目が霞む。これは──どういうわけだろう。  理由に目星がない訳じゃない。けど、実際にどうだかは知らないんだから、軽々しく 結論づけるわけにはいかない。魔術師ってのはそういうものだと、昔誰かに言われた気 がする。あれは……ああ、そうだ。綺礼だ。今、見えた。 =============================================================================    Fate/stay night サイドストーリー  『Rubied Joker』                           〜 遠坂 凛 〜                             written by けもりん =============================================================================   (まったく……)  目の前には、淡くぼやけた光の像がクルクルと回るように展開している。これは、走 馬燈のようにってヤツだろうか。でも、わたしは走馬燈ってのを実際に見たことがな い。遠坂の家は古くから洋式だ。建物自体も洋館だし。いや、その前に、確か走馬燈で 走るのは影じゃなかっただろうか。  でも、これはそうやって表現しても良いだろう。輪郭のハッキリとしていないそれら は、父さんだし、母さんだし、綺礼だし、桜だし、美綴だし、柳洞だし、間桐だし、ア ーチャーやセイバー、果てはイリアスフィールとバーサーカーなんてのまでいる。ま あ、ちょっと名前の思い出せないようなヤツまで交ざってるのはご愛嬌だ。  油断した。いや、油断してなかったとしても、多分勝てなかった。それなのに不意打 ちなんてしてくるんだから、たまったものじゃない。正面から当たっても問題ないのに わざわざ小細工するなんて、綺礼らしいっていえば綺礼らしい。  けれど、なんでこんなのが見えるのかは、やっぱりわからない。強いて言えば、眼球 にでも問題が起こったのか、あるいは神経系がおかしいのかといったところだろう。視 界だって霞んでる訳なんだし。  だけどちょっと嬉しいのは、さっきまであった気が遠くなるような痛みが消えている こと。あれがあのまま続いてたりしたら、結構嫌だった。もちろんこれも理由なんてわ からないけど、現象があるんだから、その現象はありがたく受け取る。それも、小さい ころから教え込まれてきた魔術師の心構えだ。まあ、こっちも教えてくれたのが綺礼だ ってことは気に入らないけど。  現象があるんだから、理論は後で考える。それが、魔術の第一ステップ。物理法則に 従った力学的な機械化と同じように、魔術だって、事象として起こる原因と理由がある から起こすことができる。ただ従う法則と形作ってる要素が違うってだけで。  だから、今わたしに起こっている現象だって、うまくいけば魔術で再現することも可 能だ。ここまで綺麗に痛みを消してくれるんなら、結構役立つ術に仕上がるかもしれな い。痛みとかに関する術のいくつかには、エネルギーの状態を制御して行うものもある んだし、得意分野の術にできるかもしれない。ひょっとしたら、儲け物の可能性もあ る。  でも、実は遠坂の魔術の性質としては、この手の生体を相手にする術とは相性が良く ない。できなくはないけど、効率が悪い。遠坂は外部から力を流し込むことを得意とす る。けど、こういったことは、対象が本来持つ力をサポートすることで成し遂げた方が 遙かに効率が良い。だから、あのときだって、違う術者ならあんなに魔力を使う必要も なかったんだと思う。   (…………)  やめた。なんで、そっちに頭が行ってしまうんだか。それはそれで困る。今はそんな ことを考えてる状況じゃない。第一、とっくにケリはつけた筈だ。過程なんてすっ飛ば して、結果が出ちゃったことだ。  そうだ。それなら、この周りに見えてる光の影達はどうだろう。幻術だって一つの分 野だ。それに、わたしはそういう術を一つも使えない。魔術師としての幅を広げるって 意味でもチャレンジして───いや、ダメだ。こっちこそ相性が悪い。  遠坂の術は、エネルギーをエネルギーとして使役する。他のものに変換するものじゃ ない。光を出すことはできるけど、あくまでエネルギーの奔流から漏れる二次的なもの でしかない。もちろん効率は呆れる程悪い。出る光の何十倍ものエネルギーと必要とす るし、それなりに光らせようとすれば、副産物として熱やら衝撃波やらが出る。そうい えば、幻術に属する魔術は教えて貰った記憶がないどころか、父さんの魔術書にだって 一つもなかった気がする。   (あ、でも)  そうだ。幻術っていうのは投影と似ているんだった。なにかの像を映すという共通点 があるからだ。概念の近い魔術は、当然理も近い。投影するものが物体なのか波長なの かの違いなだけだし、原理は一緒なんだろう。物体だって、波動性を持っているんだか ら。なら空間を投影するイメージを持てば、士郎だったら簡単に──   (だから!)  ああ、もう、なんなのだ。どうしてそこに話が結びついてしまうのだ。まったく、ど うして回る光の中に士郎がこんなに多いのだ。半分もだなんて、馬鹿げてる。高々5、 6年。人生の四分の一ぐらいしか私のセカイにいなかったヤツが一番多いなんて、やっ ぱりこんなのは走馬燈じゃないに決まってる。  わたしの知ってる「走馬燈ように」というのは、人生の記憶が見えるとかなんとかっ ていう、とっても眉唾なものだ。なら、士郎なんかよりも違うものがもっと見えても良 さそうなのに。例えば──いや、それもイヤだ。さっきしっかりと裏切ってくれたじゃ ないか。それなら、父さんとかが良い。  そういえば、一応耳は正常らしい。一応というのは、周りでなにも音がしてないから 確かめられないせい。わたし自身のはあはあという息と、四肢からの要求に対してひっ きりなしに暴れる心臓の音しか聞こえない。聞こえてるからには大丈夫なんだと思うけ ど、これが耳じゃなくて体の中を伝わる振動だったらどうしようか。それは困る。なに せ、見えてる物は当てにならない。多分、目の前にいても姿を捉えてくれないだろう。 第一、目に捉える力があったとしても、これだけのなかからどうやって士郎本人を見つ けろというのだ。とても無理だ。   (────っ)  まった!なんでそんなのまで見えだすのよ!……もういい。きっと、士郎を待ってい るせいなんだ、これは。今のわたしの意識の中に、きっと士郎が多いんだ。あの不出来 な弟子が心配なのだ。初めての弟子──いや、下僕なんだし。師匠が弟子をサポートす るのは当然だ。不甲斐ない相手とはいえ、一応共同戦線を張ってるわけでもあるし。戦 略として必要だから、アゾットを渡そうとしているんだ。だから待ってるんだ。だか ら、こんなにも強く意識に在るんだ。だから多く見えてるに決まってる。  それにだ。あの士郎のことだから、わたしが死んでたりなんかしたら、きっと激昂し て飛び出して行くに違いない。ひょっとしたら、セイバーも同じようにしてくれるかも しれない。でも、それじゃダメ。ただでさえ士郎じゃ綺礼に勝てないんだから、闇雲に 突っ込んで行ったらどうにもならなくなっちゃう。そのためにも、士郎が戻ってくるま ではなんとかしないと。  イメージを持つことは、魔力をして現実に喚び起こすための必要条件。逆にいえば、 イメージできないことは起こりえない。なら、イメージを否定していれば、魔術の理を 基本としている限りは、それは簡単には起こりえない。  だから、これは死ぬだとかいうこととは全然関係がない。目がおかしくなって、良く わからない幻影が見えてるっていうだけ。それと、痛みがなくなったりだとか、体が動 かなくなってたりだとかっていう現象があるだけ。目なんてつぶれば見えなくなるし、 光の像だって眩しい光を見た後に目を閉じれば浮かんでくる。ともかくそういうこと。 それを死になんて結びつけてたら、実際にはピンピンしてたって死にかねない。   (でも……)  あー、やっぱりダメかもしれない。意識を通り越して、そろそろ身体が認め始めて る。目が霞むとか、感覚があやふやだとかいう事象よりなにより、全然足りてない。な にって、血が。細胞に酸素を送るキャリアが。その事実に意識が負け始めてる。このま まだと──死んでしまうと訴えて来てる。折角無視しようとしてるのに、次から次へと 苦情が舞い込んでくるのだ。  いや、実は限界はもう来てるかもしれない。一応血は止めたつもり。でも、その時点 で既に手遅れ気味かもと思った。なんとか保ってるのは、魔力回路が精一杯働いてくれ てるから?だとすると、意識が負けたところでお終いってことになる。  けれど、それじゃ困るのだ。士郎がいるんだから。サポートすると言った以上、1パ ーセントでも可能性を増やせるのならば増やさなきゃいけない。逆に減らしたりするな んて、もっての外だ。遠坂凛は、そんなに情けない人間じゃない。万が一本当はそうだ ったにしても、それを士郎なんかに暴かれるなんてご免被る。そんなの、わたしが許さ ない。  ならば、どうするか。簡単だ。もっと、もっと魔術回路に活力を。生きるイメージ を。死を拒絶する意志を。  だから、だから仕方ない。これは、仕方ないことなんだ。士郎に、アゾットを渡さな くちゃならない。協力者として、教える者として、責務を果たさなければいけない。そ のためなら、他のことには目を瞑るべきだ。それが魔術師として採るべき道だろう。  本当に仕方ないんだ。なにもわたしがそうしたい訳じゃない。大体、いけないのは士 郎だ。士郎が遅いからいけないんだ。わたしがこんなところまで追いつめられる前に、 帰ってくれば良いんだ。そうすれば、こんなふうに変な幻だって見なくてすんだはず だ。  ああ。やっぱり、これは走馬燈なんかじゃない。さっきから全然走ってない。一つの 光景だけが、目の前に張り付いてる。  嬉しくなんてないけど、まあ、僥倖というものだろう。あるものは使う。わざわざイ メージをしなくて良いだけ、むだな労力を使わなくてすむ。いまのわたしの状態からす れば、少しでも生る側に力を回しておきたい。後で文句なんて言ったら許さない。  で、と。でも、これにはやっぱりちょっとした覚悟が必要だ。ここ何日かのわたし を、否定しなくてはならないのだ。どれだけ我慢したと思ってるんだ。いや、あいつは 絶対気づいてない。まったく、少しは気づいてくれても良かっただろうに。なんだと思 ってるんだ、わたしを。本当にどうしてくれるんだ。   (わたしの──わたしの────)  ──よし。良い感じだ。だいぶ沸々としてきた。これなら、そろそろ良いかもしれな い。してしまった封印を破れるかもしれない。あのときのわたしを、否定できるかもし れない。あのときのことを、もう一度読み換えられるかもしれない。だから──やって みよう。読み換えた理由を、元に戻してみよう。   (こんなんじゃ、死んでも死にきれるわけないじゃない!)  そう。一世一代の賭けだった。でも、降りるなんてありえない。そんなこと、魔術師 の名が泣く。勝てない勝負なんて、仕掛けたつもりはない。   (美味しいトコだけ持ってっちゃって、それで済まそうだなんて許さない!)  これからの世界を作り出すために、まずは肉を切らせただけじゃないか。骨を断つの はこれからだ。   (なに?わたしはただのオマケだって言うつもり?)  戦略的撤退だったんだ。まだ、まだまだ戦いはこれからなんだ。これから先は私の方 が有利なんだ。   (諦めるためだなんて、そんな馬鹿なことあるわけないじゃない)  それに、もう反撃だってしてやったんだ。皮ぐらいは切り裂いてやったんだ。なら、 肉を切らせただけより、よっぽど良い。だから、絶対勝てる。   (あれだけで済むだなんて、思わないでよね)  じゃあ、死ねない。死んでたまるか。   (──キスだけだなんて)  だって──   (あれぐらい、わたしが先にしたかっただけなんだから) あれは宣戦布告だったんだ。   『遠────坂』                    ◇◇  あ〜あ。なんだかなぁ……。どうして士郎のことになると上手くいかないんだか。他 のことは大抵は上手に立ち回れるのに。まあそりゃ、間に合わないよりは良かったんだ けどさ。間に合わなかったら全部無駄になっちゃうんだし。  でも、なにも。あんなにすぐに来なくてもいいじゃないの。最悪のタイミングだわ。 あれなら保ったわよ。あんなことしなくても。  あ、まさか、もっと前からそこにいたとか?わたしの様子を楽しんだり──それはな いか。血まみれの人間を見て放っておけるようなヤツじゃないんだし。  ──って、まさかわたし、声になんて出さなかったわよね!?そ、そんなことになっ たら、どうしたら良いかわかんないじゃないの。うん。大丈夫。それは大丈夫。  それより悔しいなぁ。きっと士郎なら、泣きそうなほど心配してくれてるに違いない のに。その顔が見られないなんて。十分後でからかう材料になったのになぁ。  ま、でも、これで目的は果たした。イリヤのことは伝えたし、アゾットだって渡し終 わった。終わったんだから、本当はもう頑張らなくて良い……はずだったのに。本当 は。  それなのに、まだゆっくり休めない。休めなくなった。違う目的ができちゃったんだ から。目的?いや、これはそんなに良いモノじゃない。この先良くなることだってない だろう。せっかく治りかけてた筈の病気を、わざわざぶり返させたんだから。草津の湯 でも治らないとかいう病を。  とにかく、今は寝ることにしよう。もう目の前のヤツがなにを言ってるんだか良く聞 き取れないけど、なんとなく寝ろ寝ろって言ってる感じがするし。文句の一万や二万も 言ってやりたいけど、まずは動けるようにならなきゃ。やらなきゃいけないことがある んだ。ここは戦略的撤退をしよう。  あ、その前に。  これは言っておかないといけないかな。預けた以上、勝手に破綻なんてされちゃ困 る。あのときのペンダントだって、保護される預金の上限ギリギリなんだ。その上にさ らに預けたんだし、後から預けたものの方がもっと高いだから。  そう。あの──初めてのキスと、これからのわたしの心は。   「────そうする。……と、最後に、これは忠告じゃなくて命令。士郎。    やるからには死んでも勝ちなさい。わたしが起きたとき、アンタがくた    ばってたら許さないから」  良し、言った。多分言えた。これで、後は回復するだけだ。いよいよ寝よう。なんて ったって、敵は最強のサーヴァントと史上最大級の朴念仁なんだ。勝てると践んでたっ て、万全の態勢で臨まないと。  あっと。いけないいけない。さっきも考えてたばかりじゃない。魔術師たる者、簡単 に信じちゃいけないんだって。軽々しく認めるなんて、わたしらしくない。本当に治ら ないかどうかは、まだ試してみたことないのに。  まあ、私の見立てでは……治らないと、思うんだけど。だって、ぶりかえ…したぶ ん……おも…くなってる……んだ……か……ら…………                                   ZZZ..... ==============================================================================                     Fate/stay night は TYPE-MOONの著作です。                けもりん は TYPE-MOON とは一切関わりはありません。                        Fate/stay night 本編より一部引用。 ============================================================================== -----------------------------------------------------------------------------  けもりん   URL http://www2.tokai.or.jp/kemo/   mailto kemorine@tokai.or.jp  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