「汝、相澤秀平。これなる森崎七央を生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる    時も、変わらず愛することを誓うか?」   「おう。もちろん」   「汝、森崎七央。これなる相澤秀平を生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる    時も、変わらず愛することを誓うか?」   「──はい」   「では神の御名の元に、誓いの指輪を口づけと以て婚姻の証しとなさん──」  神父さんの言葉に従って上げた左手。その手を、秀平くんがそっと掴みました。  喜びと緊張で一杯になって、私はただじっと秀平くんを見つめます。秀平くんの手に ある金色の輪は、ステンドグラス越しの光を鈍く撒き散らしています。   (────)  その光に、私は心を奪われてしまいました。この宇宙にいる全ての女の子が、きっと 一度は必ず夢見る光。私だって、子供のころからずっと夢見ていました。そして、その 夢が現実になることを、ずっと願っていたのです。  けれど、ゆっくりと夢に見ているだけではいられませんでした。秀平くんはいつもハ ッキリしてくれませんでしたし、ライバルだっていつもいました。  それに、あのアリエスでのこと。  今思い出しても、本当に危なかったと思います。けれど、あのときに頑張ったからこ そ、今このときがあるのだと思っています。   「なんか、照れるよな。改めてこうすると」   「──えっ!?」  秀平くんの声が、いつの間にか左から右の耳に通り抜けていました。最後の音をよう やくつかまえて、私は気がつきました。   「ん? どうした、ぼぅっとして」   「う、ううん。なんでもない」   「じゃあ……良いか?」   「もう。いまさらそんなこと聞かなくても」  余計な心配をしてくれる秀平くんに、私は苦笑いで答えました。  今日のことだって、なにも相談してくれませんでした。一昨日になって突然「式を挙 げよう」と言い出して一人で話を進めたのは秀平くんなのに、いまさら聞いてどうする のでしょう。もし私が「嫌」だなんて言ったら、急に出席してもらった稲森教授にも悪 いです。──嫌だなんて、言うわけはないですけど。   「ははは。すまんすまん。そうだよな。一発必中でななみもできちまったもん    な」   「……そうじゃないもん」  厳かな──とはいっても軍の施設に備えつけの教会です──式場の雰囲気には似合わ ないお茶らけた態度に、私は真面目に答えました。私は今ここにいるのですから、聞く 必要なんてないですよ──と。   「……ありがとな」  すると言いたいことをわかってくれたのか、秀平くんは鼻の頭を人差し指でカリカリ と掻きながら言ってくれました。恥ずかしがっているときの、昔からの秀平くんの癖で す。  けれど本当は──照れ隠しをしてしまったのは、私の方だったのです。  だってそれは、口にするにはあまりにも恥ずかしいことでしたから。あの──アリエ スで起こってしまった事故のことは。 ==============================================================================   Soul Link サイドストーリー  「 The Little Sphinx 」                       森崎 七央                       Written by けもりん ==============================================================================  あのとき──  「あ、ちょっと待って──」  インカム越しの和彦くんに対して、私は制止の声を上げました。作業機が格納庫のレ ールから僅かにずれているのに気がついて、最後に直そうとしていたところだったから です。  ──待ってくれる。  そう思っていました。疑ってなんていませんでした。だからなんの心配もせずに、作 業機のサスペンション部分にあるスプリングから手を離そうとはしませんでした。  本当は持つには危ない部分です。けれど重力がかからなければ、スプリングが縮むこ とはないはずでした。なにより、私の担当になった場所では一番持ちやすい部分でし た。自分でもドジだという自覚もあったので、滑ったりしなさそうなところを持ってい たのです。  でも、声は和彦くんに届かなかったのでしょう。気がつくと次第に身体が重くなって いて──いえ、それよりも両手にかかる重みがグッと強くなっていました。重力が戻っ たのです。  元々、私は動きが遅い方だと思います。それもいけなかったのでしょう。秀平くんぐ らいにキビキビと動ければ、間に合ったのかもしれません。  (え──)  けれど、変わってしまった状況を私の頭が把握したときには、もう手遅れでした。奥 に差し入れていた方の手の小指に、硬くて冷たい金属の感触が触れました。  それが作業機の重さによって縮んだスプリングであることは、すぐにわかりました。 危険を感じてフル回転しはじめた脳が、引き抜くことができないほど小指に重みがかか ってしまっていることも教えてくれました。このままだと挟まってしまう、と。小指だ けではなく、すべての指が。  作業機の重さを考えれば、私の指なんて間違いなく潰れてしまいます。鋭い刃物で切 り落とされた場合なら、繋げられる可能性もあると予科の授業で習いました。でも、潰 れてしまった指を元に戻す手段が今の医学にないことも、習っていました。  (いけない──っ)  そのときの判断と動きは、自分でも驚くほどのスピードでした。どうせなら初めから それぐらいできれば、指を抜くことだってできたかもしれないのにな──というのは、 できないからこそ私なんだって思うことにしています。  おかげでとっても痛かったですけど、その後の顛末を考えれば良かったのかもしれま せん。怪我をしていなければ、ななみが育つこともなかったかもしれません。そうだと すれば、今こうして秀平くんといられるのも、あの怪我のおかげだってことになりま す。  私がとっさに取った行動──それは、もう片方の手を深く挿し入れることでし た。手首の付け根まで。  重力は、まだ完全には戻っていませんでした。もし戻っていたとしたら、どうしよう もなかったです。だから、一分。いいえ、三十秒遅かったら、私は両手を失っていまし た。両手首を切り落とされた場合の出血量を考えると、輸血もままならないアリエスの 中では命も危なかったのかもしれません。  なので、本当に私は幸運です。思いっきりこじ入れた右腕に押し上げられて、スプリ ングがわずかに緩んだのです。そして出来た隙間のおかげで、私は小指を引き抜くこと ができました。  (やったぁ──)  そう思う私の右側に激痛が走ったのは、その直後のことでした。                   ◇ ◇                     「──央。七央?」   「えっ。あ、うん。なにかな?」  呼ばれていることに気がついてハッと意識を戻すと、心配そうにのぞきこんでいる秀 平くんの顔がありました。   「『なにかな?』──て、あのな……」  私の返事に、がっくりと肩を落とす秀平くん。どうしてだろう──と思ったところで 、式の途中だったことを思い出しました。たしか──そう、指輪をはめてもらうところ です。   「あ……ごめんなさい」  既に薬指に銀色の輪が輝いているのを見て、私は慌てて手を引きました。どうやら腕 を持ち上げたままにしてしまっていることに、秀平くんが不思議がっているみたいだっ たからです。  でも──それは失敗でした。   「……七央」  私が腕を下げたとたん、秀平くんがとても真剣な顔になってしまいました。秀平くん がその表情になるのはとても珍しくて──とても大事なことを言うときだけです。  そして、こう言いました。   「やめるか?」   「えっ!?」   「結婚、やっぱりやめるか? ななみのことは──まあ、俺がなんとかするか    らさ」  まったく思ってもいなかった問いかけに、私は驚きました。  ──なんで? どうして?  秀平くんがせっかくの幸せな時間を壊そうとしている理由が、私にはわかりません。 頭の中でぐるぐると考えてみても、やっぱり思いつきませんでした。   「秀平……くん?」  なので、私は恐る恐る名前を呼びました。悪い冗談で、私のことをからかっているん だよねって、そう聞くためです。驚きのあまり、視界の中の秀平くんは完全に滲んでし まっていました。   「っ──七央っ!?」  そんな私を見て、秀平くんは慌てた声を出しました。オロオロとしながら、胸ポケッ トに入っている真っ白なハンカチを私の頬に当ててくれます。貸衣装ですし、そうやっ て使うためのハンカチではないのに。 そんな秀平くんの仕草に、私は少しだけホッとしました。恥とか外聞とか、それとク リーニング代よりは、大事に思ってもらえることがわかりましたから。  でも、私が秀平くんに求めてしまっていることは、もっと大きなことです。それに、 ここまで期待を持たせておいて断るなんて、ひどすぎます。もしそうなら、悪意のたく さん詰まった嫌がらせとしか思えないです。それはきっととっても嫌いな人に対してす ることで──つまり私が一番されたくないことでした。   「私じゃ──嫌?」  なので、聞かずにはいられませんでした。もちろん否定してもらうためにです。私が 知っている秀平くんなら、きっと否定してくれるはずですから。少なくとも、私はそう 信じています。それでも目を閉じずにいられなかったのは、それだけ答えを聞くのが怖 かったからです。  そして──一息がとても長く感じられた沈黙の後。  秀平くんがくれた答えは   「はぁ?」 なんていう間抜けな声でした。   「……あのなぁ、七央。それは俺の台詞だっての」  私が恐る恐る目を開けると、再び肩を落とした秀平くんが言います。   「えっ!?」  私は聞き返しました。さっきよりももっと理由──よりも言っていること自体の意味 がわからなくなっていました。  秀平の言っているのは、まるで私が嫌がっていることを秀平くんの方が心配している かのようです。でもそれは、秀平くんが言う必要なんて全然ない台詞です。だって、私 が秀平くんを嫌がることなんて、ありえないのですから。  けれど、   「……手、引っ込めたし」 続く秀平くんの言葉は、私をギクリとさせました。   「あ……」   「それに、『ごめんなさい』とくればな」   「あ……あはは……」  どっちも、心当たりがあります。さっき、ぼーっとしてしまっていたときにしてしま った覚えがあります。もちろん、両方ともそんなつもりなんて全然ありませんでした。 でも、言われてみれば誤解されても仕方ないことかもしれません。シチュエーションが シチュエーションです。   「……」   「えっと、その……」   「…………」   「…………」  なので、私は誤魔化し笑いしかできませんでした。許してくださいと、視線で秀平く んに合図を送るだけです。これほど重大なことを間違いと言ってなかったことにしてし まえるほど、私は強くはありません。   「はぁ……やっぱりか。どうりで話が合ってないわけだ」  幸い、秀平くんはわかってくれました。  言ってから。がっくりと肩を落とします。額から頭へ挿しいれた手で、ワシャワシャ と髪を掻き散らしました。式の前にせっかく寝癖をなおしていたのに、乱された髪は、 それどころではなくあっちこっちを向いてしまいました。   「……ごめんなさい」  私は素直に謝りました。なかったことにはできないのですから、謝るしかありませ ん。なにかの解決になるわけではないですけど、それでもせめて謝るぐらいはしないと です。   「ま、良いけどな。──本当に『やめる』って言われる方が、よっぽど嫌だか    らな」  けれど、そんな私に秀平くんは言ってくれました。それはとっても嬉しいことで──   「秀平……くん」 名前を呼び返すのが精一杯になるほどの嬉しさでした。もっと言わなければいけないこ とがあるはずなのに、それ以上には口が動いてくれません。なのに、目からは次から次 に熱いものが零れ落ちていきます。もちろん──さっきまで秀平くんの姿が霞んでいた のとは、逆の理由でです。   「そ、そりゃそうだろ。そうじゃなきゃ、始めから言ったりしないぞ?    第一、俺がそんなに意地悪に見える──かもしれないけど、それはあくまで    昔のことであって、今はちゃんと七央のことを……なんだ、その……だ、大    事に思ってるんだからな」  けれど秀平くんは、しどろもどろになりながら言いました。涙の理由を勘違いしたみ たいで、必死に私をなだめようとしているように見えます。一言一言、言うそばから顔 が赤くなっているのは、きっととっても恥ずかしいことだと思っているのでしょう。そ れもそのはずです。だって、これまではベッドのなかでも言ってくれたことのないよう な、とってもとっても温かいことですから。  そしてそれは──温かさと同じくらいに嬉しいことでした。少なくとも、さっきの涙 を吹き飛ばすには十分過ぎるくらいです。   「ありがとう」  その言葉が、自然に私の口から出ていきました。キュンと閉まった涙腺のおかげか、 目尻も自然に下がります。頬だって持ち上がってしまいました。さっきまでの精一杯 は、ウソみたいに消えてなくなっていました。   「でも──心配なんかしなくて大丈夫だよ。秀平くんに『やめる』って言われ    るのが、私も一番嫌だもん」  だから、私も言うことができました。同じ気持ちでいることを、秀平くんに伝えるこ とができました。   「そう……か」   「うん。そうじゃなければ、どうして──」  でも、大きすぎる嬉しさは、あまりにも口を滑らせてくれました。言いかけてしまっ たことに気がついて、私は会話を止めました。   『──どうして?』  その言葉に続く答えは、はっきりしています。はっきり過ぎて、とっさの嘘──つき たくはないですけれど──も思いつかないくらいです。   (ええと……)  なんと続けたら良いのかを、私は必死に考えました。その理由を知ったら、秀平くん はきっと怒るだろうと思ったからです。  だって、私は怒りました。地上に戻った後、自ら危険に飛び込んでいった秀平くん を、一杯怒ったのです。今度そんなことをしたら絶交です──とも。それがたとえ、私 のためであったとしても。  だから、やっぱり怒ると思うのです。止めてしまった先に付くはずだったアリエスで のことは、間違いなく危険なことですから。それにmなぜ私がそうしたのか、秀平くん にはわかってもらえないと思いますから。   (ななみがいなかったら、きっと駄目だった──あっ!?)  ななみのことを考えた私の頭に、突然とっても良い考えが浮かんできました。思わず 叫びそうになってしまった音を、一生懸命飲み込みます。もうとっくに怪しまれている かもしれませんけど、ここで叫んでしまったら決定的です。せっかくのアイディアも、 水の泡になってしまいます。  思いついたのは──本当だけど正しくないこと。絶対気づかれないから大丈夫と、安 心できることです。   (だって秀平くん、責任感が強いもんね。それにきっと──私のことを想って    くれてるもん)  顔に出てしまわないように気をつけて、心の中で微笑みました。なんだかとっても嬉 しくなってしまったからです。  だって、私が感じている秀平くんの想いは、安心できる理由にしてしまえるほどだっ たのです。それだけ秀平くんが想いを向けてくれていると、私は思っていたのです。そ して──それに気づくことができたのです。   「──どうして、ななみが生まれたんだったかな?」  息を一つ吐いて、私はそう口にしました。思いついたときのまま、一字一句変えずに です。でも、秀平くんを困らせるように、わざと意地悪く拗ねたふりをしてみました。   「ぇ……そ、それは……だなぁ……」  ──ほら。  聞くなり目を泳がせた秀平くんを見て、私はまたも心の中で微笑みました。  予想どおりと言いますか、わかりやすいと言いますか、です。なははと苦笑いする秀 平くんは、頭の後ろをポリポリと掻きはじめました。鼻の頭と同じで、子供のころから の困ったときの癖です。   (相性が良かったから──とか、くじ運が良かったから──とか、だよね?)  私は、秀平くんが口に出せずにいることを予想してみました。間違ってないと思える くらいは、一緒に過ごしてきたつもりです。  どっちも、とっても不真面目な答えだと思います。ああして困っているのは、さすが に言うわけにはいかないと思っているからなのでしょう。  けれどその不真面目な答えを、実は私は嬉しく思ってもいます。  その答えにたどり着いてしまうのは、私のことを真面目に考えて、責任を感じてくれ ているからなのだと思いますから。  だって、私の聞いた『どうして』は違うのです。私が聞いたのは、秀平くんが考えて いることより、もっと後のことなのです。そのときにはもう、ななみは私の身体にいた のです。   (どうして──ななみが生まれてくるような怪我をしたと思ってるんですか?)  なので私は、もう一度聞き直してみることにしました。でも、声には出してあげませ ん。これが、私が隠しておきたい、『本当で正しいこと』なのですから。  けれど──   「……守ってくれたからだろ?」   「──えっ!?」 まるで聞こえてしまったかのようなタイミングで返された答えに、私は驚いてしまいま した。  その答えは、予想とはまるで違っていました。  そしてそれは──正解だったのです。あのとき、私は守りました。私の左手──い え、その薬指を。  形勢はすっかり逆転です。まさか秀平くんが気づいていたなんて、思ってもいません でした。驚きと恥ずかしさが混ざり合っての動揺に、私は秀平くんを見つめることしか できずにいます。   「あ、あのなぁ。恥ずかしいんだから、何回も言わせるなよな。こんなの」  そんな私の様子を、聞き漏らしからと勘違いしたのでしょうか。一回だけ鼻の頭を掻 いてから、秀平くんは私の目を真っ直ぐに見ました。  そして言いました。   「だ、だから……守ってくれたからなんじゃないのか? なんだ、その……プ    レゼントを。サンキュな」   (えっ!?)  言うが早いか、秀平くんはぷいっと横を向きました。良く見ると耳が先っぽまで真っ 赤です。  その横顔を、さっきとは違う驚きで見つめます。安心と一緒に、大きな恥ずかしさが 生まれてきていました。それと、もっと大きな喜びも。  だって、そうです。秀平くんは思ってくれているです。私が大切にしているのだと。 秀平くんからもらった、初めてのプレゼントを。  それは、とてもとても嬉しいことです。心配してくれるよりも、大切にしてくれるよ りも。そのどっちよりも。  だって──秀平くんは感じてくれているということなのですから。私の想いを。   (ありがとう)  私はこっそり心の中でお礼を言いました。  でも──言葉にはしませんでした。なぜなら──   「は〜ずれっ♪」 喜びに緩む頬のまま、そう答えたからです。   「なぬっ!?」  自信があった答えなのでしょう。秀平くんが勢い良くこちらを向きます。  信じられないという顔をしてます。恥ずかしい思いまでして言った答えが間違ってい たことに、結構ショックを受けているみたいでした。   「残念でした、秀平くん。ええと──100点満点で30点ぐらいかな」  きっとこれまで秀平くんは取ったことがないような点数を、私はつけてあげました。 点数の内容は努力点です。それでも私でさえ滅多にとらなかったような低い点数です。  だってあのとき──私は指輪をしていませんでした。当たり前です。大切な宝物を、 作業のときにするはずがありません。傷がついたりしたら、とっても悲しいですから。 大事に大事にポケットにしまってから作業に入りました。だから──私が守ったのは、 指輪ではないのです。   「くっ……」  点数を聞いて、秀平くんは悔しそうな顔をしました。  でも、わからないのは仕方ないと思います。秀平くんの頭の良さが、問題とかみ合わ なかったからなのでしょう。だって、私自身バカな考えだなぁって思いますから。それ に、秀平くんが男の子で私が女の子なのは、もうどうしようもないことです。   「答えは──う〜んと、……運命のため、でどう?」  なので、とっても大きくぼかした正解を、秀平くんに教えてあげました。さすがに正 解を示してあげないのは可哀想です。   「運……命?」   「うん。運命」  聞き返してくる言葉には、にっこりと笑って繰り返してあげます。   「……はぁ」   「あ、なにかな秀平くん。その溜息は」   「んなことなら、『相性が良かったから』って言っとけば良かったぜ──って    な」   「それは……0点だよ?」  不真面目な答えには、つんと拗ねた顔です。   「大して変わんねぇって」   「ううん。大違いだもん♪」   「はいはい。ま、そういうことにしといてやるさ」   「うん。そうしておいてね──というわけで」  そして──   「ん?」   「見事に落第点の秀平くんには、追試を受けてもらうからね」 ちょっとしたいたずらも。   「はぁ?」   「問題──」   「ちょ、待てって」  もちろん待ってなんてあげません。ううん、もう待ちきれません。   「──私が今、一番して欲しいことはなんでしょう?」   「は!?」   「……」  首をかしげる秀平くんを前に、私はなにも答えませんでした。さっきの理由はわから なくても、これぐらいはわかって欲しいです。  じ〜っと、秀平くんを見つめます。少しでも応えてくれる様子があれば、すぐに準備 をするつもりでした。  けれど、一向にその気配はありませんでした。   「うおっほん」  きっと気づいた神父さんが、わざとらしい咳払いをしてくれてもです。   (しょうがないなぁ……)  呆れた私は、最後のチャンスに一つだけヒントを上げることにしました。それも、と っても大きなヒントを。   (……これで、どう?)  心の中で話しかけて、私は目を閉じます。それは──秀平くんの答えを待ってか らするつもりだった準備でした。   「あ……」  ようやく気づいたのか、秀平くんの声が耳に届きました。続いて、「すまん」と謝る のも。  それから──少しづつ秀平くんの気配が近づいてきました。顔を覆っているベール に、手がかけられます。そしてもう一方の手が首元に添えられて──唇で感じることが できそうなくらいまで、気配は近づいてくるのでした。   (秀平……くん……)  私は、閉じた瞼に力を込めました。それと、握った左手に。  キスはこれまで何回もしているはずなのに、とっても緊張したからです。初めてのと きよりかもしれません。  それは怖かったからでも、ななみたちに見られているからでもありません。  ただ──ずっと待っていたからでした。   「此処に、神の御名により二人を夫婦と認めん」  その、特別なキスを。  必死に守った薬指と同じくらいに特別な、誓いのキスを。  秀平くんの指輪は、神父さんもすっかり忘れたままでした。                                     Fin. ==============================================================================              Soul Link は Omegavision の著作です。              けもりん は Omegavision とは一切関わりはありません。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  無断での転載はご遠慮くださいませ〜。……念のため。(笑