『くっ』  柄の悪い数人に守られるように立った男が、苦渋に満ちた声を上げた。よくよく見れ ばその足下に一つ、そしてやや離れた場所にもう二つ、既に丸太のように転がる塊があ る。  対峙する影は、ただ一つのみ。先程の男とは対照的に、涼やかなる──いや、冷やや かとの描写がより似合うか──言葉で世界を隔つ細線を紡ぐ。鋭利なその線は、闇夜の 中にあっても瞬く程の殺気を放っている。   『愚かな。その方ら、そこまでして命を粗末にしたいと申すか?』  ザザ──  声に感応したとでもいうのか、闇に溶ける赤い鳥居の遥か上で暗い枝先が騒いだ。  それは、間違いなく絶対の境界だった。相向かう男達にとって、死と生を単純に隔て る鋭利な線。踏まなければ、あるいは跨ぎさえしなければ、彼らにはまだ新たな世界を その目にするのは早すぎるに違いない。  つまり、ただ一歩。あるいは二歩。まずはそれだけでも、後ろに下がれば良かっただ けのこと。身の程をわきまえた振る舞いをすれば、良かっただけのはず。  だが──   『う、うるせぇ! か、かかれ、かかれぃ!』 それでもあくまで、感じることが出来れば、であった。   『──ふむ。本来は雑魚との無益な争いは好まぬのだが──ならば仕方ない。    とくと見るが良い』  彼の者から発せられていた警鐘が、哀れみの声へと変わる。  しかし、それでもまだ間に合ったのかもしれない。皆で背を向けて脱兎の如く駆け出 せば、一人か二人はこの世界に身を残すことを許されたかもしれない。  にもかかわらず。   『ぃやっぁ!!』  後ろに立った一人を残して、人影達は線を踏み越える。   『我が秘剣──燕返しを』  そを迎えるは、哀れみさえも通り越した純然たる弔い。   『がっ』   『ぐっ』   『あぐっ』   『なっ!?』  先程の男が上げた驚愕の声に先んじた喘ぎは、ほぼ同時。わずかなズレは、瞬きの一 度に及ぶものではない。   『ふん……他愛もない。残るは……』  サワワ──  一時に限り戻った哀れみの響きに合わせ、再び木々が鳴る。   『ま、待て! わ、わかった。き、今日のところは見逃してやる──』  頼みとしていた数に裏切られたせいか、男は態度を変えた。隙を窺いつつ後ろへ躙ら せた足が、じりりと小さな石を踏む。   『機を逸した愚かな己を、川の向こうで恨むのだな』  しかし、既にそれさえもが線を侵す行為へと変わっていたことなど、その男に感づけ る筈もなかった。   『おっお助け──ぎゃっ』                    ◇◇                     「変わったの好きなんだな」  その最後の一人がこちら向きに倒れるのを待って、俺はブラウン管に魅入っている後 ろ姿に声をかけた。   「え、シ、シ、シシし、シ、シロウっ!?」   「やっぱあれか? 剣士としては違う流派──とはちょっと違うかもしれない    けど、そういうのとかって気になるもんなのか?」  聖杯戦争が終わって四カ月ほど。枝豆が美味しい季節になってなお続いている、土蔵 での鍛錬──魔術回路が固着した今では意味がないのだが、やらないと寝付きが良くな いのだ──を終えて戻った居間で出くわした光景。   「い、いい、いつからそこにっ!?」  その中にいたブリテンの大英雄さんは、どういうわけか『大慌てさん』に変身してし まったご様子だ。 =======================================================================   Fate / stay night サイドストーリー 『ひとたび&いまひとたび』                      〜 遠坂 凛 & セイバー 〜            けもりんのお部屋 30000HIT記念 SS For 光頼龍樹さん                            Written by けもりん =======================================================================   「なにぼーっと突っ立ってんの? 邪魔よ、邪魔」  なぜだか取り乱したセイバーに疑問を投げようとしたところで、背にした障子戸が開 くススッという音に続いて声がした。  その主は、遠坂。  どうしてそんなところから遠坂が出てくるかというと、聖杯戦争の後、不覚にも居着 かれてしまっているからである。  今ではすっかり我が物顔で家の中を闊歩してるし、使っていた部屋はいつの間にか自 分の部屋にしている。いつだったかは、なにやらバタバタと荷物を運び込んでいる姿に 唖然としている俺に向け、   『大変だったのよ。家で使ってる道具と同じヤツ探すの』 などと、あっけらかんと宣ったほどだ。もちろん許した憶えなんてないにもかかわらず に決まっている。  そんなわけで、多いときでは週の半分ほども魔術講座と称して遊びに、もとい、その 日の夕飯と次の日の朝食を集りに来られてしまっているというわけだ。  使い魔──まったく大それたことだ──であるセイバーもいるわけだが、傍若無人な 振る舞いをしているのは当然遠坂だけだ。近ごろでは、羽根どころか三角形の尻尾まで 見えそうなぐらいの、絶妙なあかいあくまさんっぷりを発揮している。  一方のセイバーはといえば相変わらず礼儀正しくて、少しは遠坂にも見習って欲しい ところだったりもする。部屋はさすがに隣のままというわけにもいかず──某礼儀正し くない人の猛反対もあった──、遠坂の部屋の隣を貸している。もちろん快く。   「いや、セイバーが──ぁっ!?」  中途半端なところで喉の奥へ逆向きに突然押し寄せた言葉を、息と一緒にゴクリと飲 み込んだ。  まて。  なんだ、今のは?  たった今顔の目の前を横切ったのは──なにかトンデモナイものじゃなかったか?  そんな風に思考が何回転かする間をおいて、そのトンデモナイものが歩いていった方 を振り返った。  いや、振り返ったというよりは、引き寄せられたとか釘付けになったとかだ。なに せ、なんだ、その、健全な男の子であれば致し方ない。   「お風呂、空いたわよ? 良いお湯だったわ」  ゴソゴソと冷蔵庫を漁りながら暢気な声を出してるらしいその姿は、キャミソールと いうかシュミーズというか、とにかくとんでもなく高い露出が高くてピラピラとした ──しかも薄いピンク色に見えた──薄衣一枚だけだったのだ。   「え、あ、ああ。それは良かった──っって、遠坂っ!」  ピンクの──じゃなくあかいあくまさんに返事をしかけて、呑気なペースに乗せられ そうだったことに気づいた。  危ない危ない。人の家でくつろぎすぎだと説教の一つでもくれてやるのが本筋だろう に、危うく罪悪感を覚えさせられるところだった。   「なによ。大声出しちゃって。レディーファーストなんだから、一番風呂ぐら    いケチケチしないで気前よく譲りなさいよ」   「そうじゃなくってだなぁ……あの……う…そ、その、格好はだなぁ……」  いざ牛乳のパックとグラスを手にした遠坂が姿を見せたとたん、俺はしどろもどろに なった。しかも、早速論点まで外して。これは──本当にマズい。  何故って、やっぱり気にならないはずがない。風呂上がりで上気した肌にまとわりつ いているのか、ハッキリと身体のラインがわかるオマケ付きだなんて、健全なオトコノ コにはあまりにも色々と毒過ぎる。  しかしなにより大変なのは、   「ん? なに? ……ははぁ〜ん、さては?」 しっかりと動揺を隠し損なった俺に気がつかないだなんてことが、あるわけもなかった ことだ。   「な、なんだよ」   「そっかぁ。士郎初めてなんだっけぇ?」  予想通り、待ってましたとばかりに遠坂はニタリと笑ってくれた。   「……遠坂を見てると悪い予感がしてくるのは、俺の気のせいか?」  見たら負けだとばかりに、にらめっこの相手を天井の板に変えて言う。しかし、そん なささやかな抵抗も、ほんの数十秒だけだった。   「人聞きの悪いこと言わないでよ。夏場の寝間着の定番はコレだからね──っ    てことだけだってば」   「は?」  姿同様のトンデモナイ言葉に思わず振り向いて、しっかりと釘付けにされてしまう。   「わたし、暑いのって苦手なのよ。寝るときなんかは特に。そんなわけで、寝    間着はいつもこんな感じだから。そこんとこ、よろしくね」   「な──」  視線の先にある遠坂の微笑みは、やっぱり小あくまのそれだ。   「なによ。鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃって」  そして、こちらは逆にそんな感じらしい。   「こ、こんな感じってなぁ、人様の家にお邪魔する時ぐらい、ちょっとは考え    た方が良いんじゃないのか?」  ……確かに自覚ありだったりする。で、言ってる本人でも良くわからないことを言っ てしまってるわけだ。   「そう?」   「いや、普通は考えるだろう? それともあれか? 俺に見られても良いって    のか?」  そんなわけだから、自分から更に油を注いだことが意識出来たのは、もちろん言った 後からだった。   「ああ。そんなこと」   「お、おおおい」  またその油が、ごく自然に格好の付け入る隙を与えてしまうという悪循環。   「士郎しかいないんだし、今更でしょ?」   「い、今更って……」  ハチャメチャ嫌な予感──というよりは確信がある。遠坂が言わんとしていること が、大体はわかるのだ。  それは手放しで喜んで良いようなことではなくって、だからといって考えたくもない ──だなんてことでは決してないこと。むしろ、そうあれば嬉しいことに違いないのに 両手を上げて喜ぶわけにもいかず、それ故に否定も肯定もしたくなくなってしまう困っ たことだ。  しかも悪いことに、こういうときの遠坂は大抵躓いてくれるのだ。茶化すつもりなら いっそのこと最後まで茶化しきってくれれば良いものを、決まって失敗する。勢いで言 っちゃってくれないと困るってのに。……その、なんだ、恥ずかしい話題なんだから、 押し流してしまって欲しいってわけだ。  が、やっぱり悪い予感ほど現実になるわけで──。   「だって、どうせ今日も後で……その、あの……脱がしてくれる……んじゃな    い…………の?」   「いや、だからって……あぅ」  案の定こうなった。   「…………」  うぅ。マジでヤバいぞ!? そんな求めるような目で見られたら、違うだなんて言え なくな──   「はぁ……」 ──るぅっ!?   「まったく。アツアツなのは良いですが、端で見てる私のことも少しは気にし    て欲しいものです。聞いているこちらが恥ずかしくなってきます」  ……しまった。部屋にいた大慌てさんのことを、すっかり忘れていた。  どうやら……全部聞かれてしまっているらしい。……そりゃまあ、大声で怒鳴りあっ てたんだから、聞こえてない方がおかしいっていえばおかしい。   (あー)  というわけで、ちらりと目を向けてみた先では、大慌てさんは既に大むくれさんへと クラスチェンジ済みのご様子だった。  さて……。  …………………。  ………………………お、落ち着け、衛宮士郎。  これじゃ明らかに挙動不審だ。こんなところでうろたえたら、まるっきり遠坂のミダ ラナ姿にヤラレテいるかのようだ。実際はどうあれ誤魔化さないと、セイバーだけじゃ なく遠坂にだってなにを言われるかわかったもんじゃない。  最大の難関である遠坂がこっち側である今が、最大の勝負所だ。敵に回ったが最後、 遠坂ならばどんなに取り繕っても見破ってくるに決まってる。それを思えば、今のこの 状況は幸いと言って良い。  ならばどうしたものか。まずは──会話を続けなくては。ダンマリが一番危ない。こ のままセイバーからの指摘を許すことがあれば、場は一気に破綻する。かといって迂闊 な物言いが果てしなく愚かな行為であるのは、考えるまでもない。  となると──とにかくも気を静めることが第一。死地に於いてこそ、命運の総ては冷 静な判断に委ねられるのだ。  だとすれば、すべきことはただ一つのみ。  すなわち──そう。                ──── I am the bone of my sword.  魔術とは離れたこととはいえ、精神の集中と喚起という本質は同じ。                ──── Steelismybody, and fireismyblood.  ならば、たとえバカの一つ覚えと言われようと。                ──── I have created over athousand blades.                Unaware of loss.                Nor aware of gain.  衛宮士郎の依るべきモノが、その世界以外に在り得えようか。                ──── Withstood pain to create weapons.                waiting for one's arrival.  故に──理すらも、その丘に在ると信ず。                ──── I have no regrets. This is the only path.  否。                ──── my wholelifewas "unlimited blade works".  在らざれば、導くのみ。  詠唱が結ばれるなり、場とした自らの精神空間に炎の円が奔った。林立する剣のシル エットの向こうに、重苦しく唸る機械仕掛けの鉄槌を見る。  だが、今は違う。求めるモノは、これではない。この程度の喚起では、まだ導くに至 らない。  ならばと、世界の隅々に意識を巡らせる。それは、不思議な感覚だ。世界に広がって いくにもかかわらず、かつ明らかに行われている自らの裡の収束と潜行。  その行方から、一つの答えを掬い上げた。  そして、外界へと敷衍する──   「す、すまん……」  が。   「ばかっ。ここは謝るところじゃないでしょっ!」  捻ね繰り出した答えは、一瞬の暇もなく遠坂に否定されたのだった。なんてことだ。  とはいえ、一定の効果は得られたらしい。自身の動揺が大分治まったのとは逆に、遠 坂はまだまだ大混乱中っぽい。まるで藤ねえのようにがーっと怒る遠坂の様子が、その 証拠と言っていいだろう。   (──ふむん)  しかし、一応は確認しておく必要がある。せっかくの状況を早とちりで台無しにして は、元も子もない。   「じゃあ、なんて言えば良かったんだよ」  試しに、わざと反論をしてみる。  …………さあ、どうだ? なんと返す!?   「そ、そんなの……わたしに聞れたって……」  良し。やはり大丈夫だ。はわはわと慌てた後で急にしゅんとする素振りは、まごうこ となく弱ってる遠坂のそれになっている。   「……はぁ」  おっと。しかも、諦め混じりっぽい、やる気の失せた溜め息がセイバーから?   「そ、それで? セ・セ・セイバーがどうかしたの?」  更にはナイスタイミングの強引な話の切り替えまで?  これは……思ったよりも効果大だったかもしれない。   「ああ。変わった番組みてるな、って話してた」  上手くすればここで話題を変えられチャンスと見て、遠坂の話に当然乗った。   「変わった番組?」  流石は遠坂。セイバーの一瞬の隙をついたところと良い、直接ではなく俺を巻き込み に来たところと良い、腐ってもなんとやらとは良く言ったものだ。   「別に変わってるという程のものでもないと思いますが?」   「そうか? でも、なんだか不釣り合いな感じがするぞ。英霊がチャンバラっ    て」   「チャンバラ? ああ、時代劇ね。日曜のこの時間なら──藤村先生の好きそ    うなヤツやってるわね、確か」  そんなわけで──結果オーライ。   「タイガが好きかどうかはしりませんが、宣伝の入らないところなので私は気    に入ってます」  すっかりすり替えに成功した。   「いや、藤ねぇはチャンバラならなんでも好きだぞ? 良く時代劇にテレビジ    ャックされてたからな、このテレビは」   「テレビジャック?」   「チャンネルを無理矢理変えられちゃうってこと」   「なるほど。しかし、それは良くありませんね。人の楽しみを奪うことになる    ではありませんか」   「ま、平和ボケの象徴っていえば象徴かしらね」  うむ。さっきに比べて、なんと平和な会話になったことか。   「はあ。そういうものですか」   「テレビなんて、所詮娯楽だしね。それより、確かにセイバーと時代劇の取り    合わせってのは微妙よね」   「そうですか?」   「ええ。なんと言うか……私たちから見れば、セイバー自身が登場人物に近い    って感じだもの。時代と場所は全然違うけど。しかも、彼の騎士王がチャン    バラってのいうのもねぇ……」   「シロウ?」   「ああ。俺もそう思うぞ? なんというか、ライオンがネコにランクダウンし    た感じだ」   「やっぱりアレ? 剣士としては、違う剣の文化とかって気になるもの? 確    かに独特かもしれないけど、でも所詮お芝居だと思うんだけどなぁ」   「実戦としてどうかと言われれば、むろん疑問な点は多いです」   「例えば?」   「そうですね……やはり殺気といいますか、戦いに懸ける真剣さが足りないと    ころでしょうか。実際の戦いでは、一振り一振りがもっと重みを持ちますの    で。それに、あれではあまりに生温い」   「その割には、随分と真剣に見てたな」   「ふーん?」   「おう。姿勢を正して、齧り付くように見入ってたぞ? 正座までして。誰か    好きな役者でも出てるのか?」   「いえ、そのような役者など……」   「そうよ。そんなわけないじゃないの。こっちに来てまだそんなに時間経って    ──はっは〜ん!?」   「……なんだよ遠坂。その腹黒そうな笑いは」   「なによ。その腹黒そうなってのは。失礼ねっ」   「だって、なぁ……? セイバー?」   「な、な、な、なんですかシロウっ!?」  どっからどう見ても邪悪なオーラが出ているよな──と同意を求めようとした先で、 セイバーは再び大慌てさんに変身していた。   「なんですかって、どうしたんだよ。急にそんなに顔色変えて。……そういえ    ば、さっきも──」   「や、やめてくださいっ、変な言いがかりはっ! 凛に勘違いされてしまうで    はないですかっ!」   「勘違い?」  しかも良くわからないことまで言い出すほどの大慌てっぷりからすると、さっきより もよっぽど酷い。   「……へぇ〜。そうなんだ。そうだったんだぁ」  一方遠坂はといえば、さっきまでの狼狽え振りからはうって変わって、水を得た魚か のようにニタリとしている。──いや、オニに金棒って方が相応しいか。身の安全を考 えれば、もちろん口が裂けても言えないが。   「ち、違います。騎士の誓いに、いえ、聖剣に懸けて断然違います。それはあ    りえません」   「いやー。嘘はいけないわよ、嘘は。そうかぁ……」  チラチラと俺とセイバーを見比べながら、遠坂は益々腹黒く──って、なんだか嬉し そうに見えるのは気のせいじゃないに違いない。   「な、なにを根拠にそんなことを言うんですか、凛。いかにマスターでも、根    拠のない侮辱はゆ、許しませんよっ!?」  あー。ダメだって、セイバー。そんなムキになったりしたら。   「ま、お話では、やられるときはあっさりだしね。実は大して強くなかったか    も。所詮は成り上がりだったんだから」   「そんなことはありませんっ!!」   「そう?」   「彼は本当に強かった。彼の剣はこのように生温くはありませんでしたし、隙    だって全く──ぁ」   「ふふふ……。随分とムキにおなりですのね、セイバーさん」  ほら、すっかり遠坂のペースだ。   「なっ!?」   「いいえ、別に? アサシンのサーヴァントが誰彼だったとかなんて、関係の    ないことよね。今では」  ところで、だ。ひょっとするとこれは……。   「〜〜〜〜〜っ!」   「今テレビに映ってたのが佐々木小次郎さんだなんていうのも、これぽっちも    関係ないわよね〜? ましてや淡いなんとやらを抱いてるだなんてこと──」  うーん。   「凛っ!!」   「あら。なに?」   「そ、それを言うなら凛だって、ではありませんか!?」  ……ふむ。   「ど、どういうことかしら?」   「アーチャーが消える間際の凜は、とっても可愛らしかったですよ?」  やっぱり、か。   「な──っ!? セイバー、あなたまさか見て!?」   「ええ。私もあの場にいましたから。少し離れてはいましたが。しかし、間に    入るのが憚られる雰囲気は、しっかりと感じました」   「ば、バカなこと言わないでよね? なんでわたしがあの──あの、性根悪サ    ーヴァントに惹かれなゃいけないのよ」  ……まず間違いない。二人は俺がいることを忘れてしまっているっぽい。   「ほほう? 私は一言もそんなことは言ってないのですが? それに、人のこ    とを悪く言うのに間を必要とするだなんて、凛にしては珍しいですね」  となると、早くしなければ。残された時間は、そんなに多くはないはずだ。   「……なにが言いたいのよ」  畳の目に添って、俺はじわりと足を滑らせた。方向は……もちろん廊下に続く障子戸 に向けて。   「いえ、別になにも。ただ、普段の凛ならば、本当に嫌な相手は道端の石ころ    程度の認識しかしないだろうにと思っただけです」  気づかれないように、上体もゆっくりとそれに合わせる。   「ぁう……」  じりじりじり。  もどかしいが、気づかれたらややこしいことになるから致し方ない。それよりも、む しろこの機会があること自体を喜ぶべきだろう。   「確かにそれだけでは断言しづらかったのですが、今の凜を見てはっきりしま    した。そうやって誤魔化そうとするということは、やはり真実だということ    ですね。しかも、しっかりと自分から馬脚を露わすところも、実に凜らしい」  慌ててたセイバーはともかくとして、立ち直ったように見えた遠坂までっぽいのは摩 訶不思議だが──まあ、途中からセイバーに逆転されてたことからして、内心では躓き っぱなしだったってことか。   「くっ……。だ、だったらなんだって──」  ともかくそんなわけで、どうも話の内容がマズい。俺自身にとっては全然痛くない会 話だが、二人にとっては俺に知られたくないことなんじゃないだろうか。   「無益な争いはやめましょう、凜。これ以上は……私も触れないで欲しいとこ    ろです」  それを俺が聞いてることに気づいたら……まず間違いなく大変なことになる。特に、 あの二人の性格やら行動パターンからすれば。   「……わかったわ」  そんなわけで可及的速やかにかつ静々と、脱出を図る必要があるというわけだ。そろ そろ、いつ気づかれてもおかしくない頃でもある。   「ええ。ましてやシロウの前ですから──っ!?」  次の瞬間、語尾を滑らせたセイバーが息を呑んだ。刹那、世界の空気が変わる。ガラ リと、すべての音と色が凍りつくかのような静止。  どうやらその時が来たらしいが──これはいけない。まだ脱出は終わってない。   (くぅっ──)  あの戦いを経験して、危険にはかなり敏感になったと自分でも感じている。それは以 前と比べて驚くべきほどの変化であり、言うなれば危険敏感体質になったとでも表現し て構わないのではないかと思っている。  その全身全神経、いや細胞どころかアミノ酸の一単位一単位が、狂ったような勢いで 一斉に警鐘をかき鳴らし始めた。  (セイバーと遠坂と障子戸と──これならいけるっ!?)  ゆっくりと振り返ったセイバー──と、やっぱり遠坂もかよ──の顔が青から赤、そ して八つ当たりじみた怒りの色へと変わって行くのを見て、咄嗟に現在の配置を確認し た。  その結果と同時に、   『ココハキケンダ──ニゲルナラ、イマシカナイ──』 そんな天啓が頭の中に降って湧いた。これぞまさに危険敏感体質の賜物だろう。  そうとなれば、勝負は一刻を争う。   「──じゃ、風呂先に貰うからな」  言うが速いか障子戸までの残りの数歩を踏み出して、するりと居間から抜け出した。 そのまま足早に、部屋の前から去る。死地から立ち去るのに速過ぎることはないっての も、良く身に染みているのだ。   「×▼#●&%!?#?っ!!!!!!!」   「◆*$|☆%※?#□〜〜〜!!!!!」  やや遅れて、この世のものとは思えない大怪獣二匹の叫びが居間から聞こえて来た。 もちろん一匹は元あかいあくまさんで、もう一匹は元ブリテンの大英雄さんだ。   (……上がったら布団直行……か、これは)  今日中に会ったら命の心配までしないといけなそうだというのが、切れ切れに聞こえ る『ありったけの魔力をガンドに』だとか『いっそのこと聖剣で』だとかいう言葉から 読み取れた。……物騒なこと、この上ない。   (まったく……)  どっと湧いてきた疲れに、溜息を吐く。   (あーあ)  実はこの手の事件は珍しくなかったりするのだが、少しは板挟みになる俺のことも考 えて欲しいものである。いつもいつも尻尾を巻いて逃げる身にもなって欲しいものだ。  ──しかし、幸せなんて案外こんなモノ──なのかもしれない。  いや。  今日のところは是非そういうことにしておこう。せめてもの慰めに、だ。   (ちぇっ……)  わざとらしく落胆を込めてみた次の溜息は、未だ響く大怪獣達の喧噪にあっさりと掻 き消された。  夜空を見上げると、満月まではもうちょっとらしかった。                                      Fin. ==============================================================================                     Fate/stay night は TYPE-MOONの著作です。                けもりん は TYPE-MOON とは一切関わりはありません。                        Fate/stay night 本編より一部引用。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp              無断での転載はおやめ下さいませ〜と、念のため。(苦笑        キリリク品なので、転載には贈り先の光頼龍樹さんの許可も必要です。