。   『治してあげるね?』  傘のお礼もあるしね──だなんて思いながら、ボクはそう言った。もちろんその子が 言うことをわかってくれるはずもなくて、持ち上げたボクの両手の中でクーンとだけ鳴 いた。   『ん……』  練習と同じように集中して、身体の隅々からちょっとずつ引き出した力を中心に集め た。十分集まったなって思ってから、手の平に魔力を移す。  そこまでの過程は、それまでで一番上手くできた。だから、ボクは上機嫌になった。  集めた魔力を手に纏わせれば、それで治癒魔法は発動する。練習の感じからすれば、 発動はまず間違いない。発動さえすれば、後はその手で治したいところを撫でるだけ。 成功は、したも同然だと思った。   『えっ!?』  なのに──魔法の力を纏わせた手を当てたとたん、その子の身体はビクッってなっ た。ほんの少し遅れて、支えていた方の手にぐっと重みが増した。  さっきまで振ってた尻尾はだらりと下げて、目蓋も上がってない。  その子の様子から、失敗したってことだけはわかった。でも、ボクは──全然わから なかった。なにがどうしちゃったのか。なんでそんな風になっちゃったのか。  だから、ボクは。ボクは、もう一度力を集め始めた。急いで治さなきゃって思った。 お母さんに怒られるって。  でも。   『あ……』  しまったと思って、ボクは思わず口に驚きの声を漏らした。手に送ってる魔力が、コ ントロールできてない。  けれど、もう遅かった。それどころか、動揺したせいか集めるところも狂いだした。 どこからそんなに多くと思える程の力が集まって──止まらない。   『だ、ダメっ!!』  このままじゃ──そう思った次の瞬間、蛇口にはめた水風船が弾けるような軽い音が した。ピチャっ──って。それは、とっても嫌な音だった。  突然、手に感じていた重みが消えた。ついさっき増えたような気がしたのが嘘みたい に思えるほどに突然。なにかがぶつかった頬には、それが生暖かく垂れる感触があっ た。  呆然と見下ろした手は、すっかり色が変わっていた。赤──真っ赤、どろりとした。 その中に、毛らしき細い糸くずのような茶色いモノが見えていた。   『──ぁ』 少し遅れて、ボクはそこにいたはずの子犬がいなくなってることに気づいた。気づい て、ようやく自分がなにをしてしまったのか理解した。   『ぁあぁぁぁぁぁ──っ?!!!!』  ボクにできたのは、逃げるように家に走ることだけだった。傘なんて置きっぱなし にして、大粒の涙で頬を洗いながら。  その夜、ボクは熱を出した。それまで風邪一つひいたことがなかったのに。  そして、看病をしてくれていたお母さんから聞かされた。お母さんの秘密のこと、ボ クの身体のこと。この熱は魔力のせいかもしれないって。一度使ったせいで、目覚めた のかもしれないって。これからしばらくは、よく熱が出るかもしれないって。  それと、『だからまだ早いって思ってたんだけど』とも。『使っちゃダメって言った のも、安定させるのが難しいからだったのよ』とも。  『ごめんなさいね。あーちゃん』  謝りながら、ボクのおでこのタオルを換えてくれた。  けど、ボクは。   『なんでもっと早く教えてくれなかったの──』  そう言って、お母さんを詰ったんだ。  そして、心に決めた。  もう、絶対に魔法なんて使わないんだって。  恨むことにした。  お母さんのせいで、ボクは白雪姫になれなくなったんだって。  だって、怖かったから。  また、今日と同じことが起こるかも──って思ったら。                   ◇◇   そう。   「だから──違うんだ。真っ赤な嘘だったんだ……」  本当の理由は、もう二度と感じたくなかったってだけ。  あの嫌な重さを。  大っ嫌いな生暖かさを。  目の覚めるような赤さを。  あの、むせ返るような生臭さを。  だから、別に嫌いなわけじゃない。使えたらって、何度も思った。使いたいって思っ た。でも──怖かった。  あの日のこと乗り越えて使う勇気なんて、ボクにあるはずもなかった。それなのに、 ボクは見栄を張りたがったんだ。  嘘を作ったのは──初めてカレハの魔法を見せられたとき。  鮮やかなカレハの魔法を見て、悔しくなった。  開門までは、白雪姫になれるのはボクだけの筈だった。だって、それまではこの世界 には魔法なんてなかったんだから。お母さん以外には。  それなのに、開門があってカレハが現れた。もちろんカレハ以外にも癒しの魔法を使 える人は一杯いたけど、とっても綺麗で、とっても優しくて、癒しの魔法を使えるカレ ハは白雪姫みたいだった。なり損なったボクの格好悪さを引き立ててくれる、ボクじゃ ない白雪姫。  だから、なにか言い訳が欲しくなった。使えないんじゃなくて、使わないことにして しまいたくなった。なれなかったんじゃなくて、ならなかったんだってことにしたくな った。  そして、そのときに思いついた理由を、ボクは使うことにした。とってももっともら しくて、ちょっと格好良いななんて喜びながら。ちっぽけな自尊心を守るために、   『お母さんを苦しめたくない』 って。  それまで恨みにさえ思っていたお母さんだったのに。誰のせいでもなくて、ボクのせ いでそうなったことなのに。  それが今、この結果を呼んでいる。ボクの下らない言い訳のせいで、稟ちゃんが犠牲 になろうとしてる。   「ごめん……ごめんね、稟ちゃん……」  そんな現実を前にして、ボクはボロボロと泣いた。その涙を待ち望んでたのは、泣い てしまえば楽になれると思ってたから。あの日みたいに、涙で頬に着いた赤いものを流 せると思ったから。  けど──嘘だった。いくら泣いても、全然楽になんてならない。べったりとヌメる赤 い染みを、消してなんてくれない。  気づいてしまったんだ。これも言い訳だったんだって。泣いたんだから良いやなんて いう、あまりにも身勝手な。  あの子のことからだって、結局逃げてただけ。それも、逃げるためにどんどん新しい 言い訳を作り上げて。そんなボクを好きだと言ってくれた、大切な稟ちゃんまでを巻き 込んで。  それなのに、そこからも目を逸そうとしてた。稟ちゃんのことなんて、全然考えてい なかった。  ──ボクって、なんて嫌な人間なんだ。   「〜〜〜っっ」  思い知らされた事実に奥歯を噛む力に押し出されて、零れるものの勢いが増す。それ でもやっぱりただ頬の表面を滑り落ちるだけ。洗い流してなんてくれない。いや──   (──違う……ね)  その考えは、突然閃いた。  逆だ。洗い流すどころか、むしろ守るように覆い隠してる。乾いて剥れ落ちないよう に潤いと生暖かさを与え続けて、拭き落とされないように隠し続ける。──泣くってい うのは、そういうことなんだ。   (あ……)  じゃあ──と考えて、もう一つ気づく。  あの日に浴びた赤い飛沫も、落ちてなんていない。まだボクの頬に着いたままだと。 隠すことしか、できていないんだと。  途端、背筋に寒気が走った。  嫌なだけじゃなくて、なんてバカなんだろう。自分の慰めにさえなってないじゃない か。それどころか、引きずる助けさえしてしまってるじゃないか。逃げることさえしな いで、自分から傷を抉ってるだけじゃないか。  そしてなによりバカなのは、そのために稟ちゃんを死に向かわせてることだ。助けよ うとした稟ちゃんを、見殺しにしようとしてる。ボクの嘘を信じてキスをしてくれた、 王子様を。  我儘のために魔法を使って、関係のないあの子に酷いことをして。お母さんのためだ と偽って、自分のしたことからは目を逸らして。そして──助けにきた王子様までもダ シにして、悲劇のヒロインになりたがる。  これじゃあ、キスをしてくれた王子様に吐き出した毒リンゴを食べさせてるようなも のだ。こんなの──白雪姫じゃない。こんなの、とんでもなく悪い魔法使いだ。ボクが 大っ嫌いだったお妃様なんかより、よっぽど。   (そんなの──嫌っ!!)  でも、この期に及んでボクはそんなことを考えた。稟ちゃんのためじゃなくて、ボク のため。やっぱり、ボクは悪い魔法使いなんだ。  けど──それなら、やっちゃえることがある。自分のためなら、なんでもできる。  気にすることなんてないんだ。誰に迷惑がかかろうと──王子様がどうなろうと。王 子様を練習台にすることだって。   「……──」  ボクは息を呑んだ。道が──見えた。  失敗が嫌なことなのは変わらない。稟ちゃんがいなくなることは変わらないし、それ をやったのがボクってのも変わらない。  それでも、心は決まってた。   「稟ちゃん──」  支えていた身体を、その場に横たえる。  頭の後ろに添えた左手で稟ちゃんの上体を起こして、自由になった右の手で頬を拭っ た。まずは甲で左側、続いて平で右頬を。擦れてヒリヒリとするぐらいに力を込めた。  手に着いてたモノで、頬がベッタリと赤くなったかもしれない。でも、構わない。要 らないのは涙なんだ。それに、ボクにはきっと赤黒い汚れの方が似合うに違いない。  だから──  「──ボクが貰うね。君の、君の命」 それだけしか言わない。謝りもしない。お願いもしない。一方的に、宣言をするだけ。 にこやかに、玩ぶからと。  これは自己満足なんだ。そのときはボクもだなんてのは、我儘を押し通すための言い 訳でしかないんだ。そんなんで責任なんて取れないなんて、本当はわかってるんだ。  (……うんっ)  大きく息を吸い込んで、身体の魔力の因子を励起しはじめる。細胞の一片一片から、 身体の真ん中に収斂させる。  魔力の動きは、とってもぎこちない。何年も放ったらかしにされていた回路が、こじ 開けられて悲鳴を上げてる感じ。失敗してもおかしくない──って思っちゃうほどに。  でも、そこに躊躇はない。あるのは、笑顔だけ。  そうじゃなきゃいけない。そうじゃなきゃできない。失敗しても構わないって思えな きゃ、こんなことは。  頬を拭った手に、ボクは魔力の塊を送る。  次の瞬間、その手がジーンと温かくなった感じがした。発動は──成功だ。  ただ、これがどんな魔法になってるのかは、ボクにはわからない。あのときみたい に、身体の中をズタズタに切り裂くものかもしれない。それか、身体の中から弾けさせ る魔法かもしれない。  それでも、ボクはコレを使う。これを、稟ちゃんで試してみる。  たとえ稟ちゃんがどうなろうと、我儘なボクの知ったことじゃないんだ。  だってボクは──悪い魔法使いなんだから。  そして、ボクは稟ちゃんの手首に触れた。  死んだりしたら許さないなんていう人生最大級の我儘を、心の中で言いながら。                  ...Return to "Asa Shigure" story of SHUFFLE!. 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